第75話 王子の提案
時は戦乱期。
王族や貴族、領主たちが昼夜問わず戦に明け暮れる中、トロイメライ王国の根底を揺るがす大事件が発生する。
南都の雄と呼ばれる大豪傑「オジャウータン」が、新手の新興勢力「改革戦士団」の襲撃に遭い、討ち死にしたのだ。
王国全土に伝わる、オジャウータン討ち死にの知らせ。この知らせは、王族を始め、各地の領主や貴族、民たちに衝撃を与えた。
各地の領主や貴族が権力や領土を巡って睨み合う中、オジャウータンが当主を務めるクボウ家は、均衡を保つ上で重要な存在だった。しかし、そのクボウ家はオジャウータンという求心力を失い、衰退の一途を辿ることとなった。
崩れ去る均衡。野望を抱く者たちの行く手を阻んでいた大きな壁が取り除かれた。これにより、彼らの行動はより一層加速することになる。
トロイメライに待ち受けるのは繁栄か? 破滅か?
力無き人々はその行方を見守ることしかできなかった。
この日、ヨネシゲは不安な夜を過ごしていた。
先程、ヨネシゲは外出先の海鮮居酒屋カルム屋で、オジャウータン討死の知らせを受けた。それはヨネシゲにとって大きなショックを与えた。
自宅に戻ったヨネシゲは、リビングのソファーに腰掛けながら頭を抱えていた。彼は憔悴しきった表情で独り言を漏らす。
「まさか、ジョナス義兄さんに、こんな災難が降りかかるなんて。冗談であってくれよ……」
ジョナスとは、ヨネシゲの姉メアリーの夫である。
ジョナスは軍医として、オジャウータン率いるエドガー討伐軍本隊に同行していた。しかし、その討伐軍本隊も改革戦士団の襲撃に遭い、壊滅状態である。
ジョナスの安否は不明。メアリーとその子供たちも酷くショックを受けており、とても言葉を掛けれる状態ではなかった。
ヨネシゲと同じく、リビングのソファーに腰掛けていたソフィアとルイスも、ジョナスの無事を祈っていた。
「神様、お願い。お義兄さんを助けて……」
ソフィアは力強く両手を組みながら、神に祈りを捧げる。
ルイスはヨネシゲとソフィアを励ますように言葉を発する。
「父さん、母さん。伯父さんなら絶対大丈夫だよ! 伯父さんは伯母さんと一緒に数々の修羅場をくぐり抜けてきた男だよ? 今回だって、上手いことやってるさ!」
ルイスの言葉を聞いたヨネシゲとソフィアは、顔を上げると静かに頷く。
「ああ、そうだな。ジョナス義兄さんを信じよう……!」
「そうだね。お義兄さんはきっと無事だよ……!」
「そうさ! 伯父さんは絶対に生きている!」
3人はジョナスの無事を信じた。しかしそれは、自分にそう言い聞かせているだけの贋かもしれない。
ヨネシゲたちは眠れぬ一夜を過ごすことになった。
ここは王都メルヘンにあるドリム城。
その城の会議室では、オジャウータン討死の知らせを受けた国王ネビュラが、大臣を招集して緊急会議を行っていた。
夕刻頃から行われている会議は、真夜中になった今も続いており、大臣たちの論戦が繰り広げられていた。
「こうなっなら、タイガーにエドガーを牽制してもらう他あるまい……」
「くどいぞ! タイガーを頼ることは、陛下が反対されておられる! お主は陛下の意に背くつもりか!?」
「背に腹は代えられん! このままエドガーが猛進すれば、南都の大公殿下の身にも危険が及ぶ。そなたはそれでも良いのか!?」
「こうなったら、メテオ様には王都に避難していただきましょう!」
「それは断じてならぬ! 大公殿下が南都を離れることは、南都を捨てることを意味するぞ! それこそエドガーやタイガーの思う壺だ!」
「とはいえ、オジャウータンを失った南都は手薄。今の南都守護役では、破竹の勢いのエドガーと改革の連中を止めることはできんだろ」
「やはりここは、ウィンターを南都に差し向け、不穏分子を殲滅してもらいましょう!」
「それでは本末転倒でござる! 王都守護役がフィーニスを離れたら、王都と国境は誰が守るのだ!?」
話がまとまらない中、ネビュラの苛立ちがピークに達する。ネビュラはテーブルに拳を振り落とすと、大声で大臣たちを怒鳴り散らす。
「いい加減にしろっ! まだ決まらんのか!? この無能共めがっ!! 何時間同じことを繰り返し話しているんだ! 弟には南都に残ってもらう。ウィンターという切り札も使うことはできん。タイガーなど以ての外だ! もっと他に知恵を絞れっ!」
ネビュラに叱責された大臣たちは険しい表情で顔を俯かせる。
ネビュラは大きく溜息を吐いた後、呆れた表情で頭を抱える。そんな彼に宰相のスタンが声を掛ける。
「陛下、大分お疲れのご様子で……」
「ああ。心底疲れているわ!」
スタンがネビュラに提案する。
「ここは一度、大臣たちには話を持ち帰らせましょう。頭を冷やせば良い意見も出ましょうぞ」
ネビュラはスタンの提案を受け入れる。
「そうするか。このままじゃ、俺の身が持たない……」
ネビュラが席から立ち上がろうとした時、一人の青年が会議室に姿を現す。
「父上、今戻りました!」
「おう、エリック。待ちくたびれたぞ」
青年の姿を見たネビュラの表情が和らぐ。
青年はネビュラと同じ青い瞳の持ち主。金色の長髪に整えられた顎髭。赤い軍服を身に纏った勇ましい表情を見せる彼の正体は、ネビュラの長子「エリック・ジェフ・ロバーツ」だ。トロイメライ王国の第1王子である。
エリックはネビュラの元へ歩み寄りながら口を開く。
「お待たせして、申し訳ありません。ゲネシスと内通していた貴族共を成敗するため、ウィルダネスの僻地まで赴いておりましたから」
「ご苦労であった」
そして、エリックは会議室を訪れて早々、ネビュラにある提案を行う。
「父上。将軍たちから話は聞いております。そこで、私に提案があります。聞いてくださいますか?」
「良かろう。申してみよ」
「はい。ここは一つ、王国全土に南都防衛のための徴兵令を出してみてはいかがでしょうか?」
「ほう。徴兵令か……」
「各領土から兵を集えば、相当な数になると思われます。また、このトロイメライには腕に覚えがある猛者も大勢居ります。南都防衛という大義名分があれば、自ら志願するものも少なくはないでしょう」
ネビュラが席から立ち上がる。
「流石は俺の息子だ。その案、使わせてもらおう」
「我が案を採用していただき、ありがとうございます!」
2人は互いに顔を見合わすと、不敵な笑みを浮かべるのであった。
つづく……
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