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第55話 ジャック開始



 時刻は正午前。カルム学院祭の目玉イベントである「空想劇」が始まろうとしていた。


 カルム学院祭で空想劇の会場となるのが「空想術屋外練習場」略して練習場だ。

 石造り円形の練習場は、古代コロッセオを彷彿させるような造りとなっており、中央のグラウンドを囲むようにして、スタンド席が立ち並んでいる。

 練習場には、多くの観客が訪れており、既に満席状態である。

 ヨネシゲ一同も会場入りしており、なんとか人数分の席を確保することができた。最後方のスタンド席になってしまったのが残念だが、これはこれで見晴らしが良く有りかもしれない。


 ヨネシゲは初めて観ることになる空想劇に胸を高鳴らせており、興奮した様子だ。


「ソフィア、空想劇楽しみだな! おまけにルイスは主役だからな」


「ええ、本当ね! パンフレットに配役が書いてあるわ」


「ちょっと見せてくれ」


 ヨネシゲはソフィアからパンフレットを借りると、配役が書かれた欄を確認する。

 主演となる王子役がルイス、ヒロインの姫役にカレン、魔王役がアラン、魔王の手先をヴァルとアンナが演じるそうだ。


「こりゃ、凄い! 豪華メンバーだ! それにルイスが主演演じるって本当に凄いぜ!」


 息子が学院祭目玉イベントで主演を演じるとは、親として鼻が高い。ヨネシゲが誇らしげな表情を見せていると、隣に座っていたメアリーから配役について説明される。


「主演を演じるってことは、ルイスが次期部長でほぼ決まりね!」


「え!? そういうものなのか?」


「ええ、そうよ。次期部長が主演を演じて、卒業する3年生が悪役に徹する形ね。そして、現部長が悪役の親玉っていうのが毎年の慣例となっているわよ」


「なるほどな。まるで次期部長と下級生は3年に試されている感じだな」


 例年通りだと、この空想劇で主演を演じた2年生が、次の空想術部長となるパターンがお決まりだそうだ。また、悪役は基本的に3年生が演じており、アドリブと言うなの試練を下級生たちに与えてくるのだ。

 決して台本通りではない、手に汗握るスリリングな活劇が、カルム学院祭空想劇の見どころであるのだ。

 

 一同、開幕の時を今か今かと待ちわびていると、トムが向かい側スタンド席の一点を指差しながら騒ぎ始める。


「あっ、お母さん! ほら見て! あそこにマロウータン様が居るよ!」


「あら、本当ね」

 

 一同、向かい側のスタンド席に視線を向けると、直ぐに白塗り顔の男が目に入る。マロウータンは最前列の特等席で優雅に扇子を扇いでいた。

 マロウータンの姿を目にしたゴリキッドは、歯を剥き出しながら怒りを滲ませる。


(あの野郎! 呑気に空想劇なんか観に来やがって! 流石、貴族様は身分が違うな!)


 マロウータンには少々恨みがあるゴリキッド。

 先日、ゴリキッドはマロウータンから強烈な平手打ちを食らった。

 肉屋と魚屋から盗みを働こうとしたゴリキッドに非があるため文句は言えない。しかし、元を辿ればゴリキッドに盗みを働かすような状況を作ったのは、マロウータンらクボウ家と言っても過言ではない。

 彼らがエドガー討伐を行おうとしなければ、ゴリキッドは住処を失い餓えに苦しむことはなかったであろう。

 怒りで体を震わすゴリキッドをヨネシゲが心配する。


「ゴリキ、大丈夫か?」


「え? あ、おう! 大丈夫だ!」

 

 ヨネシゲに尋ねられると、ゴリキッドは咄嗟に作り笑いを見せた。メリッサも心配そうな表情で兄ゴリキッドの顔を見上げる。


「兄ちゃん、大丈夫? 怖い顔しないで……」


「ごめんよ、メリッサ。心配させてしまったな。でも、もう大丈夫だ!」


 ゴリキッドが優しい笑みを浮かべると、メリッサは安心した表情を見せる。ヨネシゲもゴリキッドの表情を見て安心した様子だ。とはいえ、彼の心情を察すると、ヨネシゲの心は同情の気持ちでいっぱいになった。


