第46話 泥棒少年
ここはカルムタウン郊外の田舎道。その田舎道を2人の少年少女が歩いていた。その足取りはふらふらしており、覚束無い様子だ。
「兄ちゃん、お腹空いた……」
猫の縫いぐるみを抱えた少女はそう言うと、隣に居る少年の袖を引っ張る。
「あと少しで街に着く。だからもう少し我慢してくれ」
少年がそう言うと、少女は静かに頷く。
少年が懐に入っていた巾着袋を取り出す。少年が巾着袋の中を覗き込むと、硬化が2枚入っているだけだった。
(畜生。これじゃパン一切れも買えやしない……)
少年はそんな事を考えながら、少女の顔を見つめる。少女の顔は痩せこけており、体力も限界を迎えている様子だ。すると少年は、突然何かを思い付いたようにして、少女に声を掛ける。
「メリッサ、安心しろ! 街に着いたら、兄ちゃんが栄養があって美味いものを腹一杯食わせてやるからよ! だから、もう少し耐えてくれ……!」
少年の言葉に少女は笑みを浮かべる。
2人は手を繋ぐと、カルムの街を目指して歩みを進めるのであった。
ヨネシゲは、カルム学院の守衛として働き始めてから、最初の休日を迎えていた。慣れない宿泊勤務で疲れが溜まっていたヨネシゲは、普段よりも遅めの起床となった。
「あぁ〜よく寝たぜ」
ヨネシゲはベッドの上でそう言葉を漏らしながら体を伸ばすと、着替えを済ませリビングへと向かった。
ヨネシゲがリビングに到着すると、ソフィアがテーブルに朝食を並べていた。
「ソフィア、おはよう!」
「おはよう。そろそろ起きてくる頃だと思ってたよ」
「流石、ソフィアだな!」
ソフィアはヨネシゲが起きてくる頃合いを見計らって、朝食を用意していた。ソフィアの手際の良さに、ヨネシゲは脱帽した様子だ。
ヨネシゲが朝食をとっていると、ソフィアがある頼み事をしてくる。
「あなた、今日なんだけど、買い物付き合ってもらってもいいかな? 食品の他に、雑貨品も買わないといけないから、荷物が多くて大変なのよ」
ヨネシゲはソフィアの頼みを快諾する。
「勿論だよ! 元より俺は、ソフィアと買い物行く気満々だったからな!」
「フフフ。じゃあ、よろしくお願いしますよ」
ヨネシゲは朝食を済ませると、ソフィアと共にカルム市場に向かうため、準備を始めるのであった。
その頃、オジャウータン一行は、領主カーティスの案内でカルム市場の視察に訪れていた。
オジャウータンを間近で見ようと、多くの人々が市場に集まっていた。しかし、オジャウータンたちが巡るコース上には規制線が張られており、彼の姿を拝むことができない状態だ。
やがてオジャウータン一行は、ドランカドが働くリサの果物屋前で足を止めると、店頭に並べられた果物をじっくりと眺め始める。
ドランカドとリサが緊張した様子で見守っていると、カーティスが2人に視線を送り、咳払いをする。リサがハッとした様子で店の奥へと姿を消したと思うと、ものの数秒で店頭へ戻ってきた。その彼女の手にはカットフルーツが盛られた皿が持たれていた。
リサは持っていた皿をドランカドに押し付ける。
「ドランカド! アンタの出番だよ!」
「リサさん、ずるいっすよ……」
皿を手にしたドランカドは、嫌そうな表情を見せるも、渋々オジャウータンたちの側まで近寄る。
「オジャウータン様、マロウータン様。もし宜しければ、カルムで採れた果物をご賞味ください」
オジャウータンはニッコリと笑みを浮かべる。
「すまんのう。どれ、一つ頂こう」
オジャウータンは楊枝を手に取り、カットフルーツを口の中に放り込む。その途端、彼は頬を押さえながら、うっとりとした表情を見せる。
「甘くて美味いのう! 頬が落ちそうじゃ!」
「お気に召していただき光栄です!」
カルム産の果物を絶賛するオジャウータンに、ドランカドが礼の言葉を述べる。
オジャウータンはドランカドの顔を見つめると、あることを口にする。
「それにしても、そなたの顔。誰かに似ておるのう……」
オジャウータンは、立派な顎髭を撫でながら、ドランカドの顔をじっと見つめる。するとドランカドは大きな笑い声を上げる。
「ガッハッハッ! 私のような色男は、全国各地に沢山居ますからね! 恐らく人違いだと思われますよ」
