第94話 猛者たちの動向(前編)
ヨネシゲが召集令状を貰い、意気消沈している頃。
エドガー・改革戦士団連合軍の大軍勢が、南都に向けて進軍していた。
その大軍勢の中程には、数台の馬車が一列に並んで走行していた。そのうちの一台に、ある3人の男女の姿があった。
「何故、俺まで南都に赴かねばならんのだ……」
馬車から流れ行く景色を眺めながら、そう言葉を漏らす中年男の正体は、グローリ地方領主「エドガー・ブライアン」だ。
エドガーの向かいには、改革戦士団最高幹部のダミアンと、同じく幹部のジュエルの姿があった。
ダミアンは不機嫌そうにするエドガーを見つめながら、笑い声を上げる。
「ハッハッハッ! まあ、そう怒るなってよ、旦那。ウチの総帥さんが、どうしてもアンタを連れてけって言うからよ」
ダミアンの後に、ジュエルが言い聞かすようにして口を開く。
「エドガー殿。あなたを守るためです。我々が離れたヴィンチェロは手薄。ウィンターと和睦を交わし、後顧の憂いが無くなったタイガーが、いつ攻めてきてもおかしくはありません。彼に攻め入られたらヴィンチェロは一溜まりもないでしょう……」
ジュエルの言葉を聞き終えたエドガーは、苛立った様子を見せる。
「おいおい、冗談じゃないぞ!? 城には多く家臣を残しているんだ。それにお前らの部下たちがヴィンチェロ周辺に防衛線を張ってるんだろ!? そう簡単に落とされては困るぞ!?」
ご立腹気味のエドガーをダミアンが宥める。
「フフッ。安心してくれよ、旦那。既にアルプ領には腕の立つ連中を大勢送り込んで牽制している。流石のタイガーも改革戦士団のエリート集団相手に手を焼くはずさ」
「ちっ……」
エドガーは舌打ちしながら踏ん反り返るも、ダミアンたちの言葉に、一定の理解を示したようだ。その直後、エドガーは別の話題をダミアンに振る。
「ところで、マスターは何処へ行ったのだ? 俺たちと別行動しているようだが……」
ダミアンはニヤッと笑みを浮かべた後、彼の問い掛けに返答する。
「総帥さんはカルムに向かったぜ」
「は? 何故、カルム領に? 南都攻めと何の関係がある?」
「フフッ。南都攻めとは関係ねえ。これは、総帥さんの趣味さ……」
「趣味?」
「ま、旦那には関係ねえよ……ふわぁ~、眠っ。俺、ちょっと昼寝するわ。おやすみ……」
趣味とは何のことだろうか? 首を傾げるエドガーを横目にしながら、ダミアンはジュエルの膝枕で昼寝を始めるのであった。
――同じ頃。カルム領の隣、ブルーム領郊外の田舎道を数十名程の王国軍兵士が移動していた。その彼らに護衛されながら、一台の銀色の馬車が走行していた。
その馬車の中には、一人の中年男の姿があった。
「ふわぁ……眠いな……」
欠伸を繰り返し、今にも眠りに落ちそうなこの中年男の正体は、トロイメライ王国官僚「シールド」だった。
彼は昨日、カルム領主に徴兵令の通達を行った。その足で隣領ブルームに赴き、ブルーム領主にも徴兵令の通達を行おうとしていた。
「遠い。遠すぎる……あと何日掛かるんだ……?」
シールドは、虚ろ目で首をこくりこくりと揺らしながら、独り言を漏らしていた。
シールドが眠りに落ちようとした時、事件が起こる。
突然、乗っていた馬車が急停車。シールドの体は前方へ飛ばされてしまう。シールドの顔面は前方の窓ガラスに激突してしまった。彼は窓ガラスから顔を離した途端、鬼の形相を見せる。
「貴様っ! 何をやってやがるんだ!」
シールドは怒鳴り声を上げると、前方の窓から御者を睨みつけようとする。しかし、そこには御者の姿はなかった。
シールドが不思議に思い、辺りをキョロキョロと見渡していると、側面の窓から、全速力で走り去っていく御者の後ろ姿が見えた。それだけではない。護衛として同行していた兵士たちも、御者と一緒になって走り去っていく。
