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第92話 徴兵令

 月明かりに照らされる静寂な夜。

 カルム領主のカーティスは、屋敷のバルコニーから満天の星を見上げていた。


「許せ……カルムの民たちよ……」


 そう言葉を漏らす彼の頬には、一筋の涙が伝っていた。





 同じ頃、その屋敷の一室では、アランがベッドの上で深い眠りに就いていた。

 彼はカルム領主カーティスの息子にして、カルム学院空想術部の部長を務める、王国内では名の知れた存在だ。

 アランもルイスと同じく、空想劇の再公演を心待ちにしていた人物の一人であり、今日は夜遅くまで彼と共にリハーサルを行っていた。

 帰宅したアランは、食事と風呂を済ませると、父親と顔を合わすことなく、自室へ向かった。張り切り過ぎた為か、相当疲れていたのだろう。彼はベッドに入るなり、十数秒程で眠りに落ちた。

 故に、彼はある異変に気付く余裕が無かった。




 ――それから1時間程が経過した頃だろうか。

 アランはある人物の声で目を覚ます。


「ん? なんだ……?」


 突然外から聞こえて来たのは、父カーティスの張り上げるような大声。物音一つしない静寂な夜であるため、その声は際立っていた。

 アランは自室の窓から、恐る恐る外の状況を確認すると、彼は目を疑うような光景を目にする。

 屋敷の庭には、所狭しと大勢の領主軍兵士や保安官が隊列を組んでいた。そして彼らが視線を向ける先には、アランの父カーティスの姿があった。


「ち、父上。一体何を……?」


 アランが呆気にとられていると、カーティスが言葉を締めくくる。


「カルム中心部に関しては、夜が明けるまでに配り終えるように! 方々、宜しく頼むぞ!」


 カーティスがそう言い終えると、兵士や保安官は一斉に屋敷の外へと走り去って行った。と同時に、アランは寝間着を着たまま、自室を飛び出す。やがて彼は、カーティスが居る屋敷の庭に到着する。そこでアランが見たものとは、その場に座り込み俯いている、父の姿だった。アランはゆっくりと父の元に近寄っていく。


