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黒いローブの影にキャンディスは悲鳴も上げることができずに固まっていた。
足音もなくこちらに近づいてくるモンファを見て、キャンディスは慌てて振り向いた。
「ちょ、ちょっと! 急に出てくるなんて驚くじゃないっ」
「…………」
何も言わずにこちらをじっと見ているのが恐ろしいではないか。
表情が見えない分、何もわからない。
「モンファ……?」
「アタシはあなたを認めない」
「…………は?」
急に出てきて何を言い出すのかと思いきや、認めない発言に驚きである。
キャンディスの苛立ちスイッチが簡単にオンになったが、今まで怒りを抑えることが癖になっていたおかげかなんとか踏みとどまる。
キャンディスが睨みつけるとモンファもローブを取り去った。
高く結えた長い黒髪がさらりと流れる。
「一週間、あなたを見ていました。ですが認められない」
「なっ……! わたくしの何が認められないというのよ」
キャンディスはモンファの前に立つが、キャンディスの方がずっと背が低いため見上げるような形だ。
モンファの鋭い視線に負けじと睨みつける。
それにモンファがキャンディスのそばを離れるということは、護衛がいなくなり外に出るのが遠のくではないか。
アルチュールはああ言っていたが、決定権はキャンディスではなく、モンファにあったのかもしれない。
(ど、どうしろっていうのよ……! わたくしモンファを傷つけてないし、話しもしていないじゃない)
キャンディスは次第に悔しさが込み上げてくる。
苛立ちをぶつけてやろうかと思っていると、モンファが口を開く。
「あなたはすべてを持っている」
「すべて……わたくしが?」
「……皆に愛されて大切にされているあなたにはアタシたちの気持ちなんてわかるわけがないわ」
ポツリと呟くように言ったモンファの言葉にキャンディスが目を見開いた。
誰が誰に愛されているというのか。
それに『アタシたち』というのも気になってしまうではないか。
今までずっとキャンディスに無関心だったモンファが初めて露わにする感情。
それは以前のキャンディスと近いものがある。
だからこそ心を揺さぶり、気になるのかもしれない。
キャンディスはモンファに言い逃げされないようにと掴みかかる。
「わたくしが誰に愛されているというのよ。それとアタシたちってどういうこと?」
「あなたは恵まれている。だけどアタシたちは……っ」
モンファの目からはポロポロと涙が溢れ落ちる。
それにはキャンディスがギョッとして驚いていた。
まさか自分より一回り上の少女に泣かれるとは思いもしなかったからだ。
(ユーゴが腕は確かだけど、未熟って言っていたけどそういうこと!?)
だがモンファは十二歳の少女だ。未熟なのは当然な気がした。
こうして感情を露わにしているモンファはキャンディスを見ていて思うところがあったのだろうか。
(こういう時、どうすればいいのかなんてわたくし知らないわよ! 習っていないもの……!)
キャンディスがオドオドしつつも、なんとか彼女に声を掛けようと言葉を絞り出す。
「あ、あなたの気持ちをわたくしが聞いてあげるから話しなさい! これは命令よっ」
「……っ!」
キャンディスの命令という言葉に自分が護衛であることを思い出したのだろう。
「ぁ……」と呟く小さな声。
それから上を見ている辺り、モンファを監視している影がいるのだろうか。
モンファが震えていることがわかったキャンディスは彼女が見ている場所を見上げながら叫んだ。
「モンファと二人で話をさせてちょうだい!」
「…………!」
「わたくし、彼女と話がしたいの。あと、このことはユーゴに報告してはダメよ!」
キャンディスがそう言うと、カサリと布が擦れる音が微かに聞こえたような気がした。
了承の合図ではなさそうだ。もし彼がユーゴに報告に行ってしまえば時間がないではないか。
やってしまったと言いたいげに眉を寄せたモンファから次第に力が抜けていくのがわかった。
「…………」
「ユーゴがどう判断するかわからないから早く話しなさい!」
「どうしてそこまで……アタシはこんなことをしたのにっ」
モンファの驚いたような表情を見て、キャンディスは返す言葉を探していた。
「勘違いしないでっ! わ、わたくしの護衛がいなくなると困るだけよ……!」
これはモンファのためではなく、自分自身のためだと言い聞かせていた。
突然、敬語になるモンファに違和感を覚えた。
だが冷静さを取り戻しただけなのかもしれないが。
キャンディスは彼女に早く話すように促す。
するとモンファは覚悟を決めたように震える唇を開いた。
「幸せそうなキャンディス皇女様を見ていたら気持ちが抑えられなくなってしまって……」
「え……?」
「アタシたちの居場所はこの国にはありません。今はユーゴさんが守ってくれていますが、これ以上は……もう」
「それはどういうこと?」
モンファは目に涙を浮かべている。
「……ッ、キャンディス皇女様はアタシたちを見て何も思わないのですか!?」
「えぇ、特には」




