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第49話 偉大な背中 【挿絵あり】



 この日もカルムの街には穏やかな時が流れており、気付くと昼を回っていた。そしてオジャウータンのカルムタウン視察も今日が最終日となっており、明日の夜明けと同時に出立する予定だ。

 当初の予定では、週始めにカルムタウンを出立する予定だった。しかし、討伐軍本体が滞在するグローリ領周辺では、春の嵐が吹き荒れていたため、オジャウータンの本軍合流も延期されていたのだ。

 オジャウータンは滞在先の屋敷で、マロウータンと共に昼食をとっていた。

 オジャウータンは目の前に運ばれてきた、好物の分厚いステーキに涎を流す。マロウータンは、そんな父の様子を微笑ましく見つめながら言葉を掛ける。


「父上、春の嵐も去ったようで、良うございましたな」


 オジャウータンは、ステーキをカットしながら返事を返す。


「そうじゃのう。当初の予定では、今頃本軍に合流している筈じゃ。少々遅れをとってしまっておるが、本軍の指揮はヨノウータンに任せてある。儂が遅れたところで影響はないじゃろう」


「そうですね。兄上に任せておけば、不足はございませんな」


「そうじゃな。それにしてもカルムタウン。良い街であった。離れるのが名残惜しいのう……」


「ええ。食事も酒も美味な上、女子も別嬪揃い。父上、カルムを離れること、本当に残念でございますな」


「そうじゃ! マロウータンよ。儂がカルムに残る。代わりにそなたが本軍に合流するのじゃ」


「ウッホッホッホッ! 父上、御冗談を……」


 2人はカルム領の視察を振り返り、高笑いしながら、食事を楽しんでいた。そこへ突然、一人の大男が姿を現す。


「オジャウータン様。お食事のところ申し訳ございません」


「リキヤか。どうしたのじゃ?」


「はい。急ぎお伝えしたいことがございまして……」



 オジャウータンより一回り小さいこの中年の大男は、クボウ家の家臣「リキヤ」である。

 彼は討伐軍カルム駐留隊でマロウータンの補佐を任されている。

 リキヤは神妙な面持ちでオジャウータンに近寄り、耳打ちする。オジャウータンはリキヤの囁きを聞いて、静かに頷く。やがてリキヤが要件を伝え終えると、オジャウータンは力強い声で返事を返す。


「あいわかった! 急ぎ出立の準備を致せ。カーティス殿には夕刻に出発すると伝えよう!」


「承知致しました!」


 リキヤはオジャウータンに指示されると、足早に部屋を後にした。そしてマロウータンが不安そうな表情でオジャウータンに尋ねる。


「父上、何事でございましょうか?」


 オジャウータンはステーキを頬張りながら答える。


「なに、案ずることはない。エドガーに加勢する愚か者が現れたそうじゃ」


「何ですと!?」


 マロウータンは目を見開く。逆賊エドガーに加勢する者が現れるとは穏やかな話ではない。マロウータンはオジャウータンに詳細の説明を求める。


「父上! 一体誰がエドガーに加勢したと言うのですか!? ま、まさか、タイガー・リゲル!?」


「いやいや、それはあり得んじゃろう。加勢したのは、今世間を騒がせる謎の集団、黒髪の炎使い率いる改革戦士団のようじゃ」


 驚いたことに、逆賊エドガーに、黒髪の炎使いこと「ダミアン」率いる改革戦士団が加勢したというのだ。

 改革戦士団は反王国を掲げており、王国各地の軍や保安局の施設、領主の屋敷などを襲撃し、多くの死傷者を出している。その中には民間人も数多く含まれる。そんな野蛮な連中が逆賊エドガーと手を組むなど恐ろしい話だ。

 オジャウータンはステーキを食べ終えると、マロウータンに宣言する。


「王国に蔓延る(はびこる)不穏分子を一網打尽にする良い機会じゃ。儂がエドガー共々成敗してくれるわい!」


 自信たっぷりのオジャウータンにマロウータンが助言する。


「父上、ご油断召されるな。改革戦士団は謎多き新手の勢力。現に、王国で名を馳せた猛者たちが、彼奴らの手によって命を落としております」


「わかっておる。油断は大敵じゃ。手加減をするつもりはない。全力で参る!」


 オジャウータンの言葉を聞いてマロウータンは安心した表情を見せた。




 ――大きな夕陽がカルムの街を染めている頃、ヨネシゲはカルム学院の正門で立哨警備を行っていた。日中の業務も滞りなく終了し、後は静かな夜が訪れることを願うだけだ。


「今日も無事終わることができそうだな」


 ヨネシゲがそう言葉を漏らしながら、黄金色の夕陽を見つめる。そしてヨネシゲが、夕食の弁当の中身を想像していた時のことである。突然、目の前の通りが騒がしくなる。


「ん? 一体何事だ?」


 ヨネシゲが様子を伺うと、大勢の保安官が規制線を張り、通りには誰も入れないようにしていた。ヨネシゲが不思議に思い、近くに居た保安官に事情を尋ねる。


「一体何事なんだ?」


「おお、ヨネさん。実はな、オジャウータン様が急遽出立することになってな。俺たちも大慌てでオジャウータン様一行の通り道を確保しているのさ。お陰で残業する羽目になっちまったよ!」


