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第81話 メアリーの家(前編)



 日勤の仕事を終えたヨネシゲは、姉メアリーの家を目指していた。

 昨晩、衝撃的な知らせを受けたメアリーは、ショックの余り、自身が経営するパン屋を臨時休業した。

 ヨネシゲはそんな姉を心配して、帰宅途中に様子を見に行く予定だった。


「確かこの辺りだったよな……」


 実はヨネシゲ、この世界に転移してから、メアリーの家を一度も訪れたことが無かった。メアリーからヨネシゲの家に訪れることは度々あったが、ヨネシゲから姉の家に訪問する機会は無く、その家の所在地も大方の位置しか把握していなかった。


「こんな事なら一度、家の位置を確認しておけばよかった……」


 メアリーの自宅付近は住宅が密集しており、道も入り組んでいた。ヨネシゲは虱潰(しらみつぶ)しに一軒一軒表札を確認して姉の家を探していたが、このペースでは夜が明けてしまうことだろう。ヨネシゲは思い切って付近を通行していた住民に、メアリーの家の所在地を聞き出すことにした。


「あの、すみません……」


「あら、ヨネさんじゃないかい。どうしたんだい?」


「恥ずかしながら、例の記憶喪失で姉さんの家がわからなくて……メアリー・エイドの家はどの辺りになりますかね?」


 現実世界から転移してきたヨネシゲに、この空想世界の記憶など持ち合わせていない。故にヨネシゲはこの世界で「記憶を失った人」を演じている。時折、罪悪感を感じることがあるが、この世界で生活していくためには致し方ないこと。記憶に無いと説明すれば、皆事細かく色々なことを教えてくれるのだ。

 記憶喪失に関しては医師公認の診断結果であり、皆それを疑うことはしなかった。ヨネシゲが記憶を失ったという情報は、既にカルムタウン全域に知れ渡っているものと思われる。何故ならヨネシゲは「カルムのヒーロー」と呼ばれる有名人だからだ。

 故にこの通行人も、躊躇うことなくヨネシゲにメアリーの自宅所在地を教えてくれた。


「メアリーちゃんの家なら、あの角を曲がった3軒目、黄色い屋根の家だよ」


「ありがとうございます。助かりましたよ!」


「わからないことがあったら、何でも聞きなよ!」


 ヨネシゲは通行人に礼を言うと、教えられた道順でメアリーの家を探しに戻る。やがて通行人の言葉通り、黄色い屋根の平屋が見えてきた。ヨネシゲが表札を確認すると、そこには「エイドファミリー」と記載されていた。


「間違いない、ここだ!」


 無事姉の家を発見することができた。ヨネシゲは安堵した様子で笑みを浮かべる。

 早速ヨネシゲはベルを鳴らしながら、玄関の扉をノックする。


「お〜い! 姉さん、俺だ! ヨネシゲだ! 様子を見に来たぞ!」


 しかし、ヨネシゲが声を張り上げながら呼び掛けるも、中からの反応は一つもない。

 ヨネシゲは家の様子を確認してみる。間もなく日没を迎えようとしており、辺りは夕闇に染まっていた。にも関わらず、メアリーの家は照明が灯されている様子はない。


「あれ、留守かな? ひょっとしたら俺の家にでも行ってるのかな?」


 ヨネシゲは不思議に思いながら、玄関のドアノブに手を掛けてみると、その鍵は開いていた。


「あれ? 鍵が開いているぞ……」


 この異世界でも例外なく戸締まりは基本となっている。このカルムタウンでも空き巣や強盗の被害は連日のように発生している。それどころか、現実世界の母国よりも、ここは治安が悪い。

 無施錠の玄関扉を前にして、ヨネシゲはご立腹の様子だ。


「鍵を掛けないなんて不用心すぎるぞ! 姉さんは何を考えているんだ!?」


 ヨネシゲが怒るのも無理はない。彼は現実世界で、自宅にダミアンの侵入を許してしまい、鉢合わせたソフィアとルイスを殺害されてしまった過去がある。家も財産もダミアンによって燃やされ、全てを失った。

 どうしようもなかったとはいえ、もっと防犯対策に力を入れていれば、あの様な事態は発生しなかったのでは? ヨネシゲは時折後悔に苛まれる。

 故にヨネシゲは、家の戸締まり等の防犯対策に関しては人並み以上に敏感になっている。いくら犯罪者が逃げ出すような武闘派のメアリーとリタであろうと、無施錠など以ての外だ。


(この様子だと本当に留守のようだな。多分、トムの迎えに行ってるんだろう。仕方ない。鍵開けっ放しで離れるのは怖いから、姉さんが帰ってくるまで留守番しててやるか……)


 無施錠だと知ってしまった以上、このまま帰るのも気が引ける。ヨネシゲは出掛けているであろうメアリーたちの帰りを、留守番しながら待つことにした。


「姉さん! 入るぞ!」


 ヨネシゲは一応、姉に断りを入れながら玄関の扉を開き、家の中へと足を踏み入れる。

 案の定、家の中は照明が一つも灯されていなかった。ここでヨネシゲはある異変を察知する。


「あれ? これは姉さんとリタの靴だ……」


 ヨネシゲの視界に入ったものとは、下駄箱に置かれているメアリーとリタの外履きだった。それは2人が普段使いしているものであり、ヨネシゲも見慣れたものだった。

 もし、メアリーたちがヨネシゲの家までトムを迎えに行っているのであれば、この外履きを履いていく筈。何故なら歩いて数分の距離に、他の洒落た靴を履いていく必要は無いからだ。


(まさか、姉さんたちは家の中に居るというのか!?)


 もしかして、メアリーたちは在宅中なのか?

 仮に在宅中だとしたら、この暗い部屋で何をしているのだろうか?


 嫌な予感がする。


 ヨネシゲは、靴を脱ぎ捨てると、慌てた様子で家の奥まで突っ走っていく。


「姉さん! リタ! 居るのか!?」


 ヨネシゲは2人の名前を叫びながら、リビングの扉を勢いよく開く。

 するとヨネシゲの目に、驚きの光景が飛び込んできた。

 ヨネシゲが見た光景、それは、ソファーの上で大の字で横たわるリタと、ダイニングテーブルにもたれ掛かるメアリーの姿だった。そして、メアリーがもたれ掛かるテーブルからは、ある液体が滴り落ちていた。

 ヨネシゲはテーブルに近付き、恐る恐る状況を確認する。


「ね、姉さんっ!?」


 ヨネシゲは絶句する。

 薄暗い部屋でもはっきりと認識できる赤みを帯びた黒い液体。それは、メアリーを起点に、テーブルの一面に広がっていた。


「こ、これは……一体、どういうことだっ!?」


 ヨネシゲの叫び声が、メアリーの家に響き渡る。



つづく……

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