ドランカドの言葉を聞いたオジャウータンも大きな笑い声を上げる。
「オッホッホッ! そうかもしれんのう! これは一本取られたわい!」
2人のやり取りに、一同から笑みが溢れる。
終始和やかな雰囲気で行われていた視察であったが、突然聞こえてきた男たちの大声で空気が一変する。
「泥棒だ! 誰か、捕まえてくれ!」
「泥棒、じゃと?」
オジャウータンたちが目を向けたその先には、肉屋のウオタミと魚屋のオヤジに追い掛けられる、一人の少年の姿が飛び込んできた。
茶色の短髪と緑色の瞳。そして大きな耳が特徴的なこの少年は、10代後半の年齢と思われるが、少々小柄な体型である。
少年の両腕には肉や魚が入ったカゴが抱えられており、必死な表情でウオタミたちから逃げていた。彼の逃げ足は速く、中年オヤジのウオタミたちは、見る見るうちに引き離されていく。やがて少年はオジャウータン一行に迫って来た。
「邪魔だ邪魔だ! どけっ! どけっ!」
少年がそう叫びながら、オジャウータンたちの目の前を通過しようとすると、ある男の平手が少年の頬を捉える。
「無礼者っ!!」
甲高い男の声と同時に、平手打ちの音が辺りに響き渡ると、少年はその場に倒れ込む。少年が持っていた肉や魚は路上に散らばり、砂まみれになってしまった。
少年が見上げると、そこには仁王立ちするマロウータンの姿があった。
ウオタミたちが追い付いた頃には、少年は兵士や保安官に取り囲まれていた。ウオタミと魚屋のオヤジが、砂まみれになった肉や魚を見て、落胆した表情で言葉を漏らす。
「どうしてくれるんだ! これじゃ売り物にならねぇよ……」
「はぁ………高いお肉だったのに………」
落胆する2人の傍らでは、暴れる少年を保安官たちが怒鳴り声を上げながら取り押さえていた。
「コラッ! このクソガキ! 大人しくしろっ!」
「離せっ! 離せっ!」
ここで領主カーティスが一喝する。
「やめんか、静まれ! オジャウータン様の御前であるぞ!」
カーティスの声を聞いた保安官やウオタミたちが畏まった様子で頭を下げると、少年も暴れるのを止めた。
するとオジャウータンが少年の元まで歩み寄り、その場にしゃがみ込むと、盗みを働いた理由を尋ねる。
「少年よ……何故、盗みを働いたのじゃ?」
少年は怒りを滲ませた表情でオジャウータンを見上げる。
「馬鹿かお前は? 腹が減ったからに決まってるだろっ!?」
少年の言葉を聞いたマロウータンが激昂する。
「き、貴様! 何と無礼な! 父上になんという口を利くか!」
マロウータンが少年に再度平手打ちを食そうとするも、オジャウータンがそれを制止する。
少年は、マロウータンが口にしたセリフに、怒りを滲ませながら言葉を漏らす。
「ふざけるな! 無礼なのはお前らだろ? お前らが、エドガー討伐なんか始めなけりゃ、俺はこんな惨めな思いをしなくて済んだんだ! 貴族同士の喧嘩に、何故俺たち平民が巻き込まれなくちゃいけないんだ……!」
少年は悔しそうな表情で、地面の砂利を握りしめる。そんな少年にオジャウータンが問い掛ける。
「少年よ。クボウが憎いか?」
少年はオジャウータンの顔を睨みつける。
「ああ! 憎いね!」
少年の答えを聞いたオジャウータンは、力強い声で言葉を発する。
「なら憎め、クボウを憎め! 儂らは憎まれるために存在しておる!」
オジャウータンの言葉にゴリキッドは呆気にとられた様子だ。
オジャウータンはその場から立ち上がると、カーティスに声を掛ける。
「カーティス殿。此度は儂に免じて、この少年を見逃してやってくれないかのう?」
「え、ええ……しかし、オジャウータン様に無礼を働いた者でございますよ?」
「儂は構わん」
オジャウータンは、驚いた表情のカーティスを横目に、ウオタミたちにも声を掛ける。
「この肉や魚は儂が弁償する。すまんがこの少年を見逃してやってくれ」
「あ、はい! 弁償していただけるのであれば……」
するとオジャウータンはウオタミと魚屋のオヤジに、数枚の金貨を手渡す。すると2人は驚きの声を上げる。
「オ、オジャウータン様! こ、こんなに頂けません!」
オジャウータンはウオタミたちに微笑み掛ける。
「良いのじゃ。受け取ってくれ。その代わり、この少年を恨まないでやってほしい」