 愚痴をこぼす保安官に、ヨネシゲは苦笑いを見せる。

 急遽決まったオジャウータンの出立。保安署にも先程連絡があったそうで、保安官たちはオジャウータン一行の進路確保に奔走していた。


(この通りを確保しているということは、当然オジャウータンはここを通るはず。保安官たちには悪いが、俺は立哨しながら、高みの見物でもさせてもらおうか)


 ヨネシゲは忙しそうにする保安官たちを横目に、オジャウータン一行が姿を現すのを待つのであった。




 その頃、カルムタウンにある屋敷のバルコニーには、オジャウータンとマロウータンの姿があった。

 オジャウータンは夕陽を浴びながら、黄金色に染まるカルムの街並みを眺めていた。マロウータンは、その後ろ姿を少し離れた位置から見つめていた。

 そしてオジャウータンが静かに言葉を漏らす。


「この綺麗な街並みとも、これでお別れじゃ。カルムタウン、本当に良い街であった……」


 寂しそうな表情で言葉を漏らすオジャウータンにマロウータンが声を掛ける。


「父上。そう寂しがる必要も御座いません。エドガーを討ち果たし、ご隠居されたら、またカルムを訪れてみてはいかがでしょうか?」


「そうじゃのう。王国内を自由気ままに旅してみたいのう……」


 マロウータンの提案にオジャウータンは笑みを見せると、驚きの言葉を口にする。


「じゃが、儂の命もあと数ヶ月じゃ……」


「す、数ヶ月?」


 オジャウータンから発せられた言葉に、マロウータンは耳を疑う。そしてオジャウータンは低い声で言葉を続ける。


「ここ最近、持病の発作が頻発しておってのう。医師からは余命宣告もされてしまった」


「そ、そんな……」


 突然、父から知らされた真実に、マロウータンは言葉を失う。するとオジャウータンは静かに語り始める。


「マロウータンよ。儂にはな、若い頃から思い描いていた夢があるのじゃ」


「夢、ですか?」


「そうじゃ。儂が夢見た世界とはな、全ての想人(そうと)が美味いものを腹一杯食べ、好きな事を好きなだけ学び、好きな相手と愛を育める、皆が笑顔で暮らせる世界じゃ」


 ここでオジャウータンは憂いの表情を見せる。


「しかし現実は、権力者ばかりが甘い汁を吸い、民が飲めるのは苦汁だけじゃ。そんな世はあってはならない。権力は私利私欲を満たすための道具ではない。民たちを幸せに導くため存在するのじゃ」


 オジャウータンはマロウータンの瞳を真っ直ぐ見つめる。


「儂は民たちに約束したのじゃ。皆が幸せに暮らせる世を作るとな……」


「父上……」


 オジャウータンはそう言い終えると、黄金色の大きな夕陽を見つめる。夕陽を浴びる父の大きな背中が、マロウータンの目に映り込む。







    挿絵(By みてみん)







 オジャウータンは力強く語る。


「理想を語り、夢を思い描く事なら誰でもできる。じゃが、儂らには権力という名の武器がある。権力者たるもの、民たちの夢、そして、民たちに見せた夢は必ず叶えなければならない。それが力あるものの定めじゃ!」


 語り終えたオジャウータンはマロウータンの側まで歩み寄ってくる。


「どうやら、儂の夢は志半ばで終わりそうじゃ。じゃから、そなたら息子たちに儂の夢を託す。どうか、必ず叶えてやってくれ。儂の夢、民たちの夢を!」


 オジャウータンの言葉を受け止めたマロウータンは膝を折ると誓いを立てる。


「父上の望み、しかと受け止めましたぞ! マロウータン・クボウ、全身全霊を捧げ、民たちが幸せに暮らせる世を築いて参ります!」


「任せたぞ、マロウータン!」


 そこへ家臣のリキヤが姿を現す。


「オジャウータン様、出立の準備が整いました。カーティス様が外でお待ちです」


「わかった。すぐに参る」


 オジャウータンはリキヤに返事を返した後、再びマロウータンの瞳を真っ直ぐ見つめる。


「儂の目が黒いうちに、エドガーは必ず討ってみせよう! これが儂の……最期の大仕事じゃ!」


 そして、オジャウータンは別れの言葉を口にする。


「さらばじゃ、マロウータン。そなたが息子で良かった……後は任せたぞ!!」


「父上……承知つかまつりました!!」


 マロウータンの返事を聞いたオジャウータンは、ゆっくりと頷くと、屋敷を後にする。マロウータンはその後ろ姿を見つめながら呟く。


「父上、吹飛鶴神(ふっとびつるかみ)のご加護を……!」




 オジャウータン出立のため、カルム学院前の通りは厳戒態勢が敷かれていた。その通り沿いには、オジャウータンの姿を一目見ようと、多くの人々が集まっていた。ヨネシゲは正門前で立哨しながら、オジャウータンの登場を待っていると、遠くの方から歓声が聞こえてきた。


「来たか、オジャウータン!」


 ヨネシゲが歓声がする方向に視線を向けると、領主カーティスに先導され、馬に跨るオジャウータンの姿が目に入った。その逞しい姿に、ヨネシゲは思わず息を呑む。


「これが、本当の……南都の雄……!」


 初日は笑顔を振りまいていたオジャウータンだったが、今は夕陽を浴びながら、凛々しい表情を見せていた。その姿は正しく「南都の雄」に相応しいものであった。



つづく……

ご覧いただき、ありがとうございます。

次話の投稿は、明日のお昼頃を予定しております。

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