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第50話 学院祭前日



 ここはカルム領の端にある小さな田舎町。辺りには田畑が広がり、小鳥のさえずりと小川のせせらぎが周囲に響き渡っていた。

 緩やかな時が流れる平和な街であるが、ある民家の一室には不穏な空気を漂わす、男たちの姿があった。


「フッフッフッ。いよいよ、明日だな……」


 薄ら笑いを浮かべながらそう呟くこの男の正体は、マフィア組織「悪魔のカミソリ」の頭領である。

 彼ら悪魔のカミソリは、先日決行された領主カーティスによる殲滅作戦によって、壊滅的被害を受けた。今尚逃亡を続けており、現在はこの民家に身を潜めている模様だ。

 そんな頭領の呟きに一人の青年が反応する。


「そうだぜ、おっさん。学院には既にスパイを送っている。ま、大船に乗ったつもりでいろよ!」


 黒髪のサラサラヘアに、真っ赤な瞳。黒い衣装を身に纏った、この青年の正体は、現実世界でヨネシゲから全てを奪った凶悪犯「ダミアン・フェアレス」であった。

 ダミアンもまたヨネシゲと同じく、このソフィアが描いた物語の世界に迷い込んでしまった。しかし、ヨネシゲと決定的に違う点は、現実世界で命を失い、ソフィアの空想世界に転生しているということだ。


「それにしても、至れり尽くせりではないか。俺らの報復を代行してくれるとは。だが、裏がありそうで怖いな……」


 頭領の男がそう言葉を漏らすと、ダミアンが笑みを浮かべる。


「な〜に。お互い利害が一致してるから協力しているだけだ。それに俺たちは代行してるつもりはない。形はともあれ、アンタら自らの手で、あのガキ共に報復することに変わりない。そのことはもっと誇ってくれていいんだぞ?」


 ダミアンはそう言い終えると、部屋の一角に視線を向ける。そこには手足を縛られ、口を布で覆われた、3人の青年の姿があった。

 彼らの正体は、ウオタミからみかじめ料を巻き上げていた、あのチンピラたちであった。彼らは涙を流しながら、体を震わせていた。

 ダミアンはチンピラたちを眺めなら、頭領に尋ねる。


「いいのか、おっさん? 大事な部下なんじゃねぇのか?」


 ダミアンがそう言うと、頭領は鼻で笑いながら答える。


「フッ……コイツらは、簡単な仕事もしくじるような、使い物にならねぇゴミ共だ。だから好きなように使ってくれ」


 頭領の言葉を聞いたダミアンは、歯を剥き出しながら満面の笑みを浮かべる。


「そうか。じゃあ、遠慮なく使わせてもらうぜ!」


 するとそこへ、黒い鞄を手にした中年男が姿を現す。


「皆さん、お待ちどうさまでした。例のブツ持ってきましたぜ!」


 ダミアンと頭領は怪しげな笑みを浮かべながら、中年男の元へ歩み寄る。


「遅かったではないか、ダンベルよ」


「へへへ。すいやせん、頭領。カルム周辺の警備がいつも以上に厳しくてね」


 頭領にダンベルと呼ばれる中年男の正体は、具現草の密売人である。

 ヘラヘラした顔で愛想を振りまいているダンベルに、ダミアンが不機嫌そうな表情で鞄の中身を見せるよう催促する。


「おっさん、ヘラヘラしてねえで、早く例のブツを見せてくれよ」


「これはこれは、ダミアンの旦那。まあ、そう焦りなさんな」


 ダンベルがそう言いながら、持っていた鞄を広げる。するとそこには、青々とした大量の具現草が詰め込まれていた。そしてこの具現草、タダの具現草ではない。ダミアンは具現草を手に取ると、不気味な笑みを浮かべる。


「これが噂の、軍事用の具現草か……」


「ええ、遥か遠くの異国で栽培されたものです。手に入れるのに苦労したんですぜ」


 そして頭領がダミアンに説明を行う。


「それは通常の具現草よりも3倍以上のグゲンモドキが濃縮されている。おまけに脳から想素を異常分泌させるための成分も含まれているんだ。どんな凡人でもこの草を摂取して空想術を使えば歩く兵器と化してしまう。まあ、命という代償を払うことになるがな……」


 ダミアンは頭領の説明を聞き終えると、縛られた状態のチンピラたちに歩み寄る。そしてダミアンは彼らの前でしゃがみ込むと、手にしていた具現草を見せつける。


「おい、聞いたか? この軍事用具現草を試すには、お前らゴミがうってつけという訳さ!」


 チンピラたちは、顔を青ざめさせ、呻きながら首を横に振っていた。その様子を見てダミアンが嘲笑う。


「ハッハッハッ! 明日お前らには、最高のステージを用意しておくからさ。ま、楽しみにしてろよ!」


 ダミアンがそう言い終えると、一同不敵な笑みを浮かべるのであった。




 学院祭を明日に控えたカルム学院は、慌ただしい様子だった。この日は全ての授業が行われず、生徒たちは終日、学院祭の準備に専念することになっている。

 学院祭が行われる2日間は,不特定多数の人々が学院を出入りする。そのため、ヨネシゲら守衛は休日返上で警備を行うこととなっている。

 ちなみにヨネシゲは、本日から学院祭が終わるまでの3日間は、日勤で出勤して警備を行うことになっている。


 昼休みが終わると、生徒たちは最終準備に追われていた。そんな生徒たちが慌ただしく行き交う校舎内をヨネシゲとイワナリがペアで定期巡回を行っていた。ヨネシゲは廊下に装飾された飾りを眺めながら口を開く。


