1.サイジア町の今
はじめまして!
この小説はいわゆる転生ものですが
魔法もスキルもありません。
異世界かどうかもよくわかりません。あしからず・・・
-ロイデン王国 東部 サイジア町 町長室-
サイジア町 町長は部下の報告を聞きながら、悩んでいた。
「小麦などの穀物類は昨年に比べ40%、野菜などは30%値上がりしている他、
石炭などの燃料類は50%以上の上昇がみられます。その原因は・・・」
「いい、言わなくてもわかっている・・・」
町長は50代そこそこでこのサイジア町の町長を引き継いでから10年となる。
10年前、ロイデン王国とリラク王国が不可侵条約が結ばれた。
不可侵条約と同時に通商条約を結んだロイデン王国とリラク王国の両国は交易が盛んになった。
このサイジア町は隣国リラクへの国境に通じる街道の要所であり、交易により人と物、金が集まり、発展し、20年前は人口1000人程度の街が今や5万人までに人口が増加している。
交易の最大の恩恵を受けた町、それがサイジア町なのである。
「しかし、そのリラク王国と戦争となるとはなあ・・・」
町長は頭を抱え、深いため息をつく。
「まさか隣国のリラクが突然条約を破棄し、宣戦布告を行って、
戦争を起こすなど1年前には予想もできなかったことです。」
若い部下も町長と同じ深いため息をつく。
「長年表面上は隣国とは平和であったんだ・・・。誰にもこの状態を予想はできんよ。」
突如平和は破られ1年前この国は戦争状態に突入したのだ。
「しかし、このサイジア町はロイデン王国軍によって、最悪の事態は免れたのは不幸中の幸いでしたよ。
リラク国の大軍が実際にこの街の目と鼻の先まで迫ってきた時の光景は今でも忘れられません。」
若い部下は我が身を抱え、ブルっと震えて見せた。
「ああ、あの時、私も最悪このサイジアはリラク国の一部になると覚悟したよ。
・・・ロイデン王国軍を見るまでは。」
リラク王国軍は2万もの大軍を引き連れて、サイジア町へ通じる街道からこの国に奇襲をかけてきたのだ。平和の世で1万以上の軍隊の行進など見たこと街の住人は一時恐慌状態に陥ったほどだ。
しかし、ロイデン王国軍はリラク王国軍の動きを察知しており、リラク王国軍の奇襲に対し、
『奇襲』をかけ、何度かの衝突を経て、サイジア町が侵攻される前に見事に敵を潰走させたのだ。
これが半年前の出来事である。
しかし、これによりリラク王国軍は多少のダメージを受け、撤退したものの、
大きな損害とは言えず、リラク王国の国境付近に勢力を維持しているという噂である。
つまり、再度侵攻の恐れがあり、現在ロイデン王国とリラク王国は一触即発の状態である。
「現在、国境に通じる検問は閉じられています。
これによりリラク王国からの交易品は完全に停止しています。
ロイデン王国とリラク王国との和平交渉も進展がないようで、検問所の開放がいつ始まるか、目途もつきません・・・。」
部下は報告を続け、更に町長の顔は暗くなる。
両国の交易の停止は街の経済に不況を呼び、部下の報告にあったようにあらゆる食料や資材の物品不足や物価高騰に繋がっていた。
戦争の膠着状態と街の経済の疲弊、この大きな二つの問題に加え、町長にはもう一つの悩みを抱えていた。
「そして、盗賊団の問題ですが・・・」
最近出没する盗賊団の存在である。
「ふ・・・・。リラク王国もはた迷惑なものを置いて帰ったものだ・・・」
「はい、前にも報告しましたが、この盗賊団は元々リラク王国に雇われた傭兵団でして、この傭兵団の団長はリラク王国の一男爵貴族が仕切っているようです。」
この元傭の盗賊団は戦争時にはリラク王国軍本体と別行動をとっており、
この近辺の村へ略奪やロイデン軍に発破をかける攪乱部隊のような存在だったようだ。
そして、リラク王国がここから撤退する際にこの傭兵部隊の隊員を
すべて『現地』で解雇を言い渡し、現地で解散してしまったのだ。
こうして残された傭兵部隊は元傭兵部隊となり、攪乱のために行っていた略奪行為を本業とするようになるのに、そう時間はかからなかった。
そして現在、元傭兵部隊の盗賊団はサイジア町から馬で4-5日進んだ国境近辺の砦を占領し、近辺の村や商団の略奪行為を働いている。
