表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/401

第45話 南都の雄



カルムの街が夕色に染まった頃、ヨネシゲとソフィアは買い物から帰宅していた。


「ソフィア、その魚、俺が捌いてやるよ」


「あら、助かるわ。じゃあ、私は今のうちにスープの味付けをしちゃうね」


 2人は仲良く夕食の準備を行っており、終始笑顔が絶えない様子だ。

 ヨネシゲが魚を捌き終え、焼こうとした時である。ソフィアがある異変に気が付く。


「あなた。ちょっと外が騒がしくない?」


「ん? 言われてみればそうだな。何かあったのかな?」


 2人の耳に届いてきたのは、人の話声や足音。それは1人や2人ではない。かなりの人数が家の前を移動しているのだろう。

 不安を感じたヨネシゲたちが、外の様子を確認しようとした時、ルイスが慌てた様子で帰宅してきた。


「父さん! 母さん!」


「ルイス! どうしたんだ!?」


 ヨネシゲが、慌てている理由をルイスに尋ねると、その答えが明らかになる。


「来たんだよ!」


「来た? 何が来たんだ!?」


「オジャウータンだよ! エドガー討伐隊がカルムタウンにやってきたんだ!」


「もう来たのか!?」


 ルイスの説明によると、エドガー討伐軍総大将のオジャウータンが、息子のマロウータンと共に、カルム駐留部隊を引き連れカルム領に足を踏み入れたらしい。

 人々は南都の雄と呼ばれる豪傑を一目見ようと、オジャウータンの滞在先となる、街の中心部へ集まっているそうだ。


「それで外が騒がしいのか」


 ヨネシゲが納得した様子で頷いていると、ルイスからある提案がなされる。


「なあ、俺たちも見に行こうよ! 前国王の片腕だった伝説の男を拝むことができる、またとない機会だよ!」


「そうだな。俺も、南都の雄とやらを生で見てみたい」


 ヨネシゲがソフィアの顔を見ると、彼女は笑顔を浮かべる。


「折角だし、みんなで行きましょう!」


 ヨネシゲたちは、夕食の準備を中断すると、急ぎ街の中心部へと向かった。




 ヨネシゲたちはカルムタウンのメイン通りに到着していた。通りの両脇には、オジャウータンの姿を一目見ようと、集まった人々で埋め尽くされていた。そして、オジャウータンの通り道を確保するように、保安官や領主の兵士が警戒に当たっていた。

 ヨネシゲたちが物凄い人数の群衆に圧倒されていると、ある人物たちが、こちらに手を振りながら、大声でヨネシゲたちを呼んでいた。


「お〜い! シゲちゃん!」


「ん? あれは、姉さんたちだ!」


 ヨネシゲたちの前に姿を現したのは、メアリーとその子供たちだ。ヨネシゲは人混みを掻き分けながら、メアリーたちの元へと向かう。


「姉さんたちも来てたんだな」


「まあね。オジャウータンには夫の命を預けているから、顔くらい拝んでおかないとね」


 ふてぶてしい顔で話すメアリーに、ヨネシゲは苦笑いを見せる。

 リタとトムは、これから目にするであろう珍しい人物に、期待と想像を膨らます。


「お姉ちゃん。オジャウータン様、凄く強い人らしいよ! 早く見たいね!」


「そうだね! きっと、渋くてカッコいいおじ様に違いない!」


 キラキラと目を輝かせるリタとトムを、ヨネシゲが微笑ましく眺めていると、遠くの方から歓声が聞こえてきた。


「おっ! ついに来たか!?」


 ヨネシゲはそう言葉を漏らすと、オジャウータンの通り道と群衆を仕切ったロープから身を乗り出す。

 ヨネシゲが目を凝らすと、馬に跨った3人の男が、兵士に護衛されながら、こちらに向かってくる姿が見えた。恐らく、馬上の3人はお偉いさんであり、その中にオジャウータンが居ると思われる。しかし、ヨネシゲは誰が誰なのかわからないため、メアリーに説明を求める。


