第43話 イワナリとお泊り(後編)
真夜中の学院に響き渡るユータの悲鳴。ヨネシゲたちは悲鳴が聞こえた実習棟の方角へと急行する。
やがてヨネシゲたちが実習棟前の広場に到着すると、目を疑うような光景を目撃する。
「な、なんだあれはっ!?」
ヨネシゲは思わず言葉を漏らす。
彼らが見た光景。それは巨大骸骨が、これまた巨大なハサミを持って暴れまわっている姿だ。その身長は5階建ての校舎と同じくらいであった。
巨大骸骨は巨大ハサミを振り回しながら、近くにある樹木をなぎ倒したり、切断していた。
ちなみにこの巨大骸骨、少し変わった格好をしており、頭部には赤い帽子とサングラス、全身に赤いリボンを纏っていた。ヨネシゲはその奇抜な姿を見てハッとする。
(あの骸骨……まるで、治癒実習室にあった骨格模型じゃないか!)
巨大骸骨の姿は、大きさこそ違うものの、実習室に置かれている、派手に装飾された骨格模型と瓜二つだった。イワナリとオスギも巨大骸骨の姿に覚えがあったようで、驚きを隠しきれない様子だ。
「治癒実習室にある骨格模型とそっくりだぜ……」
イワナリがそう言葉を漏らすと、オスギがある推測を立てる。
「いや。あれはそっくりどころか、治癒実習室の骨格模型そのものだ。恐らく、何者かが空想術を使って、あの骨格模型に何か仕掛けをしたか、不穏想素が悪さしているのだろう。でなければ、この状況は説明できん!」
オスギの推測にヨネシゲたちは同感する。
このような不可解な現象を発生させるには、空想術を使用して操るか、想人の欲や恨み等から生まれた不穏想素の影響を受けて魔物化するかの2択である。そのことに関してヨネシゲは、先日の魔物事件で身をもって学んでいた。
「それにしても、ユータの姿が見当たらないぞ!?」
ヨネシゲがそう言葉を漏らすと、イワナリとオスギも辺りを見渡す。するとイワナリが指さしながら突然大声を上げる。
「居たぞ! あそこだ!」
イワナリが指差した先には、暴れまわる巨大骸骨の後ろで、うつ伏せの状態で倒れているユータの姿があった。
「ユータ! 今助けるぞ!」
ヨネシゲはそう言ってみせるも、暴れ回る巨大骸骨が行く手を阻んでおり、近付くことができない。
どうしたらよいものか? ヨネシゲが考えを巡らしていると、イワナリが予想外の行動をとる。
「これでも喰らえ!」
イワナリは空想術を使用して大きな岩を発生させる。そして彼は、全身に空想術で発生させてエネルギーを纏わせると、発生させた岩に体当たりする
(イワナリの奴、あんな大技使えるのか!?)
イワナリの空想術を見て、ヨネシゲは驚きを隠せない様子だ。
イワナリが体当たりした岩は、巨大骸骨目掛けて勢い良く転がっていく。あの大きな岩を受ければ、巨大骸骨とはいえ大きなダメージになる筈。ヨネシゲがそう思っていたのも束の間、巨大骸骨は持っていたハサミを振り回し大きな岩を粉々に砕いてしまった。
イワナリがヨネシゲたちの方へ視線を向けると、大声で叫ぶ。
「ここは俺が引き付ける! オスギさんとヨネシゲは今のうちにユータを!」
「お、おい! イワナリ!」
ヨネシゲが呼び止めるも、イワナリは空想術を使用して巨大骸骨への攻撃を再開させる。
「ヨネさん! 今のうちに!」
オスギはヨネシゲに声を掛けると、倒れているユータの元へと駆け寄っていく。ヨネシゲもオスギの後に続き、倒れているユータの側までやってくる。
「おい! ユータ! 大丈夫か!?」
ヨネシゲが声を掛けると、ユータは苦しそうな表情を見せながら、うめき声を漏らす。そして彼の右腕には大きな切り傷が出来ており、大量の血が流れ出していた。恐らく、巨大骸骨の巨大ハサミが掠ったのだろう。
止血を急がなくてはならないが、この場所で行うのは危険である。
「オスギさん! とりあえず安全な場所まで移動して止血を行いましょう!」
「おう、わかった! じゃあ俺は足の方を持つ。ヨネさんは頭の方を頼む!」
「了解しました!」
ヨネシゲとオスギは協力して、ユータの体を持ち上げると、巨大骸骨から離れた安全そうな場所まで移動する。その間もイワナリは、暴れまわる巨大骸骨と交戦していた。しかし巨大骸骨は傷一つ負っていない様子だ。
ヨネシゲたちは巨大骸骨から少し離れた木陰に到着すると、ユータの止血を行おうとする。
「ヨネさん、治癒系の空想術は使えるか!?」
「すみません、まだ覚えてません……」
「わかった! じゃあ、とりあえずハンカチか何かで止血しよう! それからじゃないと、俺の空想術じゃこの傷を塞ぐことができない!」
「了解です! それじゃあ、止血は俺に任せてください!」
ヨネシゲとオスギは奮闘するイワナリの姿を横目に、持っていたハンカチでユータの止血を行う。
ヨネシゲは、ユータの腕にハンカチを結び終えると、正しく止血できているかオスギに確認する。
「オスギさん、これで大丈夫ですか?」
「ああ。血の流れはだいぶ収まっているようだ。後は俺の空想術で傷を塞ぐことができれば……」
オスギは、ユータの右腕に両手をかざすと、空想術を使用して傷口を塞ごうとする。徐々に傷口が小さくなっていくのが確認できるが、空想術で消費する体力は相当なものらしく、オスギの額からは大量の汗が流れ出ていた。
ヨネシゲがその様子を見守っていると、突然イワナリの悲鳴が広場に響き渡る。ヨネシゲが目を向けた先には、巨大骸骨の足元で、うつ伏せになって倒れる、イワナリの姿があった。
「イワナリ!? オスギさん、ユータのことは頼みます!」
「ヨ、ヨネさん!?」
ヨネシゲはオスギにそう伝えると、急ぎイワナリの元へ駆け寄る。
巨大骸骨は巨大なハサミを構えて、今にもイワナリに攻撃を仕掛けようとしていた。
うつ伏せで倒れていたイワナリが顔を上げる。
(まだ、死ぬわけにはいかない! 今死んだら、誰が娘を育てるんだ!?)
