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嬉しそうな叫び声が次第に大きくなっていく。
小屋を通り過ぎると草が切り揃えられた何もない広場が見えた。
二十人ほどの子どもたちに囲まれているのはなんとマクソンスだった。
彼は先ほどの袋から飴玉を子どもたちに配っているではないか。
(マクソンスお兄様……何をしているのかしら)
キャンディスが訳もわからずにその光景を眺めていると、背後から声が掛かる。
「あなた方は……」
そこには十字架のネックレスに黒の神父服を着た神父と、優しそうなシスターの姿。
だが、キャンディスが知っている神父よりずっと筋骨隆々としているように見えるのは気のせいだろうか。
神父服がピチピチしていて、今にもはち切れてしまいそうだ。
建物と同じで服装はところどころ汚れていて見窄らしく見える。
「わたくしはキャンディス・ドル・ディアガルドですわ。こちらはわたくしの弟のアルチュールです」
「な、なんと……! 皇女様がっ」
神父とシスターは驚き目を見開いている。
「ほっ、本日はどのようなご用件でこの孤児院に?」
「…………孤児院?」
その言葉でキャンディスはここが孤児院だと初めて知ることになる。
ここには二十人ほどの子どもたちが暮らしているようだ。
(孤児院……孤児院って、親のいない子どもたちが身を寄せ合って暮らす場所よね?)
以前のキャンディスがもっとも毛嫌いしていたものの一つだ。
だが、今は子どもたちを見てそうは思えなかった。
(こんな今にも崩れそうな小屋で、これだけの人数暮らしているというの……?)
皆、身寄りがなかったり親に捨てられたり、ここに置き去りにされたのを保護したらしい。
お世辞にも綺麗だと言えない服を着た子どもたちは、マクソンスからもらうたかが飴玉で心底嬉しそうな表情をしている。
(可哀想に……)
キャンディスに初めて芽生える感情。
自分よりもずっとずっとつらい境遇に考えさせられるものがある。
倦厭して触れようとも知ろうともしなかった。
同じくらいの子どもたちがこうして暮らしている現状に驚くばかりだ。
(わたくしも牢の中でつらかったわ。でもこの子たちはもっとつらい思いをしているのかしら……)
そんなことを考えているとツンツンとドレスの裾を引かれたキャンディスはチラリと視線を送った。
アルチュールを安心させるように手を握るがいつもよりもゴツゴツとした手に違和感を覚える。
(アルチュールの手って、こんなに小さくてゴワゴワしていたかしら)
視線を送ると、そこにはアルチュールとイエローゴールドの髪色。
伸ばしっぱなしでゴワゴワとした髪のせいで顔が見えないがこちらを見ているような気がした。
「ミュリエル、ダメよ……!」
「この子は……?」
「いつもはとっても大人しい子なんですけど、どうしてかしら」
シスターは戸惑いつつもミュリエルをキャンディスから離そうとするが、ミュリエルは何故かキャンディスから離れようとしない。
(この子にも親がいない。一人ぼっちなのね……)
親がいないというのも、なんだか同情してしまうではないか。
するとアルチュールも悔しそうな表情でキャンディスにしがみつく。
まるでおもちゃの取り合いのようにキャンディスは二人に挟まれたままだ。
シスターもミュリエルを引き剥がそうとするが、まったく動じないミュリエルに驚くばかりだ。
身長までアルチュールと同じくらい。行動もまったく一緒である。
キャンディスのワンピースを気遣ってか、シスターは戸惑っている。
二人にぎゅうぎゅうと挟まれているとタイミングよくマクソンスがこちらにやってくる。
(親がいない……もしかしてわたくしたちに相応しい場所ってそういうこと?)
キャンディスはマクソンスの言っていた言葉の意味を理解する。
彼は母親がいないアルチュールと母親に会ったことがないキャンディスはここで暮らすべきだと言っているのだろう。
「わかりましたわ。マクソンスお兄様……!」
「……あ?」
「わたくしたちに相応しいというのは、そういう意味だったのですね」
「まさか……っ」
「シスター、わたくしたちも今日からここで暮ら……んぐっ!」
「……?」
マクソンスはシスターに言おうとするキャンディスの口を思いきり塞ぐ。
キャンディスがバタバタ暴れていると、マクソンスはアルチュールとミュリエルを置いてズルズルと引きずっていく。
ミュリエルはマクソンスの迫力にやっと手を離した。
小声でマクソンスはキャンディスの発言を咎めるように言う。
「お前は何を言おうとしてんだッ!」
「あら、マクソンスお兄様がわたくしたちに相応しい場所だと言ったではありませんか!」
「冗談に決まっている! アルチュールならまだしもお前がここで暮らしたりなんかしたらラジヴィー公爵や帝国貴族たちがなんて言うか。それに今は拮抗しているバランスが崩れちまうんだよ!」
「…………?」
キャンディスがまったくわからないと首を傾げると、マクソンスは大きなため息を吐く。
するとマクソンスはキャンディスにもわかりやすいように木の棒を持って地面に丸を三つ書き込んでいく。
「これが帝国貴族、ここが教皇、そして軍部だ。今はこのバランスが拮抗している。次に誰が皇帝になるか……そこでどこが抜きん出るかが決まるんだ。わかるか?」
「……はい」