「姉さん、どれが噂のオジャウータンだ?」


 メアリーもロープから身を乗り出すと、ヨネシゲに説明を始める。


「えっとね……あれ、領主カーティスが先導する馬の後ろよ」


「え? どれだ?」


「ほら! あの緑の服を着た、白髪の大男よ!」


「おお! あれがそうか!」


 メアリーの説明によると、後ろの2人を先導する、茶髪オールバックの中年男が、カルム領主「カーティス・タイロン」

 その後ろ、白髪短髪と白い髭の、眼鏡を掛けた老年の大男が、南都の雄こと「オジャウータン・クボウ」

 その隣り、烏帽子を被り、眼鏡を掛けた、白塗り顔の中年男が、オジャウータンの息子「マロウータン・クボウ」だ。

 圧倒的な存在感を放つオジャウータンは、息子と共に口角を上げ、紫色の瞳を細めながら、歓声を送る群衆たちに手を振り続けていた。

 やがて、オジャウータン一行がヨネシゲたちの目の前を通過しようとする。

 メアリー腕を組みながらオジャウータンの顔をじっと見つめ、ソフィアは微笑みながら、一行に手を振る。子供たちもはしゃいだ様子で大きく手を振っていた。そして、一方のヨネシゲは、初めて目にする空想世界の偉人たちに、顔を強張らせていた。


(物凄いオーラだ! 現実世界で大統領や大御所芸能人を生で見たときと同じ感じだ。いや、それ以上かもしれん……)


 トムとリタが大声でオジャウータンの名を叫び、手を振ると、彼はニッコリとした笑顔で大きく手を振り返す。トムとリタはご満悦な表情を見せる。

 ヨネシゲはオジャウータンたちを凝視していると、ある男と目が合う。


(うっ……何だ、なんだあいつは!?)


 ヨネシゲは男の風貌に思わず驚いた表情を見せる。その男とは、烏帽子を被った白塗り顔のマロウータンだった。まるで平安貴族のような格好をした彼は、紫色の瞳を大きく見開くと、満面の笑みを浮かべながら、ヨネシゲに手を振る。ヨネシゲは苦笑いを見せながら、手を振り返した。

 

 オジャウータンが通過した後は、兵士の行軍が延々と続くだけだった。

 しばらくの間余韻に浸っていた群衆たちだったが、目的も果たしたため、散り散りとなっていく。その様子を見たヨネシゲは姉家族に別れを告げると、ソフィアとルイスと共に帰宅の途につくのであった。


 帰宅したヨネシゲたちは、夕食をとりながら、先程のことを振り返っていた。


「流石、南都の雄! 物凄いオーラだったよ!」


 目をキラキラ輝かせながら話すルイスに、ソフィアも同感する。


「ええ。オジャウータン様は生きる伝説とまで言われているお方だからね。おまけに、私達みたいな平民にも、笑顔で手を振り続けてくれるのだから、そのお人柄も素敵だわ」


 ヨネシゲは2人の会話を微笑ましい表情で聞いていたが、彼の脳裏には、マロウータンの顔が焼き付いて消えなかった。


(あの白塗り顔、夢に出てきそうだ……)


 これ以上考えると、本当に夢に出てきそうだ。ヨネシゲは首を横に振り、考えるのをやめると、皿に盛られた料理を一気に掻き込むのであった。




 その頃、領主カーティスの屋敷では会食が行われていた。

 カーティスは数名の家臣と共に、オジャウータンとマロウータンをご馳走で持て成していた。その席にはカーティスの息子アランも同席していた。

 カーティスはオジャウータンのグラスに地ビールを注ぎながら、労いの言葉を掛ける。


「オジャウータン様。遠く彼方のホープから、このカルムにご足労いただき、誠にありがとうございます」


 オジャウータンは笑顔で答える。


「いやいや。無理言って、我ら討伐軍をこのカルムの地に駐留させてもらうのじゃから、総大将自ら挨拶しなければ無礼であろう。何より、カーティス殿、そなたと酒を酌み交わしたかった。会えて嬉しいぞ」


