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第51話 学院祭の朝



 皆が待ち望んでいた学院祭当日が訪れる。

 天気は快晴、気温も丁度良く、絶好の学院祭日和となった。

 この日ヨネシゲは、2時間早く出勤するよう指示されていた。ヨネシゲが指定時間より40分程早く出勤するが、既に大半の守衛が出勤していた。

 ヨネシゲが更衣室で制服に着替えていると、イワナリが姿を現す。2人は挨拶を交わすと、早速学院祭についての会話を始める。そしてヨネシゲはイワナリからある質問を受ける。


「そういや、ヨネシゲ。奥さんは学院祭来るのか?」


「おう、来るよ。俺の姉さんと甥っ子と、あとゴリキッドたちも一緒らしい」


「そいつは賑やかじゃねえか」


 微笑みを見せるイワナリに、今度はヨネシゲが問い掛ける。


「イワナリは奥さんと娘さんは来るのか?」


 するとイワナリは、少し寂しそうな表情を見せながら、返事を返す。


「俺のカミさんは、もうこの世にいない……」


「え?」


「7年前に病で亡くなっちまってな」


「そうか。すまん、悪いこと聞いちまったな……」


 イワナリの意外な事実を知ったヨネシゲは申し訳無さそうな様子で俯く。死因や状況が違うにしろ、ヨネシゲも現実世界で妻を早々に失っている。同じ経験をする者としてイワナリの心情を察すると、胸が締め付けられる思いだ。

 暗い表情のヨネシゲに、イワナリは笑顔を振る舞う。


「らしくねえぞ、ヨネシゲ。気にするなってよ! カミさんはな、まだ俺の中で生きている。だから今日の学院祭は一緒に楽しむつもりだ!」


(イワナリのその笑顔が逆に辛いよ……)


 ヨネシゲが落ち込んでいると、イワナリから意外な事実を知らされる。


「そういや、俺の娘。ヨネシゲの姪っ子さんと学院祭に来るって言ってたな」


 ヨネシゲは驚いた表情を見せる。


「それは知らなかったよ。そんな繋がりがあったとはな」


 イワナリの説明によると、ヨネシゲの姪リタとイワナリの娘は、同じ高等学校に通う同級生。休日になると毎回一緒に遊びに出掛けたりするそうで、親友と呼べる仲らしい。


(イワナリの娘にして、あのリタの親友か。きっと、物凄いおてんば娘に違いない!)


 イワナリの説明を聞いて、勝手な想像を膨らますヨネシゲであった。


 ヨネシゲとイワナリが更衣室で会話を続けていると、オスギが出入口から顔を覗かせる。


「ヨネさん、イワナリ。少し早いが、打ち合わせ始めようぜ」


「了解しました!」


 2人は同時に返事を返すと、打ち合わせのため守衛所に向かう。


 ヨネシゲとイワナリが守衛所に到着すると、既に他の守衛たちが、班長のオスギと守衛長に向き合うようにして、横一列に整列していた。ヨネシゲたちが急いで整列に加わると、オスギから学院祭中の警備について、事細かく説明がなされる。

 オスギは注意事項などの説明を終えると、守衛たち一人一人に持ち場を割り振っていく。そしてヨネシゲにも持ち場が与えられる。


「ヨネさんはユータたちと一緒に、屋台エリアとなる、正門から本校舎までの通路を警備してほしい」


「了解しました!」


「この場所は、学院祭を訪れる人たちが必ず通る場所だ。警備をする上で一番重要な場所となる。おまけに屋台が多く立ち並ぶので大変混雑する。人の流れが滞留しないよう、声掛けなども強化してくれ」


「了解です、お任せください!」


 ヨネシゲは自信満々で返事を返す。


(現実世界では、学生時代にイベント会場の案内係のバイトをしていた時期があったからな。こういうの得意なんだ)


 オスギが割り振りを終えると、守衛長が激励の言葉を口にする。


「カルム学院祭は、我が校最大の行事であり、カルムタウン三大イベントの一つ。故に多くの人が学院祭を訪れる。皆が大きな期待を寄せるだけあって、不手際は絶対に許されない。方々、気を引き締めて警備に当たってほしい。学院祭を成功させるためには、君たちの力が欠かせない。頼りにしているよ!」


