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第42話 イワナリとお泊り(中編) 【挿絵あり】



「うわぁっ!!」


 突然壊れる脚立。脚立に乗っていたヨネシゲはバランスを崩し、転落しそうになる。


「危ないっ!!」


 イワナリはそう叫ぶと同時に、全速力でヨネシゲの元へ駆け寄る。


(もうダメだ!!)


 ヨネシゲがそう思った瞬間、突然、体が宙に浮いた感覚に陥る。


「な、なんだ……?」


 ヨネシゲは目を開き、上を見上げると、そこにはヨネシゲの顔を見つめる、イワナリの顔があった。


「イっ! イワナリ!?」


 ヨネシゲはすぐに状況を理解する。

 なんと、脚立から転落しそうになったヨネシゲを、イワナリがお姫様抱っこで受け止めていたのだ。

 イワナリはゆっくりとヨネシゲを下ろした後、壊れた脚立を使っていた理由を尋ねる。


「その脚立は壊れていたから捨てたはずだぞ? どこから持ち出した?」


 すると女子生徒たちがイワナリの質問に答える。


「イワナリさん、ごめんなさい! その脚立、ゴミ捨て場に置いてあったんですけど、まだ使えそうだったから、持ってきちゃいました……」


 イワナリは謝る女子生徒たちに優しい笑みを浮かべる。


「怪我が無くて良かった! だが、ゴミ捨て場の物を勝手に持ち出すのは良くないな。今度から一声掛けるんだぞ」


「すみませんでした」


 ここでヨネシゲがイワナリに礼を言う。


「イワナリ、ありがとう。助かったよ」


 イワナリは仏頂面で返事を返す。


「ふん! 勘違いするなよ。別にお前を助けようとした訳じゃねぇ! お前が落ちてきたら、オスギさんや女子たちが巻き沿い食らうから、仕方なしに助けたんだっ!」


 イワナリはそう言い終えると、ブツブツと文句を漏らしながらその場から立ち去る。ヨネシゲはそんな彼の後ろ姿を微笑みながら見つめていた。


(アイツ、案外良い奴かもしれないぞ……)




 ――気付くと、日が沈み、カルム学院は夜闇に染まっていた。

 ヨネシゲは閑散とした正門で立哨を行っていた。

 部活動や学院祭の準備で残っていた生徒たちは、既に全員下校している。今は数名の職員が学院内に残っているだけだ。


(それにしても、学院でルイスの下校を見送るとは、不思議な気分だよ。ま、これが当たり前になっていくんだな……)


 ヨネシゲはそんなことを思いながら満天の星を眺めていた。すると背後からヨネシゲの名を呼ぶ、若い女の声が聞こえてきた。


「ヨネさん、お疲れ様です」


「グレース先生、お疲れ様です」


 ヨネシゲの前に姿を現したのは、今日から教師として働いているグレースだった。彼女も本日の仕事を終え、帰宅するところだ。


「それじゃグレース先生、夜道は危ないですから、気を付けてお帰り下さい」


「ありがとうございます。ヨネさんも初の宿泊勤務、頑張ってくださいね」


「おう! 頑張ります!」


「ウフフ。では、素敵な夜を……」


 グレースは妖艶な笑みを見せると、帰宅のため学院を後にした。


 ヨネシゲは再び星空を見上げると、つい先程、グレースが口にした言葉を思い出す。


(素敵な夜か……)


 ヨネシゲの脳裏に、イワナリの顔が思い浮かぶ。







    挿絵(By みてみん)







(そいつは難しそうだな……)


 ヨネシゲが一人苦笑いを浮かべていると、守衛所の方からオスギの声が聞こえてくる。


「ヨネさん、休憩の時間だ! メシにしようぜ!」


「はい! 今行きます!」


 ヨネシゲは正門を閉め、職員専用の通用口だけ通れる状態にすると、休憩のため守衛所に戻るのであった。


 守衛所では、オスギたちが夕食の弁当を机の上に広げていた。イワナリも弁当箱を机の上に置くと、笑みを浮かべながら独り言を漏らす。


「まったく。やめろって言ってるのに……」


 イワナリの机に置かれているのは、熊の形をした銀色の弁当箱だ。その蓋には、可愛らしい熊の顔がペイントされていた。すると一人の守衛がイワナリに声を掛ける。


「可愛らしい弁当箱だな。愛妻弁当か?」


「なっ!? ヨ、ヨネシゲ!?」


 声の主はヨネシゲであった。

 案の定イワナリは、馴れ馴れしく話し掛けてきた挙げ句、熊の弁当箱を覗き込むヨネシゲに、怒りの表情を見せる。


「愛妻弁当じゃねぇ! これは娘が作ったやつだ! お前には関係ねぇ! あっち行ってろ! ふん!」


 イワナリはそう言い終えるとそっぽを向いた。ヨネシゲは、そんなイワナリを宥めるようにして口を開く。


「まあ、そう怒るなよ。俺は喧嘩をしに来た訳じゃないんだ。お前に礼が言いたくてな……」


 ヨネシゲの意外な言葉を聞いたイワナリは、横目で彼を見つめる。


「さっきは本当に助かったよ。ありがとうな。イワナリが居なかったら、俺は今頃、病院のベッドの上だ」


 ヨネシゲは脚立から転落しそうになったところを、イワナリに助けてもらい、事無きを得た。その礼の言葉を口にするヨネシゲであったが、イワナリは嫌味たっぷりの返事を返す。