「お、おい!? どこへ行く!? 一体どうなっているんだ!?」
シールドが呆気に取られていると、反対側から、兵士たちの悲鳴が聞こえてきた。シールドは咄嗟に悲鳴がした方向へ視線を向けると、彼は恐ろしい光景を目にする。
「ヒィィィッ! 何だアレはっ!? ドラゴンかっ!?」
シールドが見たもの。それは、大きな翼を広げ、鋭い牙と鋭い爪を覗かせながら、こちらを睨みつける、巨大な赤いドラゴンだった。
ドラゴンは、逃げ回る兵士たちを次々と捕食していく。シールドは叫ぶ。
「うわぁぁぁ! お助け〜!」
その光景に恐れをなしたシールドは、馬車から脱出すると、近くの掘っ立て小屋に身を潜める。しかし、その一部始終をドラゴンは見逃さなかった。
ドラゴンはゆっくりと掘っ立て小屋に近付くと、大きく息を吹き掛ける。それは人が立っていられない程の強風だった。
当然、粗末な作りだった掘っ立て小屋は、いとも簡単に吹き飛ばされてしまう。気付くとそこには、木箱に座るシールドの姿があった。
余りにも突然の出来事に、状況が理解できていないシールドは、間抜けな表情を浮かべながら、ドラゴンを見上げる。そして彼はドラゴンを説得するようにして語り掛ける。
「ヒッ!? ちょ、ちょっと、待てよ……俺は食っても美味くないぞ? あっ、そ、そうだ! あっちに肥えた御者が逃げて行ったから、そいつを食うといい……!」
ゆっくりとシールドに迫りくるドラゴンの顔面。そして、ドラゴンは大きく口を開く。
「や……や……いや〜! やめろ〜!!」
ドラゴンは、シールドの頭部に齧り付くと、その体を大きく振り回す。その後、シールドはドラゴンに丸呑みされ、絶命した。
その様子を少し離れた場所から見つめる、3人の男の姿があった。そのうちの一人が、音声を合成したような低い声で言葉を発する。
「ほほう。よく食う想獣だな。これは期待できる……」
この不気味な声の持ち主は、黒を基調とした衣装を全身に纏い、顔を銀色の仮面で覆っていた。そう。彼の正体は改革戦士団総帥「マスター」だった。
そのマスターの背後には、2人の青年の姿があった。
一人は、狂気じみた笑みを浮かべる、金色の短髪と、腕の入れ墨が特徴的な、ガラの悪い男。彼は改革戦士団第5戦闘長の「ロイド」だ。殺しを趣味と公言する残忍な元殺し屋である。
もう一人は、紫色の髪と冷たい眼差しを見せる、クールな印象の男。彼もまた、改革戦士団の一員であり、第6戦闘長を務める「ナイル」である。凶暴な想獣を召喚して自在に操ることができる、想獣使いだ。そして、シールドを食らったドラゴンとは、ナイルが召喚した想獣だった。彼は想獣にエネルギーを補給するため、たまたま発見したシールド一行を襲い、捕食させたのだ。
ナイルはマスターの言葉に反応する。
「コイツの食欲はこんなもんじゃありません。あと2・300人は食べないと気が済まないでしょう」
ナイルの返答を聞いたマスターが高笑いを上げる。
「オッホッホッホッ! そうであるか。ならもう少し我慢してもらわねばな。カルムに到着したら、好きなだけ想人を食わしてやるからのう……」
するとロイドが不気味な笑い声を漏らしながら、マスターに声を掛ける。
「イッヒッヒッ。総帥、俺が殺す分もちゃんと残しておいてくださいよ」
「安心しろ。お前にもしっかりと暴れてもらう」
マスターたちは会話を終えると、想獣の背中に飛び乗る。
マスターは両手を広げながら言葉を発する。
「さあ、行こう! カルムの街を赤く染め上げようではないか!」
マスターの台詞に、ロイドとナイルは不敵な笑みを浮かべながら頷く。
3人を乗せた想獣は、カルム領を目指し飛び立って行くのであった。
つづく……




