第74話 不穏な知らせ 【挿絵あり】
改革戦士団の襲撃から3日が過ぎた晩のこと、マロウータンは滞在先の屋敷で、カーティスと晩酌を楽しんでいた。
「カーティス殿。明日から学院も、授業を再開するそうで良かったのう」
「ええ。ご心配をお掛けしました。生徒や領民たちに大きな被害が出なかったのが幸いでございます。これもマロウータン様のお陰でございます!」
「いやいや。儂は大したことをしておらん。ヨネシゲにドランカド、それと勇気ある民たちのお陰じゃ。彼らが居れば、このカルムも安泰じゃのう!」
「そうですな!」
マロウータンとカーティスの高笑いが屋敷中に響き渡る。
しばらくの間、上機嫌で酒を楽しんでいた2人であったが、その酔いが一気に醒める出来事が発生する。
「マロウータン様っ! マロウータン様っ!!」
「リキヤか!? 一体何事だ!?」
マロウータンの元を訪れたのは、クボウ家の家臣、リキヤであった。彼は血相を変え、息を切らしながら、その場に膝を落とす。
事の重大さを察したマロウータンは、リキヤの元まで駆け寄ると、慌てた様子で要件を催促する。
「リキヤよ! 一体、一体何があったというのだ!? 申してみよ!!」
リキヤは目に涙を浮かべながら、マロウータンの顔を見上げる。そして彼は、嗚咽を交えながら、衝撃的な報告をマロウータンに伝える。
「申し上げます! グローリ領のアライバ渓谷にて、改革戦士団の襲撃に遭い……オジャウータン様、お討ち死に! ならびに……ヨノウータン様も、お討ち死にあそばされました!」
「な、なんじゃと……父上と、兄上が……!?」
報告を終えたリキヤは、床に這いつくばりながら、泣き崩れる。一方のマロウータンは衝撃的な報告に、放心状態で立ち尽くしていた。その場に居合わせたカーティスも青ざめた表情で言葉を失っていた。
その頃、ヨネシゲは、ソフィアとルイス、アトウッド兄弟を引き連れ、海鮮居酒屋カルム屋を訪れていた。メアリーたち姉家族から夕食会の誘いがあったからだ。その席には、カルム屋常連のドランカドの姿もあった。
大人たちは海鮮料理を肴に好みの酒を楽しんでおり、子供たちはジュース片手に料理を頬張っていた。
ヨネシゲはグラスのビールを飲み干すと、口を開く。
「とりあえず、明日から授業も再開だ。学院長とヴァル君も今朝退院したそうで、学院に顔を見せていたよ」
ルイスもヨネシゲの後に言葉を続ける。
「アランさんも他の部員たちも、少しずつ元気を取り戻しているようで、笑顔が増えてきたよ!」
ヨネシゲとルイスの報告に一同安堵の表情を見せる。そして、メアリーからもある報告がなされる。
「生き残ったチンピラ君も、順調に回復してるみたいよ。人が変わったみたいに反省の言葉を述べているらしいわ」
ヨネシゲが微笑む。
「そいつは良かった。彼にはこのまま改心してもらって、真っ当な道を歩んでもらいたい……」
ヨネシゲが、亡くなったチンピラたちの事を思い出しながら感傷に浸っていると、ソフィアが彼の空いたグラスに瓶ビールを注ぐ。
「はい、あなた」
「ありがとう、ソフィア」
「あなた、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込むソフィアに、ヨネシゲはニコッと微笑みかける。
「おう! 大丈夫さ! 心配掛けたな」
ソフィアも笑みを浮かべると、食事を楽しむ子供たちを見つめながら言葉を漏らす。
「一先ず、カルムタウンから災難が去ったね。これで子供たちも安心して日常が送れる……」
「ああ、そうだな。ただ、改革戦士団の動きが気になるが……」
するとソフィアがヨネシゲの手をそっと握る。
「大丈夫。私たちには、あなたが付いているから……」
「ソフィア……」
「私たちに脅威が迫った時は、また守ってくださいね」
ヨネシゲもソフィアの手を握り返す
