第80話 噂
ヨネシゲは、間もなくカルム学院に到着しようとしていた。
改革戦士団の襲撃を受けて中止されていた授業も、本日から再開となっている。
守衛の出勤時間は生徒たちの登校時間よりも遅いため、ヨネシゲが学院に到着した頃には、グラウンドで体育の授業を受ける生徒たちの姿が見えた。
「おお、やってるな! 久々にカルム学院に活気が戻ってきたぜ!」
元気に声を掛け合いながら和気あいあいと球技を楽しむ生徒たち。ヨネシゲはその様子を微笑ましく眺めていた。
市場の狡猾店主たちに、不快感を抱いていたヨネシゲだったが、生徒たちの無邪気な姿を目にして、その心も次第に晴れていく。
ヨネシゲはグラウンドの生徒たちを横目にしながら正門に到着する。そしてヨネシゲは正門で立哨する守衛と挨拶を交わすと、守衛所へと向かった。
ヨネシゲが守衛所の扉を開けると、イワナリとオスギが珈琲を飲みながら談笑する姿が見えた。ヨネシゲは早速彼らの元へ向かい、挨拶する。
「イワナリ、オスギさん、おはようございます!」
ヨネシゲの声を聞いた途端、イワナリが満面の笑みで挨拶を返す。
「おお、来たか、ヨネシゲ! おはよう!」
続いてオスギもヨネシゲと挨拶を交わす。
「おはよう、ヨネさん。今日は日勤だったな?」
「ええ。今週は珍しく日勤が続いてます。オスギさんたちは夜勤明けでしたっけ?」
「ああ。昨日は何事も無く静かな夜だったよ」
そしてイワナリが会話に入り込む。
「そういう事だ、ヨネシゲ。俺たちは先に帰らしてもらうぜ!」
「お疲れ。ゆっくり休んでくれよな」
「そうさせてもらうぜ。今日から授業が再開して、多少なりとも業務も忙しくなると思うが、頑張ってくれよな」
「おう、任せとけ!」
会話も切りが良いところで終わらせると、ヨネシゲは制服に着替えるため更衣室へと向かった。
やがてヨネシゲは始業の時間を迎える。
引き継ぎを終えたヨネシゲは受付業務を行っていた。今日は記念すべき授業再開日ということで、学院には次々と来賓が訪れており、ヨネシゲは休む間もなく来賓の対応に追われていた。
来賓の出入りが落ち着いたのは、もう少しで昼休憩を迎えようとしていた頃だった。
「ああ、忙しかったぜ! 普段の受付とは雲泥の差だな」
ヨネシゲは、冷めきった珈琲をすすりながら一息入れる。先程まで騒がしかった受付窓口も静けさを取り戻しており、いつもと同じ緩やかな時間が流れ始めていた。
突然暇になったヨネシゲは、ボーッと青空を見つめる。そして彼の脳裏には、あの女性の顔が思い浮かんでいた。
「いつもだったら、グレース先生がちょこちょこと顔を出しに来てくれていたが……」
ヨネシゲは突然悲しい気持ちに襲われる。
カルム学院の新人教師として働いていたグレース。その正体は、改革戦士団に所属する戦闘長であり、先日の学院襲撃を首謀していた。
思えば、ヨネシゲとグレースは同じタイミングでこのカルム学院に雇われた。部署は違うとはいえ、ヨネシゲにとってグレースは同期と呼べる仲であり、友情も芽生えつつあった。そう思っている。
グレースは生徒たちからの人気も絶大。ヨネシゲや他の守衛たちにも分け隔てなく声を掛けてくれたりと、彼女を悪く思うものは居なかっただろう。気付くと僅か短期間で多くの者たちの心を掴んでいた。グレースは理想の教師像と言っても過言ではないだろう。
もしかしたらそれは、偽りの姿だったかもしれない。しかし、ヨネシゲにはそのように思えなかった。故に彼女の行動が今でも信じられずにいた。
ヨネシゲは溜め息を吐きながら独り言を漏らす。
「どうしてなんだ、グレース先生……」
僅かな期間ではあったが、グレースと過ごした楽しかった日々が、ヨネシゲの頭を過っていた。
突然大切な何かを失った。ヨネシゲはしばらくの間、喪失感に苛まれた。
ここは、グローリ領最大の街「ヴィンチェロシティ」
夕刻を迎えるヴィンチェロの空は、雷鳴を轟かす黒雲で覆われていた。時折、稲光が薄暗い街を照らす。
その街の中心部に佇む一軒の屋敷に、2人の男女が訪れていた。
男女は照明も灯されていない薄暗い部屋に足を踏み入れる。その部屋の一角には、ソファーに腰掛ける黒尽くめ男の姿があった。男女は黒尽くめ男の正面まで歩みを進めると、膝を折る。
