第67話 弟子に手を出すな
会場に響き渡る、ヨネシゲの怒号。
ヨネシゲは会場に居る全ての人の視線を集める。
「と、父さん!?」
突然聞こえてきた父親の声にルイスも驚いた様子だ。
「ヨネシゲさん……」
生気を失った目で、アランもスタンド席頂上のヨネシゲを見つめていた。
「これ以上、弟子に手を出さないでくれるか?」
ヨネシゲはそう口にしながら、スタンド席の階段をゆっくりと降りていく。その後ろをメアリー、リタが怒りを滲ませた表情で続いていく。
チェイスは、ヨネシゲが発した「弟子」と言う言葉に反応する。
「弟子だと? このガキがお前の弟子だと言うのか?」
ヨネシゲは階段を降りながらチェイスの問に答える。
「その通りだ。俺が彼に空想術の全てを教えた。もし俺の弟子に文句があると言うならば、師である俺が受け付ける」
例の如く、ヨネシゲはアランに空想術を教えた記憶など持ち合わせていない。しかし、この空想世界ではそういうことになっている。目の前で弟子が傷付けられて、師匠が黙っている訳にはいかない。いや、人としてこれ以上見過ごすことができなかった。
やがてヨネシゲたちはスタンド席の最前列に到着すると、柵を乗り越えグラウンドへ飛び降りる。
グラウンドに着地したヨネシゲは、チェイスやカミソリ頭領に睨みを利かす。
チェイスもまた鋭い目付きでヨネシゲたちを見つめながら、口を開く。
「誰がグラウンドに入っていいと言った?」
ヨネシゲは後ろのメアリーをチラッと見た後、返事を返す。
「姉さんが言った!」
「ふざけるなよ、オヤジ……」
ヨネシゲの予想外の言葉にチェイスが怒りを露わにする。
ヨネシゲたちがアランの元へ歩みを進めると、カミソリ頭領が制止する。
「貴様ら! 勝手に近付くんじゃねえ! ぶっ殺されたいのか!?」
するとヨネシゲが頭領を一喝する。
「お前は黙っておけ!! 殺れるもんなら殺ってみろ!! 返り討ちにしてやる!」
ヨネシゲは頭領をギロッと睨みつける。彼の背後に居るメアリーとリタもただならぬオーラを放っており、頭領は3人の姿を見て臆してしまう。
ヨネシゲはアランの元に到着すると、その場にしゃがみ込む。そして、呆然とヨネシゲを見つめるアランをそっと抱きしめると、優しい言葉を掛ける。
「アラン君。君は良くやった。もう無理しなくていい。後は俺たちに任せておきな」
「ヨネシゲさん……俺……人を……」
「言わなくていい。今は何も考えるな」
「はい……」
ヨネシゲの言葉を聞いたアランは静かに涙を流す。
そしてヨネシゲはルイスとアンナを呼び寄せる。
「2人とも、彼を頼む」
ヨネシゲはそう言うと、放心状態のアランを2人に預けた。
「父さん、戦うんだろ? 俺も援護するよ!」
ルイスはヨネシゲたちと共に戦う意思を見せるが、ヨネシゲは首を横に降る。
「今は、アラン君の側に居てやってくれ。そのほうが彼も安心するだろ」
ヨネシゲは、グラウンドの端で見守るカレンに視線を向ける。
「それに、ルイスにはカレンちゃんがいる。彼女を守るのが、お前の役目だ!」
ルイスは少し間を置いた後、返事を返す。
「うん、そうだな。でも父さん、無理だけはするなよ!」
「ああ、わかってるって。でも、俺には姉さんたちが付いている。安心しろ」
「フフッ。伯母さんが居れば最強だな」
「さあ、安全な場所まで移動するんだ。アラン君とカレンちゃんは任せたぞ!」
「ああ、任せて!」
ルイスはヨネシゲにガッツポーズを見せた後、座り込むアランに肩を貸す。それを手伝うとするアンナにヨネシゲが声を掛ける。
「アンナちゃん。息子たちを頼む!」
「ええ、お任せください!」
アンナは口角を上げながら返事を返すと、ルイスと共にアランをグラウンドの端まで退避させる。
「おい、オヤジ。さっきから何好き勝手行動してやがる。俺たちの言う事が聞けねえっていうのか?」
突然グラウンドに現れ、好き勝手行動するヨネシゲたちに、チェイスが不満を露わにする。
ここでメアリーがチェイスを一喝する。
「お黙り! どの口が言ってるのよ? 好き勝手やってるのはアンタたちでしょ?」
チェイスが負けんじと声を張り上げる。
「うるせえ! お前が黙れっ! そんなに死にたいのか!? この厚化粧ババアがっ!!」
「何?」
チェイスが吐いた暴言に、メアリーが鬼の形相を見せる。
次の瞬間、一同驚きの光景を目にする。