「ああ、必ず守る。俺が絶対に守り抜いてやる!」
「フフフ。約束だよ?」
「ああ、約束するさ」
見つめ合う2人は、いい雰囲気になっていた。
そこへ酔っ払ったドランカドが割って入ってくる。
「いや〜流石ヨネさん! カルム男児! 素晴らしい活躍でしたよ。ヨネさんナンバーワン! 一番活躍してたっすよ!」
「ガッハッハッ! ドランカドには敵わんよ。あれだけの人質を解放しちゃうんだからさ」
「へへへっ。これもクレアちゃんのお色気作戦のお陰っすよ!」
ドランカドの言葉を耳にしたクレアが、厨房から飛んでくる。そして、ドランカドの頭をトレーで思いっきり叩く。
「痛いっすよ、クレアちゃん……」
「今度その話題を話したら、次はフライパンよ!」
「すんません。もうしません……」
二人のやり取りを見て一同から笑いが沸き起こる。
その時である。突然、店の扉が勢いよく開かれる。
一同、扉の方向へ視線を向けると、そこにはヒラリーの姿があった。
彼は慌てた様子でヨネシゲたちの元へ駆け寄ってきた。
「みんな! 大変だよっ!」
「おう、ヒラリー。どうしたんだ?」
ヨネシゲが何事かと尋ねると、ヒラリーの口から衝撃的な言葉が発せられる。
「オ、オジャウータン様が……討たれたらしい……!」
「なんだって!?」
一同、彼の言葉に耳を疑う。
エドガー討伐のため大軍を率いていたオジャウータン。圧倒的な力を有するオジャウータンの勝利は決まったとまで言われていた。討たれたなどにわかに信じがたい。もし事実だとしたら、一体何があったのだろうか?
ヨネシゲはヒラリーに更なる説明を求める。
「討たれたって、まさか。一体、何があったというんだ?」
ヨネシゲが問い掛けると、ヒラリーは呼吸を整えた後に答える。
「俺も今さっき、領主軍の兵士から聞いたばかりだ。話によると、アライバ渓谷で改革戦士団の襲撃にあったらしい。討伐軍本隊は壊滅状態みたいだ……」
「冗談だろ……」
言葉を失うヨネシゲ。すると突然、メアリーが席から立ち上がり、ヒラリーの元まで駆け寄ると、彼の胸ぐらを掴み怒号を上げる。
「ヒラリー! 冗談は止しとくれよ! 討伐隊には、私の夫が同行してるんだからさっ!」
「ね、姉さん! 落ち着けよ!」
透かさずヨネシゲはメアリーを制止する。彼女はヒラリーの胸ぐらから手を放すと、夫の名前を口にする。
「ジョナス……」
「姉さん……」
ヨネシゲは、俯いたメアリーの顔に視線を向けると、彼女は悲痛な表情を浮かべていた。そこへリタとトムが彼女の側まで寄ってくる。
「お、お母さん! お父さんは、大丈夫なんだよね?」
リタが不安そうな表情で、メアリーに父親の安否を尋ねる。その隣で、ただならぬ空気を感じ取ったトムが泣き始める。
「もしかして、お父さん、死んじゃったの……? 嫌だよ、そんなの!」
メアリーは二人の我が子を抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫。あの人は……お父さんは生きているよ。だって、無事に帰って来るって、約束したんだからさ………」
メアリーの夫「ジョナス」は現役軍医。そして彼は、今回のエドガー討伐軍の本隊に同行していた。
ジョナスの安否は不明。今はただ、彼の無事を祈ることしかできなかった。
オジャウータン討死の一報は、瞬く間にトロイメライ王国各地へと広がっていく。
そしてここは、王都「メルヘン」にある、国王の居城「ドリム城」
その城の長い廊下を早歩きで移動しているのは、宰相のスタンである。やがて彼が到着した場所とは、国王ネビュラの執務室前だった。
スタンは執務室の扉をノックすると、部屋の中へと入る。
「陛下、失礼致します」
「宰相か、何のようだ? 俺は忙しいのだ」
「陛下……」