「勿体ないお言葉です……」


 オジャウータンは恐縮するカーティスのグラスにビールを注ぐと、低い声を響かせながら語り掛ける。


「そなた達とは引き続き有効的な同盟関係を維持したい。近年、王国内の情勢は急速に悪化しておる。リゲルの領土拡大に、私腹を肥やす悪徳領主たち。そして先日のゲネシス帝国の大規模侵攻……これらを封じ込めるには、我々、領主同士の結束が必要不可欠なのじゃ」


「ええ、仰る通りです」


「そんな中、王族に楯突くなど言語道断! 王国を脅かす領主が居るならば、成敗しなくてはならん! エドガーは、儂が必ず討ってみせよう!」


 力強く語るオジャウータン。額に汗を滲ませながら、静かに頷くカーティスに、マロウータンが甲高い声で言葉を掛ける。


「カーティス殿、安心されよ。父上がエドガーを討った暁には、我らクボウ家がグローリ領を治める。さすれば、このカルム領は安泰じゃ」


 マロウータンがそう言い終えると、オジャウータンが口を開く。そしてカーティスは予想外の言葉を耳にすることになる。


「エドガー討伐を終えたら、儂は隠居しようと思うておる」


 カーティスは目を見開く。


「そ、それは、誠でございますか!?」


 オジャウータンはゆっくりと頷く。


「誠じゃ。儂は一線を退いて、後のことは息子たちに任せる予定じゃ。そしてグローリはこのマロウータンに任せる。まあ、大臣職と兼務になるが、これからは若い者に頑張ってもらわねばのう……」


 オジャウータンはそう言い終えると、端の席に座って居たアランを呼び寄せる。


「アランよ。そなたもゆくゆくはカルムの領主になる男。是非、我が息子たちと協力して、より良い国造りに励んでくれ!」


 アランは緊張した様子で返事を返す。


「承知致しました! このアラン・タイロン、全身全霊をかけて、職務を全うする所存でございます!」


 ここでマロウータンもアランに励みの言葉を掛ける。


「アラン。お主の噂は聞いている。頼りにしているぞ」


 アランは大きな声で返事を返すと、深々とお辞儀をするのであった。




 会食が終わりを迎える頃、オジャウータンが明日の予定をカーティスに伝える。


「さて、カーティス殿。明日は色々と市中を見て回りたい。案内を頼んでもいいかのう?」


「勿論でございます! 既にオジャウータン様が市中を散策される準備は整ってございます。きっとお喜び頂けることでしょう」


「流石、カーティス殿! 抜かりがないのう」


 2人の領主の高笑いが、屋敷中に響き渡るのであった。




 ――そして同じ頃、トロイメライの王都「メルヘン」にある「ドリム城」では、一人の将校が、国王から叱責を受けていた。


「よくのこのこと、王都に帰ってこれたものだな。俺は常日頃から言っているはずだぞ? 戦から帰ってきていいのは、勝者と亡骸だけだと……」


 そう言いながら、玉座に腰掛ける、この中年の男。彼はこのトロイメライ王国の頂点に立つ国王「ネビュラ・ジェフ・ロバーツ」である。

 ブラウンの髪に、綺麗に整えられた同色の顎髭。そして青い瞳を細めながら、冷たい目付きで将校を見つめていた。

 ネビュラの足元で跪く、こちらの将校は、グレート王国軍のナンバー2である、大将のフランクである。

 フランクの体の至る所には包帯が巻かれており、彼の傍らには松葉杖が置かれていた。

 つい先日、フランク率いる王国軍がゲネシス帝国軍に大敗を喫した。フランク自身も大怪我を負い、命からがら王都へ逃げ帰ることができたが、ネビュラから責任を問われるこことなった。

 フランクは必死になって許しを乞うていた。


「陛下、お許し下さい! どうかお命だけは……!」


 ネビュラは静かに口を開く。


「本当ならその首、今ここで()ねてやりたいところだが、俺も鬼ではない」


 フランクはネビュラの顔を見上げる。


「で、では! お許し頂けるのですか……!?」


 ネビュラは口を開く。


「命は助けてやろう。ただし、お前の顔は……二度と見たくない」


「え……?」


「王都から永久追放とする。わかったら去れ……」


「お、お待ちくだされ! そ、それはご勘弁を……!」


 納得いかない様子のフランクに、ネビュラが眉を顰める。するとネビュラの隣に立つ中老の男が、フランクを大喝する。


「命が有るだけありがたいと思え! それとも今ここで打首になりたいか!?」


 フランクは中老の男に大喝されると、顔を青ざめさせながら、玉座の間を後にする。その後ろ姿が見えなくなると、ネビュラは中老の男に念を押す。


「宰相。奴を直ちに王都から追放しろ。よいな?」


「かしこまりました」


 この中老男の名は「スタン」

 トロイメライ王国の宰相である。

 

