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第52話 学院祭開幕



「栄光の学び舎、カルム学院へようこそ! 学院祭の始まりです!」


 学院長ラシャドが挨拶を終えると、人々が続々と学院内に足を踏み入れる。正門から一斉に押し寄せる群衆の姿は、正しく人の波。中には我こそが本校舎へ一番乗りといった具合に、本校舎までの一本道を全力疾走する者たちの姿もあった。


(凄えな。まるで徒競走だ)


 ヨネシゲはそんなこと思いながら、全力疾走の先頭集団に注意を行う。


「こらこら、危ないよ! そんなに急いでも校舎は逃げたりしないって!」


 疾風の如く先頭集団が通過した後、にこやかな表情の群衆がヨネシゲの警備する屋台エリアへと足を踏み入れる。その途端、屋台の店主たちが大声で客を呼び込み始める。


「甘くて新鮮なカットフルーツはいかがっすか!」


「海鮮焼きはいかがでしょうか〜! カルム近海で取れた新鮮なお魚や海老ですよ〜!」


 ドランカドとクレアは、張り合うようにして客を呼び込んでいた。


「賑やかだな。学院祭らしくなってきたぞ」


 ヨネシゲがそう言葉を漏らしていると、見慣れた男女たちが彼の側に近付いてきた。


「あなた、お疲れ様」


「おお! ソフィアか! それに姉さんたちも!」 


 ヨネシゲの前に現れたのは、妻ソフィアと姉メアリーに甥のトム。そしてヨネシゲたちと共に生活しているゴリキッドとその妹のメリッサだった。

 主催者側のヨネシゲは、学院祭を訪れたソフィアたちを歓迎する。


「ようこそ、カルム学院祭へ! 今日は思う存分楽しんでいってくれ!」


 ヨネシゲの言葉にソフィアは笑顔で返事を返す。


「ええ! もちろんそのつもりだよ。ルイスの空想劇を目に焼き付けておかないとね。噂だとあの子は空想劇の主役らしいから」


「ルイスが主役!? そいつは初耳だ」


 聞くところによると、ルイスは今回行われる空想劇で主役を演じているらしい。そのことはソフィアも噂でしか聞いていなく、本人に確認しても答えを濁されるだけだった。


「ま、曖昧な返事をするところ、本当に主役を演じているのだろう。多分ルイスは俺たちをビックリさせようとしてるんだな。ルイスの粋な計らいってやつさ!」


「ええ。サプライズだね」


 するとメアリーが会話に加わる。


「シゲちゃん。息子の勇姿はこれに収めといてあげるわ」


「おお、姉さん。そいつはカメラか。気が利くな!」


 メアリーの手には一眼カメラが持たれていた。現実世界のカメラと比べると、一回り大きなサイズである。メアリーは手に持ったカメラを構えると、ヨネシゲとソフィアに並ぶよう声を掛ける。


