第61話 ドランカド、動く!
その頃、屋台エリアではとある作戦が決行されようとしていた。
ドランカドは隙を見てクレアと、その雇い主である海鮮居酒屋カルム屋の店長の側まで移動する。そしてドランカドは2人に耳打ちする。
「そんじゃクレアちゃん、申し訳ない! お色気作戦、よろしくお願いします!」
「その作戦名はやめてよ!」
「へへっ。すんません」
「まったく。まあ、仕方ないわ。多くの人質を解放できる可能性があるなら協力は惜しまないよ」
「流石クレアちゃんです! それじゃ、店長もよろしく頼んますよ!」
「ああ、任せてくれ!」
「もう一度作戦について確認しますが、あの戦闘員の男がこちらに近付いてきたら俺が合図を出します。他の戦闘員はリサさんとヒラリーのオヤジさんが引き付けますので、クレアちゃんはその隙に作戦を決行してください。俺と店長は裏で待機してますから」
「うん、わかったわ!」
ドランカドとカルム屋の店長は作戦内容の再確認を終わらせると、物陰へと身を潜めた。
通称「お色気作戦」は、ドランカドが発案した、人質解放を目的とした作戦行動である。
作戦メンバーはドランカドの他に、カルム屋看板娘のクレアとそのカルム屋の店長、更にドランカドの雇い主である果物屋のリサ、そして、たまたま居合わせたお調子者オヤジのヒラリーで構成されている。
メンバーたちは、各持ち場でその時を待っていた。
やがて標的となる戦闘員の男がクレアの前を通過しようとすると、ドランカドが彼女に向けて合図を出す。
ついに、作戦が決行される。
「あ、あの……すみません……」
「うん? どうしたんだい、姉ちゃん?」
「胸が苦しくて……」
クレアは胸元を手で押さえながら息を荒げてみせる。
標的となった戦闘員の男はクレアに好意があるそうで、先程から彼女の前を通る度に熱い眼差しを送っていた。案の定、戦闘員の男がクレアに飛び付いてくる。
戦闘員の男は彼女の肩に腕を回し介抱しようとする。
「大丈夫かい? どうしたらいいかな?」
クレアは更に息を荒げると、戦闘員の男は心配した様子で彼女の顔を覗き込む。
(そろそろ頃合いね……)
ここでクレアのお色気作戦が発動される。彼女は着ていたシャツの襟に手を掛けると、戦闘員の男に胸元を見せる。そして彼女は涙目で戦闘員の男を見つめる。
「あの、少し、診てもらえますか……?」
「う、うん、いいよ! お兄さんが見てあげよう!」
鼻の下を伸ばす戦闘員の男。彼は早速クレアの胸元に手を伸ばす。するとクレアは伸ばされた手をそっと掴む。
「ど、どうしたのかな?」
「こ、ここじゃ恥ずかしいから、あっちの木陰に移動しましょう……」
「おお、そうか、悪かった。そいつは気付かなかった。よし、あの木陰に移動しようか。姉ちゃん、立てるかい?」
「……ちょっと、肩を貸してください」
「もちろんさ!」
戦闘員の男がクレアを介抱しながら、屋台の裏にある木陰に移動を始める。そして、その木陰の近くにはドランカドとカルム屋店長が身を潜めていた。
「いいぞ、いいぞ! 流石クレアちゃんっす!」
「そりゃそうさ。クレアは当店自慢の看板娘だからね!」
2人は笑みを漏らしながら、戦闘員の男の到着を待っていた。
ここである男たちが異変に気付く。
「ん? あの野郎、女を連れて何するつもりだ?」
この屋台エリアを監視する別の戦闘員たちが、クレアを連れて木陰に移動する同僚を目撃したのだ。不思議に思った戦闘員たちが、様子を確認するため移動を始めると、ある中年男に呼び止められる。
「ねえ、ちょっとさあ、お兄さんたち!」
「ん? なんだオヤジ?」
戦闘員たちを引き止めた、サングラスと口髭の中年男の正体はヒラリーだった。彼はソワソワした様子で言葉を続ける。
「すまないが、トイレに行きたいんだ」
「トイレ?」
「ああそうだ。さっきから我慢してたけど、もう我慢の限界だよ」
すると戦闘員は近くの木陰を指さした。
「そこの木陰でやってこい」
ヒラリーは不満そうな声を上げる。
「え〜! あんな木陰じゃ用を足せないよ! それにトイレはあの角を曲がれば直ぐだよ!」
ヒラリーの言葉を聞いた戦闘員が眉間にシワを寄せる。
「何? 文句でもあるのか?」
「いや、文句なんて言わないよ。俺も命が惜しいからね。だけど、これだけは言わせてくれ。君たちのためでもある」
「言ってみろ」
するとヒラリーは恥ずかしそうな表情で、戦闘員たちに告白する。
「じ、実は、大きい方なんだよ……」
「な、なにっ!?」
「どうしてもと言うなら、あの木陰でやるけど、俺のは強烈だからね。この辺り一帯に悪臭が立ち込めることになるよ?」
ヒラリーから告げられた内容に、戦闘員たちは顔を顰める。
「しょうがねえオヤジだな! わかったよ! 連れてけばいいんだろ!?」
「ありがとう! 恩に着るよ!」
