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キャンディスはどうやって自室に戻ったのか覚えていない。
ただ部屋に入ってフラフラと歩いた瞬間に絶望から膝から崩れ落ちる。
部屋で待っていたローズがいなければ、頭を強打していただろう。
「──キャンディス皇女様、大丈夫ですか!?」
「あっ……あぁ……っ!」
呼吸を整えようとするが、どうすることもできない。
キャンディスは愕然としつつ口元を押さえた。
(わたくしは何てことを言ってしまったの……っ!?)
口走った言葉は『大嫌い』である。
ローズの叫び声を聞きつけてか、エヴァが扉からキャンディスの名前を呼んで中へ入ってくる。
寝間着で全力で走ったせいなのか、大嫌いと言ってしまった焦りで冷や汗が出ているからかわからない。
いきなり走り出して帰ってきたキャンディスは震えている。
エヴァとローズは心配そうに何があったのか問いかけていたが、とても答えられる状況ではなかった。
「もしかして具合がわるいのですか!?」
「医師をお呼びした方が……っ」
キャンディスは小さく「やめて」と口に出し首を横に振る。
「私っ、ユーゴさんか皇帝陛下に知らせてきます!」
「──ダメよ! 絶対に知らせに行かないでっ」
キャンディスが怒鳴るように叫ぶと、ローズが狼狽えつつも足を止めた。
エヴァもキャンディスの様子を見て戸惑っているようだ。
その間もキャンディスは考えていた。
このままではヴァロンタンに殺されてしまうのではないか、と。
(今までいい皇女になろうと頑張ってきたつもりだったわ! けれど、わたくしはお父様に大嫌いと言ってしまった。言ってしまったのよ……っ)
いい皇女になるためにたくさん我慢した。頑張って耐えてきたものをキャンディスは一瞬で壊してしまった。
それからキャンディスの脳内に鮮明に蘇る処刑された時の記憶。
(あの時と同じ……わたくしはお父様に殺されてしまうのよっ!)
順調にいい皇女への道を歩んでいるかと思いきや突然訪れる処刑の危機にキャンディスはまたもやパニックになっていた。
(どうすればいいの……!? わたくし、ここで終わりになりたくない! もしかしたらお父様かユーゴがここに来るかもしれないっ)
今のキャンディスに抵抗する術はない。
そのまま牢屋行き、もしくは処刑台行きである。
このまま剣を持ったヴァロンタンが来たら……そう思ったキャンディスはあることを決意する。
「わ、わたくし……今すぐに逃げないと!」
「逃げる? 逃げるってどこへ……」
「お父様がいないところならどこだっていいわ!」
「……え!?」
「早くわたくしに着替えを!」
「は、はい!」
キャンディスは慌てて寝間着を脱ぎ捨てた。
エヴァとローズにワンピースに着替えるように指示を出す。
それから適当なカバンを手に取ると、クローゼットの中へ。
記憶が戻る前に商人から買い漁ったよくわからない小物や花瓶、ぬいぐるみなどをカバンがパンパンになるまで詰めていく。
(よしっ……! これを換金してわたくしはここから逃げるのよ)
それから髪も結えないうちに、裏口へ向かい全力で走っていく。
中庭を抜けて、表へ向かうとヴァロンタンたちと鉢合わせる可能性があるからだ。
とにかく彼らを避けてキャンディスは逃げなければならない。
「キャンディスお姉様……?」
走っていると本を持ったアルチュールに出会う。
どうやらキャンディスの部屋に本を持って向かおうとしたのだろう。
キャンディスはふともう二度とエヴァやローズ、アルチュールやジャンヌに会えないと悟る。
(アルチュールが、ずっと一緒にいるって約束してくれたのに……)
アルチュールと別れなければならないことがこんなにも悲しいと感じる。
けれどキャンディスは今、命の危機に瀕している。
引き摺るように持っていた荷物をその場に置いて、キャンディスはアルチュールを思いきり抱きしめた。
「アルチュール、わたくしのものを全部あげるわ」
「……え?」
「元気でね。幸せにならないと許さないんだから……!」
そう言ったキャンディスはアルチュールの額にキスをする。
涙が溢れそうになるのを押さえて、アルチュールに背を向けたキャンディスが荷物を持って走り出そうとした時だった。
歩き出そうとしたキャンディスだったが、重みを感じて振り返る。
するとアルチュールがキャンディスのワンピースを鷲掴みにしているではないか。
「アルチュール……?」
「ぼくはキャンディスお姉様とずっと一緒ですからっ」
「……ダメよ!」
「約束しました! キャンディスお姉様について行きます」
「離して、アルチュール」
「いやです! ぼくはキャンディスお姉様を守るんです!」
目に涙を溜めながら、今にも泣きそうなアルチュールを見てキャンディスはどうするべきか迷っていた。
(このままジャンヌが来たら……! でもアルチュールを巻き込むわけにはいかないもの)
キャンディスは容赦なくアルチュールの手を振り払い走り出した。
「アルチュール、ごめんなさい!」




