第64話 悪夢のSHOW(後編)
チンピラの光線を受けたヴァルは、無惨な姿で倒れていた。その衝撃的な光景にルイスやアンナは涙を流していた。
アランは、気絶したヴァルを抱きかかえると、彼の名を叫びながら、その体を大きく揺さぶる。
「ヴァル! しっかりしろっ! 起きるんだ! ヴァル! ヴァル!!」
アランがいくら呼び掛けても、ヴァルからの反応は一つも無かった。
ヨネシゲも、予想外の出来事に言葉を失っていた。
「あり得ない。あのヴァル君が全く歯が立たないなんて……!」
ヴァルもアランと同じく、王国で名を馳せる空想術使い。その実力は学生部門では5本の指に入ると言われている。その彼が、具現草を摂取しただけのチンピラたちにあっさりと倒されてしまった。
具現草、恐るべし。ヨネシゲは具現草の恐ろしさを再認識するのであった。
ここでチェイスの声が会場全体に響き渡る。
「さあ、お前ら、見てくれ! カルム学院空想術部三人衆の一人、ヴァルの哀れな姿を! 白目を剝き、気絶しているぜ!」
ヴァルを侮辱するチェイス。それを聞いた悪魔のカミソリ頭領が高笑いを上げる。
「ハッハッハッ! 無様だな、坊主! 直ぐにでもお前の息の根を止めることはできるが、もう少しその情けない姿を観客たちに晒して……」
「いい加減にしなさい!」
「あぁ?」
頭領の言葉を遮るようにして、アンナが怒鳴り声を上げる。眉を顰める頭領に、彼女は言葉を続ける。
「あなた達! こんな酷いことして何が楽しいの!? あなた達には人の心があるのですか!?」
頭領はニヤッと笑みを浮かべる。
「人の心? そりゃあるさ。だから楽しいんだよ! 俺たちはな、お前らに痛みつけられた、怒りの感情を抱いている。だが、俺たちを苦しめたイキリ坊主も、こんな無様な姿を晒している。これ程愉快なことは他にねぇぜ!」
「やはり、あなたは、悪魔です……」
頭領の言葉に、アンナは悔しそうに唇を噛む。
すると突然、会場となる空想術屋外練習場の上空に分厚い黒雲が現れる。日の光は遮られ辺りは薄闇に覆われた。やがて会場に冷気が流れると、アランが大声を上げる。
「アンナ! 何をするつもりだ!? やめておけ!」
「仲間を傷付ける者は、誰であろうと許しません……!」
そう。この分厚い黒雲を発生させたのはアンナだった。頭領やチンピラたちに攻撃を仕掛けようとしていた。
アンナは、右手を天に向かって構えると、全身に青白い光を纏わす。
「悪魔たちよ、覚悟なさい!」
彼女がそう叫んだと同時に、上空に浮かぶ黒雲から雹を降らし始める。その降り方は局地的であり、頭領やグレースたちが居る一帯のみ降り注いでいた。
雹の大きさと威力は次第に増していく。
頭領は咄嗟にバリアを発生させて、氷の弾丸となった雹から見を守ろうとする。しかし、その威力は凄まじく、彼のバリアにはヒビが入り消滅寸前だった。
その様子を見ていたグレースは、呆れた表情で頭領に指示を出す。
「頭領さん、何してるの? 検体を使ってあの黒雲を吹き飛ばしなさい」
「お、おう。そうだったな」
頭領はグレースに言われるがまま、水晶玉を使用してチンピラたちを操る。
そのチンピラたちは、雹を降らす黒雲に向かって口を大きく開くと、先程ヴァルを戦闘不能にした白光の光線を放つ。
光線が黒雲を貫いた瞬間、カルムの空に強烈な閃光が走った。やがて閃光が収まると、雹を降らせていた黒雲は綺麗さっぱり消え去っていた。
グレースは雲一つない青空を見上げながら笑みを浮かべる。
「ウフフ。軍事用具現草……予想以上の力ね。おまけに、検体の体もよく持ち堪えているわ。上出来ね」
グレースの言葉にチェイスが反応する。
「そうだな。これで、総帥が言っていた特殊戦術部隊も実現できそうだ」
「一先ず、私たちの目標は達成されたようね……」
検体を試す。グレースたち改革戦士団は、この軍事用具現草の実用実験で、満足がいく結果を得られたそうだ。
「後は、高みの見物でもさせて貰いましょう」
グレースはそう言うと、睨み合うアンナとカミソリ頭領たちに視線を向ける。
「覚悟っ!!」
アンナは空想術で氷の剣を作り出す。彼女は氷の剣を手にすると、カミソリ頭領に向かって突進していく。
「狙うは、悪魔のカミソリ首領の首一つ!!」
アンナはそう叫びながら氷の剣を振り上げる。
「防御だ!」
案の定カミソリ頭領は、水晶玉を使用してチンピラたちの体を操り、アンナの行く手を阻む。
「道を開けなさい! さもなければ、容赦はしません!」
グレースはチンピラたち目掛けて氷の剣を振り落とす。だが、その氷の剣はチンピラの一人が素手で受け止める。
「くっ! この悪魔の手先めが……!」
アンナは悔しそうにしてチンピラたちの顔に視線を向ける。
「!?」
アンナは突然、チンピラとの間合いを取る。
(この人たち……どうして、涙を流しているの?)
