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第85話 予期せぬ吉報



 カルムの街は日の出を迎えていた。

 オジャウータン討死の知らせを受けてから、1週間が過ぎようとしていた。カルムの街には依然として不穏な空気が漂うものの、人々は普段通りの生活を送っていた。

 その一方で、ヨネシゲの姉メアリーは、夫ジョナスの身に降り注いだ災難に、酷くショックを受けていた。一時、身の回りのことが覚束ない状態だったが、ヨネシゲやソフィアたちの支えもあり、何とか日常生活を送れるまで回復していた。そして今日は、休業していたパン屋の営業を再開させる予定だ。


 開店前のパン屋には、準備に追われる店主メアリーと、彼女に雇われているゴリキッドと数名のアシスタント、更には、ヨネシゲとソフィアの姿まであった。

 ヨネシゲはこの日のために休暇を貰っており、まだ本調子ではないメアリーをサポートするため、妻ソフィアと共に早朝からパン屋に赴いていた。

 ソフィアは、普段からメアリーの手伝い行うことがあるそうで、手慣れた様子で仕込みを行っていた。

 一方のヨネシゲは、店内の掃除を行っていた。サポートすると言っても彼にできるのは掃除くらい。ヨネシゲは店内のあちらこちらに溜まった一週間分の埃を、雑巾や(ほうき)を使用して除去していた。

 ヨネシゲは、かれこれ二時間近く掃除に没頭していたが、店内の清掃は大方終了しており、彼は満足した様子で手を休める。


「ふぅ〜! 大分綺麗になったぜ! 特に床なんかピカピカだ。雑巾で何度も磨いたからな!」


 ヨネシゲは額の汗を腕で拭いながら、掃除の出来栄えを自画自賛していた。

 そこへソフィアが、珈琲カップと数種類のパンが乗ったトレーを持って、ヨネシゲの元まで寄ってきた。


「あなた、お疲れ様!」


「ソフィア、お疲れ! それは?」


「お義姉さんからの差し入れよ。一息入れましょう!」


「おっ! いいね〜! 焼き立てのパンと珈琲か! 美味そうだな!」


 ヨネシゲとソフィアは、店内の一角にあるイートインスペースへ移動すると、メアリーが用意した(まかな)いで朝食をとる。


「うまっ! このパンの中のチーズが絶品だな!」 


「ええ、本当ね! 焼き立てだから、チーズも凄くとろけているわ」


 2人はメアリーが焼いたパンを絶賛する。そしてヨネシゲはパンを味わいながら、厨房で黙々と動き回るメアリーに視線を向ける。


「一時はどうなるかと思ったが、なんとか姉さんも持ち直してくれて安心したよ……」


「ええ。あとはお義姉さんに、本当の笑顔が戻れば……」


「ああ。俺たちを心配させないために、無理して笑顔を作ってるからな。あんな姉さん、見てて辛いよ……」


 心を痛める、ヨネシゲとソフィア。2人の間に沈黙が流れていると、ここであるハプニングが発生する。


「ピーヨッ! ピヨピヨピヨピヨッ!」


「と、鳥だっ! しまった! 店の扉、開けっ放しだったよ……」


 突然、店内に一羽の小鳥が迷い込んできた。ヨネシゲが換気の為、店の扉を開放していたのが原因である。案の定、メアリーから怒鳴り声が飛んできた。


「ちょっと! シゲちゃん! 何してるのよっ!? 早く追い出して!」


 ここはパン屋であり、陳列棚には裸の状態のパンが並べられている。鳥に店内を飛び回れては衛生上好ましくない。

 小鳥は時折、台の上に止まり、何かを探している様子だ。ヨネシゲはその背後にゆっくりと迫っていく。


「さあ、お利口さんですから、大人しく捕まってちょうだいね……」


 ヨネシゲは、語り掛けながら、小鳥との間合いを詰めていく。しかし、ヨネシゲの気配を察した小鳥は、再び店内を飛び回る。


「ああっ! 畜生っ! もう少しだったのに!」


「もういいっ! シゲちゃん! 私が捕まえる!」


 メアリーは我慢ならなかったのか、自ら小鳥の捕獲に乗り出す。彼女は小鳥に向かって右手を構え始めた。


「そ、そうか! 姉さんは空想術を使って小鳥を捕まえようとしてるんだな!」


 ヨネシゲには小鳥を捕まえる為だけに、空想術を使う発想は無かった。確かにその方が手っ取り早いかもしれない。これもこの世界を生き抜くための知恵なのか? ヨネシゲは一人感心していた。


「さあ、小鳥ちゃん! 大人しく捕まってちょうだいね」


 メアリーがそう言葉を口にしながら、空想術を繰り出そうとする。ところが意外にも、小鳥は自らメアリーの右手に止まったのだ。

 メアリーは驚きつつも、小鳥をそっと両手で掴む。小鳥は抵抗することもしなかった。


「姉さん、凄えな! ()()()()好かれるんだな!」 


「シゲちゃん! ()()()()ってどういう意味よっ!?」


 ヨネシゲの発言に、メアリーが不機嫌そうな表情を浮かべていると、小鳥にある異変が起こる。

 小鳥は突然ぐったりした様子を見せると、まるで魔法が解けたかの如く、その姿を消滅させた。


「想獣……?」


 もしや、あの小鳥は想獣だったのか?

 一同首を傾げていると、メアリーは手のひらにある感覚を覚える。彼女は視線を下ろし、手のひらを確認すると、そこには一枚の紙切れが乗っかっていた。


「姉さん? その紙切れはなんだ?」


「何かしら? 文字が書いてあるようだけど、メモ書きかな?」


 メアリーは、紙切れに書かれている文字に視線を向ける。その途端、彼女は瞳を大きく見開く。


「姉さん、紙切れに何が書いてあったんだ?」


 ヨネシゲがメアリーに紙切れに書かれていた文面を尋ねると、彼女から驚きの答えが返ってきた。


「ジョナスが生きている……」


「え? 今何て……?」


「ジョナスが生きているのよっ!!」


 メモ書きには一言だけ、こう記されていた。


『ジョナスは無事です。南都に居ます』


 そして、その綺麗な筆跡は、メアリーもよく見慣れたものだった。


 間違いない。ジョナスは生きている。

 予期せぬ吉報が、ヨネシゲたちの元に舞い込むのであった。



つづく……

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