「シゲちゃん、ソフィアちゃん、そこに並んで!」


「お、おう。この辺りで大丈夫か?」


「シゲちゃん、もう少し左。ほら! もっとソフィアちゃんに近付いて!」


「こ、こうか?」


「オッケー! じゃあ、シャッター切るわよ!」


 メアリーはヨネシゲとソフィアに合図を送ると、シャッターのボタンを押した。


「さあ、どんどん撮っていくわよ!」


 メアリーは張り切った様子でそう言うと、ソフィアの腕を掴む。


「さあ、ソフィアちゃん! 空想術で作った異国のアートとやらを見に行きましょう!」


「はい、お義姉さん。行きましょう!」


 ソフィアはヨネシゲの方を振り返る。


「それじゃあ、あなた。また空想劇の時に会いましょう。午前の部で間違いないよね?」


「おう! 午前で間違いない。守衛長に頼んで、休憩時間は前倒ししてもらったからな」


「わかったわ! それじゃ、広場前で待ち合わせね!」


「了解。楽しんできてな!」


 ソフィアとメアリーはヨネシゲに見送られながら、人混みの中に消えていった。そしてヨネシゲの元に残ったのは、トムとアトウッド兄妹だ。

 トムとメリッサは出し物を巡るにあたって、意見が対立している模様だ。


「ねえ、メリッサちゃん。お化け屋敷に行こうよ! 絶対に面白いよ!」


「怖いのは嫌だよ! 私はお人形の劇を見に行きたい。可愛いお人形がたくさん出てくるらしいよ!」


「お人形なんてつまらないよ。やっぱりお化け屋敷に行こう!」


「つまらなくないよ!」


 揉める2人をゴリキッドが宥める。


「まあまあ、両方とも行けばいいじゃないか。メリッサ、お化け屋敷なら兄ちゃんが付いているから怖がる必要はないさ。だから行こうな?」


「うん。兄ちゃんが居るなら……」


「よし、決まりだな! それじゃあ、トム。お化け屋敷には行くから、その代わり人形劇に付き合ってくれよ」


「うん! わかったよ!」


 ゴリキッドは2人の意見をまとめ上げ、仲裁を終える。彼の面倒見の良さにヨネシゲは感心していた。


「ゴリキ、流石だな! 兄ちゃんって感じだったぞ!」


「ははっ、大したことないさ。村に居た頃はよく子供の仲裁をやらされていたからな」


 ゴリキッドはメリッサとトムの手を握る。


「それじゃ、ヨネさん。俺は2人を連れて色々と回ってくるよ」


「おう! すまんが子供たちを頼むな」


「任せてくれ! お安い御用さ」


 ゴリキッドはニコッと笑みを見せると、子供たちを連れ本校舎へと向かっていく。


(子供たちはゴリキに任せていれば問題ないな)


 ヨネシゲはゴリキッドの頼もしい姿に安心した様子だ。

 



 ヨネシゲが巡回を再開しようとすると、ある少女に声を掛けられる。


「よっ! おじさん、お疲れ!」


「おっ! リタか! 今日は楽しんでいってくれよな!」


 ヨネシゲに声を掛けてきたのは、姪のリタであった。

 他校に通うリタもこのカルム学院祭を楽しみにしていたそうだ。彼女は数名の友達を引き連れていたが、そのうちの一人がヨネシゲの側まで歩み寄ってきた。


「ヨネシゲさん、いつも父がお世話になっております」


「えっと……君は?」


「あ、申し遅れました。私はイワナリの娘のアリアです」


「え!? き、君がイワナリの娘さんなのか!」


 ヨネシゲに挨拶をしてきた、こちらの礼儀正しい少女がイワナリの娘「アリア」だった。

 むさ苦しいあの熊男の娘は、艶のある黒髪のロングヘアと、綺麗な色白肌の持ち主。清楚という言葉がぴったりであり、到底イワナリの娘とは思えない。


(意外だ、意外すぎる! イワナリの娘にして、リタの親友と聞いてたから、物凄いお転婆娘だと思っていたけど……こんなに大人びてお淑やかな子だったとは驚いたよ)


 ここでヨネシゲはアリアから意外な事実を知らされる。


「最近の父は、ヨネシゲさんの話を毎日のようにするんですよ」


「俺の話を?」


「はい! 『アイツには本当に助けられている。頭が上がらない』って口癖のように言ってますよ」


「イワナリが、そんなことを!?」


 ここ最近のイワナリは仕事から帰宅すると、アリアにヨネシゲの働きぶりを毎日のように称えているそうだ。その意外な事実を知ったヨネシゲは、顔を赤くして照れた様子だ。

 ここでヨネシゲもイワナリを称える。


「いや、助けられているのは俺の方さ。アリアちゃんのお父さんには色々と仕事を教えてもらっている。ま、不器用なところはあるが、思いやりがあって面倒見の良い男だよ。本人には言えないが俺はイワナリを尊敬してる。アリアちゃん! 素晴らしいお父さんを持ったな!」


「はい! ありがとうございます!」


 ヨネシゲの言葉にアリアは嬉しそうに笑みを浮かべるのであった。




 ここまで目立ったトラブルも無く、学院祭は大きな盛り上がりを見せている。時間が経つにつれて学院祭を訪れる人の数も増えてゆき、学院内は非常に混雑していた。ヨネシゲはそんな来訪者たちの対応に追われていた。