チンピラたちは、相変わらず鬼の形相で瞳を赤く発光させている。しかし、その瞳からは大粒の涙を止めどなく流していた。彼らの涙を目にしたアンナは酷く動揺した様子だ。そんな彼女にチンピラたちが襲い掛かる。
チンピラたちは肉食動物のように歯を剥き出しながら、アンナに飛び掛かっていく。
(しまった……!)
チンピラたちの涙に動揺していたアンナは、咄嗟な動きができず、チンピラたちの攻撃を受けるのをただ待つだけの状況となってしまった。
「その女を噛み殺せっ!」
カミソリ頭領がそう叫んだ時である。
突然放たれた紅色の光線によってチンピラたちは吹き飛ばされてしまった。
「アラン!?」
アンナが後ろを振り返ると、そこには紅色の光線を放ったアランが、右手を構え仁王立ちしていた。その姿を見ていた頭領は歯を剥き出しながら悔しそうな表情を見せる。
「アンナ、もういい。ヴァルの二の舞はごめんだ。後は俺に任せろ」
「ア、アラン……」
アランはそう言いながらアンナの前に出ると、カミソリ頭領に言葉を放つ。
「これ以上、お前らの好きにはさせない! この真の空想劇を………いや、悪夢のショーを早いとこ終わらせてやる!」
頭領は鋭い目付きをアランに向けながら返答する。
「やれるものなら、やってみろ! 終わるのは、お前らの命だっ!」
睨み合うアランとカミソリ頭領。
そこへ、アランの光線を受けて吹き飛ばされたチンピラたちが戻ってきた。服をボロボロにさせ、額から血を流し、上半身を脱力させながら歩く彼らの姿は、まるでゾンビのようだった。
そして、頭領が水晶玉を高らかに掲げると、チンピラたちはアラン目掛けて一斉に襲いかかるのであった。
同じ頃、学院内の守衛所では、手足を縛られ拘束されたイワナリやオスギ、守衛たちの姿があった。彼らは外から度々聞こえてくる衝撃音に冷や汗を流していた。
「一体、外で何が起きてやがる!?」
イワナリが焦った様子で言葉を口にすると、オスギが応答する。
「そいつは分からねぇ。だが、とんでもない事が起きているのは間違いない」
オスギの言葉を聞いたイワナリは顔を俯かせる。
「畜生! 俺の娘も、この学院内に居るっていうのに、助けに行けねえとは……」
悔しそうに言葉を漏らすイワナリをオスギは険しい表情で見つめていた。
「黙れ、お前ら。殺すぞ?」
監視役の戦闘員の忠告に、イワナリたちはムッとした表情を見せるも、大人しく従う。
そこへ、フードを深く被った一人の戦闘員の男が守衛所に姿を現した。
監視役の戦闘員が不思議そうにしながら要件を尋ねる。
「何のようだ? ここは俺一人で十分だぞ?」
すると、戦闘員の男が監視役に近付きながら口を開く。
「一人じゃ手薄だな」
監視役が眉間にシワを寄せる。
「俺一人で十分と言った筈だぞ? 同じ事を2回も言わすな」
「いや、不十分だな」
「何? 俺に喧嘩を売っているのか!?」
「喧嘩は売ってねえよ。俺はただ事実を言ったまでだ……!」
次の瞬間、戦闘員の男が監視役の腹部に強烈な拳を食らわす。監視役は根絶の表情を見せた後、意識を失いその場に倒れた。
戦闘員の男は、倒れた監視役に言葉を吐き捨てる。
「ほら見ろ。一人だと、こうなっちまうんだよ」
イワナリら守衛が呆然とその光景を見つめていると、戦闘員の男が彼らに予想外の言葉を掛ける。
「皆さん! 安心してください! 俺は味方っすよ!」
「み、味方だって!? アンタが……?」
イワナリが首を傾げながら尋ねると、戦闘員の男は被っていたフードを脱いだ。戦闘員の素顔を見たオスギが驚いた表情を見せる。
「き、君は、確か、ヨネさんの……!?」
戦闘員の男がオスギに返事を返す。
「ええ。俺は、ヨネさんの飲み仲間、ドランカドっす!」
守衛所に突如として現れたのは、改革戦士団戦闘員に扮した、ドランカドだった。
「守衛の皆さん! 何も言わずに俺に協力してください! 人質となった人々を解放するために!」
ドランカドは守衛たちに協力を求めた。
つづく……




