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マクソンスは吐き捨てるように言った。
「そ、そんなわけないわ……!」
「自覚ないふりしてんのかと思ったが、本当にわかっていなかったとはな……お祖父様も心配しすぎなんだよ。こんな奴がオレの敵になるわけないだろう? めんどくせぇなぁ」
何かブツブツと言っているマクソンスを理解することを諦めて、ご機嫌で飴を舐めるアルチュール。
気まずい沈黙が流れる中、アルチュールの口内でカラカラと飴の音が鳴る。
馬車の揺れが気持ちいいのか、泣き疲れたのかはわからないがうとうとと体を上下に振るアルチュールの体を支えた。
「そのチビ、どうしてついてきたんだ?」
「アルチュールのことですか?」
「ああ、そんな名前だったか」
意外にもマクソンスがキャンディスに話しかけてくることに驚いていた。
そこでキャンディスは無意識に本音が漏れてしまう。
「マクソンスお兄様って……よく喋るのね」
「あ゛ぁ゛?」
ドスの効いた声にキャンディスは怯えることもなく、アルチュールの頭を膝の上に乗せた。
マクソンスは「はぁ……なんだよ」と呟きながら興味深そうにアルチュールをじっと見ている。
アルチュールとマクソンスはほとんど顔を合わせたことはない。
だからこそ興味深いのだろうか。
マクソンスを見ていると、自分がマクソンスに毒を飲ませて殺した時のことを思い出す。
(本当によくないことばかりしていたのね。悪の皇女と呼ばれていたのも納得だわ)
何だか申し訳なくなり俯いていると窓から差し込む太陽の光。
それを見て自分が外に出ていると気づく。
ふと行き先がきになり、キャンディスはマクソンスに問いかける。
「今からどこに向かっているんです?」
「今からお前たちに相応しい場所に連れて行ってやる」
「相応しい場所?」
「ああ、きっと気にいるさ」
マクソンスの含みのある言い方と悪い笑みにキャンディスはゴクリと喉を鳴らす。
初めての外出がまさかこんなことになるとは思わなかった。
経験したことがない不安にギュッとドレスの裾を握る。
(エヴァとローズ、心配しているかしら……ジャンヌもきっとわたくしを恨んでいるでしょうね)
キャンディスはアルチュールを誘拐した犯人になっているのかもしれない。
もしかしたらキャンディスはまた悪の皇女への道を歩み出したのかもしれないと思いきや、もう皇女ではないのだが。
じんわりと滲む涙をマクソンスにバレないように乱暴に拭った。
(わたくしがしっかりしないとアルチュールを養えないもの!)
キャンディスはフンと荒く鼻息を吐き出しながら気合いを入れる。視線は足元の荷物へ。
(まずはこれらを売って換金して……換金してからどうすればいいのかしら。働く場所を探せばいいの? わたくしが働く……どうやって?)
自分がまさかこんなに早く平民になるなど思ってもみなかった。
それもあんなに馬鹿にしていたのに、だ。
キャンディスがそんなことを考えていると馬車が停まる。
一時間くらい馬車に揺られていただろうか。
マクソンスは飴が入っていた巾着と隣にあった剣を手に取り立ち上がる。
(……マクソンスお兄様は何をするつもりなのかしら)
御者が来る前にマクソンスはさっさと馬車を降りてしまう。
どうやら彼はかなりせっかちのようだ。
アルチュールも目を擦りながら体を起こす。
御者が扉を開けてこちらの様子を伺っているではないか。
視線で『どうしますか?』と訴えかけられているような気がした。
意を決して荷物を持ち、反対側にアルチュールの手を握って馬車のステップをゆっくりと降りていく。
御者はキャンディスたちが転ばないようにと手を伸ばした。
キャンディスはどこに辿り着いたのか確認するために辺りを見回す。
(ここは……どこかの馬小屋かしら)
今にも崩れそうな木が積み重なっただけの小屋を見て、キャンディスは眉を顰める。
マクソンスは慣れた様子で馬小屋へと入っていくではないか。
(マクソンスお兄様はこんなところに自分の馬を……? 王宮に置けばいいのに)
キャンディスは不満に思いつつ、アルチュールの腕を引いていく。
また彼が泣き出してしまったらどうしようと思ったが、アルチュールは辺りの景色に気を取られているためか楽しそうにしている。
「キャンディスお姉様、今日からここで暮らすのですか?」
本を片手に持ちながらアルチュールは問いかける。
マクソンスは『今からお前たちに相応しい場所に連れて行ってやる』と、言っていた。
(わたくしたちは今日からここに住むというの!? 新しい家は馬小屋!? 絶対に嫌よ……! だけど宮殿から出た以上、文句は言っていられないわ)
キャンディスは覚悟を決めなければと、アルチュールの手を握り歩き出す。
「アルチュール、大丈夫よ! とりあえずマクソンスお兄様についていきましょう」
「はい……!」
そういえばアルチュールも宮殿からほとんど出たことがないはずだ。
彼もキャンディスと同じで狭い世界で生きてきた。
それなのに性格は曲がることなく、まっすぐに優しく育っていた。
キャンディスとは真逆の道を歩んでいたような気がした。
キャンディスがボコボコと整えられていない剥き出しの土の道を進んでいくと、次第に騒がしい子どもの声が聞こえてくる。
(馬じゃないの? どうして子どもの声がこんなところで聞こえるのかしら?)




