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第7話 夢か現実か

 心地良い春風が吹き抜ける昼下り。

 とある建物の一室で、一人の男が目を覚ます。


 彼の名はヨネシゲ・クラフト。

 角刈り頭と水色の瞳が印象的な小太りの中年男である。

 ヨネシゲはベッドの上に横たわっており、彼のお気に入りである黒縁眼鏡は、ベッド横のチェストの上に置かれていた。


 ヨネシゲは、しばらくの間ぼんやりと天井を見つめていた。そして、彼はある異変に気付く。


「ここは……どこなんだ?」


 ヨネシゲは体を起こすと、辺りを見渡す。そこには見慣れない景色が広がっていた。

 小窓付き6畳程の洋室には、ヨネシゲが寝ているベットと、小さなチェストだけ置かれていた。そしてチェストの上には一輪の花が飾られていた。


「ん? なんだ?」


 ヨネシゲは左腕に違和感を感じた。腕に目をやると点滴の針が刺されていた。


「ここは、病院なのか?」


 ヨネシゲが見ている景色は病室そのものだった。その他にも消毒の匂い、身に着けている患者服、そしてこの点滴。

 ヨネシゲは確信する。自分は入院しているのだと。

 だとしたら何故、自分は入院しているのか? ヨネシゲは記憶を辿ると、すぐにある記憶が蘇る。


「そうだ! 俺はダミアンに!」


 ヨネシゲの脳裏に蘇った記憶。それは、目の前でソフィアとルイスがダミアンによって惨殺された忌まわしい記憶だ。

 ヨネシゲ自身もダミアンが放った炎に包まれ意識を失った。その後の記憶はなく、目を覚ました時にはこの病院のベッドの上だった。


(俺だけ助け出されたということか……)


 ヨネシゲは頭を抱える。自分は助かった。しかしソフィアとルイスはダミアンによって殺されてしまった。しかも目の前で助けることもできずに。と、ここでヨネシゲはある重要な事実を思い出す。


(いや、待てよ! そもそもソフィアとルイスがダミアンに殺されたのは3年前だぞ? だとしたら、あれは夢だったのか?)


 ソフィアとルイスがダミアンに殺されたのは3年前のこと。更にダミアンも先日死亡しており、この3人がヨネシゲの前に現れるなど、現実的に考えてあり得ないことなのだ。しかし、あの記憶が夢だとは到底思えない。


(とても夢とは思えない。2人が焼かれていく光景は、確かにこの目に焼き付いている。俺も炎で焼かれた時は、本当に苦しかった。夢にしてはリアル過ぎる)


 あの時味わった苦痛は、この目と鼻と肌でしっかり記憶している。夢であるはずがない。

 とはいえ、ヨネシゲの体には火傷らしきものは一つも残っていない。ダミアンもまるで魔法のような技を使っており、現実ではあり得ない光景を見せつけられた。

 やはり、あれは夢だったのか? だとしたら何故自分は病院のベッドの上に居るのか? 


 考えれば考えるほど頭が混乱してくる。ヨネシゲが途方に暮れていると、壮年の男がヨネシゲの部屋に入ってきた。

 つるつる頭の壮年男は白衣を羽織っており、いかにも医師といった佇まいである。

 医師と思わしき男はヨネシゲに視線を向けると、一瞬驚いた表情を見せるが、すぐにこやかな表情に変わり、ヨネシゲに声を掛ける。


「おお、ヨネさん。目覚めたみたいだね!」


(なんだ、このオヤジ? 俺の事を知っているようだぞ?)


 医師と思わしき男はヨネシゲのことを知っているようで、慣れた口調で話しかけてくる。しかしヨネシゲはこの男のことを知らない。


「あ、あの……あなたは一体?」


「またまた、ヨネさん。カルム屋でいつも一緒に飲んでるじゃんか」


「いや、え? あの、お名前は?」


「え? もしかして私のこと覚えてないのかい?」


「え、ええ……」


 ヨネシゲが事実を伝えると、医師は驚いた表情を見せる。聞くところによると、彼はこの病院で医師として勤めており、ヨネシゲとは飲み仲間なのだとか。酒場でよく顔を合わすようだが、ヨネシゲには全くその記憶がなかった。

 落ち込んだ様子の医師に、ヨネシゲは申し訳無さそうに質問を続ける。


「先生、ここは一体どこなんですか?」


「見ての通り病院だよ。ヨネさんは一週間、そのベッドの上で眠り続けていたのだ」


「い、一週間もですか!?」


 やはりここはヨネシゲの予想通り病院だった。更に驚いたことは、ヨネシゲはこの病院で一週間も眠り続けていたそうだ。

 何故自分が病院に運ばれたのか? ヨネシゲは医師に確認してみることにした。


「あの? 先生?」


「どうしたのかな?」


「ちょっと状況が理解できないのですが。俺は何で入院してるんですか?」


「それは私が知りたいよ。ヨネさんが森で倒れていたと聞いたときには本当に驚いたんだから」


「森ですか!?」


 ヨネシゲは驚く。なんとヨネシゲは森で倒れているところを発見されたらしい。森など行った記憶がないヨネシゲは医師の話を疑い始める。


「先生、嘘にも程がありますよ」


「嘘なんか言わんよ。覚えていないのかね? 聞くところによると、君は真夜中に一人で森に向かったそうだけどね。翌朝、心配した奥さんと息子さんが森へ向かうと、一人倒れているヨネさんを発見したという訳だ」


「奥さんと息子さんって……? ソフィアとルイスのことか!? だってあの2人は殺されたんんだぞ!? 俺のこと探しに来るわけないだろ! 冗談は止してくれよ!」


 会話が噛み合わない。ヨネシゲが苛立ちを募られせいると、医師から耳を疑う事実を知らされる。


「何を言ってるんだね!? 君の奥さんと息子さんは毎日お見舞いに来てくれているよ。そろそろ奥さんが来る時間だよ」


「奥さんが来るって? ソフィアが!?」


 ヨネシゲは医師の話を聞いて更に混乱した様子だ。

 自分が入院した経緯よりも、ソフィアとルイスが生きているという事実に動揺していた。

 今自分が見ているのは夢なのか? 現実なのか? 或いはここは死後の世界なのか? ヨネシゲは状況を飲み込めずにいた。


 その時であった。突然、病室の扉が開かれたと思うと、一人の女性が姿を現した。ヨネシゲは目の前に現れた女性の姿を見て驚愕する。


「ソ、ソフィアっ!?」


「あ、あなた……!」


 ヨネシゲの前に現れたのは、3年前、突然命を奪われてしまった最愛の妻、ソフィアであった。



つづく……

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