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キャンディスは不安から無意識にワンピースの裾をギュッと握る。
エヴァとローズの笑顔を思い出す。
もう二人に会えないと思うと、キャンディスも悲しくてたまらない。
今まで名前も覚えられず、どんどんと侍女を切り捨てていたのに今ではこんなにも胸が苦しい。
それと同時にヴァロンタンとの関係性も崩れてしまった。
もしかしたら愛されるかも、そんな期待があったからか余計に胸が苦しい。
「うっ、うぅっ……!」
「泣かないで、アルチュール……ぐすっ」
ハラハラと涙を流すアルチュールを見て、キャンディスまで泣きたくなってくる。
こんな気持ちは生まれて初めてだった。
マクソンスが前にいることも忘れて二人で抱き合いながらキャンディスは懸命にアルチュールを励ましていた。
「アルチュール、わたくしが絶対にそばにいるから安心してちょうだい」
「……あいっ」
「アルチュールはわたくしが立派に育ててみせますわぁ……!」
キャンディスもポロポロと涙が流れていく。
台詞と表情がまったくあっていないが、キャンディスはアルチュールを守るためにどんなことでもしようと決めた?
「はぁ…………」
そんな時、マクソンスの深いため息が聞こえた。
「……うるせぇな」
「マクソンスお兄様?」
マクソンスが剣を抜くのではないか、そう思っていると彼から差し出されるハンカチ。
以前のマクソンスからはかけ離れた優しい行動にキャンディスは唖然として動けなかった。
早く受けとれとばかりに差し出されるハンカチを受け取る。
「あ、ありがとうございます」
キャンディスはハンカチを受け取り、涙と鼻水だらけのアルチュールの顔を拭く。
マクソンスの眉がピクリと動いたのを見てキャンディスは察する。
(ハンカチを汚したことを怒っているんだわ……)
キャンディスは「洗って返しますから!」と必死に言い訳していると、マクソンスは横にある巾着のような袋から何かを取り出そうとしている。
キャンディスは警戒からアルチュールを守るために抱きしめると……。
「ほら、これをやるから黙れ」
「わあ……!」
「…………!」
マクソンスの手のひらにあったのは飴玉だった。
意外すぎるものにキャンディスは動けないでいた。
(マクソンスお兄様が飴……? 嘘でしょう?)
アルチュールは飴をもらい喜んでいる。
「マクソンスお兄さま、ありがとうございます」
「……あぁ」
アルチュールはキャンディスの真似してか『マクソンスお兄さま』と呼んだ。
マクソンスもそれには驚いているが、泣くのをやめてすっかり機嫌がよくなっていたアルチュールを見て満足そうに微笑む。
(マクソンスお兄様が笑った……? 嘘でしょう?)
キャンディスが眉を寄せて、マクソンスを見ていると彼と目が合った。
「なんだよ、その顔……」
「…………いえ、意外だったもので」
キャンディスの言葉に度々不快感を示すものの、殴りかかってくることも斬りかかってくることもない。
「で……どうして家出ごっこなんてしている?」
「家出ごっこ……?」
マクソンスはキャンディスとアルチュールの会話の内容を聞いて、何をしていたのか察したのだろうか。
もう十歳のマクソンスはキャンディスを馬鹿にするように口角を上げているではないか。
キャンディスは叫ぶように言った。
「──遊びではありませんわ!」
「……あ?」
「わたくしはっ、わたくしは……お父様に〝大嫌い〟って言ってしまったのです!」
マクソンスはわずかに目を見開いてキャンディスを見ている。
「もう終わりよ……このままではお父様に殺されてしまうんだわ」
キャンディスが項垂れていると頭上から「ブッ……」と噴き出すような笑い声が聞こえた気がした。
隣のアルチュールから聞こえたわけではないことは確かだ。
キャンディスは気のせいだと思い、顔を上げるがマクソンスが咳払いをしている。
(マクソンスお兄様がまた笑ったの? まさか……ありえないわよ)
以前のマクソンスはピクリとも笑わなかった。
笑顔なんて一番遠い人物だったはずなのに……。
(まだこの頃は、マクソンスお兄様も笑っていたのね)
アルチュールやリュカと同じでキャンディスが知らないことがまだまだたくさんあるのだろうか。
キャンディスが不満を感じてマクソンスを睨みつけると、彼は当然のようにこう言った。
「父上のお気に入りが何言ってんだ?」
「お気に入り……何のことを言っているんです?」
「まさか本当にわかっていないのか?」
「……? わかりませんわ」
キャンディスが首を傾げているとマクソンスは驚いているようにも見える。
(マクソンスお兄様は口数が少なすぎて何が言いたいのかわからないわ)
マクソンスは頭を掻くように腕を上げる。
貧乏揺すりも止まり、なぜか苛立ちも収まったらしい。
「お前のことだ」
「…………はい?」
「そんなことくらいで殺されるわけねぇだろうが」