イワナリが、愛娘のことを思い浮かべながら悔しそうな表情を見せていると、巨大骸骨が振り上げた巨大ハサミが、イワナリ目掛けて振り落とされる。
「イワナリっ!!」
その光景を目の当たりにしたヨネシゲは、イワナリの名を叫びながら、全速力で走り続ける。その瞬間、ヨネシゲの全身に、底しれぬ力が漲る。
「仲間に手を出すなっ!!」
ヨネシゲは巨大骸骨の左足にタックルをお見舞いする。ヨネシゲの攻撃を受けた左足の骨が木っ端微塵に粉砕された。巨大骸骨はバランスを崩すと、その場に転倒する。その隙に、ヨネシゲがイワナリの前まで駆け寄る。
「イワナリ! 怪我はないかっ!?」
ヨネシゲの問い掛けにイワナリがニヤッと笑みを浮かべる。
「安心しろ。ただのかすり傷だ」
イワナリはヨネシゲの手を借りて立ち上がる。
2人は倒れている巨大骸骨を睨みつけながら、腕を組んで仁王立ちして見せる。
「ヨネシゲ。この目障りな化け物をとっとと片付けようぜ!」
「ああ、そうだな。でもイワナリ、無理するなよ」
「無理しちゃいねぇよ! こうなったら、仕方ねぇ。俺の本気、見せてやるぜ!」
イワナリは突然雄叫びを上げる。
ヨネシゲが不思議そうな表情でイワナリの様子を伺っていると、彼の体に異変が起こる。
イワナリの体が黒い体毛に覆われたと思うと、その頭部には熊と同じ耳が現れる。そしてイワナリの顔は面影を残しつつも、熊と同じ顔に変貌を遂げた。
気付くとヨネシゲの目の前には、3メートル近い身長の熊が立っていた。
熊に変身したイワナリの姿を見て、ヨネシゲは思わず言葉を漏らす。
「イワナリ……お前、本当に熊だったんだな」
ヨネシゲの言葉を聞いたイワナリは、顔をムッとさせると大声で反論する。
「違うわい! 空想術で熊に変身したんだよ! からかわれるのが嫌だから、この姿を見せたくなかったが、背に腹は代えられん。それに肉弾戦で戦うならこの姿が一番いい!」
イワナリはそう言い終えると、ヨネシゲに尋ねる。
「お前も変身しなくていいのか?」
イワナリの問い掛けに、ヨネシゲは笑いながら答える。
「ハッハッハッ! その必要はないさ! 俺も肉弾戦の方が向いているみたいだが、息子に教わった方法で戦うよ」
「それはどんな方法だ?」
「空想術で発生させたエネルギーを全身に纏って攻撃する。そうすることで、物凄い力でパンチやキックを繰り出せる。単純だが、今の俺にはこの方法が一番合っている!」
ヨネシゲの言葉を聞いたイワナリが笑みを浮かべる。
「いいと思うぜ! 格好よりも結果が大事だ。それで敵を倒せるなら問題ない!」
「イワナリ……お前、良いこと言うな!」
2人は顔を見合わせて、ニヤッと笑みを浮かべる。
その時、倒れていた巨大骸骨が起き上がる。しかし、立ち上がろうにも左足の骨を失っているため、立ち上がることができないようだ。
すると巨大骸骨は四つん這いになって、地を這うようにしてヨネシゲたち目掛けて突っ込んできた。2人はギリギリのところで躱す。
「ヨネシゲ! 俺がこの骸骨を引き付ける! お前は奴の右足を攻撃しろ!」
イワナリはそう言うと、右拳を構えながら、巨大骸骨の頭部目掛けてジャンプする。そしてイワナリは、巨大骸骨の左頬辺りに渾身の熊パンチを食らわす。
「骸骨野郎! 俺の一撃、喰らえっ!」
イワナリの熊パンチは巨大骸骨の左頬を貫通する。と同時に、ヨネシゲは空想術で発生させたエネルギーを身に纏わせると、巨大骸骨の右足に強烈なキックをお見舞いにする。先程と同じく、巨大骸骨の右足は粉々に砕け散った。巨大骸骨は堪らずうつ伏せで倒れ込む。
イワナリは着地すると巨大骸骨に向かって言葉を吐き捨てる。
「見たか、この骸骨野郎! 東地区の番人とカルムのヒーローのコラボ技を! 恐れ入っただろう!? ざまぁ見やがれってんだい!」
勝ち誇った様子のイワナリにヨネシゲが忠告する。
「おい、イワナリ! 油断するんじゃねぇ!」