「男爵とはいえ、軍人が指揮している上に1000人規模盗賊団とは・・・。」
通常この付近の盗賊団とは大きな規模でも10~20人程度のものであり、通常あれば街の自警団を編成し、対処できる存在である。
しかし、およそ1000人規模で、傭兵と言えど元軍人、ロイデン王国という強固な砦に立てこもっているとの条件が重なれば、さすがに手に余る。
「この半年で盗賊団による商輸送団の被害が6件が確認されています。
被害の噂が近隣の街に広がっているようで、サイジア町へ主な商団が輸送に慎重になっています。」
若い部下は苦虫を嚙み潰したような顔で報告をする。
「このままリラク王国との交易が停止し、ロイデン王国国内からも流通がなくなれば、サイジア町は滅んでしまうぞ!」
町長は机を思わず、叩いて怒鳴る。
「ロイデン王国へこの盗賊団の討伐の要請を再三送っているが何と言っている?」
「それが・・・直接大きな被害がないとのことで本部の軍を
動かすことはできないということです・・・」
「なんだと!」
町長は驚きと怒りが混じった顔で部下を見た。
「街には直接の被害はないと言えど、近辺の村や輸送中の商談は襲われているんだぞ。
それでも国は動かないというのか?!」
ロイデン王国軍はリラク王国軍の撤退した後に、軍の半数ほどは本体である首都都市に戻り、その残りは元々務めていた駐屯地に守備兵として戻っている。
本来、国の治安を守るのは国の各所に築城された駐屯地の守備部隊の役目ではあるが、サイジア町に最も近い駐屯地は現在盗賊に占領している砦という有様である。
「これは断言できませんが、国は何かどうやら軍を動かせない理由があるようでこちらの要請を後回しにしているようです・・・」
「動かせない理由だと? また他と国に侵略の動きを見せているのか?」
町長は部下の推測に怪訝な顔をした。
しかし、ロイデン王国はリラク王国とは反対側にサウジア国、イスラール国の大国が隣接しており、
いずれの国とも友好な関係とは言えない。
「わかりません・・・ただ、国は軍を動かすことにかなり慎重、というより消極的なようです。」
「・・・・・わかった。報告御苦労」
町長は報告を終えた部下を下がらせ、無言でうなだれる。
町長は町長室の机の上に文字通り頭を抱えたまま悩んでいる。
町長となって10年となるがこのような事態は初めてである。
「このまま食料不足や高騰が続けば、いずれ暴動が起きる・・・。
そうなれば治安悪化やサイジア町から商売や人材の流出でどれだけ経済損失につながることか・・・」
町長の不安はつきない。
「手始めに盗賊団だけでも何とかして、町民からの支持を得たい・・・」
町長といえどやはり町民の支持が気になる。
「いっそのこと盗賊の討伐のため、町民に義勇兵を募ってみるか・・・?」
国が動かないならいっそのこと自分たちでと考えたが
「しかし、この資材や食料が高騰した現状で必要な物資が集められるかどうか・・・、
途方もない費用が掛かることもそうだが義勇軍を指揮でき、かつ信用のおける人間に心当たりはない。下手なことをすれば損害だけが生じてしまう。」
解決策がまるで見いだせない。
コンコン
「失礼いたします。」
ドアをノックする音がし、秘書が町長宛の手紙の束を持ってやってくる。
サイジアの街は5万人を超えるこの国ではかなり大きな町でもはや地方都市といっても過言ではない。
町長のもとには街の有力者や王国役人からの陳情や連絡書など手紙がくるのである。
そして今はその大半が町長と同じ悩み、食料品や物資と価格高騰に対する対応要請と盗賊団のことである。
(わざわざ陳情してこなくてもわかっている!)
町長はイライラしながら手紙の束を仕分けていく。
そして、その中に町長宛で差出人が書かれていない手紙が一通あった。
手紙には赤い蝋、花の模様で封がされている。
「この花は確かキクとか言ったな・・・。あの人か!」
急いで封を開けると短い一文で
『今夜この前と同じ場所で待つ』
と書かれていた。
この盗賊団の出現したころから、仲介人への連絡を通じて接触を図っていた人物からの手紙である。
(あの人なら何とかできるか・・・?)
町長は手紙を握り、藁をも掴む気持ちであの人に賭けてみようと思いたった。