第57話 空想劇(中編)
穏やかな雰囲気で進行していた空想劇が、局面を迎える。
突然、魔王軍の兵士が現れ、姫カレンを取り囲むのであった。
カレンの護衛が救出に向かおうとするも、紫色のマントを羽織った2人組の男女によって、次々と倒されていく。
ヨネシゲは柴色マントの2人を見るなり、ニヤッと笑みを浮かべながら言葉を漏らす。
「おっ! カルム学院三人衆、ヴァル君とアンナちゃんのお出ましか! どれどれ、お手並み拝見だな!」
護衛たちを蹴散らす、柴色マントを羽織った2人組は魔王の手先役。そしてその手先を演じるのは、カルム学院空想術部三人衆「雷撃のヴァル」と「雨氷のアンナ」である。
2人は、王国全土に名を轟かす部長のアランと肩を並べる程の実力者である。
演技とはいえ、ヴァルとアンナの繰り出す空想術の迫力は凄まじい。ヴァルが雷撃を発生させれば、観客の体にビリっと電気が走り、アンナがグランドに雨氷を降らせば、会場全体が凍てつく冷気に包まれた。
ヨネシゲは自分の腕で体を抱きしめながら、くしゃみをする。
「なんて強力な空想術なんだ! これじゃ俺たちが風邪を引いてしまうぜ!」
良い意味で、観客も登場人物の一人として、この空想劇を肌で感じることができるのだ。だが、この演出は小さい子供たちには少々応えるようだ。
トムとメリッサは突然全身を襲う電気に終始怯えた様子で、今は寒さで体を震わせながらくしゃみをしていた。
ご意見番ヨネシゲは心の中でぼやく。
(こりゃある意味、絶叫マシン並みのアトラクションだな。演出を重視するのはいいが、小さい子供やお年寄りには難ありだ。配慮が足りん! ルイスに提言しておかねばならんな!)
ヨネシゲは、着ていた制服のジャケットをトムとメリッサの肩に掛けると、再びステージに目を向ける。
やがて騎士団が登場し、姫カレンを救出しようとするも、魔王の手先ヴァルとアンナにあっさりと倒されてしまう。そして、ついにカレンはヴァルとアンナに拐われてしまったのだ。
そこへ主演であり王子役ルイスが姿を現す。
ルイスは倒れた騎士たちを見つめながら、遠目でもわかる程の絶望した表情で膝を落とす。そんなルイスの姿を見てヨネシゲが笑い声を上げる。
「ガハハハッ! まったく、ルイスの奴! いい顔してやがるぜ!」
ゲラゲラ笑うヨネシゲに、ソフィアが苦笑いを浮かべながら注意する。
「あなた。ここ、笑う場面じゃないわよ……」
ソフィアの言葉を聞いたヨネシゲは、周りに視線を向けると、メアリーやゴリキッド、他の観客までもがヨネシゲに対して苦笑いを見せていた。
ヨネシゲは急に恥ずかしくなり、体を小さくさせるのであった。
そんなこんなで、空想劇は順調に進み、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
ルイスが魔王の城に到着すると、魔王役のアランが姿を現す。
黒い軍服と赤いマントを身に纏ったアランの姿は、魔王そのものだった。
アランの背後には、手先のヴァルとアンナ、そして腕を縛られた姫カレンの姿があった。
ルイスが剣を構えると、アランが天に向かって右手を伸ばす。すると彼の右手からは、強烈な紅色の光線が放たれた。
あまりの迫力に観客席から悲鳴が上がる。やがて光線が途絶えたと思うと、ヨネシゲは目を疑うような光景を目の当たりにする。
「じょ、冗談だろ……!」
光線が放たれた青空は、マグマが煮えたぎっているような紅色に変貌を遂げた。まるでこの世の終わりを見ているかのようだ。更に紅色の空からは、ジリジリとした熱気が伝わってきており、それは額や背中が汗ばむ程である。
案の定ヨネシゲは、その様子を見て驚愕していた。
(紅蓮のアラン、これ程とは! 化け物を通り越して、これじゃ本当に魔王だぜ!)
