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第78話 トムの男気



 この日、クラフト家の朝食は静まり返っていた。時折、フォークとスプーンが皿に当たる音が聞こえてくるだけだ。


(家族でこんな暗い朝食は初めてだよ……)


 ヨネシゲがダイニングテーブルを囲む者たちに視線を向けると、皆、暗い表情で視線を落とし、黙々と料理を口に運んでいた。


(無理もない。昨晩の知らせで受けたショックは相当なものだ。今はジョナス義兄さんと、ゴリキッドとメリッサの両親の無事を祈ることしかできない……)


 ヨネシゲはジョナスの無事を祈る一方、アトウッド兄妹の両親の身も案じていた。

 ヨネシゲはソフィアたちに「ジョナス義兄さんの無事を信じよう」という言葉を口にしたが、この兄妹の立場を考えると、同じ言葉は掛けれない。身内でもなければ、難民でもないヨネシゲに「両親の無事を信じよう」などと言われても軽率な発言に聞こえてしまうだろう。この言葉を言えるのは、同じ立場と状況を味わった者だけかもしれない。


「ごちそうさまでした……」


 メリッサは食事を済ませるも、用意された料理には殆ど口を付けておらず、パンも2、3口(かじ)っただけだった。

 兄ゴリキッドが心配そうに尋ねる。


「メリッサ、もういいのか? もっと食べないと昼メシまで持たないぞ?」


「お腹空いてないから、いらない……」


「そうか……」


 メリッサは席から立ち上がると、ヨネシゲとゴリキッドに、ある事を願い出る。


「兄ちゃん、おじさん。今日、私、学校休むね……」


「メリッサ……」


 妹の申し出に、ゴリキッドは困った表情を見せる。とはいえ、彼女の願い出は皆予想していたことだ。彼女の心情を察するに、とても学校に行く気分にはなれないだろう。

 ゴリキッドはヨネシゲに視線を向けると、意見を求める。


「ヨネさん、どうしよう?」


「いいんじゃないか? 無理をしても仕方ないし。今日は家でゆっくりするといい」


「わかった。ヨネさんが良いと言うなら、今日は休ませることにするよ」


 2人の返事を聞いたメリッサが部屋に戻ろうとした時、玄関から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「メリッサちゃん! 迎えに来たよ!」


 声の主はヨネシゲの甥トムだった。彼は毎日、メリッサと登下校しており、送り迎えまで行っている。

 ヨネシゲはトムの声を聞くなり、大声で彼をリビングまで呼び寄せる。


「トム! ちょっと来てくれるか! 話があるんだ!」


「うん! わかった!」


 玄関からトムの返事がしたと同時に、廊下を駆ける足音がリビングに近付いてきた。やがてリビングの扉が開かれると、トムが可愛らしい笑顔を見せながら姿を現す。


「おじちゃん、おはよう! 話って何?」


「おはよう、トム。ちょっとこっちに来てくれるか?」


 ヨネシゲはトムを近くまで呼び寄せる。彼には、メリッサが学校を休むことを言付けしなければならない。

 ヨネシゲたちは、近くまで寄ってきたトムの顔に視線を向ける。その途端、彼らの心が締め付けられる。何故なら、トムの目元は赤く爛れており、クマもできていたからだ。きっと、父親戦死の可能性がある凶報を耳にして、不安で眠れぬ夜を泣きながら過ごしていたに違いない。にも関わらず、トムはニコニコと笑顔を振りまいていた。


(トム、まだ小さいのに偉いな。俺より心が強いよ)


 ヨネシゲが、心の中でトムを褒め称えていると、その彼から要件を催促される。


「おじちゃん、どうしたの? 早く話してよ!」


「おお、すまんな。実は、メリッサがちょっと元気なくてな。今日は学校を休ませることにしたんだ……」


「え? そうなの?」


 トムは少し驚いた表情を見せながら、メリッサに視線を向ける。そこには暗い表情で俯きながら、立ち尽くすメリッサの姿があった。トムが透かさず彼女に声を掛ける。


「メリッサちゃん、どうしたの? 大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ。でも、今日はちょっとお休みしたい……」