忙しいと口にするネビュラに、スタンは何故か呆れた表情を見せる。それもその筈。執務を行っている筈のネビュラは、ワイングラス片手にソファーに腰掛け、両隣には好みの若い女を座らせていた。
「陛下、お戯れは程々に……」
「宰相よ。たまにはお前も羽目を外せ」
スタンが注意するも、ネビュラは悪びれた様子を見せることなく、女たちと談笑を続ける。
するとスタンは咳払いした後、ネビュラに人払いを要求する。
「陛下、申し訳ございませんが、女共には席を外して頂きたい……」
「何?」
ネビュラがスタンの顔に視線を向けると、その表情は真剣そのものだった。事の重大さを察したネビュラは女たちを退出させると、スタンに要件を尋ねる。
「それで? 一体何があったというのだ?」
「陛下、実は……」
スタンはネビュラに近寄ると、耳打ちする。
「陛下、オジャウータン殿が討たれました……!」
「なんだと!? オジャウータンが!?」
「ええ。討伐軍本隊も壊滅状態のようです……」
ネビュラは額に汗を滲ませながら、顔を青ざめさせる。
「何かの間違いだろ? エドガーごときに、あのオジャウータンが討たれたというのか!?」
困惑しているネビュラに、スタンはある事実を伝える。
「陛下、オジャウータン殿を討ったのはエドガーではありません。討ったのは、エドガーと手を組んでいる、改革戦士団です」
「改革戦士団だと!?」
「はい。その中にはあの黒髪の炎使いの姿もあったそうです」
黒髪の炎使い率いる改革戦士団に、オジャウータンは討たれ、討伐軍本隊も壊滅状態に追いやられた。その事実を知ったネビュラは激昂する。
「おのれっ! 改革戦士団めっ! 許さん、許さんぞ!」
ネビュラはスタンに指示を出す。
「宰相! 改革戦士団とエドガーを叩き潰す! 直ちに新たな討伐軍を編成させろっ!」
「しかし、陛下! 討伐隊の大半の将兵が改革戦士団に寝返っているようです」
「寝返っただと!?」
「ええ。その数は数十万に上るそうで、数では改革戦士団に敵いません」
「冗談ではないっ!!」
ネビュラは目の前のローテーブルに、拳を勢いよく叩き付ける。
「そうか、ならば! ウィンターを差し向けろ! あの小僧なら如何なる相手でも不足はないだろ? よし、フィーニスに早馬を飛ばせ!」
血迷うネビュラにスタンが助言を行う。
「陛下、落ち着いてくだされ。今、ウィンターに動かれたら、王都が危のうございます。オズウェルやノーランが王都に攻め入るやもしれません」
「奴らを見過ごせというのか!? 改革戦士団と手を組むエドガーの狙いは南都だ! 南都には我が弟も居る。弟を見捨てるなどできん!」
「なればこそです! 今は攻勢に出る場面ではございません。王都や南都の守りを固めるのが先決でございます」
「……わかった。宰相の言う通りにしよう」
落ち着きを取り戻したネビュラに、スタンがある提案をする。
「恐れながら、陛下」
「なんだ?」
「一つ、タイガー殿を頼ってみては如何でしょうか? タイガー殿は王妃様の父君。きっと、陛下のご期待に応えてくれる働きをしてくれるでしょう」
ネビュラは首を横に振る。
「ならぬ! 冗談を申すな! お前もわかっているだろ? 隙あらば、あの男も南都を手中に収めようとしている……」
「しかし、ウィンターを動かせない今、頼れるのはタイガー殿しか……」
「却下だ」
ネビュラはスタンの提案を却下すると、再び指示を出す。
「宰相、至急大臣たちを招集させろ。作戦会議を行う」
「か、かしこまりました!」
ネビュラから指示を受けたスタンは、慌ただしく執務室を後にするのであった。
ここは、日出る東の都「アルプ」にある、地方領主リゲル家の城。その城の大広間では、立派な顎髭を生やした坊主頭の老年男が、オジャウータン討死の知らせを密偵から受けていた。
「ほう、オジャウータンが討たれたか。老いぼれジジイが無理し過ぎなんだよ……」
隣にいた家臣の中年男が助言する。