ヨネシゲが体全身から汗を吹き出させていると、王子ルイスと魔王アランの戦いの火蓋が切って落とされた。
「よし、いよいよ大詰めだな……」
そう言葉を漏らすのは、空想術部師範のキリシマだった。彼は控室の小窓から終始空想劇の様子を見守っていた。そして、その空想劇は、一番神経を使うクライマックスの場面を迎えており、彼は神経を張り詰めていた。
すると突然、控室の扉をノックする音が聞こえた。キリシマが応答すると、姿を現したのはグレースだった。
「これは、グレース先生。どうかされましたか?」
「ウフフ。これから皆さんには、真の空想劇をお見せしようと思いまして……」
キリシマは首を傾げると苦笑いを見せる。
「ははは。グレース先生、ご冗談を。今、行われている空想劇こそ、我がカルム学院が誇る真の空想劇ですよ!」
キリシマの言葉を聞いたグレースが、彼に冷たい眼差しを送る。
「生温いですわ……」
「え?」
「所詮、子供が行っている、子供騙しのお遊戯会。そんなもの見ても大人は喜びません」
突然発せられたグレースの耳を疑う言葉に、キリシマは言葉を失う。そんなキリシマとの距離を詰めながら、グレースが語り始める。
「そもそも空想劇の起源をご存知ですか? 元々は、王族を楽しませるための娯楽です。その内容はとても残酷で、罪人たちに空想術を使わせて殺し合いをさせる、謂わば殺戮ショー。勝利した罪人は恩赦が受けられるため、それはもう必死だったそうですよ。王族に喜んでもらえば、より良い恩赦を受けることができる。だから罪人たちは、あの手この手を使って対戦相手を肉塊へと変えてしまう……」
やがてグレースはキリシマの側までやって来ると、妖艶な笑みを浮かべながら、彼の頬を撫で始める。
「この空想劇が真の空想劇と仰るのなら、血が足りませんわ。ですから、この私が真の空想劇をお見せしましょう。血の雨が降る、古の殺戮ショーを復元させてあげますわ」
グレースの言葉を聞いたキリシマが声を荒げる。
「あんた、一体何を考えているんだ!? 仮に冗談だったとしても許されない発言だぞ! この日のために生徒たちは血を滲むような努力をしてきたんだ! その努力を踏みにじるような発言や行動は俺が許さないぞ!」
グレースはニヤッと笑みを浮かべる。
「あら、そう。なら、私を止めてみなさい」
グレースはキリシマを挑発するようにして、彼の肩や腕を撫で始める。ところがキリシマは悔しそうな表情を見せるだけで、体を動かそうとしなかった。その様子を見たグレースは笑い声を上げる。
「ウッフッフッフッ! どうしたんですか、キリシマさん? 私を制圧しなくてよろしくて? 心拍数が大分上がっているようですけど、ちょっと私に体を触られただけで興奮しちゃいましたか? 無理もありませんわ。大半の男は私を前にしたら、抗えなくなっちゃいますからね……」
ここでキリシマの体に異変が起こる。
「!!」
突然キリシマが体を硬直させてその場に倒れる。彼は息を荒げながら、グレースを見上げる。
「か……体が、動かない……い、一体何をした!?」
キリシマは突然体の自由を奪われてしまった。するとグレースは、妖艶な笑みを浮かべると、彼を見下ろしながら口を開く。
「ウフフ。それはアナタの気持ちの表れ。アナタが私に拘束されることを望んでいたからよ……」
「ち、違う! 俺はそんなことを……!」
グレースは倒れるキリシマの体を勢いよく踏みつける。
「ぐあっ!!」
「王国で名を轟かす空想術師範も一人の男。心に隙を作れば、このようになってしまうのよ。女の色気には気を付けることね、キリシマさん……」
そこへ改革戦士団の戦闘員が姿を現す。
「グレース戦闘長! 残りの控室の制圧が完了しました!」
グレースは小窓からグラウンドの様子を伺った後、戦闘員に命令を出す。
「頃合いね。それでは、予定通り作戦を決行する。検体をステージに送り込みなさい!」
「ははっ!」
命令を受けた戦闘員は、駆け足で持ち場へと戻っていった。その様子を見ていたキリシマがグレースに尋ねる。
「何をするつもりだ!?」
グレースは笑い声を漏らしながら、キリシマの質問に答える。
「キリシマさん。私たち改革戦士団が、アナタの教え子たちの伸びた鼻を圧し折ってあげますわ!」
「改革戦士団だと!?」
「ウフフ。では……」
「お、おい! 待ってくれ!」
グレースはキリシマにそう言葉を言い残すと、控室を後にした。
つづく……




