第87話 マロウータン、出立
ここは、カルムタウン中心部に佇むとある屋敷。その屋敷のバルコニーでは、2人の主従が雲一つ無い青空を眺めていた。
「南都守護役が奮闘しているようじゃが、エドガーと改革戦士団の本軍に攻め入られたら、南都は瞬く間に陥落することじゃろう。恐らく、父上を討ち取った黒髪の炎使いもその本軍に同行しているはず……やはり南都は危険じゃ。爺は、ここに残れ!」
「いいえ。爺も南都へ参ります。例え火の中、水の中! 爺はどこまでも、旦那様の傍に居りますぞ!」
「まったく、爺は頑固じゃのう……」
「さあ、旦那様。カーティス様とリキヤ殿が下でお待ちですぞ」
「では、参ろうか」
マロウータンは専属執事のクラークと共に、滞在先の屋敷を後にした。
エドガー討伐のためカルムタウンに駐留していた、マロウータン率いる30万の大軍は、4日前から順次南都への撤退を始めている。先発隊は既に、南都に到着しているものと思われる。
マロウータンは密偵などを駆使してカルム領で戦局を見定めようとしていた。しかし、南都大公から救援を求める書状が届いたため、全軍南都へ引き返す決断を下した。
最後まで残っていたマロウータンも、本日、300人程の手勢と共に、カルム領を出立することになっていた。
穏やかな風が吹き抜ける昼下がり。カルムタウン南東部にある、南都へ続く街道の入口には、マロウータン一行を見送るため、多くの人々が集まっていた。その中には、ヨネシゲ、ドランカドの姿もあった。2人は勤務中であったが、それぞれ許可を貰い、仕事を抜け出してきた次第だ。
やがて、領主カーティスに先導されながらマロウータンが馬に跨り姿を現す。群衆からは割れんばかりの歓声が沸き起こった。
ヨネシゲとドランカドは、微笑みながらマロウータンを見つめていると、その彼と目が合う。
「おおっ! ヨネシゲ、ドランカド」
マロウータンはヨネシゲたちの前で馬を止め、下馬すると、2人の元へ歩み寄る。ヨネシゲは深々と頭を下げると、オジャウータンの死を悔やむ言葉を口にする。
「マロウータン様。この度はオジャウータン様のこと、誠に残念でございました。お悔やみ申し上げます……」
マロウータンは優しい笑みを浮かべる。
「痛み入るぞ。そなたらの気持ち、きっと父上にも届いておる。それはそうと、わざわざ儂らの見送りに来てくれたのじゃな。仕事もあったことじゃろう?」
ヨネシゲが言葉を返す。
「いえいえ。マロウータン様はカルム学院の危機を救ってくれた英雄です! 私の家族も助けていただきました。お見送りしない訳にはいきません」
「ウッホッハッハッハッ! 気を使わんでも良いのに。儂らの方こそ、カルムの民たちには大変世話になった。こんな形で撤退することになってしまって、何の礼もできずにすまんのう……」
「と、とんでもない! マロウータン様、頭をお上げください」
そこへドランカドが、果物が詰め込まれたバスケット籠をマロウータンに手渡す。
「マロウータン様。長い道中です。もし宜しければ、小腹が空いた時、この果物で腹を満たしてください!」
「こりゃ嬉しいのう! ありがたく頂戴しよう」
マロウータンはドランカドからバスケット籠を受け取ると、抱負を口にする。
「儂はこれより南都に戻り、大公殿下をお守りする。そして、エドガーと改革戦士団を成敗し、我が領土を取り戻して、父と兄の仇を取ってみせる!」
「マロウータン様、ご武運を……!」
武運を祈るヨネシゲに、マロウータンは静かに頷く。そしてマロウータンは、2人の手を強く握りしめると、別れの言葉を口にする。
「ヨネシゲ、ドランカド。達者でな。そなた達とは、いつか一緒に酒を酌み交わしたい……」
ヨネシゲが笑顔で返事する。
「ええ、必ず! その時を心待ちにしております! 事が済んだら、またこのカルムタウンにいらしてください!」
ヨネシゲの後にドランカドが続く。
「その時は、良い居酒屋を紹介しますよ! カルムには酒と料理が上手い店が沢山ありますからね!」
「楽しみにしておるぞ……」
マロウータンは優しい笑みを浮かべるのであった。
そこへ家臣のリキヤが姿を現す。
「マロウータン様。そろそろ……」
「うむ、参ろうか」
マロウータンが再び馬に跨ったところで、専属執事のクラークが大声で群衆たちに呼び掛ける。
「皆様! どうぞ、盛大な拍手と声援でマロウータン様をお見送りくださいませ! 最後まで、お付き合い願います!」
クラークはそう言い終えると、マロウータンの頭上に向かって、紙吹雪を撒き散らす。と同時に、群衆たちから割れんばかりの拍手と声援が沸き起こった。
「皆の衆、さらばじゃ! また来るぞ!」
マロウータンが群衆たちに別れを告げると、彼らの声援を背に受けながら、カルム領を後にする。
マロウータンは青空を見上げる。
(何故じゃろうな……死地に向かっているはずなのだが、儂の心は、この青空のように清々しい気分じゃ。それにしても、カルムタウン。心温まる街であった。そなた達の笑顔、一生忘れぬぞ……)
勝算は無い。しかし、男たちは大切なものを守るべく、南に向かって歩みを進めるのであった。
つづく……