 守衛長の言葉を聞き終えたヨネシゲたちは、気合の入った声で返事をすると、各持ち場へと移動するのであった。




 ヨネシゲは持ち場となる屋台エリアに到着する。正門から本校舎へ延びる通路の両脇には、屋台が所狭しと立ち並んでおり、既に大勢の店主たちが開店の準備に追われていた。ヨネシゲが微笑ましそうな表情でその様子を眺めていると、ドランカドとリサの姿を発見する。


「ドランカド、リサさん。おはようございます」


「お、ヨネさん! おはようございます!」


「ヨネさん、おはよう!」


 ドランカドとリサは笑顔で返事を返す。

 リサが営む果物屋も学院祭当日は、屋台でカットフルーツを売るのが恒例となっている。そして今年は、念願だった学院内のブースを間借りすることができたため、リサとドランカドは胸を高鳴らしていた。


「ヨネさん、休憩になったら来てくださいね! デザートのカットフルーツ、サービスしますから!」


「お、本当か! 嬉しいねぇ。楽しみにしてるよ!」


 ヨネシゲがドランカドたちと話していると、ある少女から声を掛けられる。


「ヨネさん、おはようございます!」


「おお! クレアちゃんじゃないか! もしかしてクレアちゃんも出店するのか?」


「ええ。店長と一緒に海鮮焼きを売ることになってるの。学院内のブースで屋台を出せるなんて夢のようだわ! 一人でも多くの人に、カルム屋名物の海鮮焼きを食べてもらわないとね!」


「ガハハッ! クレアちゃん、頑張ってな!」


 ヨネシゲの前に現れた少女は、カルムタウンにある、海鮮居酒屋カルム屋の看板娘「クレア」である。

 彼女も念願だった学院内のブースを借りることができて、目をキラキラさせながら意気込みを語っていた。

 

 その後も屋台エリアの巡回を行うヨネシゲは、市場や商店街の見慣れた顔ぶれと出会す。その表情は皆生き生きとしていた。張り切る皆の姿をヨネシゲは羨ましそうに眺めていた。


(みんな、気合い入ってるな。できれば俺も、皆と一緒に屋台の手伝いをしてみたかった。きっと楽しいことだろう)


 それから少しすると、生徒たちも続々と登校してきた。待ちに待った学院祭。生徒たちの顔からは嬉しさが溢れていた。ヨネシゲが微笑ましい表情で生徒の登校を見守っていると、ある少年の姿を発見する。ヨネシゲは少年の顔を見るなり、大声で呼び止める。


「おう、ルイス! 今日は待ちに待った学院祭だな! 気合いれて頑張ってこいよ!」


 少年の正体は息子のルイス。彼は苦笑いを浮かべながら、ヨネシゲの側まで歩み寄る。


「父さん、それは朝聞いたよ……」


「ドンマイ! 気にするなってよ! 何度聞いても減るもんじゃないだろ?」


「まあ、そうだけどね」


 ヨネシゲがルイスと他愛もない会話をしていると、一人の少女の忍び笑いが聞こえてくる。ヨネシゲがルイスの背後に目をやると、カルム学院の制服を着た、黒髪ミディアムヘアの小柄な少女が笑みを浮かべていた。

 ヨネシゲは少女の顔を見た途端、目を見開く。


(この子は、もしかして!?)


 ヨネシゲは少女の顔に見覚えがあった。それは現実世界にも存在する、ヨネシゲやルイスと関わりのある人物だった。ヨネシゲは恐る恐る少女の名前を確認する。


「君はもしかして、カレンちゃんかい?」


 ヨネシゲが名前を問い掛けると、少女は驚いた表情を見せる。


「ええ、そうです! 私のこと覚えていてくれたんですね! 感激です!」


「やっぱりカレンちゃんだったか!」


 少女の名は「カレン」

 カルム学院に通うルイスの同級生だ。

 カレンは、現実世界でもルイスと同じ高校に通っていた同級生でもあり、彼とは恋人同士だった。ヨネシゲとも面識があり、よく2人を連れて食事に行ったものだ。

 例の如く、この空想世界でヨネシゲは記憶を失った人間として生きている。そのことはカルムタウンで暮らす人々にほぼ周知されている。故にヨネシゲが知人の顔を覚えていなくても驚かれることはない。逆に覚えている方が驚かれることだろう。そしてカレンは、親族とダミアンを除いて、空想世界に登場した初の現実世界の人物となる。