ウオタミたちはオジャウータンの言葉に驚きつつも、彼の頼みを了承する。
カーティスは、オジャウータンから視線を送られると、少年を解放するよう保安官たちに命令する。
解放された少年は立ち上がると、オジャウータンを睨みつける。
「礼は言わないぞ?」
「構わん」
少年はそう言い終えると、落ちている魚と肉を拾い上げる。
「この肉や魚は貰っていくけど、いいか?」
「もう売り物にはならんからのう。好きにするがよい」
少年は散乱した砂まみれの肉や魚をカゴの上に乗せると、足早にその場から立ち去るのであった。その様子を見ていたマロウータンが怒りを滲ませる。
「無礼な上に、なんと図々しい!」
ここでカーティスがオジャウータンに深々と頭を下げる。
「オジャウータン様、申し訳ございません! 我が市中で、このようなことを………」
オジャウータンはカーティスに頭を上げるよう促す。
「カーティス殿は悪くない。謝らんでくれ」
「し、しかし……」
オジャウータンは雲一つない青空を眺めながら、言葉を漏らす。
「悪いのは……少年に食べ物を盗ませようとする、この戦乱の世と、儂ら貴族たちじゃ……」
憂いの表情で青空を見つめるオジャウータンを、一同静かに見つめるのであった。
その頃、少年は市場から少し離れた路地裏を走っていた。やがて少年はとある工場の前で足を止める。
本日は休日と言うこともあり、工場には人の姿もなく、閑散としていた。少年は工場裏の資材置場に足を踏み入れると、ある人物の名前を大声で口にする。
「メリッサ、メリッサ! 兄ちゃん戻ったぞ! ほら、肉と魚買ってきたぞ! 出て来いよ!」
メリッサとは少年の妹である。
少年が妹の名前を叫ぶも、辺りは静まり返ったままだ。
「腹減ってるだろ!? すぐに焼いてやるから、早く出てこいよ! 兄ちゃんが全部食べちゃうぞ!」
少年がいくら呼び掛けても全く応答がない。
焦り始めた少年だったが、物陰から覗かせるメリッサのものと思わる足を発見すると、安堵の表情を見せる。
「なんだ、メリッサ。そこに居たのか。兄ちゃんを脅かすなんて……!?」
しかし、物陰を覗き込んだ少年は、衝撃的な光景を目にする。そこには、顔を青ざめさせながら倒れている、妹メリッサの姿があった。
年齢10歳前後と思われる彼女は、猫の縫いぐるみを抱きかかえながら、今にも止まりそうな弱々しい呼吸をしていた。
慌てた少年はカゴを投げ捨てると、急いでメリッサを抱きかかえる。そして彼女の名前を叫びながら体を揺する。
「メリッサ! 大丈夫か!? しっかりしろ!」
少年が問い掛けるも、メリッサからは反応が一つもない。少年は目を涙ぐませながら、妹の名前を何度も叫び続けるのであった。
その頃、ヨネシゲとソフィアは、市場に向かうため家を出発していた。ヨネシゲは雲一つない青空を見つめながらご機嫌の様子だ。
「今日も良い天気だぜ! 良いことありそうだな!」
「ええ。きっとありますよ」
ソフィアは微笑みを浮かべながら、相槌を打っていた。
それから少し進んだ所で、ソフィアがある異変に気付いて歩みを止める。
「ん? どうしたんだ、ソフィア?」
ヨネシゲが不思議そうしてソフィアに尋ねると、彼女は周囲に耳を凝らしていた。
「ねえ、あなた。なんか声が聞こえない?」
「声?」
ソフィアの言葉を聞いたヨネシゲも周囲に耳を凝らしてみる。すると、微かに少年のものと思われ叫び声が聞こえた。
「あ、本当だ……」
ソフィアの言う通り、ヨネシゲの耳にも少年らしき叫び声が聞こえてきた。ソフィアは心配そうな表情でヨネシゲに提案する。
「ねえ、ちょっと様子を見に行きましょう。誰かの名前を呼んでいるみたいだし、きっと何かあったのよ!」
「そうだな。ひょっとしたら、助けを求めているかもしれない。ヨッシャ! いっちょ様子を探りに行くかっ!」
正義感の強いヨネシゲは、ソフィアの提案を即受け入れる。
そしてヨネシゲとソフィアは、路地裏へと姿を消した。
つづく……
毎度ご覧いただきまして、ありがとうございます。
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