(間接的ではあるが……難民になるきっかけを作った男が目の前で劇を楽しもうとしているのだから、そりゃ、ゴリキが怒るのも無理もない)


 ヨネシゲは再び向かい側の最前列に視線を向ける。そこでは、マロウータンが使用人と談笑していた。

 

「一度、このカルム学院の空想劇を見て見たかったのだ。楽しみじゃのう、爺」


 マロウータンは、はしゃいだ様子で使用人の老年男に話し掛ける。老年男はニッコリとした笑顔で返事を返す。


「ええ。こうして旦那様と2人で演物を拝見するのは、いつ以来でしょうか。本当に楽しみでございます」


「そうじゃな。本当は、カーティス殿がこの学院祭の案内を申し出てくれたのだが、気を遣わせるのも悪いからのう。ということで、今日は爺とお忍びじゃ!」


「ご一緒できて、嬉しゅうございます!」


 この老年男の名前は「クラーク」

 マロウータンからは「爺」と呼ばれている、長年彼に仕えている専属執事だ。

 10歳前後のメリッサやトムと然程変わらない低身長。七三分けの白髪に、立派に生やされた黒い口髭と白い顎髭。ギョロッとした力強い目が特徴的である。

 マロウータンは、準備中のグラウンドを見つめながら、言葉を漏らす。


「ここ最近は公務で忙しく、演し物など観る暇など無かった。じゃが、カルム駐留部隊の指揮官として、カルムに滞在している間は、時間に余裕がある。たまには空想劇を見ても罰は当たらんだろう」


「ええ。旦那様のご苦労は、この爺めが一番存じております! 大公様のため、民たちのため、尽力される旦那様に罰など当たる筈などございません!」


 マロウータンは、自分のことを称えてくれるクラークに、労いの言葉を送る。


「儂が頑張れるのは、爺の支えがあってのこと。爺には頭が上がらん。本当に感謝しておるぞ」


「身に余るお言葉! 感無量でございます! 爺は感激の余り、涙しますぞ!」


 クラークは宣言通り大粒の涙を流し始める。それを見たマロウータンは笑い声を上げる。


「ウッホッハッハッハッ! 爺は相変わらず大袈裟じゃなあ。それでは涙で空想劇が見れんぞ!」


 マロウータンはそう口にすると、懐から手拭いを取り出してクラークに差し出す。


「これで涙を拭え」


「旦那様、申し訳ありません……」


「気にするではない。もう間もなく、熟練の空想劇団と引きは取らないと謳われる、カルム学院の空想劇が始まるぞ。その瞳に焼き付けておかねばならん。爺よ、思う存分楽しむのじゃ」