その矢先の事だった。
うつ伏せで倒れていた巨大骸骨が、突然物凄い速さで匍匐前進を始めると、イワナリ向かって飛び掛かろうとする。イワナリは突然の出来事に顔を青くさせながら体を硬直させていた。更に巨大骸骨は、槍のように尖った指骨をイワナリに向けて突き出す。
(ごめんな、アリア。父ちゃん、帰れそうにないや……)
迫りくる、凶器と化した巨大骸骨の指骨。イワナリは娘の顔を思い浮かべながら、死を覚悟した。
「喰らえっ! ヨネさんチョップ!!」
その時である。ヨネシゲの叫び声が広場に響き渡る。
ヨネシゲはジャンプして、巨大骸骨の頭部付近まで飛び上がったと思うと、その頭部に強烈な手刀をお見舞する。と同時に青白い閃光が巨大骸骨の体を走り、その体は頭部から股にかけて真っ二つに割れるのであった。
巨大骸骨は力を失い、バラバラになって崩れ去ると、その姿を完全に消滅させた。代わりに治癒実習室に置かれていたであろう骨格模型が、真っ二つに割れた状態で倒れていた。
ヨネシゲがイワナリの元へ駆け寄る。
「イワナリ! 大丈夫か!?」
イワナリは呆気にとられた表情で言葉を漏らす。
「ヨネシゲ、お前、凄えな……」
イワナリの言葉にヨネシゲはドヤ顔で答える。
「見てくれたか? 俺の奥義を! それにしても、我ながら物凄い迫力だった。大して練習もしていなかったんだがな」
「空想術は感情の影響を受けやすい。それだけお前の感情が高ぶっていたのだろう」
何が何でもイワナリを助ける。そんなヨネシゲの思いが、空想術に影響を与えたそうで、強烈な手刀を繰り出すことができたのだ。
ヨネシゲとイワナリが広場に倒れる骨格模型を見つめていると、オスギがヨネシゲたちの背後を指差しながら大声で叫び出す。
「2人共っ! 避けろっ!」
ヨネシゲとイワナリの身に再びピンチが訪れる。
巨大骸骨の攻撃によって大きな傷を負った樹木が重さに耐え切れず、ヨネシゲたちに向かって倒れようとしていた。
2人は咄嗟に逃げようとするも間に合わず、倒れた樹木の下敷きとなってしまった。
オスギと回復したユータが、慌てた様子で倒れた樹木の前へと駆け寄る。
「ヨネさん! イワナリ! 大丈夫かっ!?」
オスギが2人の名前を叫ぶと、倒れた樹木の隙間から、ヨネシゲとイワナリがひょこっと顔を覗かせる。その様子を見たオスギとユータは、ホッとした表情で胸を撫で下ろす。
ヨネシゲとイワナリは互いに顔を見合わせる。するとヨネシゲが、いきなり大声で笑い出す。イワナリがその理由を尋ねる。
「ガッハッハッハッ!」
「ん? ヨネシゲ、何がおかしい!?」
「だってよ、イワナリ、お前。その顔……!」
ヨネシゲが笑い声を上げる理由。それは木の枝や、葉っぱ、花びらなどを髪に纏わせて、眼鏡を傾けながら、間抜けな表情を浮かべるイワナリの姿だった。そしてイワナリもヨネシゲの姿を見て、ゲラゲラと笑い始める。
「そんな事言ったら、お前だって、髪が桜の花びらでコーティングされてるぜ!」
互いの姿をみて笑い合うヨネシゲとイワナリ。その様子を見ていたオスギは笑みを浮かべながら言葉を漏らす。
「打ち解けたようだな」
「はい、そのようですね!」
オスギが漏らした言葉にユータは相槌を打った。
「あら、本当に素敵な夜になっちゃったみたいね……」
そう言葉を漏らすのは一人の若い女。彼女は実習棟の屋上からヨネシゲたちの奮闘ぶりを終始眺めていたのだ。
「カルムのヒーロー、大したこと無いわね。まあ、参考にはなったわ。やはり、検体の相手は、あの小生意気な三人衆に限るようね。ウフフ、学院祭が楽しみだわ」
女は月明かりに照らされながら、妖艶な笑みを浮かべるのであった。
彼女の正体は、カルム学院新人教師、魔性の女、グレースであった。
つづく……
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