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当然のように答えたキャンディスにモンファは驚いたように目を見張る。
ユーゴの髪よりもずっと長くサラサラ流れるような髪を触ってみたいと思っている。
(どんな手入れをすればこんなにストレートでサラサラになるのかしら。わたくしは癖があるのに……羨ましいわ)
髪が揺れるのを見るたびに目で追いかけてしまう。
「で、ですが以前は我々の髪色や瞳の色を嫌っていたと聞きました!」
「……!」
キャンディスはその言葉を聞いて、モンファの言いたいことを理解する。
(そうだったわ……! わたくしもユーゴを死ぬほど嫌っていたんだったわ)
糸目でいつもヘラヘラと笑っているユーゴだが、モンファによれば自分が稼いだお金をすべてといっていいほど彼らのために使っているそうだ。
奴隷になっている一族を見つけたらすぐに買い取り、助けて匿っていると聞いて驚いていた。
(北の戦闘民族……ロンの一族だって、ユーゴが言っていたわ。ユーゴは彼らを守っているのね)
最近、キャンディスはユーゴを見つけるとサラサラの髪を触るのが癖になっている。
そのせいなのかユーゴは髪を伸ばして結えるようになった。
それがキャンディスのためだとは思っていないが、今は肩程の長さになっていた。
たまにではあるが、ユーゴが気まぐれに自分のことを話すことがあった。
その時にロンの一族だと教えてくれたのだ。
今は老若男女、三十人ほどが隠れるようにして暮らしているそう。
モンファも奴隷になり、絶望している中でユーゴに救われたそうだ。
けれど外にも出られずにやることといえば戦闘訓練や手合わせのみ。
気軽に買い物にすら行けない現状。
見つかれば悪魔だと石を投げられて暴言を吐かれてしまう。
影のようにひっそりと生きて、誰にも必要とされないまま死んでいく。
仕事といえば影として危険な任務をこなすしかない。
「アタシたちは戦いが得意な者もいれば、不得意なものもいます。女性となれば尚更……」
「……!」
十二歳になるタイミングで影としてこなす。
しかしもう女性の護衛をモンファ一人しかいないらしい。
「あなただけ……? 他の方は?」
「アタシ以外の影になった人たちはもう……戦えません」
「…………え?」
「危険な任務が多いですから……」
「仕事で大怪我をしてしまった。精神を病んでしまう、そんな理由で辞めてしまいました……本当にこんなことばかりで」
キャンディスも以前は何も事情も知らずに、髪と瞳の色だけで拒絶していた。
だけどこうしてみればキャンディスと何も変わらない。
グスグスと涙する姿は普通の少女だ。
これだけしか道がない、自由もない。たった一つの道も命の危険が伴い、ひたすら突き進むしかないのだろう。
そんな不自由さが少なからず以前のキャンディスと重なるような気がした。
「こんなことを……皇女様に言うべきではありませんでした。アタシは……どうかしていたんです。この場所しかアタシたちが生き残る道はないのに……」
モンファはそう言って俯いた。
六歳に話す内容ではないが、今は前の世界の記憶があるからか状況はしっかりと理解できる。
キャンディスがじっとモンファを見つめていると、彼女はフッと笑った後に膝をついてキャンディスに視線を合わせた。
「アタシはこの件の責任を取らなければなりません」
「責任って、どういうことかしら……?」
「護衛をやめて影の仕事に戻ります」
「……!」
「話を聞いていただき、ありがとうございます。気が楽になりました」
「モンファ、それはっ……」
「ユーゴ様が言ってくださったんです。キャンディス皇女様なら受け入れてくれると。ですがアタシが未熟なばかりに……申し訳ありません。失礼な態度をお許しくださいませ」
モンファはその場で深々と頭を下げた。
影たちの過酷な環境に胸を痛めないわけではない。
それに生まれがどうだって髪と瞳の色が珍しくたって関係ないではないか。
むしろなんでも持っていたキャンディスだったが、迎えたのは最悪の結末だった。
(これはわたくしが人に対して身勝手なことばかりして傷つけていたことへの罪滅ぼしよ! あとはわたくしは宮殿の外に出たいっ)
本音がポロリと溢れ出る。それにユーゴは女性の護衛はもうモンファしかいないと言っていた。
つまりモンファがいなければ、次の護衛が永遠に見つからないといことだ。
護衛は男性でいいというのも、あのヴァロンタンを説得しなければならずにハードルが近い。
(宮殿の中ばかりにいた、ということは宮殿の外にも目を向けろということよ……!)
ここで久しぶりにキャンディスのマイルールの登場である。
宮殿内で好き放題していたキャンディスだったが、多くの人間と関わり考えが変わっていった。
それにいい皇女へと着実に近づいているような気がするのだ。
モンファにはやめて欲しくない、そんな思いから反射的に体が動く。
立ち上がったモンファの足にしがみつくようにして引き止める。
「──お待ちなさいっ、わたくしは護衛が必要なのよ!」




