第56話 空想劇(前編)
学院祭が行われていたカルム学院は、改革戦士団によって占拠されてしまった。
学院祭を訪れていた人々は怯えた様子で身を寄せ合っていた。屋台を出店していた店主たちも、その店の前で座らされており、その中にはドランカドたちの姿があった。
ドランカドが顎に手を添えて思考を巡らせていると、リサが小声で彼に話し掛ける。
「ちょっと、ドランカド!」
「何です? リサさん?」
「アンタ、元保安官でしょ!? なんとかしておくれよ!」
「いや〜そう言われましても……」
ドランカドは苦笑いを見せながら、辺りを見渡す。
ドランカドの周りには、監視役の改革戦士団戦闘員が制圧した人々に目を光らせていた。
学院に居る全ての人が人質という状況。いくら元保安官で武闘派のドランカドとはいえ、下手な真似をすれば人質の身に危険がせまる。ましてや相手は残虐非道の改革戦士団。目的のためなら、躊躇いもなく人質を殺害することだろう。今は大人しく彼らの言う事を聞くしかないのだ。
「リサさん。ここは大人しくする他ありません」
「本当頼りにならない男だね!」
「そんな〜あんまりっすよ〜」
小声で話すドランカドとリサに、戦闘員の男が怒鳴り声を上げる。
「お前ら! 何をコソコソ話している!? 大人しくしないと、命はないぞっ!!」
「へ、へい。すんません……」
ドランカドとリサは大人しく頭を下げる。
ドランカドが正面へ視線を向けると、向かいで屋台を開いていたクレアが怯えた表情を見せていた。すると戦闘員の男が彼女の顔を見てニヤッと笑みを浮かべる。
「姉ちゃん、怖がらなくても平気だぜ。大人しくしてれば酷いことはしないからさ。それにしても姉ちゃん、可愛いね……」
戦闘員の男がクレアに近付こうとすると、他の戦闘員から注意を受ける。
「おい、お前。真面目にやれ」
「わかってるって!」
戦闘員の男は、クレアに満面の笑みを見せると、その場から離れていった。その一部始終を見ていたドランカドは何か閃いた様子だ。
「これは、使えるかもしれん……!」
ドランカドが漏らした言葉に、リサが透かさず質問する。
「何が使えるのさ?」
ドランカドはニヤッと笑みを浮かべる。
「へへ、お色気作戦ですよ!」
ドランカドは何やら作戦を企てようとしていた。
――その頃、空想劇の会場となる空想術屋外練習場の控室では、劇に出演する生徒たちが肩を組み円陣を組んでいた。
「よし、みんな! 練習の成果、見せてやろう! 気合い入れて行くぞ!」
「おおっ!!」
アランの掛け声に、一同雄叫びを上げる。
皆が持ち場へ移動を始める中、ルイスとカレンが言葉を交わしていた。
「カレン。緊張するかもしれないけど、頑張ってな」
「フフッ。こう見えても私は演劇部だよ? 場馴れしているから大丈夫。寧ろ緊張しているのはルイス君の方でしょ?」
「ハハッ。バレちゃったか……」
するとカレンはルイスの手を握る。
「カレン?」
「大丈夫、ルイス君ならできるよ! 練習の成果、みんなに見せてあげよう! じゃなきゃ、頑張っていたのにもったいないよ?」
ルイスもカレンの手を握り返す。
「ありがとう! 少し緊張が解けたよ」
「え〜!? 少しだけ〜?」
「いやいや! もう俺は緊張してないぞ!」
気合の入った様子でガッツポーズを決めるルイスに、カレンは微笑み掛けていた。
ここで裏方担当の生徒の声が控室に響き渡る。
「カレンさん! カレンさんは居ますか!? もう始まりますので、スタンバイお願いします!」
カレンは裏方担当の方を振り向き返事を返す。
「すみません! 直ぐに行きます!」
カレンは再びルイスに顔を向ける。
「ルイス君、ごめん! 私もう行かなくちゃ!」
ルイスはカレンの肩を軽く叩く。
「ああ! お互い頑張ろうぜ!」
「うん!」
カレンはルイスに見送られながら、控室を後にしようとする。そして彼女は一度足を止めると、ルイスの方を振り返る。
「王子様、待ってるからね……」
「えっ……」
カレンはそう言い終えると持ち場へと向かっていった。
ルイスとカレンは恋人同士。その2人は今回、主演の王子とヒロインの姫をそれぞれ演じることになっている。先程の彼女の言葉に特段深い意味はないと思われるが、ルイスはカレンから「王子様」と呼ばれ、一人顔を赤くしながら立ち尽くしていた。
その一部始終を見ていたアランがルイスに声を掛ける。
「ルイス王子!」
「ア、アランさん!?」
「何顔を赤くしてるんだよ?」
「え!? いや、ちょっと暑くて!」
恥ずかしそうな表情で赤面していることを誤魔化すルイスに、アランが笑い声を上げる。
「ハッハッハッ! まったくお前も可愛い奴だな」