 ルイスも驚いた様子でヨネシゲに尋ねる。


「父さん、よくカレンのこと覚えてたな! 親族以外で顔覚えてる人ってカレンが初じゃないのか?」


 ヨネシゲはドヤ顔で返事を返す。


「おうよ! そりゃ忘れる筈がないだろ。なんたってルイスとカレンちゃんは恋人同士なんだからさ!」


 ヨネシゲの返事を聞いたルイスと可憐が顔を真っ赤にする。そしてルイスがヨネシゲとの距離を詰めると、小声で問い掛ける。


「父さん。何で俺たちが付き合ってること知ってるんだ? 誰にも話していないのに」


「え? そうだったのか!?」


 どうやらルイスとカレンは交際していることを隠していたらしい。2人はその事実を知られていることに驚きを隠しきれない様子だ。記憶を失っている筈のヨネシゲが知っているのだから尚更だ。


 不思議そうな様子で問い詰めてくるルイスに、ヨネシゲは魔法の言葉を口にする。


「ルイスよ。このカルムタウンじゃ隠し事はできんぞ?」


 ヨネシゲの言葉を聞いたルイスは、納得した様子で言葉を漏らす。


「そうだよな。このカルムじゃ隠し事はできないか。ひょっとしたら、みんな俺たちが付き合ってること知ってるんだろうな……」


 肩を落とすルイスを見て、ヨネシゲが笑い声を上げる。


「ハッハッハッ! ドンマイ! いいじゃんか、こんな可愛い子が彼女なんだから。俺だったら自慢するぜ! そもそも隠そうとする理由は何なんだ?」


 ヨネシゲがルイスに疑問を投げ掛けると、代わりにカレンが答える。


「私がお願いしているんです。ルイス君、女子たちに凄く人気なんです。だから、私なんかがルイス君と付き合っていたらみんなに申し訳なくて……」


「カレン、そんなことないってば……」


 自分はルイスとは不釣り合いだと話すカレンに、ルイスはそれを否定するように彼女を励ます。ヨネシゲもカレンを元気付けようと声を掛ける。


「カレンちゃん。もっと自分に自信を持て! 君は素晴らしい女性だ。俺には分かる。それに好きな人と付き合って何が悪い。好きになったらとことん好きになりなよ! 俺はカレンちゃんとルイスはお似合いだと思うぜ!」


 ヨネシゲの励ましに、カレンは顔を上げると笑顔を見せる。


「ありがとうございます! そうですよね。もっと自分に自信を持たないといけませんよね! ルイス君も私のこと、好いてくれていますし……」


 ルイスとカレンは目を合わせると、顔を赤くさせて俯く。照れすぎて黙ってしまった2人の背中をヨネシゲがそっと押す。


「2人とも準備があるだろ? さあ、早く行った行った!」


 ヨネシゲの言葉を聞いたルイスとカレンは、互いに顔を見合わせた後、満面の笑みを浮かべる。


「じゃあ、父さん。空想劇楽しみにしててね!」


「おう! 楽しみにしてるぜ!」


 ヨネシゲとルイスが会話を終えると、カレンが口を開く。


「ルイス君のお父さん。私のこと覚えていてくれて本当に嬉しかったです! これからもよろしくお願い致します!」


「おう! こちらこそ、よろしくな!」


 ルイスとカレンは仲良く本校舎へと向かって行った。ヨネシゲはカレンの後ろ姿を見つめながら険しい表情を見せる。


(カレンちゃん。俺の息子を……本気で愛してくれた君のことを……忘れることはないよ)


 ヨネシゲは3年前の事を思い出す。

 ルイスの葬儀の際、彼の遺影の前で泣き崩れるカレンの姿は、今でも鮮明にヨネシゲの瞳に焼き付いている。その後、カレンは定期的にルイスの墓を訪れているそうで、彼女が墓参りした後には、ルイスが好きだった手作りのクッキーが必ず供えられている。

 2人の楽しそうな後ろ姿を見つめながら、ヨネシゲは目頭を熱くさせる。


(せめて、せめてこの空想世界の中だけは、幸せになってくれ……!)


 ヨネシゲは2人の幸せを切に願うのであった。



つづく……

ご覧いただきまして、ありがとうございます。

次話の投稿も、明日のお昼過ぎを予定してます。

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