「ち、父上。どうされたのですか……? 何か事件ですか!?」


 アランが問い掛けるも、カーティスから返事がない。心配になったアランは彼の前にしゃがみ込むと、その肩を大きく揺さぶる。


「父上! 一体何があったのですかっ!? しっかりしてくださいっ!」


 必死に声を掛けるアラン。

 ここで突然、カーティスがアランを抱きしめる。


「ち、父上……!?」


 案の定、アランは困惑した様子を見せる。するとカーティスは声を震わせながら、突然謝り始める。


「すまぬ、すまぬ……」


「突然、どうされたのですか……?」


「アランよ……お前には、辛い思いをさせてしまう……」


「辛い思いって……?」


 やがてアランは、カーティスの口から衝撃的な真実を告げられることとなる。




 ――日の出を迎える頃、カルムの空は徐々に明るさを増していた。

 仮眠を終えたヨネシゲは、早朝の巡回警備を行っていた。この巡回は各門、各校舎の鍵開けが主な作業となっている。

 全ての巡回を終えたヨネシゲは、正門前への移動を始める。


「さて、そろそろ体育の先生と、陸上部の部長が来る頃だな……」


 間もなくすると、守衛の間で「早朝登校組」と呼ばれている生徒と教員が登校してくる時間帯だ。

 ヨネシゲは彼らの顔を思い浮かべながら出迎えのため正門に向かう。早朝登校組を出迎えることは、ヨネシゲの日課となりつつあった。

 正門に到着したヨネシゲは、早朝登校組の到着を待つ。ところが、彼らは普段登校する時間を迎えても、一向に姿を現さなかった。


「あれ、おかしいな……もう来てもいい時間なんだけどな……」


 ヨネシゲは不思議に思いつつも、彼らの到着を待ち続ける。すると意外な人物が先に姿を現した。


「ヨネさんっ!!」


「学院長!?」


 正門に姿を現した人物とは、学院長のラシャドだった。

 ラシャドが出勤してくる時間は、他の教員と比べて早い部類に入るが、彼がこの時間に出勤してくることは珍しいことだ。

 ラシャドは何やら慌てた様子だ。透かさずヨネシゲがその理由を尋ねる。すると彼は前置きした後、衝撃的な事実を伝える。


「ヨネさん、落ち着いて聞いてくれ。心の準備をして欲しい」


「え、ええ……それで、一体、何があったんです?」


「徴兵令が発布された……」


「え? 何ですって? もう一度お願いします」


 ヨネシゲは確かに「徴兵令」という言葉を耳にした。しかし、余りにも非現実的な言葉に、ヨネシゲは我が耳を疑った。するとラシャドが再び口を開く。


「ヨネさん! 徴兵令だ、徴兵令だよ!」


「ご冗談でしょ!? そんなもん、いつ発布されたんですか!?」


「そりゃ私もわからんよ! しかし、今朝、近所の男たちの元に召集令状が届いていたのだ。私の所には届いていなかったが、聞くところによると、他の者たちにも召集令状が届いているそうだ。恐らく、ヨネさんの家にも……」


「そ、そんな……」


 突然の報告に、ヨネシゲは顔を青ざめさせながら、言葉を失っていた。


「ヨネさん、今日はもういい。帰宅の準備をしなさい」


「し、しかし……」


「大丈夫、今日は臨時休校にするから。これでは他の教員や生徒たちも授業どころではないだろう……後は私に任せなさい」


「ありがとうございます。すみませんが、後はよろしく頼みます」


「うむ! それと守衛所にはイワナリ君たちも居るのだろう? 彼らにも帰宅するよう伝えてくれ!」


「了解です!」


 ヨネシゲは大急ぎで帰宅の準備を始めると、イワナリたちと共に学院を飛び出した。


 ヨネシゲは学院を出た途端、自宅を目指し全力で疾走する。歩けば20分以上掛かる道のりだが、走れば10分程で到着できる。

 途中、カルム市場に差し掛かったヨネシゲは、早速ある異変に気が付く。


(もう日は昇っているのに、どの店も閉まったままだ。こんな光景見たの初めてだよ……)


 例外なくこの世界の市場も朝が早く、この時間帯から営業を始めている店舗が大半を占める。しかし、今日の市場は閑散としており、準備すら行われていない店舗が多数存在した。ヨネシゲがこの空想世界に転移してから、初めて目にする光景だった。ヨネシゲは、そんな異様な雰囲気の市場を横目にしながら、家路を急いだ。


 やがて、自宅に到着したヨネシゲは、玄関の扉を開くと、明かりが漏れ出しているリビング目指し、一気に廊下を駆け抜けていく。

 ヨネシゲはリビングの扉を勢いよく開く。そこで彼が目にしたものは、ソファーに腰掛け俯く妻ソフィアと、その隣で母親の背中を擦る息子ルイス、そして少し離れた位置で呆然と立ち尽くすアトウッド兄弟の姿だった。

 まだ勤務中であるヨネシゲが、突然帰宅してきたことに、ルイスとアトウッド兄弟は驚いた表情を見せる。透かさずルイスが理由を尋ねる。


「父さん、どうして!? 仕事はどうしたの!?」


「説明は後だ。それより……」


 ヨネシゲはルイスの質問を保留にすると、ソフィアの正面まで歩み寄る。


「ソフィア、大丈夫か?」


 俯いたままのソフィアだったが、ヨネシゲの声を耳にして、ゆっくりと顔を上げる。そして、ヨネシゲは彼女の表情を見て心を痛める。

 ソフィアは悲痛な表情で大粒の涙を流しながら、ヨネシゲの瞳を見つめていた。そして、彼女の震える両手には、一枚の書面が持たれていた。


「どうしよう……どうしよう……」


 ソフィアは掠れるような声で言葉を漏らすと、ヨネシゲにその書面を手渡す。

 書面に書かれた文面は、所々ソフィアの涙で滲んでおり、完全には読み取ることができない。しかし、その題名だけは、しっかりと認識できた。


「召集令状……」


 その文字を目にした瞬間、ヨネシゲの身体が凍り付いた。



 つづく……

ご覧いただきまして、ありがとうございます。

次話の投稿は、26日夕方頃までに投稿予定です。

しばらくの間、お待ち下さい。

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