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第58話 空想劇(後編)



 カルムの青い空は、アランが放った光線を受けて、マグマが煮えたぎったような紅色に変貌を遂げていた。その光景は、まるでこの世の終わりである。

 そんな紅色の空を見上げながら、一人の男が言葉を漏らす。


「まったく、アランめ。やりすぎだぞ……」


 彼の正体はカルム領主のカーティス。

 カーティスは屋敷のバルコニーから、息子が仕出かしたであろう紅色の空を眺めながら、大きなため息を吐く。


「観客を楽しませるのは良いことだが、この空は我々だけのものではない。幼い子供や隣領の者たちがこの空を見てどのような気持ちを抱くだろうか? そういった配慮ができないとは、アランもまだまだ子供だな……」


 カーティスが一人ぼやいていると、家臣の男が慌てた様子で彼の元まで駆け寄ってくる。


「カーティス様! 一大事でございます!」


「どうしたというのだ!?」


 要件を尋ねるカーティスに、家臣は衝撃的な報告を行う。


「カルム学院が、改革戦士団を名乗る武装集団に占拠されました!」


「な、なんだと!?」


「アラン様を含む生徒や教員、学院祭を訪れた多くの民が人質になっている模様です! また、駆け付けた保安官数名が重傷を負っております!」


「冗談ではないぞ……!」


 頭を抱えるカーティス。すると家臣は、更に頭が痛くなるような報告を行う。


「それと、カーティス様。非常に申し上げにくいのですが……」


「なんだ!? 申してみよ!」


「本日、屋敷で過ごされる予定だったマロウータン様が、お忍びで学院祭を訪れているそうです……」


「なんてことだ……」


 報告を聞き終えたカーティスは紅色の空を見上げる。そして少し間を置いた後、家臣に指示を出す。


「緊急会議を行う! 直ちに家臣たちとビリー署長を屋敷に招集させるのだ。それと討伐軍のリキヤ殿にもご足労いただくようお伝えしろ!」


「承知しました!」


 カーティスから指示を受けた家臣の男は、慌ただしく屋敷を飛び出すのであった。





 カルム学院で行われていた空想劇はクライマックスを迎えており、観客たちの興奮は最高潮に達していた。


 ルイス率いる王国軍とアラン率いる魔王軍の兵士たちが激突する。会場には剣戟の音や兵士たちの雄叫びが響き渡っていた。

 兵士たちが剣を交えているステージの中央。そこには睨み合う王子ルイスと魔王アランの姿があった。

 ルイスは青い炎渦を身に纏い、対するアランは紅色の光を体から発していた。

 決戦の時……

 ヨネシゲはその様子を手に汗握りながら見守っていた。


(いよいよ決戦か! とても演技とは想えない緊張感だ! おまけにこの空想劇は台本通りにはいかないから、予想外の連続だよ。さて、アラン君たちが、どのような試練を与えてくるか見ものだな。頑張れよ、ルイス!)


 ヨネシゲは心の中で息子ルイスに声援を送るのであった。

 2年生の次期空想術部長候補が主演を。そして敵役は3年生が演じることが、毎年の慣例となっている。

 この空想劇は、次期部長候補含む下級生たちが、この空想術部を背負って立つことができるかを見定める場となっている。その為、3年生たちはアドリブという名の試練を下級生たちに与えてくるのだ。

 案の定、魔王の手先を演じるヴァルとアンナが、王国兵士を演じる下級生たちに容赦ない攻撃を浴びせる。2人の攻撃を受け止める者もいれば、気を失う者、怖気付いて体を硬直させる者、悲鳴を上げて逃げ回る者もいた。


(ヴァル先輩とアンナ先輩、容赦ないな……)


