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第79話 狡猾の市場



「それじゃ、ソフィア。留守は頼むよ」


「ええ。任せてちょうだい」 


「今日は日勤だから、帰りは姉さんの家に寄って様子を見てみるよ」


「わかった。夕食用意して待ってるね」


「おう、ありがとう! でも、遅かったら先に食べててくれ」


「うん。そうさせてもらうわ」


「じゃあ、行ってくるよ!」


「いってらっしゃい!」


 ヨネシゲはソフィアの見送りを受けて、出勤のため家を出発した。


 ヨネシゲが家を出てから程なくすると、姉メアリーが営むパン屋が見えてきた。


「本当に今日は休みのようだな……」

 

 ヨネシゲはパン屋に視線を向ける。

 今日は臨時休業ということで、店の扉には「本日臨時休業」と書かれた札が掛けられていた。

 毎朝、この辺りを漂っているパンを焼く香りも、ヨネシゲの鼻を通り抜けることは無かった。

 派手好きメアリーを象徴する、強烈な色合いの店舗も、今日だけは哀愁を漂わせていた。

 ヨネシゲはため息を漏らす。


「姉さんのパン屋見てたら、余計悲しい気持ちになってきたよ……」


 ヨネシゲはメアリーのパン屋から視線を逸らすと、足早にその場を後にした。


 やがてヨネシゲは、通勤経路の途中にある、カルム市場に差し掛かる。

 早朝から開かれている市場は、既に多くの客で賑わっていた。朝から活気に満ち溢れているのは大いに結構。しかし、客と店主の話題は不穏なものばかりだった。


「まさか、あのオジャウータン様が討たれちまうなんて……」


「噂だと、エドガーは南都を手に入れたあとは、このカルム領も狙っているらしい」


「それ今朝の新聞に書いてあったな。おまけに改革戦士団もこのカルムを狙っているらしいぞ。先日の学院襲撃は序章に過ぎん……」


「エドガーと改革戦士団が、トロイメライの頂点に立つ日も、そう遠くない未来かもな……」


(やはり………皆、オジャウータンと改革戦士団の話題で持ち切りのようだ。おまけに、あの朝刊のデタラメ記事を鵜呑みにしてる連中も一定数いるようだ。不安が不安を呼んでいる状況だ……)


 案の定、ヨネシゲの耳に届いてきたのは、オジャウータンの討死や、エドガーと改革戦士団の侵攻に関するものばかりだった。

 特にオジャウータンは、つい先日までこのカルムタウンに滞在しており、カルム市民との交流も積極的に行っていた。故に今回の事件はカルムタウンの人々に大きな衝撃を与えているようだ。

 更に改革戦士団によるカルム学院襲撃も数日前に発生したばかりで、人々の間で「カルムが狙われている」という良からぬ噂が広まっているようだ。

 

 カルム市民に生まれる不安。中にはその不安を逆手に取って商売を行う輩も存在する。


「らっしゃい、らっしゃい! 来たる、エドガーと改革戦士団の襲撃に備えて、保存が効く干物はどうだい!? 干し肉、干し魚に干し野菜! 何でもあるよ!」


「よってらっしゃい、みてらっしゃい! 腹が減っては戦はできん! 米に穀物! 今のうちから備えておいたほうが良いよ!」


 ヨネシゲはその様子を呆れた表情で見つめていた。


(確かに、備えあれば憂い無しとはよく言うが、改革戦士団が攻め入ってくることなんて誰も望んじゃいねえ。ふざけた事ばかり抜かして、不安を煽ってるんじゃねえぞ!? このオヤジ共めがっ!)


 ヨネシゲは心の中で悪知恵店主たちを罵倒しながら、市場内を歩いていると、とんでもないものを目撃する。彼は思わず声を上げる。


「な、なんじゃこりゃ!?」


 ヨネシゲが目撃したもの。それは、とある肉屋の店先に、自称「オジャウータンの死を偲ぶ特設コーナー」が開設されていた。

 そこにはオジャウータンの肖像画を始め、オジャウータンのブロマイド写真? らしき物や、オジャウータンの似顔絵と名前の焼印がされた厚切りの生肉が売られていた。


 そして、店主が大声で客を呼び込む。


「南都の雄、オジャウータン・クボウ様の勇姿、今ここに蘇る! 今晩の夕食は、オジャウータン様がこよなく愛した、この分厚いステーキで決まりだよ! さあ、数量限定だ! 今ならもれなくオジャウータン様の肖像画やブロマイドが付いてくるよ!」


 早速、何人かの客が飛び付いて特設コーナーを物色していた。

 唖然とした様子でその光景を見ていたヨネシゲだったが、気付くと彼は怒りで身を震わせていた。


(準備良すぎだろ!? てかっ、人の死を商売の道具にしてるんじゃねえ! しかもこの一件で、ジョナス義兄さんが命を落としているかもしれないっていうのに! まったく、どいつもこいつも、他人事だと思いやがってっ! この、狡猾店主共めが……!)


 ヨネシゲは込み上げてくる怒りを堪えながら、カルム市場を後にした。




 その頃、カルムタウン内にある、マロウータンが滞在する屋敷の一室では、緊急の会議が行われていた。

 マロウータンは数名の家臣を集め、今後の行動について議論を交わしていた。


「今すぐホープに向かい、エドガーと改革戦士団を迎え撃つべきです!」


「いや、今動くのは危険じゃ。既にあの広大なホープ領の大半が、エドガーと改革戦士団の手に渡っているとの情報も入っておる。おまけに奴らに寝返った将兵も数知れず……」


「それは理解しておる。しかしだな、南都はどうする!? 南都には、大公殿下を始め、我が家族たちも居る。それを見捨てることなどできぬ」


「安心されよ。あの南都が直ぐに落ちることはなかろう。南都には守護役や多くの将兵が残っておる。そう慌てる必要は……」


「何を悠長なことを言っている!? あのオジャウータン様でも敵わなかったエドガーと改革戦士団を、南都守護役だけで食い止められるとお思いか!?」


「左様。我々は急ぎ南都へ戻り、大公様をお守りせねばならぬ。それが我ら、クボウ家の役割ぞ!」


 マロウータンは熱い議論を交わす家臣たちの様子を静かに見守っていた。すると家臣たちがマロウータンに決断を迫る。


「マロウータン様! ご決断を! 急ぎ南都へ向かいましょうぞ!」


「いや、なりませぬ! 今はこのカルムで戦局を見極める必要があります! 感情のままに動いてしまっては、敵の思う壺でございます!」


「感情のままに動いてはおらんわ!」


「動いておるじゃろう!」


 口論を始めようとする家臣をマロウータンが制止する。


「やめんか。熱くなりすぎては、良い意見は出ぬぞ……」


 そしてマロウータンは席から立ち上がると、疲れた様子で言葉を口にする。


「昨日の今日じゃ。まだ儂も混乱しておる。もう少しだけ、考えさせてくれ……」

 

「マ、マロウータン様……」


 マロウータンはそう言い終えると、部屋と直結するバルコニーへと向かった。

 バルコニーに到着したマロウータンは、雲一つ無い青空を見つめながら言葉を漏らす。


「父上、教えてくだされ。最善の策を……」


 マロウータンは亡き父に言葉を投げ掛けるのであった。



つづく……

ご覧いただき、ありがとうございます。

次話の投稿になりますが、2〜3日程お時間頂く可能性があります。 (遅くても12日夜間までに投稿)

執筆完了次第、できるだけ早くの投稿を目指します。

次話もご覧いただけますと幸いです。

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