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第93話 憂いのリビング



 召集令状

 南都アナザローヤルの防衛召集を命ずる。

 本令状を受け取った男子は、各領主の指示に従い、直ちに出立せよ。集合場所は南都・トロピカル城前とする。

 尚、領政に関わる役人、学生、傷病中の者は、本令状を無効とする。

 以上 




 ――淀んだ空気が支配するカルムの街には、皮肉にも雲一つない爽やかな青空が広がっていた。

 本来であれば、買い物客で賑わう時間帯。しかしカルムの街は閑散としており、出歩く人々も疎らである。

 商店街や市場の各店舗、学校、役場などが閉まったままであり、カルムの都市機能は失われている状態だ。


 今朝方、突然届いた召集令状。それはカルムの人々に大きな混乱とショック、不安を与えた。

 召集令状を貰った者たちは意気消沈しており、その内の一人にヨネシゲ・クラフトが居た。

 沈黙するリビング。ヨネシゲは召集令状を手にしながら、ソファーに腰掛け俯いていた。そして向かいのソファーには、ルイスと、先程駆け付けてきたメアリーが、険しい表情で座っていた。

 ソフィアはショックの余り自室で寝込んでおり、アトウッド兄弟はリタとトムに連れられ、エイド家宅に移動している。


「はぁ〜マジか……」


 ため息を漏らしながら言葉を口にするヨネシゲ。同じ台詞を何回繰り返したことだろうか?

 しばらくの間、沈黙が続いていたが、ここでヨネシゲが胸の内を明かす。


「どうしてだ……どうして俺なんだ? 届いていない奴も居るっていうのに。戦なんてしたくねえよ……俺はソフィアとルイスと、ここに居たい……」


 ヨネシゲの言葉を聞いたルイスとメアリーは瞳を閉じながら俯く。

 再びリビングに沈黙が流れる。すると、ルイスが突然ソファーから立ち上がり、ヨネシゲに声を掛ける。


「父さん! 大丈夫だよ!」


「ル、ルイス?」


 何が大丈夫なのか? ヨネシゲは不思議そうにしてルイスの顔を見つめていると、彼は予想外の言葉を口にする。


「こんな召集令状、俺が無効にしてやる! 直接領主様に掛け合ってくるよ!」


「な、何だって!?」


「大丈夫だよ。俺と領主様の息子アランさんは幼馴染。固い絆で結ばれている。その俺がお願いすれば、こんな召集令状、無かった事にしてくれるさ! きっとアランさんも口添えしてくれるよ!」


 ルイスはそう言い終えると、ヨネシゲから召集令状を取り上げる。


「お、おい! ルイス!」


「俺たちの幸せをぶち壊すなんて、誰であろうと許さない! こんな召集令状、領主様に突き返してやるんだ!」


 ルイスはそう言い終えると、リビングを飛び出そうとする。その時、メアリーの怒号がリビングに響き渡る。


「やめなさいっ! みっともない真似するんじゃないよっ!」


 メアリーの言葉を聞いたルイスは、怒りを滲ませた表情を見せると、彼女の前まで駆け寄り、怒鳴り声を上げる。


「伯母さんっ! みっともないってどういう事だよ! 父さんは戦場に行くことになるんだよ!? 家族としてそれを全力で阻止するのは当たり前のことだろ!? 伯母さんは、自分の弟のことが心配じゃないのかよ!」


「お、落ち着け、ルイス……」


 透かさずヨネシゲがルイスを宥める。その様子を見つめながら、メアリーが口を開く。


「あんた、この令状の意味をわかってるのかい? 自分たちの幸せが優先できるなら、召集令状なんて要らないよ。これは国からの命令だ。従うしかない。ウチらの領主様だって、覚悟を決めて上からの通達を受け入れている筈さ。あの人は優しい人だから、苦渋の決断だっただろうね。故に、あんたが掛け合ったところで、その令状が無効になることはないよ……」


 元軍人故か、召集令状について淡々と語るメアリー。するとルイスは我慢ならなかったのか、突然怒鳴り声を上げる。


「伯母さんは鬼だっ! そんなの軍人の考えだよ!」


 メアリーも反論するようにして声を張り上げる。


「そりゃ私だって、実の弟を戦場なんかに行かせたくはないよ! 元軍人だからこそ、戦の怖さは知っている!」


 そこまで言い終えたメアリーは、大きく深呼吸をすると、ルイスを諭すように言葉を続ける。


「でもね、ルイス。もうどうする事もできない。届いてしまった以上、行くしかない……行かせるしかないんだよ。エドガーと改革戦士団がこの国を脅かしているというなら、皆で協力して、それを阻止しなくちゃいけない。それが、この国に住む者の義務だからね……」


「そんなの……受け入れられないよ……」


 メアリーの言葉を聞いたルイスはその場に立ち尽くす。そんな息子にヨネシゲは優しい口調で声を掛ける。


「ルイス、心配してくれてありがとな。ありがとな……」


 ヨネシゲはルイスの背中を擦りながら、その顔を覗き込む。すると彼は大粒の涙を止め処なく瞳から零していた。


「ル、ルイス……」


「くっ……!」


「お、おい……!」


 ルイスは悔しそうな表情を見せると、召集令状を投げ捨て、自室へと走り去っていった。ヨネシゲはその様子を目にしながら呆然と立ち尽くしていると、メアリーから声を掛けられる。


「シゲちゃん、ごめんね。ルイスには、ちょっと言い過ぎちゃったようだわ……」


「いいんだ、姉さん。謝らないでくれ。ただ、あの子には少々酷な現実だな……」


「それは、私たちも同じよ……」


「ああ。そうだったな……」


 2人の会話が途切れたと思うと、玄関から聞き慣れたガラガラ声が聞こえてきた。


「ヨネさん! ヨネさんは居ますか!?」


「ドランカドだ……!」


 玄関から聞こえてきたのは、ドランカドの声だった。ヨネシゲは急ぎ玄関に向かい、彼を出迎える。


「おお、ドランカドか! どうしたんだ?」


 ヨネシゲがドランカドに要件を尋ねる。すると彼は、懐から三つ折りにされた書面を取り出す。それを見たヨネシゲは落胆した様子で言葉を漏らす。


「やはり、ドランカドの所にも……」


「ええ。参っちゃいましたよ……」


「ヨネさんも令状届いているんですよね?」


「ああ。残念だが届いているよ……」


「あちゃ〜。ヨネさんもか……」


 ドランカドは苦笑いを見せながら頭を掻く。そしてヨネシゲに肝心の要件を伝える。


「そうとわかったら、ヨネさん。今日の昼過ぎになったら、一緒にカルム中央公園に行きましょう」


「カルム中央公園に?」


「ええ。領主様が、令状が届いた者たちに向けて説明会を行うそうです」


「説明会か……」


「そこで詳しい話が聞けると思います」


「ああ、わかった。行こう」


「そんじゃ、昼飯食ったら迎えに来ますよ」


「よろしく頼むよ」


 突然届いた召集令状。詳しい説明はまだ何も受けていない。今は昼下がりを待つしかない。



つづく……

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