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第83話 王妃と第2王子



 ここは、トロイメライの王都「メルヘン」

 夕食時を迎えたメルヘンの街は、家族連れや恋人同士、仕事を終えた者たちなどで大いに賑わっていた。

 その街を見下ろすように聳え立つ、この堅固な城が、王族の居城となる「ドリム城」だ。


 ドリム城の一室では、国王「ネビュラ」と、彼の長子にして第一王子である「エリック」が楽しそうに酒を酌み交わしていた。

 ネビュラはお気に入りの白ワインを味わいながら、息子に抱負を語っていた。


「元を辿れば、ゲネシスは我らの領土。バーチャル種の反乱によって、トロイメライは2つに割れてしまった。先代たちは、その状態を200年以上放置してきた訳だが、これ以上見過す訳にはいかん。奪われた領土は取り返す! それが俺たち王族に課せられた使命であり、俺にはそれを成し得るだけの能力があると自負しておる。お前のような優秀な息子も居るからな……」


「勿体ないお言葉です……」


「フッフッフッ。あの父も成し得なかった偉業を……この俺が成してみせようぞ!」


「父上! 微力ながら、この私もお役に立てますよう、尽力して参ります!」


「うむ。頼りにしておるぞ、エリック。この大陸を再び一つの国とせんがために、力を合わせようぞ……! 強国トロイメライの復活を……!」


 部屋にはネビュラとエリックの高笑いが響き渡る。

 酒の影響も相まってか、ネビュラの驕り高ぶる気持ちが、いつも以上に際立っていた。


 しばらくの間、談笑を続けていたネビュラたちであったが、ここで突然部屋の扉が開かれる。

 姿を現したのは、眼鏡を掛けた金髪ポニーテールの青年だった。青年は声を張り上げながら部屋の中に足を踏み入れる。


「父上! 兄上!」


「はぁ……ノックもせずに、無礼であるぞ。ロルフ」


 ネビュラは呆れた様子で、青年の名を口にする。

 ネビュラからロルフと呼ばれる、この金髪ポニーテールの青年は、ネビュラの次男にして、このトロイメライ王国の第2王子である「ロルフ・ジェフ・ロバーツ」である。眼鏡と凛々しい表情が相まってか、知的な印象を与える。

 ロルフは青い瞳をネビュラに向けながら、再び声を張り上げる。


「父上! 徴兵令を発布するとは誠でございますか!? もし誠なら、今直ぐ考えをお改めください!」


 エリックが声を荒げながらロルフを非難する。


「ロルフ! 失礼だぞ! 父上がお決めになったことに不満があるというのかっ!?」


 ロルフは冷静さを保ちながら、徴兵令を酷評する。


「ええ、大いにあります。幾ら兵を集ったところで、結果は目に見えております! エドガーと改革戦士団は、あのオジャウータン殿の鍛え抜かれた大軍をいとも簡単に打ち破りました。故に、戦慣れしていない民たちが敵う相手ではありません! 民たちを無駄死にさせるだけです! こんな徴兵令、即刻中断すべきです! 他の手立てを考えましょう!」


 ネビュラはロルフの言葉を聞き流すようにして、ワインを飲み干すと、ローテーブルに置かれた呼鈴を鳴らす。間もなく部屋には、屈強な体付きの兵士たちが現れた。早速ネビュラは兵士たちに命令を出す。


「つまみ出せ……」


「!!」


 ネビュラの声を合図に、兵士たちがロルフの腕に掴み掛かる。そしてロルフが叫ぶ。


「ち、父上っ!!」


「もう決めたことだ。徴兵令を取り下げるつもりはない……」


「父上! 今一度、お考え直しをっ!!」


「連れていけ」


「はっ!」


「離せ、離せっ!」


 ネビュラは、ロルフを部屋から追い出すと、大きな溜め息を吐く。その隣でエリックが怒りを滲ませながら言葉を漏らす。


「ロルフの野郎、生意気なっ! 母上を味方に付けてからは、父上や俺に反抗的な態度を見せるようになった……」


 ネビュラがエリックに注意を促す。


「エリックよ。ロルフの動きをよく見張っておけ。彼奴はレナと共に良からぬことを企んでいるやもしれん……」


「母上と?」


「そうだ。お前の母は大人しそうな顔をして、若い頃はこの俺に何度も牙を剥いてきた女だ。まあ、何を隠そう、あの女は()の娘だからな。ここ十数年程は大人しくしておったが、最近はロルフと何やらこそこそやっているみたいでな。この様子だと、また俺に牙を剝く日もそう遠くはないだろう……」


 ネビュラは、ワイングラスを手に取ると、薄ら笑いを浮かべながら、再びワインを楽しむのであった。




 ――同じ頃。

 ドリム城のとある一室に、一人の女の姿があった。

 部屋の中は薄暗く、机の上に置かれたスタンドライトだけが灯されている。彼女はその机に向かって、文を(したた)めている最中だった。

 そこへ、先程ネビュラから部屋を追い出されたロルフが姿を現す。


「母上、失礼致します」


 ロルフの声を耳にした女は筆を置くと、体を彼の方向に向けて返事を返す。


「ロルフ、お疲れ様です。陛下とのお話はどうでしたか?」


 ロルフから「母上」と呼ばれる彼女の名は「レナ」

 黄金色の瞳と、金色の髪が印象的な彼女の正体は、ネビュラの妻にして、エリックとロルフの母である。つまりレナは、このトロイメライ王国の王妃となる。


 ロルフは落胆した様子でレナに言葉を返す。


「やはり、私の話など聞き耳持たずでした。このまま徴兵令が発布されてしまえば、多くの民が命を落とすことになってしまいます……」


「民は私たち王族の宝です。そのような事態は避けなければなりません。しかし、私たちが幾ら訴えかけても、陛下のお考えは変わらないことでしょう……」


「父上は我々のことを嫌っておられる。いくら良案を持ち掛けたとしても、絶対に受け入れてもらえません……」


 悔しそうな表情で俯くロルフに、レナが静かに口を開く。


「陛下が聞く耳を持たないのであれば、私たち自ら行動を起こす他ありません」


「自ら、行動ですか……?」


「はい。このままでは、間違いなく徴兵令は発布されることでしょう。さすれば、多くの民が南都に集うことになります。そこへ、エドガー・改革戦士団連合軍が攻め入ってくれば、我々が恐れている結果を招くことでしょう……」