 ネビュラは大きくため息を吐くと、不機嫌そうな表情で口を開く。


「宰相よ。俺は心底疲れた。もう寝るぞ」


 玉座を立ち上がろうとするネビュラをスタンが制止する。


「陛下、お待ちくだされ。つい先程、王都守護役ウィンター・サンディから書状が届きました。目をお通しください」


「何? ウィンターから?」


 ネビュラはスタンから手渡された書状に早速目を通す。次第に書状を読むネビュラの表情が険しいものに変わっていく。

 

「ふんっ! たかだか地方領主の分際で、この俺に指図するか……!」


 ネビュラは怒りを滲ませた表情で、読み終えた書状をスタンに手渡す。そしてスタンが続けて書状に目を通す。


「ほお。ゲネシスへの進軍を控え、国内の情勢に目を向けろと……」


「生意気な小僧だ……」


 王都守護役から届いた書状には、ゲネシス帝国への侵攻を控え、国内のいざこざにもっと目を向けるべきだと記されていた。

 書状を読んだネビュラは苛立ちを募らせていたが、そんな彼にスタンが助言を行う。


「陛下。ここはウィンターの顔を立ててやりましょう」


 ネビュラは眉間にシワを寄せる。


「なんだと? 奴の言いなりになれと言っているのか!?」


「いえ、そうは言っておりません。どちらにせよ、今の状態では、すぐにゲネシスへ攻め入ることはできません。王国軍を万全の体制に立て直すには相当な時間が掛かります。その間だけでも、ゲネシスへの進軍を控えていることにしておけばよいのです」


「要は俺に、あの小僧のご機嫌取りをしろと?」


 納得いかなそうな表情を浮かべるネビュラに、スタンが言葉を続ける。


「陛下……実際、今回はウィンターに助けられています。その借りは返しておくのが筋かと。もし仮に……今、ゲネシスの大軍が王都に押し寄せてきたとして、ウィンターが職務を怠慢するようなことがあれば……」


 ネビュラは大きく息を吐くと、玉座を立ち上がる。


「わかった。後は宰相に任せる」


「ははっ! お任せくだされ」


 そしてネビュラは何かを思い出したかのようにして、スタンに問い掛ける。


「そういえば、討伐隊の進捗は?」


「はい。既にグローリの領境でエドガー軍との小競り合いが起きているようですが、まだ本格的な戦は始まっておりません。オジャウータン殿も今頃カルムの領主と酒を酌み交わしている頃でしょう」


「フッ、随分余裕だな。勝ったも同然と言うことか……」


 するとネビュラは、スタンに指示を出す。


「三千程、討伐軍に兵を送れ」


 スタンが首を傾げる。


「しかし、既に王国軍から5万程の兵を差し向けておりますが……」


 ネビュラは皮肉たっぷりの言葉を口にする。


「国王なるもの、国内のいざこざには目を向けねばならん。余力はないが、同士のため、民のため、全力を尽くそうではないか」


 ネビュラの言葉にスタンが笑みを浮かべる。


「流石は陛下! 実績作りは大事ですからな」


 ネビュラは不敵な笑みを浮かべる。


「守護神よ、これで満足したか? 俺は城を守る兵すらも割いてやったぞ?」


「ええ。ここまですれば、流石のウィンターも文句は言えないでしょう」


「フフッ。さて、あとは南都の雄、オジャウータンの健闘を祈ろうではないか!」


 ネビュラは心にもない事を笑顔で口にするのであった。



つづく……

ご覧いただきまして、ありがとうございます。

次話投稿も、明日のお昼過ぎを予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