「いよいよ明日か。張り切っていかないとな」


 イワナリが気合いの入った様子で返事を返す。


「おうよ! 俺たちはこの学院祭を影で支える縁の下の力持ちだ。俺たちが仕事をしくじれば、この学院祭は台無しになってしまう!」


「ああ。違いねぇ」


 そしてイワナリが大声でヨネシゲに問う。


「ヨネシゲよっ! 俺たちの使命とはなんだっ!?」


 イワナリの問にヨネシゲも大声で答える。


「学院内の隅々までに目を光らせて、安全で安心な学院祭を提供することだ!」


「おうよ! 学院祭の平和は俺たちの手に掛かってるのだ!」


 大声で言葉を発しながらガッツポーズを決めるヨネシゲとイワナリ。その様子を見ていた生徒たちは苦笑いを見せていた。そこへグレースが姿を現す。


「お二人共、気合いが入っていますね!」


 ヨネシゲとイワナリはグレースの姿を見るなり、鼻の下を伸ばし、頭を掻き始める。そしてヨネシゲがデレデレした様子で口を開く。


「ガッハッハっ! 学院祭は生徒たちだけじゃなく、カルムの人々全員が楽しみにしている、一大イベントですから! 俺たちも全力で学院祭をサポートしないとね!」


 そしてイワナリがヨネシゲの後に言葉を続ける。


「間違っても、この間の骸骨事件のようなことはあってはなりませんからね!」


 先日の夜中、学院内に突如現れた巨大骸骨。その後の保安署の調査で、何者かが空想術を使用し、骨格模型を巨大化して操っていたことが判明した。

 結局犯人は分からず終い。生徒のイタズラなどが考えられるが、仮に外部の者が侵入し、犯行に及んでいたとしたら、侵入を許した守衛たちにも責任がある。学院長ラシャドは事件を受け、守衛たちに警備を強化するようにお達しを出した。

 イワナリの言葉にグレースも同感した様子だ。


「そうですわね。あのような事は二度とあってはいけませんね……」


 目を細めながら険しい表情を見せるグレース。しかし、突然足元から聞こえてきた声に彼女は顔を引き攣らせる。


「グレース先生、スカートが短すぎですぞ?」


「きょ、教頭先生!?」


 グレースが足元に視線を向けると、しゃがみ込んで彼女のスカートの丈を凝視する老年男の姿があった。彼の正体はこのカルム学院の教頭だった。カルム学院一口煩い教員として名高い男である。

 教頭はグレースの脚を凝視しながら、説教を行う。


「いいですかな、グレース先生。前々から気になっていましたが、グレース先生は脚を露出し過ぎですぞ? 健全な男子生徒たちに悪影響を及ぼしかねない!」


 教頭から注意を受けたグレースは頭を下げる。


「すみません、教頭先生。私としたことが、気付きませんでしたわ。明日からズボンにします」


「うむ。そのほうがよろしいでしょう」


 グレースの美脚も今日で見納めになりそうだ。そしてヨネシゲとイワナリは同じ事を思っていた。


(教頭の野郎! 余計なことをしやがって!)


 反省した様子のグレース。ヨネシゲたちにも沈黙が流れる。そして、依然しゃがみ込んだまま、グレースの脚を凝視する教頭。それを見ていたヨネシゲとイワナリが教頭にちょっかいを出す。最初に口を開いたのはヨネシゲだ。


「それにしても教頭先生。大胆ですな……」


 首を傾げる教頭にイワナリが言葉を続ける。


「流石の我々も、しゃがみ込んでグレース先生の脚を眺める勇気はございません。尊敬しますぞ」


 ヨネシゲたちの言葉に教頭は顔を赤くする。


「ち、違う! 私はそんなつもりじゃ!? 勘違いするではないぞ!!」


 教頭は顔を赤面させながらそう言うと、足早にその場から立ち去るのであった。その後ろ姿を勝ち誇った表情でヨネシゲとイワナリが見つめる。そして、ヨネシゲがグレースに言葉を掛ける。


