第6話 地獄 【挿絵あり】
ヨネシゲは夢と現実の狭間にいた。
突然聞こえてきたソフィアとルイスの助けを求める叫び。現実的に考えて、他界した2人の声が聞こえてくるはずもない。しかし、今こうして最愛の妻子が助けを求めている。理由など要らなかった。ヨネシゲは2人を助けるため、真っ暗闇の空間を直走るのであった。
程なくするとヨネシゲはこちらに向かって走ってくる2人の人影を発見する。ヨネシゲは目を凝らした。
「あ、あれはっ!?」
光一つもない暗闇の空間で、2人の姿はまるでスポットライトを当てられているかのようにハッキリと映し出されていた。
「ソフィア!! ルイス!!」
姿を現したのは、助けを求めるソフィアとルイスだった。
「待ってろ! 今行くぞ!」
助けを求める妻子の元へヨネシゲは全速力で駆け寄ろうとする。
その時であった。突然、重たい打撃音がしたと思うと、こちらに向かって走っていたソフィアとルイスが倒れてしまう。
「お、おいっ!? 2人ともどうしたっ!?」
ヨネシゲが倒れた2人の元に到着すると、その変わり果てた姿に絶句する。
顔は痣だらけで大きく腫れ上がり、折れた鼻からは血を流していた。
「こ、これは……ゆ、夢だ……夢に違いない……!」
目の前で起きた受け入れ難い出来事に、ヨネシゲは自分が夢を見ているのだと言い聞かす。しかしすぐ現実であるということに気付かされる。
立ち尽くしていたヨネシゲの左頬に突然衝撃が走る。ヨネシゲはいきなり何者かによって殴り飛ばされてしまったのだ。彼が掛けていたお気に入りの黒眼鏡は、殴られた衝撃で弾き飛ばされる。
左頬に走る激痛。意識が朦朧とする。
ヨネシゲは左頬を押さえながら体を起こすと、ゆっくりと上を見上げる。そこには一人の男の姿があった。
眼鏡が外れ裸眼の状態であったが、男の顔をハッキリと認識できた。そして男の顔を見てヨネシゲは驚愕する。
「ダ、ダミアンっ!?」
ヨネシゲの前に現れたのは、黒い衣装を身に纏った、赤い瞳と黒髪が特徴的の青年。彼の正体は最愛の妻子を殺害したあの男、ダミアン・フェアレスであった。しかしダミアンは警官に射殺されこの世を去っているはずだ。ヨネシゲがダミアンに尋ねる。
「お、お前は死んだんじゃなかったのか!?」
ダミアンはニヤッと笑みを浮かべる。
「フッ、死んだよ。一度な。だが、こうして生き返った」
「生き返っただと!?」
警官に射殺されたはずのダミアンは、生き返ったと意味深なことを口にする。
ヨネシゲが怒りを滲ませながらダミアンに問う。
「これは全部お前の仕業か!?」
「どうだ、喜んでくれたか? 2人とも、おっさんと同じように、汚い顔にしてやったぜ……!」
「ふざけるなっ!!」
ダミアンの耳を疑うような言葉にヨネシゲの怒りは頂点に達する。
ヨネシゲは立ち上がるとダミアン目掛け突っ走る。そして拳を振りかざすと、ダミアンに襲いかかる。
ヨネシゲが渾身の力で拳を放つも、ダミアンはこれを容易く躱した。するとダミアンは目にも止まらぬ速さでヨネシゲの腹部に強烈な拳を食らわす。ヨネシゲはあまりの激痛に腹を押さえながらその場に蹲る。
「おっさん。ボクシングやってた俺に殴り合いで勝てると思うか?」
「ち、畜生……!!」
ヨネシゲは悔しさを滲ませながらダミアンを見上げる。
「そろそろフィナーレだ」
ダミアンはそう口にすると、倒れたソフィアとルイスに向かい右手を構える。
「な、何をするつもりだ!?」
「ゴミは焼却処分だ!!」
ダミアンはそう言い放ち、ニヤッと笑みを浮かべると、構えた右手から紅色の炎を噴射させる。まるで魔法を使っているかのようだ。
「やめろっ!!!」
時すでに遅し。ヨネシゲが叫んだときにはソフィアとルイスの体は紅色の炎に包まれていた。
炎の火力は凄まじく、ソフィアとルイスの肉体は一瞬のうちに灰と化し、骨だけが綺麗に残った。
まるで地獄だ。
衝撃的な光景を目の当たりにしたヨネシゲは気が狂ったかのように泣き叫ぶ。そんなヨネシゲを見てダミアンは嘲笑う。
「ハッハッハッ!! ウケる~! 最高だなっ!!」
ダミアンの心無い言葉に、ヨネシゲは怒鳴り声を上げる。
「ふざけるなっ!! 2人がお前に何をしたっていうんだよ!? こんなの人間のすることじゃねぇ!! お前は悪魔だっ!!」
「フッ、悪魔か。上等だぜ!」
しばらくヨネシゲの様子を見て愉しんでいたダミアンだったが、今度はヨネシゲに向かって右手を構える始める。
「今度はおっさんの番だぜ」
「俺を殺すつもりか!?」
「生きるか死ぬかは、おっさん次第だ。せいぜい抗ってみせろよ!」
ダミアンはそう言い放つと、ヨネシゲ目掛けて紅色の炎を噴射させる。案の定ヨネシゲの体は炎に包まれる。
「熱い熱いっ!! 助けてくれっ!!」
「ハッハッハッ!! いい気味だぜ! 俺のことを何度も殺した報いだ。地獄の業火、思う存分味わうんだな!」
熱さで藻掻き苦しむヨネシゲに、ダミアンは意味深な言葉を吐き捨てると、その場から姿を消した。しかし、ヨネシゲ耳にダミアンの言葉など届いていなかった。今は熱さを堪えながら、愛する妻子を思うことしかできなかった。
(ソフィア、ルイス、許してくれ。またお前たちを守ることができなかった……)
ヨネシゲは薄れゆく意識の中、骸骨と化したソフィアとルイスに向かって手を伸ばす。だがその手は届くことなく、ヨネシゲは力尽きるのであった。
つづく……