第66話 善行の代償
改革戦士団から検体と称される、軍事用具現草を体内に注入されたチンピラたち。その戦闘力は凄まじく、王国屈指の実力を持つヴァルを一撃で戦闘不能にし、彼と肩を並べるアンナも苦戦を強いられた。
ところがそのチンピラたちも、空想術部三人衆の一角、アランの猛攻の前では無力のようだ。
チンピラたちが光線を放つも、アランはそれを空に向かって受け流す。
その様子をヨネシゲは手に汗握りながら見守っていた。
「流石、アラン君だ。チンピラたちの攻撃を全て無力化している! カルム学院空想術部長の実力、恐るべしだぜ!」
隣に居たメアリーがヨネシゲの背中を叩く。
「流石! シゲちゃんの弟子ね!」
「お、おうよっ! 俺自慢の弟子だ!」
ヨネシゲは腕を組み、ドヤ顔をしてみせる。しかし、その内心は困惑していた。
(彼が本当に俺の弟子だというのか!? 未だに信じられん。やっぱりこの世界の設定はぶっ飛んでやがる。確かに、この世界で俺は相当な実力者だったのだろう。だけどな、仮にも今の俺は現実世界からそっくりそのままの状態でやって来た、ただの中年オヤジなんだぞ? もしこの世界に神様が居るなら聞いてくれ。ハードル上げ過ぎだぞ!!)
ヨネシゲはアランに空想術を教えた師匠的存在。それが紛れもないこの空想世界での設定。故にアランはヨネシゲを慕っているが、現実世界から転移してきたヨネシゲに、アランを鍛え上げた記憶など持ち合わせていない。そんなヨネシゲにとって、アランとの師弟関係は無いに等しいが、自分が鍛え上げたとされる弟子が、目の前で活躍していることは素直に嬉しい。
「アラン君!! 頑張れっ!!」
ヨネシゲがアランに大声で声援を送る。
「ヨ、ヨネシゲさん?」
その声援はアランの耳にも届いていたようで、彼は笑みを浮かべる。
(見ていてください、ヨネシゲさん! 必ず俺が、コイツらを制圧してみせます!)
アランはチンピラたちに向かって両手を構えると雄叫びを上げた。
同じく、ヨネシゲの声援を耳にしたチェイスが彼に鋭い視線を向ける。
「あの、オヤジ。大人しくしてろっていう意味が理解できないのか?」
今にもヨネシゲに向かって攻撃を仕掛けようとするチェイスに、グレースが微笑み掛ける。
「ウフフ。彼はヨネさんよ」
「は? ヨネさん?」
「そうよ。彼が、カルムのヒーローと呼ばれる噂の男」
「ほう、奴がか。総帥やダミアンが恨みを抱いているという噂の……」
「ウフフ。噂だけどね」
チェイスはヨネシゲが居るスタンド席に向かって右手を構える。
「あの男も消しておくか?」
チェイスが尋ねるとグレースは呆れた表情を見せる。
「忘れたの? 今回の指令は、検体で三人衆を抹殺して、周辺の人物に絶望を与えること。ヨネさんや観客たちには三人衆が死ぬ所を見届けてもらわないといけないの。それに総帥たちが恨んでいる男を勝手に殺したら怒られるわよ?」
「でも、それは噂なんだろ?」
「ウフフ。本当だったらどうするの?」
「チッ!」
チェイスは舌打ちした後、構えていた右手を下ろした。
「それにしても……」
グレースは顎に手を添えながらチンピラたちを見つめる。そして、ある不安を口にする。
「検体の体がどこまで持ち堪えられるか心配ね。このままじゃ、アランを仕留める前に……」
グレースの言葉を聞いたチェイスがカミソリ頭領に指示を出す。
「おい! カミソリ野郎!」
「なんだ!?」
「少しでいい。素の奴らを見せてやれ」
「――なるほどな。そういうことか」
チェイスの言葉を理解した頭領が不敵な笑みを浮かべる。そして、チンピラたちに火炎を放射させるアランを見つめながら、言葉を漏らす。