 雑踏警備では……


「お〜い、兄ちゃんたち! そこは人の通り道になるから(たむろ)しないように頼むな!」


 迷子の子供には……


「ドンマイ、ドンマイ! ほら、泣かなくても大丈夫だぞ! お母さんすぐに見つかるからさ!」


 そして、落し物対応……


「え? 眼鏡を落としたって!? どの辺りで落としたんですか!? てっ!? ばあちゃん、眼鏡はおでこに掛かってるよ!」


 と、こんな具合にヨネシゲは次から次へと湧いてくるトラブルを一つ一つ片付けていた。


(体力的には余裕はあるが、気疲れが半端ないな)


 まだ昼休憩前だが、ヨネシゲはかなり疲れた様子だった。するとヨネシゲの背後からグレースの呼び声が聞こえてくる。


「ヨネさん、お疲れ様です。忙しそうですね」


「おっ、グレース先生! お疲れ様です。今一段落したところですね」


 ヨネシゲが返事を返しながら振り返ると、普段と違うグレースの姿が目に映る。


「ズボン姿のグレース先生も似合ってますね!」


「ウフフ……ありがとうございます。まあ、黒のズボンと黒のセーターで、全身黒尽くめですけどね」


 初めて見るグレースのカジュアルな服装に、ヨネシゲの目は釘付けになる。


「これからは、この服装がグレース先生のスタンダードになるわけですね!」


 ヨネシゲの言葉を聞いたグレースは、妖艶な笑みを浮かべる。


「この服装は、今日で見納めですわ……」


「え?」


 不思議そうな表情を見せるヨネシゲに、グレースはニコッとした笑顔を見せる。


「ウフフ。この服装は学院祭限定ですわ。この服装は動きやすいですからね!」


「なるほど、そういう意味でしたか。でもグレース先生。学院祭は明日もありますから、本当の見納めは明日になりますね!」


 ヨネシゲがそう言うと、グレースは微笑みながら静かに頷いた。


「ヨネさん。私ちょっと、正門でお客さんと待ち合わせしてるので、これで失礼しますね」


「おお、そうでしたか! 俺もそろそろ休憩になるんで守衛所に戻ります。途中まで一緒に行きましょう」


 ヨネシゲとグレースは人混みを掻き分けながら、正門の方向へ移動するのであった。




 その頃、正門ではオスギが立哨警備を行っていた。オスギは不審者を校内に入れないよう、立ち入る群衆たちに目を光らせていた。とはいうものの、学院を訪れる人々は見慣れた顔ぶれが大半。怪しい素振りを見せる者も居なければ、怪しいものを持ち込む者も居ない。

 

(ここまで大きなトラブルも無く、順調に学院祭の方も進んでいるな。このまま何事もなく終わってくれれば……)


 オスギがそんな事を思っていると、珍妙な格好をした集団が正門に向かって近付いてくるのが見えた。


「なんだ、あれは? サーカス団か?」


 集団は30名程の男女で構成されているようだ。その男女たちはピエロの格好をした物や、派手な衣装を身に纏い、動物の頭部を模した被り物をしていたりと、その姿はまるでサーカス団のようだった。

 無表情の彼らは言葉一つも発することなく、異様な雰囲気を放ちながら闊歩していた。通行人と肩がぶつかってもお構い無しに前へ前へと突き進む。街行く人々は不気味な集団との距離をとりながら様子を伺っていた。

 やがて不気味な集団は正門前に到着すると、何の躊躇いも無しに、学院内へと足を踏み入れようとする。オスギが慌てて彼らを制止する。その様子に気が付いた他の守衛たちも、続々と正門前に集まってきた。

 オスギが謎の集団に要件を尋ねる。


「皆さん、学院内で演し物をするつもりですか? 一応、学院内で演し物する場合は事前に許可が必要となっているんですよ。その事はご存知ですよね?」


 オスギの問い掛けに、集団先頭のピエロ男が答える。


「許可なら貰っている」


 ピエロ男は鋭い目付きでオスギを見下ろしながら、一言だけ返事を返すのだった。

 オスギの額に冷や汗が滲み出る。


(サーカス団が演し物をするなんて聞いていないぞ!? それにコイツらの雰囲気は異様だ……!)


 謎の集団は守衛たちの制止を無視して、本校舎へ向けて闊歩を再開する。守衛たちに緊張が走る。



つづく……

ご覧いただきまして、ありがとうございます。

次話の投稿は、明日のお昼過ぎを予定しております。

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