からかうアランに、ルイスは更に顔を赤くさせながら、ムッとした表情を見せる。
「アランさん! からかわないでください!」
「悪い悪い!」
アランはルイスに謝った後、彼にエールを送る
「ルイス。主演、頑張れよ!」
「ありがとうございます! アランさんも学院生活最後の空想劇ですから、悔いの無いように!」
「ああ、わかってるさ。だから、俺がこの3年間で得たもの全てをお前たち下級生にぶつけるつもりだ!」
「そんな〜アランさん。お手柔らかに頼みますよ!」
アランの言葉に苦笑いを見せるルイス。一方のアランは表情を緩めることなく言葉を続ける。
「ルイス。何故お前が主演を任されているか、その意味はわかっているよな?」
ルイスは顔を引き締めると返事を返す。
「はい。俺が、次期部長候補として推薦されているからです」
「そうだ。俺も含めてルイスには皆期待している。そして、この空想劇は、俺たち3年がお前の力量を見定めることができる最後の場でもある……」
そこへヴァルとアンナが姿を現す。
「そうだぜ、ルイス! 本気で掛かってこないと、観客たちの前で恥をかくことになるぜ?」
ヴァルの後にアンナが言葉を続ける。
「そうですわ。台本通りにはいきませんよ? 色々とアドリブを用意してありますので、覚悟なさい!」
「さあ、俺たちが与えた試練を乗り越えることができるかな?」
2人がそう言い終えると、アランがルイスの瞳を真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「ルイス。これは劇でもあり、俺たち3年と、お前たち1・2年との真剣勝負なんだ! お前もこの2年間の全てを俺たちにぶつけて来い!」
ルイスは真剣な表情で静かに頷く。
「望むところです! 俺たち下級生も、アランさんたちの3年間を見定めさせてもらいますからね。場合によっては、留年してもらいますよ?」
ルイスの言葉にアランは笑みを浮かべる。
「フッ。お前も言うようになったな。だが、そうでなくては面白くない。ルイス、覚悟しておけよ。その言葉、後悔させてやるぜ!」
「ハハッ。アランさんこそ!」
2人のやり取りを見ていたヴァルとアンナも嬉しそうに笑みを浮かべていた。
――やがて会場では、上演開始のカウントダウンが始まる。
観客たちは、会場の外が改革戦士団に占拠されているとも知らず、司会者と共に笑顔でカウントを数えていた。ヨネシゲもその内の一人であり、気合いの入った声でカウントを数える。
5……4……3……2……1……
カウントが終わると会場が突然暗転する。
日の光が照りつける真昼間の会場であるが、空想術を使用すれば、会場全体を真夜中のように暗転させることも容易いのだ。
そして会場が再び明るくなったと思うと、ステージとなる中央のグラウンドには野原が現れる。野原には小川が流れ、色彩豊かな花畑が点在していた。
「ス、スゲー! これも空想術を使っているというのか!?」
「そうよ。ほら、シゲちゃん。もう始まってるんだから大人しくしてて」
メアリーは、興奮して騒ぐヨネシゲを落ち着かせると、ステージに向けてカメラを構える。
待ちに待った空想劇の幕が開く。
壮大なファンファーレと共に姿を現したのは、銀色の鎧を身につけた王国の兵士を演じる生徒たち。続いて、兵士たちに護衛されながら1台の馬車が登場する。やがて馬車が停車すると、中から一人の少女が姿を現す。
ヨネシゲは掛けていた黒縁眼鏡を掛け直すと、目を凝らす。
(あ! カレンちゃんだ!)
馬車から出てきたのは、頭に花の飾りを付け、薄桃色のドレスを身に纏った、ルイスの恋人カレンであった。
彼女はこの空想劇で姫役として登場する。その姿は、飾らない素朴な雰囲気の姫といった感じだ。
馬車から降りたカレンは使用人役と共に、野原を散策する。会場には音楽部が演奏する穏やかな曲が流れる。
この空想劇には特に台詞が存在しないようで、カレンは手振り身振りで気持ちを表現していく。それは遠く離れたスタンド席からでも、どのような場面で、どのような気持ちを伝えたいのか理解できる。
彼女の演技力の高さに、ソフィアが思わず言葉を漏らす。
「凄いわ、カレンちゃん。流石、演劇部の副部長さんね」
「へぇ~彼女は演劇部の副部長なのか」
カレンは2年生にして演劇部の副部長を任されているそうだ。ヨネシゲはその事実を知り、彼女の演技力の高さに納得した様子だ。
(言われてみれば、カレンちゃん、現実世界でも演劇部に所属してたよな……)
ヨネシゲたちは、しばらくの間行われているカレンの演技に見入っていた。
つづく……