「只今戻りました」
女がそう言った瞬間、稲光が部屋の中を照らす。同時に、2人の男女の顔がはっきりと浮かび上がる。
女は金髪ポニーテールと青い瞳の持ち主。その正体は、改革戦士団第3戦闘長のグレースだった。
続いて、彼女の隣の男は、紫髪のツーブロックと整えられた顎髭の持ち主。彼の正体は、改革戦士団第4戦闘長のチェイスであった。
2人は任務終了の報告をするため、この屋敷を訪れていた。そして、その報告を行う相手とは、2人が見上げるこの黒尽くめ男だった。
この黒尽くめ男の正体は、改革戦士団総帥「マスター」である。
マスターの顔は銀色の仮面で覆われており、その表情を拝むことはできない。
帰還したグレースたちに、マスターが合成音声のような低い声で言葉を口にする。
「ご苦労であった。早速、報告を聞かせてもらおう」
マスターの言葉を聞いたグレースは、早速報告を行う。
「検体を使用した軍事用具現草のデータ取り、成功しました」
「うむ、でかした……」
「検体は素人でしたが、空想術三人衆を圧倒する力を見せつけてくれました」
マスターは少し間を置いた後、グレースにあることを尋ねる。
「して、三人衆は仕留めたのか?」
マスターの質問に、グレースとチェイスの顔が青ざめる。そしてグレースは頭を下げると、恐る恐る口を開く。
「申し訳ありません。仕留めるに至りませんでした。群衆に恐怖を植え付けることも失敗です……」
きっと叱責されるに違いない。グレースとチェイスが怯えた様子でマスターの言葉を待っていると、彼の口から意外な言葉が発せられる。
「邪魔が入ったのだろう? ヨネシゲ・クラフトか?」
マスターの口から「ヨネシゲ」というワードが出てきたことに、グレースは驚いた様子で頭を上げながら、返事を返す。
「はい。仰る通り、ヨネさ……いえ、ヨネシゲ・クラフトとその仲間たちに、作戦を阻止されました」
グレースの返事を聞いたマスターが高笑いを上げる。
「ホッホッホッ。流石、悪運の強い男よ。ヨネシゲが邪魔をしてくることは大方予想できていた……」
再びマスターがグレースに尋ねる。
「グレースよ。あの男をどう見る?」
マスターから突然なされた質問に、グレースは戸惑いつつも、直ぐに返答する。
「は、はい。これは、私の直感でありますが、ヨネシゲ・クラフトには、多くの人々を惹きつける力があると思われます。彼と馬が合わないと思われた人物も、気付いたら、心を許してしまっている……」
「グレースよ」
「はい!」
「お前も気を付けないと、あの男に心を奪われてしまうかもしれんぞ?」
「そ、そのようなことは……!」
マスターの言葉にグレースは慌てた様子を見せる。すると先程まで大人しく話を聞いていたチェイスが、マスターにある疑問を投げ掛ける。
「総帥。お伺いしたいことがあります」
「申してみよ」
「ある噂を耳にしました」
「噂?」
「ええ。総帥は、そのヨネシゲという男に恨みがあるとお聞きしました。それは誠なのでしょうか?」
チェイスの質問を聞き終えたマスターは、大きく息を吐いた。マスターからの返答は無く、部屋の中が静まり返る。
これはもしかして、まずい事を聞いてしまったか? チェイスが焦り始めたその時、マスターの口が開かれる。
「噂は本当だ」
「そ、そうだったんですね……」
「この話は、ダミアンと四天王のメンバーにしか話しておらん。恐らく、ダミアンやチャールズ辺りが言いふらしているのだろう……」
マスターはソファーから立ち上がると窓際まで移動し、稲光する暗い空を見上げると、驚きの真実を2人に告げる。
「良い機会だ。お前たちにも話しておこう……」
グレースとチェイスは息を呑みながら、マスターの次なる言葉を待っていた。そして、再びマスターの口が開かれる。
「ヨネシゲは、私から全てを奪った男だ……」
グレースは口を震わせながら言葉を漏らす。
「総帥から、全てを……?」
静まり返った部屋には、稲光と共に雷鳴だけが響き渡っていた。
マスターの言葉の真偽は?
つづく……
ご覧いただき、ありがとうございます。
予定よりも早めの投稿となりました。
次話の投稿も準備でき次第、1月12日の夜までに投稿致します。
次回も是非ご覧ください。