「タイガー様、今が好機かと思われます」
坊主頭の老年男が不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、そう焦るな。先ずは、後顧の憂いを断たねばならん」
「フィーニスのウィンター・サンディですか……」
「あの小僧とは、方を付ける必要がある」
顎髭を撫でながら、思考を巡らす坊主頭の老年男。すると彼が突然何か閃いた表情を見せる。透かさず家臣の中年男が表情の理由を尋ねる。
「タイガー様。何か良い策でも?」
「ここは一つ、娘に仲介でもしてもらうか……」
「王妃様に!?」
「どれ。早速、文でも送ってみるか。よし、筆を持てい」
「かしこまりました」
坊主頭の老年男は、何やら良からぬ企てを行い始めるのであった。
王国北部、雪の都「フィーニス」にも不穏な知らせが届いていた。
地方領主サンディ家の屋敷では、銀髪の小柄な少年が、家臣から手渡された書状に目を通していた。
「オジャウータン殿が、討たれたようです」
銀髪の少年が書状の内容を伝えると、家臣の青年が、勇ましい声を上げる。
「旦那様っ! 急ぎ出陣してオジャウータン様の仇をとってやりましょう!」
「落ち着きなさい。戦は、仇で行うものではありません。それに私たちは、王都の守護を任されている身。そう易易とこの地を離れる訳には参りません」
銀髪の少年は、家臣の青年を諭したあと、瞳を閉じて両手を組む。
「オジャウータン殿……どうか、安らかに……」
銀髪の少年はオジャウータンの死を弔うのであった。
そして、オジャウータン討死の知らせは、国境を越え、ゲネシス帝国の皇帝にも届く。
月明かりに照らされ、闇夜に浮かび上がるゲネシス皇帝の居城。その城の長い廊下を2人の男女が慌ただしく歩いていた。やがて、2人がある部屋の前に到着すると、扉を勢いよく開く。
「兄様! 起きてください!」
そう言いながら扉を勢いよく開く、この緑髪おかっぱ頭の少年は、皇帝の弟「ケニー・グレート・ゲネシス」である。
この部屋は皇帝の寝室だった。
静寂を切り裂くような弟の甲高い声に、皇帝が目を覚ます。
女性顔負けの美貌を持つ、この銀色短髪の青年が、ゲネシス帝国皇帝「オズウェル・グレート・ゲネシス」である。近隣諸国から魔王と呼ばれ恐れられている。
「一体何事だ?」
オズウェルが要件を尋ねると、銀髪三つ編みおさげの女が彼の問に答える。
彼女はオズウェルの妹にして、ケニーの姉である「エスタ・グレート・ゲネシス」だ。
「お兄様、申し上げます。トロイメライのオジャウータン・クボウが、黒髪の炎使い率いる改革戦士団に討たれました」
「なんだと?」
オズウェルの表情が一気に険しくなる。
「信じられんな。オジャウータンは前トロイメライ王の片腕として、多くの猛者たちを束ねてきた豪傑。あのような新興勢力ごときに、そう簡単に討たれるような男ではない。誤報ではないのか?」
まだ話を信用していないオズウェルに、ケニーが尋ねる。
「確かに。誤報の可能性は十分考えられます。でも兄様。仮にこの話が本当だとしたら、トロイメライはどうなります?」
オズウェルは薄笑いを浮かべたあと、ケニーの質問に答える。
「良くも、悪くも、トロイメライは大きく変わるであろう……」
オズウェルはエスタとケニーに体を向ける。
「エスタよ、ケニーよ。この動乱が、我々にとって吉と出るか、凶と出るか、よく見定める必要がある。我々を勝利へと導く、羅針盤の針をな」
オズウェルはそう言い終えると、先日負った腹部の傷を撫でながら、不敵な笑みを浮かべる。
「さあ、始めようではないか。トロイメライと言う名の……荒ぶる海の航海を……!」
エスタとケニーは口角を上げながら、静かに頷くのであった。
各地に広がる不穏な知らせ。
果たして、トロイメライ王国の運命は……?
つづく……