「ええ。旦那様も!」


 二人の主従は互いに顔を見合わせると、ニッコリと笑みを浮かべるのであった。




 その頃、学院長室には、学院長のラシャドと教頭の姿があった。2人はマロウータンが私用で学院祭を訪れたことを先程知ったそうで、慌てた様子で対応に追われていた。


「カーティス様には、マロウータン様のご予定を確認したつもりだったが。まさか、お忍びで来られるとは……」


「学院長。空想劇が終わり次第、ご挨拶に参りましょう」


「そうだな。その後は、私自ら学院内をご案内せねばな。教頭、調整を頼む」


「お任せください!」


 ラシャドと教頭が話を終えたところで、学院長室の扉をノックする音が聞こえた。ラシャドが応答すると、守衛長が姿を現す。


「守衛長、どうしたのかね?」


「あ、はい。学院長。至急、確認したいことがありまして……!」


 慌てた様子の守衛長を目にして、ラシャドは不安を覚える。


「君が慌てているとは珍しいね。一体、その確認とは何だね?」


「学院長。先程、グレース先生が、異国のサーカス団なる者たちを学院内に入れてしまいまして……」


「異国のサーカス団?」


「ええ。グレース先生曰く、学院長から公演の特別許可を出してもらっているとの事なのですが、お心当たりは……?」


 ラシャドは座っていた椅子から立ち上がる。


「そんな許可なんか出していないよ! 学院外部からの出店や演し物は、厳正なる抽選の元、許可を出している。私の一存で特別に許可を出すことなど有り得ない!」


 守衛長から受けた報告に、ラシャドは驚きを隠せない様子だった。そして、ラシャドは慌てた様子で守衛長に指示を出す。


「守衛長! すぐにサーカス団を追い出すのだ! それと、至急グレース先生を呼んできなさい! 誰であろうと、勝手なことは許さん!」


 その時である。突然学院長室の扉が勢い良く開かれると、一人の女が姿を現す。


「ウフフ……お呼びかしら?」


「グ、グレース先生!?」


 学院長室に現れた女の正体はグレースだった。彼女は黒のレザージャケットを羽織り、脚を強調するような黒のハーフパンツと、同色のブーツを履いていた。

 そんな彼女に教頭が発狂する。


「グレース先生っ! 失礼にも程があるぞ! それに何だね!? その格好は!? 服装に関しては昨日注意しましたぞ!?」


 グレースは怪しげな笑みを浮かべながら、怒鳴り散らす教頭に近寄っていく。次の瞬間、彼女は思わぬ暴挙に出る。

 グレースは、自慢の美脚を頭上高くまで振り上げたと思うと、その踵を教頭の頭目掛けて振り落とすのであった。

 彼女の踵落としを食らった教頭は、そのまま床に叩きつけられるようにしてうつ伏せで倒れてしまった。

 グレースは笑みを浮かべながら、意識を失った教頭を見下ろす。


「教頭先生。あなたの仰るとおり、スカートをやめて正解でしたわ。こっちの方が動きやすいですわね」


 グレースが教頭に言葉を吐き捨てたと同時に、ラシャドが声を荒げる。


「グレース先生! 一体何のつもりだ!? こんなことして許されると思っているのか!?」


「学院長。申し訳ありませんが、少しの間、我々とお付き合い願います」


「我々だと……?」


 グレースがそう言い終えると、剣や銃などで武装した黒尽くめ集団が学院長室に押し寄せてきた。


「な、何だね君たちは!?」


 ラシャドの問い掛けに、グレースが自らの正体を明かす。


「ウフフ。我々は改革戦士団です。只今から、カルム学院をジャックします!」


「か、改革……戦士団だと……!?」


 グレースから告げられた真実に、ラシャドは顔を青ざめさせる。その時、学院長室に守衛長の怒号が響き渡る。


「お前らの好きにはさせんぞ! カルム学院守衛長の名に懸けて、今ここでお前らを食い止める!」


 彼が右腕を構え、空想術を発動させようとすると、グレースが不敵な笑みを浮かべる。


「やめておきなさい、守衛長さん。既に空想治癒部の生徒たちは我々が拘束してるわ。下手な真似すれば、可愛い生徒たちの命は無いわよ? そもそもあなたでは、我々を食い止めることなどできませんけどね……」


 既に生徒が囚われていると知った守衛長は、観念した様子で両手を上げる。


「さあ、学院長。我々と一緒に来ていただきますよ」


 グレースたち改革戦士団は、ラシャドを連れ、学院長室を後にした。



 その頃、カルム学院内の各所は、改革戦士団によって次々と占拠されていく。

 守衛所では、オスギやイワナリたち守衛が、戦闘員によって拘束されていた。

 そして屋台エリアも戦闘員によって、老若男女多くの人々が制圧されていた。その中には、ドランカドやクレアたちの姿もあった。


「こ、怖い……」


「クレアちゃん、大丈夫っすよ! 大人しくしていれば、奴らは手は出してきません」


 怯えるクレアをドランカドが落ち着かせる。

 ドランカドは元王都保安官。空想術や武術に長けており、彼ならこの戦闘員たちを簡単に蹴散らすことは容易だろう。しかし、これだけ多くの民間人が周りに居る状況では、その力を発揮することができない。


(畜生! あんな連中、俺一人で簡単に制圧できるわい! だけど、下手なことすれば、奴らは民間人を盾にしてくるだろう。今は、奴らの言うことを聞くしかないか……)


 ドランカドは悔しそうに拳を握りしめるのであった。

 学院内の出入口は全て封鎖されてしまい、外部へ脱出することができない。これにより、学院内に居る全ての人が人質となってしまったのだ。

 突如現れた改革戦士団に、人々は恐怖で体を震わせていた。


 ところが……まだこの学院内には、ニコニコと笑顔を浮かべている者たちの姿があった。その者たちとは、空想劇を演じようとする生徒たちと、それを観に来た観客たちである。

 


つづく……

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