「グレース先生。教頭の言うこと気にしなくて大丈夫ですからね!」


 グレースは申し訳なさそうな表情で返事を返す。


「ありがとうございます。ですけど、教頭先生の言う通り、私の配慮が足りませんでした。今後、気を付けますわ」


 グレースはそう言い終えると、突然妖艶な笑みを浮かべ、ヨネシゲたちに問い掛ける。


「ヨネさんとイワナリさんも、私の脚、気になりますか?」


「え!? そ、それは……!」


 慌てた様子のヨネシゲたちに、グレースは笑い声を漏らす。


「ウフフ……良いのですよ。ヨネさんたちも男の人ですからね」


 グレースの言葉にヨネシゲとイワナリは恥ずかしそうな表情を見せる。グレースはそんな2人の様子を楽しんでるように見える。


「明日からズボンにしますわ。そっちのほうが動きやすいですからね……」


 グレースはそう口にしながら会釈をすると、目の前の教室へ入っていった。


「やはり、女性は男の視線に敏感みたいだな」


「ああ、そうだな。気を付けないといけねえ」


 ヨネシゲが漏らした言葉に同感するイワナリ。少なからず、グレースをいやらしい目で見ていたことを反省するヨネシゲとイワナリであった。




 カルムの街が黄金色に染まった頃、ヨネシゲは夕方の定期巡回を行っていた。今日のヨネシゲは日勤であるため、この巡回が終わり次第の帰宅となる。

 そしてヨネシゲは本日最後の仕事となる、空想術屋外練習場の巡回を始める。ヨネシゲが練習場内部へ足を踏み入れると、空想術部員たちが明日行う演し物のリハーサルを行っていた。その中には息子ルイスの姿もあった。

 練習場の中央には多くの想獣が召喚されていた。部員たちは想獣が繰り出す攻撃をギリギリのところでひらりと躱してみたり、受け止めたりしていた。その様子はスリル満点の活劇のようである。

 ヨネシゲが手に汗握りながらリハーサルの様子に見入っていると、一人の中年男がヨネシゲの前に姿を現す。


「ヨネさん、お疲れ様です」


「これは、キリシマさん。お疲れ様です。いや〜いつ見ても空想術部の練習風景は見入っちゃいますね」


「お褒めいただき光栄です」


 肩の辺りまで伸ばされた黒髪に、顎に生やされた無精髭。黒い道着を身に纏った、こちらの中年男の名前は「キリシマ」である。空想術部の師範を務める、その道の達人である。ちなみに彼は元トロイメライ王国軍の将校であり、ヨネシゲの姉メアリーの部下だったらしい。

 キリシマはリハーサルを行っている部員たちに視線を向けると、誇らしげな表情で語り始める。


「いよいよ明日は、カルムタウン3大イベントに数えられるカルム学院祭。そして、この学院祭の目玉となっているのが、我ら空想術部主催の空想劇なんです」


「空想劇ですか?」


「はい。空想術部と演劇部、音楽部などが一緒になって一つの劇を作り上げます」


 この学院祭の目玉と呼べる演し物が、空想術部が主催する「空想劇」である。

 空想劇とは多彩な空想術を駆使した活劇。この世界では最高のエンターテインメントと呼ばれており、王族から庶民まで親しまれている娯楽である。

 カルム学院祭では、この空想劇を空想術部が主体となり、演劇部や音楽部と協力して演じている。この空想劇を目当てにカルム領内外から多くの人が訪れるのだ。


 ヨネシゲとキリシマはリハーサル中の部員たちに視線を向ける。


「今年の空想劇は大いに盛り上がることでしょう。今夏で卒業となるアラン君たち三人衆と、期待の星ルイス君との共演は見ものですよ! ルイス君はアラン君も推す次期部長候補ですからね」


「へえ~。ルイスが次期部長候補ですか!」


 さり気なく息子ルイスを褒められたヨネシゲは嬉しそうに笑みを浮かべる。そして、ルイスが次期部長候補という事実にも驚いた様子だ。

 ここで突然、ヨネシゲが悔しそうな表情で言葉を漏らす。


「畜生、なんてこったい!」


「ヨネさん? どうかしましたか?」


「え? あ、いや。こんな素晴らしい劇を仕事で観られないのは悔しくてなりませんね……」


 何を隠そう、ヨネシゲはこのカルム学院の守衛。学院祭の最中は警備に専念しなければならず、とても劇を観ている場合ではない。ここで、残念そうな表情を見せるヨネシゲに、キリシマがある提案を行う。


「ヨネさん。空想劇は午前の部1回と、午後の部2回で行います。もし可能なら、休憩時間をずらして観に来られてはいかがですか?」


 ヨネシゲは指を鳴らす。


「キリシマさん! それ名案ですよ!」


 少し自分で考えればわかることであるが、ヨネシゲはキリシマの提案に感激した様子だ。


「キリシマさん! それで劇が始まる時間は……!?」


 ヨネシゲは早速キリシマに、空想劇の開始時刻を尋ねるのであった。


(これで、ルイスのカッコいい姿が見れそうだな!)


 ヨネシゲは劇が始まる前から、息子ルイスの勇姿を思い描いていた。




 そして、ヨネシゲは学院祭当日を迎える。

 この時、栄光の学び舎には、強大な魔の手が迫っていた。



つづく……

ご覧いただき、ありがとうございます。

次話の投稿は、明日のお昼頃を予定しております。

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