「さて。甘ちゃんなガキ共に、この試練を乗り越えられるかな?」
やがてアランが放った火炎がチンピラたちの全身を覆う。彼らは悲痛な叫び声を上げながら膝をおとす。
「悪足掻きはもうよせ。そろそろ降参しないと、命を落とすことになるぞ?」
アランが降参を促すも、チンピラたちは立ち上がり、アランに再び攻撃を仕掛けようとする。
「クソッ! しつこい奴らめ!」
対するアランも、再びチンピラたちに攻撃を加えようと両手を構える。
アランの両手が赤色に発光したその時、彼に迫りくるチンピラが突然足を止めた。そして、先程まで鬼の形相でアランたちに襲いかかっていた彼らが、泣き叫びながら命乞いを始めた。
「た、頼む!! もう、やめてくれ!! 死にたくねえよ!!」
アランは構えていた両手を下ろすと、困惑した表情を見せる。
「こ、これは、どういうことなんだ?」
アランが尋ねると、チンピラたちは嗚咽を交えながら言葉を続ける。
「俺たちは、頭領に操られているだけなんだよ!!」
「操られている? 自分の意思じゃなかったのか!?」
「そうさ! 体が勝手に動いて……! 言葉も発することができねえ……! おまけに具現草まで仕込まれて……」
「そ、そんな……」
チンピラたちから告げられた真実に、アランは言葉を失う。
カミソリ頭領は、嫌がるチンピラたちに具現草を仕込んだ上で体を操り、人殺しをさせようとしていた。
「酷いわ、酷すぎる……」
先程、チンピラたちが流していた涙の理由を理解したアンナは、酷くショックを受けた様子だ。
そして、観客席に居たヨネシゲたちも、その人の道を外れた所業に、怒りで身を震わせていた。
ヨネシゲは声を荒げながら言葉を口にする。
「酷すぎる! こんなの、人のすることじゃねえ!」
マロウータンは持っていた扇子を握りしめていた。
「非道なり! これ以上の狼藉は、断じて許さんぞ……!」
呆然と立ち尽くすアランに、チンピラたちが助けを求める。
「俺たちは、アンタと戦うことを望んじゃいない! 殺しなんかしたくない! だから助けてくれよ!」
「今までやってきたことは全て償う! 俺たちが間違っていたよ! 反省している! だ、だから、俺たちを殺さないでくれっ!!」
その様子を見て、カミソリ頭領が高笑いを上げる。
「ウハハハハハッ!! クズ共が必死だな!」
「クズだと?」
頭領の「クズ」と言う言葉に、アランは鬼の形相を見せる。それは、今まで誰にも見せたことがない怒りの表情だった。そしてアランが怒鳴り声を上げる。
「クズはお前だ!! 人の心を弄んで何が楽しい!?」
「笑わせるな。俺たちはな、目的の為ならば手段を選ばないマフィア組織だぞ? 女だろうと赤子だろうと、躊躇いもなく殺してきた。そんな俺たちに人の心だ何だ言われても答えようがない。愚問ってやつさ。お前ら甘ちゃんとは生きる世界違うんだよ!」
頭領はそう言うと、持っていた水晶玉を頭上高くへと掲げる。その途端、チンピラたちの体が再び動き出す。
「ま、また体が!? い、嫌だ! 嫌だよ!」
「もう戦いたくねえ! もう痛いのは勘弁だ!」
チンピラたちは必死に抵抗してみせるも、体は言うことを聞かず。再びアランに攻撃を仕掛けるため構え始める。
チンピラたちは、先程までとは少し様子が違っており、言葉を自由に発することができ、感情も顔で表現することが可能となっていた。故に彼らの動きは首を境に対なるものとなっていた。
アランが頭領に制止を求める。
「もう、こんな酷いことはやめろっ!!」