 その様子を目撃したルイスは、額に汗を滲ませる。そんな彼にアランが声を掛ける。


「ルイス。台本の流れだと、お前たち下級生の王国軍が、俺たち3年が演じる魔王軍を圧倒することになっている。だが、そう簡単にこの空想劇は終わらせないぞ」


 アランの言葉にルイスがニヤッと笑みを浮かべる。


「アランさん、相変わらず手厳しいですね。俺、アドリブ苦手なんですから、お手柔らかにお願いしますよ」


 そしてアランも嬉しそうに笑みを浮かべる。


「ハッハッハッ! 甘やかすつもりは更々ないぞ? それだけ俺はお前に期待してるんだからな。全力で掛かってこい! ルイス!」


「フフッ。望むところです、アランさん!」


 2人が互いに身構えると、観客から割れんばかりの歓声が上がる。その内の一人、ヨネシゲも大声でルイスに声援を送る


「ヨッシャ! ファイトだ! ルイス!」


 ヨネシゲの後に、トム、ゴリキッド、メリッサも続く。


「ルイス君! 頑張れ〜!」


「ルイス! お前の本気見せてやれ!」


「ルイス君、頑張ってね〜!」


 そしてメアリーはステージに向かってカメラを構え、ソフィアは静かに空想劇の行方を見守っていた。


 ステージの中央で睨み合うルイスとアラン。最初に動きを見せたのはルイスだった。

 ルイスは構えていた剣に青色の炎を纏わせると、アラン目掛けて突進していく。対するアランはギリギリの所までルイスを引き付けると、空中へと飛び上がった。

 ルイスが頭上を見上げると、そこには右手を構えるアランの姿があった。

 ルイスは剣を構えてアランの攻撃に備える。やがてアランの全身が紅色の光に包まれた。


(来る……!)


 ルイスに緊張が走る。そんな彼にアランが心の中で語り掛ける。


(ルイス、この攻撃を耐えてみせろ! このくらい耐えることができなければ、カルム学院の空想術部長は務まらんぞ! さあ、いくぞ!)


 次の瞬間、アランの右手から放たれた紅色の光線が、ルイス目掛けて真っ直ぐに伸びてゆく。

 ルイスは光線を持っていた剣で受け止める。と同時に発生した衝撃波が、周りに居た兵士役を次々と吹き飛ばしていく。

 気付くとステージ上で健在な下級生はルイスとカレンだけだった。カレンはヴァルとアンナに守られていたため無事のようだが、他の下級生たちは気絶して倒れていた。ちなみに客席には空想術で発生させた防護壁が張られており、流石に観客たちが被害を受けることはなかった。


「スゲーな。容赦ないぜ……」

 

 とても劇とは思えない手荒さに、ヨネシゲの口からは言葉が漏れ出す。その横でソフィアが心配そうな表情を浮かべる。


「ルイス、大丈夫かしら?」


 ヨネシゲは彼女の不安を和らげようとする。


「大丈夫だよ。これはスリル満点の活劇なんだ。お互い傷付け合うことはないよ。それにルイスたちは日々厳しい訓練を行っている。だからこそできる技であり、演出なんだよ」


「うん、そうね。ルイスたちを信じましょう!」


「おうよ! 2人の勝負、もっと楽しもうぜ!」


 ヨネシゲとソフィアは再びステージに目を向ける。

 ヨネシゲの言う通り、これは正しくスリル満点の活劇である。

 ルイスとアランは互いに激しい攻撃を繰り出していた。攻撃をギリギリのところで躱してみたり、攻撃を食らったと見せかけて受け止めていたりと、見ている者はハラハラさせられる。一方のルイスとアランは活き活きとした表情で、この空想劇を楽しんでいた。


(ルイス! まだまだいけるよな? もっと力を上げていくぞ!)


(まったく、アランさんは手加減無いな。でもそう来なくちゃ面白くない! さあ、アランさんの力、もっと見せてください!)


 2人はまるで心の中で会話しているかのように、瞳だけで意思の疎通を図っていた。幼い頃から共に切磋琢磨し、信頼関係があるからこそできることなのだろう。


 しばらくルイスとアランの活劇が続いていた。するとここで、ヴァルとアンナがアランに加勢する。

 ルイスが思わず言葉を漏らす。


「うっ、マジか……」


 ルイスの苦笑いを見てヴァルとアンナが口を開く。


「何お前たちだけで楽しんでいるんだよ? もう我慢の限界だ。俺たちも暴れさせてもらうぜ!」


「そうですわ! これは私たち3年生にとって最後の空想劇。思う存分楽しませてもらいますよ!」


 そう言い終えた2人の後方には、敵役を演じる他の3年生部員たちが仁王立ちしていた。


(おいおい! 俺一人で皆を相手しなくちゃいけないのか!?)


 不敵な笑みを浮かべる3年生部員たちに、ルイスは顔を引き攣らせながら後退りする。すると彼の背後から勇ましい声が聞こえてきた。


「王子! 援護します!!」


「!!」


 ルイスが後ろを振り返ると、そこには、意識を取り戻した味方サイドを演じる下級生部員たちの姿があった。その様子を見てルイスがニヤッと笑みを浮かべると、再びアランたちに視線を向ける。


「覚悟しろ! 魔王! 俺には仲間が居る! 必ずお前を倒して見せる!」


 ルイスが気合の入った声で宣言すると、後方の下級生部員たちが雄叫びを上げる。そしてアランも負けんじと勇ましい声で言葉を放つ。


「フフッ。そうでなくては面白くない。我が力の全てをお前たちに見せてやろう。王子よ、その秘めたる力で、我らをねじ伏せてみせるのだな!」


 観客席からは今日一番の歓声が沸き起こるのであった。



つづく……

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