第4話 憂いの拳
「ソフィアっ! ルイスっ! 居たら返事してくれっ!!」
きっと2人は――どこか安全な場所に避難している筈。
ヨネシゲは、野次馬となった群衆をかき分けながら、必死にソフィアとルイスを探し続ける。声が掠れて出なくなるまで、何度も、何度も、2人の名前を叫び続けた。
――現実は無情だった。ヨネシゲの捜索の甲斐虚しく、焼跡から2人の遺体が発見されたことを消防隊員から告げられる。
「嘘だ……嘘だ……こんなの嘘に決まってる……」
あまりにも受け入れ難い事実。ヨネシゲは放心状態で立ち尽くす。
その後、ヨネシゲは心身ともに不調を来し、しばらくの間入院を余儀なくされた。
後日行われた警察による検分、司法解剖の結果、この一件は事故ではなく、殺害された可能性が高い判明する。犯人はソフィアとルイスを殺害後、家に火を放ち、証拠隠滅を図ったのだ。そして、警察の更なる調査で、ダミアン・フェアレスの存在が浮上した。
警察は、ダミアンが家に忍び込み、ソフィアとルイスを殺害したと断定。ダミアンを全国指名手配した――だが、ダミアンは警察の目を掻い潜り、逃走を続けた。
――あの日から、約3年が経過したある晩のこと。事件は急展開を迎える。
所持金が底をついたダミアンは、恐喝目的で夜の歓楽街を徘徊していた――この行動が彼を終焉へと誘う。
付近を巡回していた警察官が、挙動不審なダミアンの姿に目が止まった。透かさず警察官はダミアンを呼び止める。
「こんばんは、お兄さん。職務質問です」
「!!」
ダミアンに緊張が走る。
彼は警察官の姿を見るなり顔を強張らせる。当然、ダミアンの反応を警察官が見逃すわけもなく、彼のの全身を舐めるように見上げる。
「こんな物陰に隠れてどうしたのかな? それに、冬場だというのに凄い汗だね? お兄さん、一体ここで何してたの?」
「え? そ、それは……」
警察官の鋭い質問――これ以上言い逃れはできない。
ダミアンは、隠し持っていたサバイバルナイフで警察官に襲い掛かった。
「うおぉぉぉっ!! 死ねぇっ!!」
「!!」
サバイバルナイフが警察官の腕を掠める――
突然の響き渡る怒号。通行人たちは一斉に足を止めと、その様子を伺う。
――警察官は咄嗟にダミアンとの間合いを取る。刹那、拳銃を引き抜くとダミアンに警告する。
「ナイフを捨てろっ! 捨てないと撃つぞ!!」
「やれるもんならやってみろ!!」
ダミアンは再びサバイバルナイフを構えると、警察官目掛けて突進していく。
――そして、夜の歓楽街に一発の銃声が鳴り響いた。
腹部に銃弾を受けたダミアン。まるで魂を抜かれたが如く脱力すると、その場に倒れ込んだ。
意識を失ったダミアンは、病院に緊急搬送された――彼の死亡が確認されたのは数時間後のこと。死因は出血多量によるものだった。
ヨネシゲの耳にダミアン死亡の知らせが届いたのは、その翌日のこと。姉メアリーから電話で知ることになる。
――ヨネシゲは警察との電話を終えると、憔悴しきった様子でその場に座り込む。ダミアン死亡の詳細な経緯を知り、言葉にならない怒りを覚えていた。たが、その怒りを打ち消そうとするように、彼の脳裏には、様々な思いが過っていた。
(確か……撃たなきゃ警官は殺られていた。これ以上ダミアンを生かしておけば、新たな被害者を生んでしまう可能性があった。そんなことは絶対にあっちゃいけねえ! ――そう、アイツは死んで良かったんだ!)
最愛の妻子を殺害した凶悪犯は死んだ。ダミアンがこのまま生きていれば、新たな犠牲者が生まれる可能性も十分あり得る。だからこれで良かった。ヨネシゲはそう自分に言い聞かす。
――とはいえ、そう簡単に受け入れられる事実ではない。
ヨネシゲはこの3年間、ダミアンの早期逮捕を心から願っていた。
ダミアンを逮捕し、法の裁きを受けさせ、罪を償わせる。そのことが亡きソフィアとルイスにとって、せめてもの報いになると、ヨネシゲはそう考えていた。
――だが、ダミアンは罪を償わないままこの世を去った。
(これじゃ……ソフィアとルイスが報われないじゃないかっ!!)
ヨネシゲは強く拳を握りしめる。
「冗談じゃねぇっ!!」
ヨネシゲは、怒りとやるせない気持ちを拳に込めて、床を思いっきり殴った。
「畜生……畜生……できることなら……俺がこの手で……アイツをっ……!!」
ヨネシゲは静かに涙を流しながら、体を震わせた。
――ここは物や音が存在しない虚無の世界。白光の空間が果てしなく広がっている。
この何も存在しないはずの空間を1人の青年が浮遊する。
ストレートの黒髪、これといった特徴の無い顔付きと体付き。一見すると、どこにでも居そうな青年は、瞳を閉じたまま無心の状態で浮遊を続ける。
行先もなく、永遠にこの空間を彷徨い続ける――そう思われていた。
突然、青年を呼ぶ男の声が空間全体に響き渡る。その声は、野太く、まるで音声を合成したような、不気味なものだった。
『――青年よ、私の声が聞こえるか……?』
何度も呼び掛けてくる男の声。青年がようやく反応を見せる。
真っ赤な瞳を開いた青年に、野太い声が語り掛ける。
『――私はこの世界の神だ』
声の主は自らを神と名乗った。自称神はゆっくりとした口調で青年に言葉を続ける。
初めはぼんやりと耳を傾けるだけの青年だったが、次第に自ら口を開くようになる。
『――君は不運にも命を失ってしまった』
「そうか。やっぱり、俺は死んだんだな……」
既に自分はこの世のものではない。青年は自分が死を迎えたことを理解していた。
青年は微笑みを浮かべると、己の人生を振り返る。
「――いじめがきっかけで始めたボクシングだったけど、どうやら俺には才能があったみたいでな。数々の大会で好成績を収めてきたんだ……」
『ほう、やるではないか』
「だけどよ、怪我が原因でプロボクサーの夢は絶たれてしまった……俺もバカでよ、犯罪に手を染めるようになっちまってな。堕ちるところまで堕ちてしまったぜ。そしてあの日、俺は2人の親子を殺してしまった。最後は警官に撃たれて死んだよ。フフッ。俺の人生って、一体何だったんだろうな?」
青年の後悔とも取れる言葉。それを聞いた自称神は青年にある提案を持ち掛ける。
『もう一度、新たな人生を送ってみないか?』
「は?」
突然、自称神から放たれた予期せぬ言葉に、青年は目を丸くさせる。更に自称神が訴え掛ける。
『私に協力してくれるのであれば、君に新たな命と、強力な能力を授けよう』
「新たな命……? 強力な能力……!?」
自称神の思いがけない提案に、青年は真っ赤な瞳を大きく見開いた。
『さあ、次のステージへ行こうではないか。ダミアンよ!!』
その瞬間、青年はまばゆいばかりの白い光に包まれた。
つづく……