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ローズから語られたのは信じられないことだった。
それは彼女たちの母親が働きに行っている屋敷。
そこで世話をしていた主人がキャンディスの母親、リナではないかということだった。
「嘘、でしょう……?」
「そ、それに私たちが侍女として仕えていることやお母様……つまりリナ様とキャンディス皇女様のことを話してしまったみたいで」
「……!」
エヴァとローズの母親は、リナから『話を聞かせて』と言われたそうだ。
その流れで王宮勤めをしているエヴァとローズ、母親に会えない皇女、キャンディスの話へ。
リナから笑顔は消えて、その話を真剣に聞いていたそうだ。それからキャンディスの今の状況も……。
その時のリナは明らかに動揺しており、様子がおかしかったのだという。
「リナ様だとは思わずに……っ、申し訳ございません」
「あなたたちは悪くないわよ。謝らないで」
今更、キャンディスの状況が伝わったらかと言って今までと何も変わらない。
「ですが皇女様……!」
顔面蒼白なローズの様子にキャンディスも不思議に思っていた。
病弱な母はここから離れた場所で療養しているのだ。
「それからリナ様がいなくなったみたいなんです……!」
「…………え?」
キャンディスはローズから信じられないことを耳にする。
なんと彼女たちの母親から送られた手紙によれば、リナはラジヴィー公爵が帝都に戻ってからすぐにに姿を消したらしい。
リナはラジヴィー公爵がいない間を狙ったのだろうと書いてある。
ラジヴィー公爵はこの件を公にしたくなかったが屋敷周辺や街を捜索したが見つからない。
医師も一緒にいなくなったらしく、最低限の準備はしていたがリナの状況ではいつ亡くなってもおかしくないのだという。
(……お母様は一体どこへ?)
今まで従順だと思っていたリナのまさかの行動にラジヴィー公爵も心底驚いたそうだ。
それが一週間より前に書かれてホワイト宮殿に手紙が届いたらしい。
ということはつまり、リナがどこかに行ってから一週間以上は経っていることになる。
(でも……わたくしは一体、どうすればいいのかしら)
ローズによればラジヴィー公爵は今、ヴァロンタンに掛け合っているようだ。
影たちの力を借りるつもりなのだろうか。
キャンディスは怪我もしており、ホワイト宮殿から出られないので探すこともできない。
会ったけどがない母親がいなくなったと聞いても何も変わらない。
どう反応していいか悩んでいると、ミュリエルがキャンディスに寄り添ってくれた。
エヴァとローズもキャンディスの複雑な心境を理解してくれているのだろうか。
キャンディスは三人の温かさに癒されながらホワイト宮殿に戻るために立ち上がる。
「ホワイト宮殿に戻るわよ」
「……よろしいのですか?」
「わたくしにできることはないもの。それにお祖父様やお父様に任せましょう」
「キャンディス皇女様……」
キャンディスの心は自分が思ったよりもずっと冷静だった。
焦がれ続けた母親がいなくなってしまう。
そんなハプニングは以前にもあったのかなかったのか、今のキャンディスにはわからない。
だけどもう母親を求めて身を焦がす自分とは卒業したのだ。
(わたくしにはそばにいてくれる人がいるわ)
最近、あんなにも抱えていた苛立ちや寂しさを感じないのだ。
キャンディスがローズに早く母親に手紙の返事をした方がいいのではないかと言おうとした時だった。
ホワイト宮殿の入り口、女性の影とユーゴの姿があった。
彼女をマオとタオが戸惑いつつフラフラとよろめく彼女を支えている。
(一体、誰かしら……新しい講師なんて頼んでいないけど)
ストールを肩にかけているのだが、今にも折れてしまいそうな細い手首が見えた。
見覚えがあるようなないような不思議な感覚にキャンディスはまばたきを繰り返す。
「キャンディス……?」
振り返った女性がキャンディスの名前を呼んだ瞬間だった。
キャンディスと同じホワイトブロンドのウェーブがかかった艶やかな長髪。
簡素なワンピースを着ており、手足が細く伸びている。
ラジヴィー公爵と同じ、エメラルドグリーンの瞳が驚くキャンディスを映し出していた。
「本当にあなたなの? あなたがわたくしの……っ」
リナがそう言った瞬間だった。
彼女が小さく咳き込んで、徐々に激しくなっていき吐血してしまう。
「──ッ!?」
それにはキャンディスも驚きすぎて手を伸ばしたまま固まってしまう。
ユーゴがマオとタオに布やお湯を用意するように指示を出していくが、リナはよたよたとキャンディスに近づいてくる。
ボタボタとこぼれ落ちる血液にキャンディスは一歩、また一歩と後退する。
「ひっ……!」
「キャン、ディ……ゴホッ、ゴホ」
「…………っ!」
リナは咳き込むと膝から崩れ落ちた。
この場にはいなかったのが不思議だった医師たちが慌てて駆け寄ってくる。




