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第91話 官僚来領



 突如、カルム領主カーティスの屋敷前に姿を現した、トロイメライ王国官僚シールド。

 シールドはまるで自分の庭を歩くが如く、屋敷までの通路を闊歩していく。

 突然の官僚の訪問にカーティスは戸惑いつつも、姿鏡を見ながら軽く身だしなみを整えると、出迎えのため玄関まで急行する。

 やがてシールドが玄関前までやって来ると、カーティスは家臣たちと共に出迎えの挨拶を行う。


「これはこれはシールド様、お久しゅう御座います! 遠く遥々、王都から御足労いただき……」


「くだらん挨拶はもうよい。早速要件を伝える」


 シールドは苛ついた様子でカーティスの言葉を遮る。カーティスは愛想笑いを見せながら、彼を屋敷の中まで招き入れようとする。


「かしこまりました。では立ち話も何ですから、どうぞ、中へ……」


「その必要はない。立ち話で十分だ。長居するつもりはないからな」


「し、しかし……長旅でお疲れでしょうし、立ち話というのも……」


(くど)いぞ、カーティス。俺はしつこい野郎が嫌いだ」


「これは失礼致しました。申し訳ありません……」


 先程から傲慢な態度をとるシールド。カーティスは込み上げてくる怒りを抑えながら、シールドに深々と頭を下げる。


「左様でございますか。なれば早速ご要件を……」


「今から話すところだ! 黙って聞いていろ! この田舎領主が!」


 いくら位が高い官僚とはいえ、品位を欠いた失礼な振る舞いだ。カーティスは思わず舌打ちしそうになるが、ここはぐっと堪える。


「フン! では、通達を行う……!」


(何? 通達だと……?)


 シールドの口から発せられた「通達」の一言に、カーティスの顔が一気に険しくなる。

 事前連絡も一切無しに、王都の官僚が地方まで赴いて、通達を行うのは極めて異例なことである。

 通達の内容は相当大きな事柄であり、恐らくカーティスたちにとって悪い知らせだろう。

 シールドの次なる言葉を待つカーティス。そして彼は顔が青ざめる、衝撃的な通達を受けることになる。


「陛下から徴兵令が発布された。対象は役人と学生を除く、健全な成人男性。カルム領に関しては、領内全域から5万人を徴兵する。尚、志願する者が居れば快く受け入れを許可する。今週は準備期間とし、週明けには、集めた兵を南都アナザローヤルに向かわすこと。以上だ」


 突然、シールドから通達された徴兵令の内容に、カーティスは言葉を失う。その彼を横目に、シールドの付き人たちが、約5万枚の招集令状が入った箱を玄関の扉前に置く。


「無作為で構わん。3日以内に配り終えろ」


 シールドはそう言うと、屋敷を後にしようとする。その彼の後ろ姿を見たカーティスが我に返る。


「お、お待ちくだされ!」


 カーティスの声を聞いたシールドは足を止めると、鋭い眼差しを彼に向ける。


「なんだ?」


「一体、徴兵令とは、どういう事何ですか!?」


 シールドは面倒臭そうな表情で答える。


「お前もわかっているだろう? あのオジャウータン殿を討ったエドガーと改革戦士団が、勢いに乗って南都に攻め入ろうとしている。多くの将兵を失った今の南都は手薄だ。大公殿下をお守りするため、一人でも多くの兵を南都に差し向ける必要がある……!」


(おっしゃ)ることは理解しております! しかし、余りにも突然過ぎまする! 準備が間に合いません。それに、我が領民を危険な目に遭わすなんて……」


 カーティスの言葉を聞いたシールドが、歯を剥き出しながら鬼の形相を見せると、思わぬ暴挙に出る。

 シールドは突然、カーティスの元まで駆け寄ると、彼の腹部目掛けて強烈な飛び蹴りを食らわす。カーティスの体は吹き飛ばされ、玄関の扉に叩き付けられてしまう。心配した家臣たちが、彼の元まで駆け寄っていく。その様子を眺めながら、シールドが言葉を吐き捨てる。


「甘ったれたこと言ってんじゃねぇよ! 民はな、俺たち貴族や王族の剣となり、盾となるために存在している。そんな民なんぞに情をかけるなっ!」


 するとカーティスは腹部を押さえながら、苦しそうな表情で反論する。


「シールド様、それは違います……」


「あぁ?」


「我々貴族や王族は、民によって支えられております。我々にとって、掛け替えのない存在です。決して、民は我々の剣や盾ではありません。我々貴族や王族こそが、民たちの剣となり、盾となって、戦わなければなりません……!」


 カーティスの言葉を聞いたシールドが、腹を抱えながら笑い声を上げる。


「ワッハッハッハッ! 笑えるな! 貴様、本気で言っているのか?」


「ええ。本気ですとも」


 シールドが眉間にシワを寄せる。


「お前みたいな理想しか語れねえ奴が、国を駄目にするんだ。お前も貴族なら感情を捨てろ。感情っていうのはな、大きな障害となって自分の行く手を阻んでくる。肝心な時に決断することができず、機会を逃してしまう。俺はそういった野郎を何人も見てきた」


「しかし、それとこれとは……!」


「いいか? これは陛下の御命令だ。お前が幾ら何を言おうと、この徴兵令が覆されることはない……」


 シールドは羽織っていたジャケットの襟元を整えながら、カーティスに釘を刺す。


「この徴兵令を拒否することは、陛下の意向に背くと同じだ。少しでもそのような兆候が見られれば、お前らタイロン家……いや、このカルム領全体を問答無用で逆賊と見なす。その意味はわかるよな? 肝に銘じておけ……」


 シールドはそう言い終えると、カーティスに背を向け、馬車に向かって歩みを進める。そしてシールドは言う。


「カーティス君、賢明な判断を……」


 やがてシールドは馬車に乗り込むと、何処かへ走り去って行った。


 カーティスは両手を地面に叩き付ける。


「冗談ではないっ! 冗談ではないぞ……」


 悔しそうな表情で俯くカーティスを、家臣たちは静かに見守ることしかできなかった。そんな彼らを気にも留めず、小鳥のさえずりと、暖かな微風が辺りを過ぎ去っていくのであった。



つづく……

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