「では……どうすれば!?」


 この後ロルフは、レナの壮大な計略を耳にすることになる。


「ロルフ、外には誰も居ませんね?」


「確認します」


 ロルフは扉を開き廊下の様子を確認するも、そこには人の姿は一つも無かった。


「誰も居ないようです」


「では、ロルフ。こちらへ……」


 ロルフはレナに促されると、彼女の側まで歩み寄る。そしてレナは囁くようにして、ロルフに自身の考えを伝える。


「今回の一件、我が父に動いていただきます」


「お、お祖父様(おじいさま)に!?」


 レナの父とは、トロイメライ東部アルプ地方を手中に収める、地方領主「タイガー・リゲル」のことである。

 タイガーは別名「東国の猛虎」「最強の領主」などと呼ばれており、他を圧倒する強大な力を有している。故に国内外から恐れられている存在だ。例外なくネビュラもタイガーを非常に恐れており、彼を忌み嫌い、避けている。

 そのタイガーが動くと聞いて、ロルフは驚愕した表情を見せる。レナはそんな息子の顔を見つめながら、淡々と言葉を続ける。


「今朝、丸筒を持った鳥型の想獣が私の元を訪れました」


「丸筒を持った想獣ですか?」


「ええ。その丸筒の中には、我が父からの書状が入っておりました」


「お祖父様からの書状………!?」


「書状には、父自ら南都の防衛に加勢したい旨が書かれておりました」


「しかし、父上がそれをお許しになるでしょうか?」


「ならないでしょう。ですが、我が父は今回、陛下の指図を一切受けるつもりはないそうです……」


「それは誠でございますか!? あの父上を怒らしてしまっては……!」


「ええ。陛下はさぞお怒りになることでしょう。そうなった場合、陛下は私を盾にして、父の動きを封じ込めようとする筈です。陛下は冷酷なお方。報復処置として私の命を奪うかもしれません。ですが、それは私も父も百も承知しております。いざとなれば、父のため、民のため、いつでもこの命を捧げる覚悟です……!」


「母上っ! それはなりません!」


 レナの発言を聞いたロルフが声を荒げる。そんな彼にレナは優しい笑みを浮かべながら、諭すように語り始める。


「良いですか、ロルフ。先程も言いましたが、民は王族の宝。民あってこその王族です。その宝は、命懸けで守らなければなりません。ましてやその民の命を脅かしている者が王族なのですから、身内である私たちがそれを全力で食い止める必要があります……!」


 レナはそう言い終えると、執筆した書面に視線を向ける。


「現在、父の唯一の障害となっているのが、フィーニスのウィンター・サンディ。彼が牽制を続ける限り、父はアルプの地から動くことができません。そこで、ウィンター殿には私から書状を送ります」


「書状ですか?」


「はい。書状には、イメージアの仲介で、我が父タイガー・リゲルとの和睦に応じるよう記してあります」


 ロルフは驚いた表情を見せる。


「しかし、ウィンターがそう簡単に和睦に応じましょうか?」


「ええ。簡単な話ではありません。本来なら双方の意見を聞いて、長い時間を掛けて話し合う必要があります。しかし、今は時間がありません。ですので、父には泣いてもらう必要があります……」


「和睦の条件として、お祖父様にはライス領から手を引いてもらう……ですか?」


「その通りです。父とウィンター殿の火種はライス領。戦いを終結させるためには、どちらかがライス領から手を引く必要があります。そして今回、父は和睦を申し入れる立場です。父がライス領から手を引かねば、筋は通りません」


「なるほど。ですが、お祖父様はそれをお認めになるでしょうか?」


「心配には及びません。何故ならこれは、父自らの提案ですから。恐らく父は、ライス領以上のものを手にすることができる見立てがあるのでしょう……」


「ライス領に勝るもの……まさか、南都……!」


 レナはゆっくりと頷く。


「少々野心的ではありますが、我が父は、この動乱に乗じてホープ領を手中に収めようとしているのでしょう。オジャウータン殿亡きクボウ家では、父を止めることは難しいと思います。そして、南都はホープ領の一部。ホープを手に入れることは、南都を支配下に置いたも同然のことです」


 ロルフが恐る恐る尋ねる。


「母上。お祖父様の目的は……?」


 レナは椅子から立ち上がり、窓際まで移動すると、満天の星を見上げる。そして彼女はロルフの問いに答える。


「我が父は、このトロイメライを平らかにしたいだけ。ですが、今の陛下が君臨する限り、父が望む世は実現できないでしょう……」


「は、母上……まさか……!」


 レナはロルフに視線を移す。


「ロルフ。あなたが王となるのです……!」




 ――そして、夜が耽った頃。レナは鳥型の想獣に、一通の書状を託した。


「さあ、お行きなさい……」


 想獣は翼を大きく広げると、東へ向けて飛び立った。



つづく……

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