頭領は冷たい眼差しで返事を返す。
「これは、ヒーローごっこの代償だ。面白いものを見せてやろう」
頭領が水晶玉に力を込めると、チンピラの一人が観客席へ向かって走り出す。その様子を見たアランの顔が青ざめる。
「ま、まさか……!」
カミソリ頭領がニヤッと笑みを浮かべる。
「さあ、甘ちゃんなお前にあのクズを止めることができるかな? 早くしないと観客席が血の海になるぜ」
カミソリ頭領はチンピラを操り、観客たちに危害を加えようとしていた。
チンピラと観客席との距離が瞬く間に縮まっていく。
観客たちは被害を逃れようと押し合いになっており、スタンド席は大混乱に陥っていた。
そして、猛進するチンピラは泣き叫んでいた。
「嫌だ! 嫌だ! 殺したくねえ! だ、誰か! 俺を止めてくれっ!」
その様子を見ながら、頭領が不気味な笑い声を漏らす。
「イヒヒヒヒッ! よし、それでいい! あの辺りは子供が多いからな。面白い光景が見れそうだぜ!」
やがて、チンピラはグラウンドと客席を仕切る壁を乗り越え、観客たちに飛び掛かろうとする。チンピラが悲痛な叫び声を上げる。
「嫌だあぁぁぁっ!!」
その時である。
紅色の光線がチンピラの胴体を射抜いた。チンピラは力を失い、グラウンドに墜落する。
一同、グラウンドに視線を向けると、そこには右手を構え立ち尽くすアランの姿があった。
「ア、アラン君……」
ヨネシゲは、声を震わせながら彼の名前を口にした。
グラウンドに倒れたチンピラが力を振り絞るようにしてアランに顔を向ける。
「ありがとう……ありがとう……お前のお陰で……子供を殺めずに……済んだよ……ありが……と……」
チンピラは、大粒の涙を流しながらそう言い終えると、力尽きた。
アランは脱力した様子でその場に膝を落とす。
「お、俺は、人を殺してしまった。しかも、必死になって、命乞いまでしていた、あの男を……」
放心状態のアランをカミソリ頭領が勝ち誇った表情で見下ろす。
「クックックッ。その様子だと、初めて人を殺したみたいだな。どうだ、人を殺した感覚は? これでお前も人殺しの仲間入りさ!」
「俺が……人殺し……」
涙目のアランを頭領が嘲笑う。
「そうさ。お前は立派な人殺しさ。おまけに、命乞いしていた男を躊躇いもなく殺ったのだからな。その汚名は一生付いて回るぜ?」
アランは、手で耳を覆いながら体を震わせる。
「覚悟もねえガキが、俺たちに喧嘩を売った結果だ。調子に乗り過ぎたな……」
頭領はそう言葉を口にすると、懐からピストルを取り出し、アランに銃口を向ける。
「ピストル!?」
ピストルを見たルイスとアンナに緊張が走る。
普段のアランであれば、銃口を向けられたところで何も心配する必要はないだろう。しかし今の彼は、生気を失い、無防備の状態。あの至近距離で引き金を引かれたら、流石のアランも命は無い。
「アンナ先輩! このままじゃ、アランさんが!!」
「はい。ルイス! 行きますよ!」
ルイスとアンナはアランの元へ駆け寄ろうとする。しかし、残った2人のチンピラがルイスたちの行く手を阻む。
「そこで仲間が死ぬところを見ていろ!」
頭領はルイスたちにそう言葉を吐き捨てると、引き金に指を掛ける。
その時だった。
会場全体に一人の男の声が響き渡る。
「もうたくさんだっ!!」
一同、声がした方向へ視線を向ける。
そこには腕を組み、仁王立ちするヨネシゲの姿があった。
「これ以上、俺の弟子を傷付けるんじゃねえ!」
つづく……
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