第65話 正門
昼下がりのカルム学院は、殺伐とした空気が支配していた。
学院は、領主軍、保安隊、そして主を救出するため参陣した、リキヤ率いるクボウ軍に完全包囲されていた。
学院周辺には規制線が貼られ、周辺住民には避難命令が出されている。
カルム学院祭が開催され、お祭りムードだったカルムの街も、今は物々しい雰囲気に様変わりしていた。
カルム学院の正門前では、兵士や保安官たちと、改革戦士団戦闘員たちが、閉められた正門を挟んで睨み合っていた。
正門から少し離れた場所で、カルム領主カーティスと、クボウ家臣の大男リキヤが険しい表情でその様子を見つめていた。
2人は学院内部の情報が手に入らず、手を拱いていた。
現在カーティスたちが把握している情報は、数十名程の改革戦士団戦闘員が、学院内全ての人を人質にして立て籠もっているということ。
カーティスは、乱れたオールバックの前髪をかきあげながら溜め息を漏らす。
「内部の様子が全くわからん。人質や敵の詳しい数も不明。交渉も拒否された今、内部の状況を探る手立てがない。突入などもってのほか。我々が下手な行動を起こせば、甚大な被害が生じるだろう……」
カーティスが漏らした言葉にリキヤが相槌を打つ。
「ですな。相手はあの残虐非道の改革戦士団。我々が下手な行動をとれば、人質の身に危険が及びます」
カーティスは頷く。
「仰るとおり。今は、粘り強く交渉に応じるよう求め続けます。そして、夜が来るのを待ちましょう」
「夜暗に紛れて、密偵を忍ばすお考えで?」
「ええ。このような事件を経験するのは初めてでして。他に手立てが思い付きません……」
「いえ、上策かと。ですが……」
「?」
カーティスは、何か言いたそうなリキヤの表情を見て首を傾げる。すると、先程まで険しい表情を浮かべていたリキヤが、突然笑顔を見せる。
「カーティス様、ご安心くだされ! 学院内には、偉大なるオジャウータン様の次男、マロウータン様が居ります! きっと、マロウータン様なら何か良い秘策をお考えになっているでしょう!」
満面の笑みでグーサインを出すリキヤに、カーティスは苦笑いを浮かべる。
(安心しろと言われてもな。だが、マロウータン様は知勇、武勇に優れたお方。リキヤ殿の言うとおり、何か策を練っておられるかもしれん。学院内の状況がわからない今、マロウータン様を頼る他あるまいか……)
カーティスはリキヤに微笑み掛ける。
「ええ。マロウータン様を信じましょう!」
カーティスとリキヤは互いに目を合わすと、静かに頷いた。
その直後、正門前が騒立つ。
カーティスたちが正門へ目を向けると、正門の内側に居た数名の改革戦士団戦闘員が倒れていた。そして、その戦闘員を見下ろすようにして、戦闘員と同じ衣装を纏った数名の男たちの姿があった。
「何事だ? 仲間割れか?」
カーティスが様子を伺っていると、戦闘員と思わしき男たちは被っていたフードを脱ぐ。彼らの顔を目にしたカーティスは驚きの声を上げる。
「ド、ドランカド君!? そ、それに、あれは、学院の守衛たち!」
戦闘員に扮していた男たちとは、ドランカドと、イワナリやオスギを始めとする、カルム学院の守衛たちだった。
カーティスは慌てた様子で正門まで駆け寄る。
「君は、果物屋のドランカド君だね!? それに他の者たちは、学院の守衛たちで間違いなさそうだ! これは一体どういうことだ!? 説明してくれ!」
状況の説明を求めるカーティスに、ドランカドが言葉を返す。
「領主様、詳しい説明は後です!」
ドランカドはそう言うと、守衛たちと協力して、気絶した戦闘員たちを正門の外へと放り投げる。
「領主様。コイツらを尋問して色々と情報を聞き出してください。多少手荒な真似しても問題ありませんから!」
呆気にとられるカーティスにドランカドが言葉を続ける。
「見ての通り、守衛さんたちは俺が解放しました! 何人かの戦闘員は拘束して守衛所裏の倉庫にぶち込んであります! 俺はこれから、守衛さんたちと協力して人質を解放しに行きます!」
ドランカドの言葉を聞いたカーティスが声を荒げる。
「そんな無茶な! 学院内の状況がわからんのだぞ!?」
「その点はご安心ください! さっき捕まえた戦闘員を脅していくつかの情報を吐かせましたから。それに、この学院を知り尽くした守衛さんたちが居ます。これ程大きな武器はありません!」
「しかしだな……」
渋るカーティス。するとオスギが2人の会話に割って入る。
「相手はあの改革戦士団。このままここで大人しく見守っていても、奴らが人質を無事に解放する保証はありません。それにいつ人質に危害を加えるかもわかりません。一刻の猶予も許されないのです。領主様。ここは我々を信じていただけないでしょうか?」
オスギは真っ直ぐな眼差しでカーティスを見つめる。
するとリキヤがカーティスに助言する。
「カーティス様。ここは彼らに委ねましょう」
「リキヤ殿……」
「このまま、手を拱いている訳にもいきません。もし、一人でも多くの人質を解放出来る手立てがあると言うのであれば、彼らに懸けてみましょう!」
カーティスが決断する。
「わかった。君たちに委ねよう!」
カーティスの言葉を聞いたドランカドや守衛たちが笑みを浮かべる。
「そんじゃ、手始めに、この正門前に居る人たちを解放しますね!」
ドランカドはそう言うと正門を開き、付近に居た100人前後の人質たちを学院の外へと誘導した。
するとドランカドが再び正門を閉める。
「流石に正門が開いていると、怪しまれますからね。一度閉じておきますよ。あっ、でも鍵は開いてますから! あと、もし可能なら……戦闘員役と人質役として、兵士さんや保安官さんをお借りしたいのですが。正門前に人影が全くないのも不自然ですからね。カモフラージュです」
ドランカドの提案を聞いた、複数の兵士や保安官が戦闘員役、人質役を買ってでた。改革戦士団戦闘員と人質に扮した彼らが学院内へと雪崩込む。
「感謝感激っす! 戦闘員役の皆さんは、正門の外の方を向きながら立っててください。人質役の皆さんはその辺りで適当に座っててもらえれば大丈夫です!」
一同、配置についた後、ドランカドがカーティスにある要件を伝える。
「領主様。学院内の各所を制圧したら、伝令を出します。そしたら、部隊を一斉に突入させてください!」
「わかった。だが、無理だけはするなよ。人質の解放も大切だが、君たちも私の大切な民だ。命を無駄にすような行動は許さんぞ」
「もちろんです。誰も死なせません」
ドランカドは静かに頷くと、守衛たちを引き連れ学院の奥へと進もうとする。ところが、彼は一度足を止めカーティスの方を振り返ると、ある重要な事実を伝える。
「領主様、これだけは伝えておきます。この事件には改革戦士団の他に悪魔のカミソリも関与しています。そして奴らの標的は空想術部三人衆です」
「何だって!?」
ドランカドから伝えられた事実に、カーティスの顔が青ざめる。それもそのはず。空想術部三人衆の一人、アラン・タイロンは彼の大切な一人息子なのだから。
言葉を失うカーティスを横目に、ドランカドたちはフードを深く被ると、人質救出のため学院の奥へと姿を消した。
つづく……