メアリーは瞬間移動の如くチェイスとの間合いを詰めると、彼の喉元を右手で掴む。
「う、うぐっ……」
チェイスは両手でメアリーの手を振り解こうとするも、彼女の腕はびくともしなかった。
その様子を見ていた、グレースとカミソリ頭領は顔を引き攣らせていた。
もがき苦しむチェイスに、メアリーはドスの効いた声で言葉を口にする。
「鼻垂れ小僧が、なに甘ったれたこと言ってんだい? 俺の言う事が聞けねえだって!? 笑わせるなよ。ここは私らとアンタらの戦場だ。戦場で全て思い通りにいくと思うなよ? 言うことを聞く敵が居るなら、初めから殺し合いなんかしねえよっ!」
メアリーはそう言い終えると、チェイスの喉元から右手を離す。その途端、チェイスはむせ返りながら膝を落とすと、悔しそうな表情でメアリーを見上げる。
ヨネシゲはその様子を横目にしながら、グレースに訴えかけるようにして言葉を掛ける。
「グレース先生。どうしてこんなことを? あなたはこんな事する人じゃないでしょ? 心優しい、気配りのできる素敵な女性だ。俺にはわかりますよ!」
ヨネシゲが言葉を投げ掛けると、グレースは険しい表情で返事を返す。
「ヨネさん、騙されてはいけませんよ。これが本当の私です。それに、私はもう、グレース先生ではありません。改革戦士団第3戦闘長のグレースです」
「グレース先生……いや、グレースさん。もし良かったら、教えてくれ。君たち改革戦士団は一体何をしようとしているんだ? 何故、アラン君たちを狙う!?」
グレースは少し間を置いた後、ヨネシゲの質問に答える形で改革戦士団の目的を説明する。
「わかりましたわ。ヨネさんには色々とお世話になりましたから、特別にお教えしましょう。我々改革戦士団の目的は、この腐ったトロイメライ王国を作り変えること……」
「トロイメライを作り変えるだって!? で、でも、どうして、そんな!?」
「ヨネさんもご存知でしょ? 各地の貴族や領主は権力を振りかざし、民から多額の税を巻き上げ、汚職で私服を肥やしています。おまけにこの国の王は、ゲネシスから土地をむしり取る事しか考えておらず、自国の情勢には殆ど目を向けません。果たして、このような野蛮な者たちに、この国を任せておいてよろしいのでしょうか? 答えは否。既に腐っているこの国は、いずれ内部から崩れていき、滅んでしまうことでしょう。そうなる前に、我々がこの国を治めるのです」
改革戦士団が掲げる大きな野望に、ヨネシゲは言葉を失う。そしてグレースはアランたちについても言及する。
「そうなってくると、アラン君たちは我々にとって脅威なのです」
「脅威?」
「ええ。アラン君たちは誰もが認める実力者。まだ伸びしろも有るし、更なる成長が見込めることでしょう。それだけなら問題はないのですが、王立のカルム学院で教育を受けた彼らには、王国の息が掛かっています。いずれ我々の前に立ちはだかり、改革の邪魔をすることでしょう」
「それで、アラン君たちに危害を加えていたのか……」
「ウフフ、そうですよ。そして、もうひとつ、軍事用具現草の効果を試したかったのです」
「軍事用の具現草……それをチンピラたちに仕込んだわけか?」
「ええ。今回、悪魔のカミソリさんには、軍事用具現草と検体を提供してもらいました。彼らはアラン君たちに恨みがあるようで、喜んで協力してくれたわ。軍事用具現草の効果を試しながら、空想術三人衆を消せれば一石二鳥でしょ?」
冗談ではない。落ち度の無い少年少女を殺めようとした挙げ句、非人道的な具現草の実験まで行っていた。
更に彼女が所属する組織は、外道ダミアンが率いるとされる改革戦士団。仮にそんな組織が国の実権を握ってしまったら、トロイメライに未来はないだろう。
グレースの説明を聞き終えたヨネシゲが声を荒げる。
「グレースさんよ。あなたがやっていることは、人の道に外れている! それに、国を作り変えるにしても他に方法があるだろ!? 改革戦士団なんかに加担するな! 頼むから考えを改めてくれ!」
「ヨネさん。私の考えは揺らぎませんよ。それなりの覚悟と信念を持って改革戦士団に入団しましたから。私の夢は悪徳貴族共を一掃すること。私から、大切な弟を奪ったあの連中を……!」
グレースはそこまで言い終えると、苦痛に満ちた表情で身を震わせていた。
つづく……