「もしかして、昨日のことで……?」


「……うん」


 トムの問い掛けにメリッサは静かに頷いた。

 リビングに沈黙が流れる。すると、その沈黙を破るようにして、トムが驚きの言葉を口にする。


「じゃあ、僕も学校休むよ!」


 するとヨネシゲが慌てた様子で言葉を掛ける。


「ちょ!? トム、それは駄目だ。姉さ……いや、お母さんに怒られちゃうぞ? それにトムは元気だろ?」


 ヨネシゲが説得を始めると、トムから意外な返事が返ってきた。


「うん、元気だよ。だから、メリッサちゃんの傍にいてあげるんだ」


 トムの言葉に、一同驚いた表情を見せる。特にメリッサは愕然とした様子で彼の顔を見つめていた。そして、トムが言葉を続ける。


「僕は何もできないけど、傍に居てあげることくらいはできるよ。それで少しでもメリッサちゃんが元気になってくれるなら、お母さんに怒られたっていいよ!」


 トムの言葉を聞いて、メリッサは口を大きく開けたまま顔を赤くさせる。するとルイスとゴリキッドがトムを後押しする。 


「父さん、俺からも頼むよ。トムの男気、大切にしてやらないとな!」


「ルイス……」


「ヨネさん、俺からも頼む。2人は仲が良い。トムが居ればメリッサの気も和らぐと思うしな」


「けどな。姉さんに怒られるのは結局俺なんだぞ?」


 渋るヨネシゲに、ソフィアも説得に加わる。


「あなた、大人げないわよ? お義姉さんには私から話しておくから安心して。事情を知ればお義姉さんだって怒らないわよ」


 ソフィアから「大人げない」と言われ、ヨネシゲはショックを受けた様子で、とうとう折れるのであった。


「そこまで言われちゃあ仕方ねえ……」


 ヨネシゲはそう言葉を漏らした後、トムの肩を叩く。


「トム、俺の負けだ。俺なんかより、トムの方が余っ程大人だ。メリッサを頼むぞ!」


「うん! ありがとう、おじちゃん!」


 トムは満面の笑みをヨネシゲに見せる。一同からも優しい笑みが溢れるのであった。

 丸く収まったところで、ルイスが鞄を手に持ち登校しようとする。


「そんじゃ俺は、行き道に初等学校に寄って、2人が休むこと伝えてくるよ」


「助かるよ、ルイス」


 ヨネシゲが返事を返すと、ルイスは家を出発した。

 ルイスを見送ったヨネシゲも出勤の準備を始めようとする。


「ソフィア。トムの事は、俺から姉さんに伝えておくよ。どうせ、姉さんのパン屋は行き道にあるしな。その代わり、ソフィアは2人の面倒を頼むよ」


「そっか。そっちのほうが効率いいよね。それじゃ、トム君とメリッサちゃんは私に任せてください」


「ありがとう、ソフィア。助かるよ」


 ヨネシゲとソフィアがそんなやり取りをしている最中、トムが突然何かを思い出したかのように、声を上げる。ヨネシゲがその声の理由を尋ねる。


「あっ、そうだった!」


「どうしたんだ、トム?」


「言うの忘れてたよ。今日はパン屋さんをお休みするから、お母さんがみんなに伝えてほしいって」


「えっ!? そ、そうなのか?」


「うん。お母さん、頭が痛いらしいよ。だから、ゴリキ兄ちゃんのお仕事も今日はお休みだよ」


 トムの説明によると、メアリーは体調不良のため、パン屋を臨時休業するとのこと。

 ヨネシゲは険しい表情を見せる。


(あの姉さんが……珍しい。やはり、それだけ……)


 ショックで休みたいのは、メアリーも例外では無かったようだ。



つづく……

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