戦闘員の男は相方に留守を頼むと、ヒラリーを連れ離れのトイレへと向かった。
残された戦闘員は、怯える人質たちを見渡しながら言葉を漏らす。
「監視は、俺一人か……」
すると突然、威勢の良い女の声が飛んできた。
「ちょっと、お兄さん! 私もトイレに連れてっておくれ!」
「!?」
留守番として残った戦闘員に、今度はリサがトイレへ連れて行くよう願い出る。
「ちっ。わかったよ。けど、順番な。あのオヤジが戻るまで我慢してろ」
戦闘員の返事を聞いたリサは声を荒げる。
「もう、十分我慢はしたさ! 私も限界だよ! アンタ、自分の母親と同じ年齢くらいの女に、こんな酷くて辛い思いをさせるっていうのかい!? お母さんが見たら泣くよ?」
リサの気迫に戦闘員の男は押され気味である。そして彼は顎に手を添えて辺りを見渡す。
(俺がこの場から離れたら、監視が一人も居なくなってしまう。だが、この学院の出入り口は完全に封鎖されている。人質たちに逃げ道はない。俺がここから少し離れたとしても問題はないだろう……)
戦闘員の男は大きくため息を吐いた後、リサに返事する。
「わかったよ! そこまで言われちゃかなわねえ。連れてけばいいんだろ!!」
「流石、お兄さん、優しいね! 女子トイレはあっちだよ。案内するわ」
リサは戦闘員の腕を掴むと、トイレまで移動していった。
(流石、リサさんとヒラリーさんです! お二人が居なかったら作戦が失敗するところでした……)
ヒラリーとリサが戦闘員を引き付けたことにより、ドランカドたちの動きが敵に悟られずに済んだ。ドランカドはホッと胸を撫で下ろしていた。
「さあ、店長。獲物が来ますよ……」
「ああ……」
ドランカドの言葉にカルム屋店長は相槌を打った。
やがて、グレアが標的となる戦闘員の男を連れて木陰に姿を現す。
クレアが木にもたれ掛かりながら座り込むと、戦闘員の男も彼女に寄り添うようにして膝を落とす。
「それじゃ、早速見てあげよう!」
戦闘員の男は興奮した様子で、クレアの服に手を伸ばす。そんな彼にドランカドとカルム屋店長がゆっくりと忍び寄る。その様子を見ていたクレアに緊張が走る。彼女は、2人の接近が気付かれないように、戦闘員の気を引き付ける。
(2人とも気付かれないでよ! でも、もっと急いでちょうだい! 早くしないと、マジでコイツに脱がされちゃうよ!)
クレアは、戦闘員の伸ばされた手に、とうとう服を掴まれてしまう。そして戦闘員は、不気味な笑みを浮かべながらクレアに声を掛ける。
「へへっ! どこが悪いか、お兄さんが見てあげるから、安心しなよ」
下心剥き出しの戦闘員の表情を見て、クレアは目を強く瞑る。
(もうダメだ……!!)
クレアが諦めかけたその時。戦闘員のすぐ背後まで距離を詰めたドランカドが、右手を大きく振り上げる。
(これ以上、好きにはさせないぜっ!)
ドランカドは戦闘員の首元へ腕を振り下ろす。と同時に、異変に気付いた戦闘員が後ろを振り返ると、ドランカドの顔が瞳に映る。しかし、既にドランカドの手刀は戦闘員の首元を捉えており、男は気絶してその場に倒れた。
透かさず店長が、戦闘員の腕や足を縄で縛り上げる。その様子を見ながら、ドランカドとクレアは安堵の表情を見せた。
「ふぅ。クレアちゃん、危なかったですね!」
「ホントよもう。あと少し遅かったら、このスケベ野郎に裸にされるところだったわ!」
「クレアちゃんには本当に感謝っす!」
戦闘員を縛り上げた店長が、ドランカドにあるモノを手渡す。
「ドランカド君。はいこれ」
「流石店長! 手際が良いっすね! 後はこの裸になった戦闘員を屋台の裏に隠しておいてください。くれぐれもバレないように気を付けてくださいよ」
「ああ、わかってる。麻袋があるから、そいつを被せてカモフラージュしておくよ」
「それなら大丈夫そうですね。では、後はお任せします!」
ドランカドは拘束した戦闘員を2人に委ねると、あるモノを持って物陰に姿を消した。
やがて、ヒラリーとリサがトイレから戻ると、屋台の前で何事も無かったかのようにして座り込む、クレアと店長の姿があった。その様子を見たヒラリーとリサは互いに顔を見合わせると、笑みを浮かべる。
ここで、ヒラリーたちをトイレに連れて行った戦闘員の2人が、正門の方向へ歩みを進める、ある人物の後ろ姿を目撃する。
「なんだ、アイツ。今度はどこに行くつもりだ?」
「勝手に持ち場を離れやがって。後でグレース戦闘長に報告してやるからな」
戦闘員の2人が目撃した人物とは、先程クレアを木陰へ連れて行った、あの戦闘員の後ろ姿だった。2人は呆れた様子で、彼の後ろ姿を眺めていた。
しかし、その戦闘員の正体とは……
「背丈恰幅も俺とほぼ同じだから気付かれずに済みそうだ……」
正門へ向かう、改革戦士団の黒衣装を身に纏う、この男の正体は、ドランカド・シュリーヴであった。
つづく……




