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第77話 憂虞の有り明け



 まだ月が残る明け方、ヨネシゲは起床する。

 普段のヨネシゲであれば、まだイビキをかいて寝ている時間帯である。しかし、義兄ジョナスの安否を気遣うと、深い眠りに付くことができなかった。


「はぁ……眠りたくてもこれ以上眠れん。姉さんたちのあの顔が忘れられんよ……」


 ヨネシゲの脳裏には昨晩の記憶が蘇る。

 突然の凶報に、悲痛な表情を浮かべるメアリーとその子供たち。戦慄するソフィアとルイスの青ざめた顔。そして、一気に酔が冷める、凍り付くような場の空気。二度とあのような場には居合わせたくないものだ。


「頭が重たい……」


 ヨネシゲは頭を押さえながら独り言を漏らすと、ベッドから降り、リビングへと向かう。


「あれ? もう誰か起きているみたいだ……」


 ヨネシゲは、自分が一番先に目覚めたと思っていたが、リビングの入口からは既に明かりが漏れ出していた。

 ヨネシゲがリビングの扉を開けると、ソファーに腰掛け、珈琲を飲むソフィアの姿があった。2人は目が合うと互いに挨拶を交わす。


「ソフィア、おはよう」


「おはよう。早かったわね」


「ああ。色々と不安事が頭を過ってな、眠れなかったよ」


「私もよ……」


 どうやらソフィアも、ジョナスの身を案じるばかりに、眠りにつけなかったようだ。


「今あなたの珈琲を用意してあげるから、座って待ってて」


「おう、ありがとう」


 ソフィアはソファーから立ち上がると、ヨネシゲの珈琲を用意するため、キッチンへと向かった。

 ヨネシゲがソファーに腰掛けると、向かいのローテーブルには、今日の朝刊が置かれていた。


「おぉ、もう届いているのか。どれ……」


 ヨネシゲは朝刊を手に取り、それを広げる。


「やはり、オジャウータンの記事ばかりだな……」


 朝刊は、オジャウータン討死に関する記事で埋め尽くされていた。記事には、オジャウータンが討死を遂げるまでの時系列や当時の状況、彼の経歴、また改革戦士団やエドガーに関する情報などが事細かく記載されていた。しかし、一部の記事には、記者や評論家の私見が書かれており、読者の不安を煽るものとなっていた。ヨネシゲはその記事を読んで、怒りで身を震わす。


「畜生……面白可笑しく書きやがって。トロイメライが改革戦士団に乗っ取られる? 冗談じゃねえぞっ!」


 ヨネシゲは朝刊をくしゃくしゃに丸めると、ゴミ箱にぶん投げた。その様子を目撃したソフィアが、ヨネシゲを注意する。


「あなた。何てことを……まだ私もルイスも読んでないのよ?」


 するとヨネシゲは怒った様子で自分の行動を正当化する。


「こんなふざけた事が書いてある新聞なんて、読まないほうがいい! 目の毒、体の毒だ! 不安な気持ちになるだけだ! でも、読みたいと言うなら、止めはしない……」


 ヨネシゲはそう言い終えると、先程ゴミ箱に投げ捨てた新聞を取り出して、そのシワを伸ばし始める。勢いとはいえ、勝手に新聞を捨ててしまったことに、ヨネシゲは罪悪感を抱き始めたようだ。

 必死になって新聞のシワを伸ばすヨネシゲの姿を見て、ソフィアは思わず笑いを漏らす。


「フフフッ……」


「ん? ソフィア、どうしたんだ?」


「いえ。必死になっているあなたの姿が、なんだか可愛いくてね」

 

「え? か、可愛いか……?」


「ええ。なんだか、子供みたいで可愛らしいですよ」


「こ、子供じゃないよ。俺は大人な男だぜ!」


 突然ソフィアから可愛いと言われ、ヨネシゲは反論しつつも照れた表情を見せる。と同時に、彼の表情から笑みが溢れる。

 昨日の夕方から、ヨネシゲとソフィアから笑顔が消えていたが、その表情も少しは取り戻したようで、2人の気分も幾分楽になった。


 程なくして、ルイスとアトウッド兄妹も起床してくる。

 ルイスやゴリキッドたちも昨晩の一件が頭から離れなかったのだろう。睡眠もあまり取れていないようで、目の下にはクマができていた。

 ルイスたちは挨拶を程々に済ませると、暗い表情でダイニングテーブルを囲む。

 その様子を見ていたヨネシゲとソフィアも、子供たちに掛ける言葉が見つからず、気付けばリビングは葬式のように静まり返っていた。

 ヨネシゲの額からは冷や汗が滲み出る。


(これではいかん! 何か言葉を掛けないと……)


 そうしてヨネシゲが思い付いた無難な一言とは……?


「みんな! そう暗い顔をするんじゃない。ジョナスおじさんは死んじゃいないぞ?」


 ヨネシゲの言葉に子供たちは顔を上げる。そしてルイスは同感した様子で頷く。


「うん、そうだね。信じなきゃダメだよな。俺、昨日自分で言ってたもんな」


 ルイスの返事を聞いてヨネシゲは静かに頷く。彼に関しては特に心配する必要は無いだろう。

 問題はアトウッド兄妹だった。2人は別の問題で大きな不安を抱いていた。

 ゴリキッドが静かに口を開く。


「正直、俺とメリッサは、ジョナスという人物に会ったこともなければ、その存在も知らない。勿論、その人が無事であることを心から祈っている。だけど俺たちには、それを超える、大きな心配事があってな……」


「ご両親のことか……」

 

 ゴリキッドとメリッサは、戦火を逃れてきた難民である。一緒に避難していた両親とは途中で逸れてしまい、その安否は不明だ。仮に両親が生きていれば、ライス領でゴリキッドたちを待っている筈。しかし、オジャウータンの死により勢い付いたエドガーが、ライス領に大規模な侵攻をすることも十分考えられる。


「兄ちゃん。お父さんとお母さんも、絶対に無事だよね?」


 俯きながら問い掛けるメリッサに、ゴリキッドは彼女の背中をさすりながら返事を返す。


「ああ。父ちゃんも母ちゃんも絶対無事さ! 絶対に……」 


 リビングにはメリッサのすすり泣きだけが響き渡っていた。



つづく……

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