「あ〜あ、おったまげたぜ。カルムのヒーローともあろうものが、自分の身一つも守れねぇのか!? 情けないぜ。これじゃヒーロー失格だな!」


 イワナリは喧嘩上等といった感じで、好戦的な態度を見せるが、ヨネシゲから意外な返事を聞くこととなる。


「確かに、今の俺じゃそう言われても仕方ない……」


 ヨネシゲの意外な言葉に、イワナリは拍子抜けした顔を見せる。そんな彼にヨネシゲは言葉を続ける。


「今の俺は、お前が知る、以前のヨネシゲじゃない。完璧超人だったのは昔の話だ。記憶を失ってから、派手な空想術を使えなくなったし、誰かを守るどころか、自分の身を守ることで精一杯だ。とても今の俺は、ヒーローと呼べる存在じゃないんだよ……」


 ヨネシゲは現実世界からやって来た凡人。空想世界の人々が知る、ヒーローヨネシゲではない。そんなヨネシゲは、記憶を失った人間に成り代わることで、周りからの理解を得ている。そしてヨネシゲは、イワナリからも理解を得るため説明を行う。


「もはや今の俺は、なんの取り柄もない中年オヤジだよ。空想術はおろか、ヒーローと呼べる程の武術も有していない。だけど、カルムのヒーローと呼ばれている以上、俺はその期待に応えなければならない。努力しなければならない。でも俺一人じゃ何もできない。皆の助けが必要だ。当然、イワナリ、お前の助けもな……」


 ヨネシゲはそう言い終えると、イワナリの机の上に紙に包まれたフライドチキンを置いた。それを見たイワナリが不思議そうな表情で尋ねる。


「何だこれは?」


「さっき、学院前の惣菜屋で買ったフライドチキンだ。夜食にでもしてくれ」


 ヨネシゲはイワナリに微笑みかけると、自分の机へと戻っていった。イワナリはヨネシゲから貰ったフライドチキンをじっと見つめていた。


 皆が夕食の弁当を食べ終えた頃、ヨネシゲが突然半袖短パン姿で更衣室から出てきた。

 呆気にとられているイワナリを横目に、ヨネシゲはオスギに声を掛ける。


「オスギさん。休憩が終わるまでには戻ってきます!」


「おう、先程言っていたあれか。頑張れよな」


「はい! では、行ってきます」


 ヨネシゲはオスギにそう伝えると、小走りで守衛所の外へと姿を消した。案の定、イワナリが驚いた表情でオスギに尋ねる。


「オスギさん! ヨネシゲの野郎、どこに行ったんですか!?」


 オスギは珈琲をすすりながら答える。  


「気になるなら見て来いや。ヨネさんはグラウンドに向かったよ」


「グラウンド、ですか?」


 グラウンドという言葉にイワナリは首を傾げるのであった。




 その頃、ヨネシゲはグラウンドに到着していた。

 ヨネシゲが照明のスイッチを押す。すると先程まで真っ暗だったグラウンドが、まるで太陽に照らされたかのように明るくなった。余りの明るさに、ヨネシゲは一人興奮していた。


「凄いな! 流石、空想術がエネルギー源の照明は一味違う! おまけに、そのエネルギーがビー玉くらいのガラス玉に詰まっているんだから、驚いたもんだよ!」


 この世界に存在する、機械や電化製品などは、空想術によって生み出されたエネルギー源で動いている。そのエネルギー源は、小さなガラスのカプセルに充填されており、機械や電化製品に装着して使用する。現実世界で言うところの電池に相当する。


「よっしゃ! 始めるぞっ!」


 ヨネシゲは気合が入った様子で雄叫びを上げると、一周400メートルのグラウンドを走り始める。ヨネシゲが先日から行い始めた空想術のトレーニングの一環だ。

 ヨネシゲは王国屈指の名門校のグラウンドを独り占めで走っていることに興奮を覚えていた。その興奮も相まってか、彼の走るペースが次第に上がっていく。

 ヨネシゲは早々に息が上がるが、ペースを落とさず無我夢中で走り続けていた。その様子をイワナリが物陰からじっと見つめていた。


(あの野郎も、努力しているということなのか……)


 イワナリの瞳に、必死になり走るヨネシゲの姿が焼き付くのであった。



 ――夜が耽ると、ヨネシゲは夜間の巡回を行うため、準備を行っていた。ところが、ヨネシゲは鍵の保管箱の前で突然フリーズしてしまう。


「あれ? えっと、文化棟の鍵はどれだっけ?」


 ヨネシゲはオスギと共に、学院東側にある文化棟の巡回を行うことになっていた。

 ヨネシゲはオスギから、文化棟で必要な鍵を全て用意するよう伝えられた。しかし、どの番号の鍵を持ち出すか忘れてしまい、保管箱の前であたふたしていた。

 そこへイワナリが姿を現す。すると彼は、ヨネシゲが尋ねる前に持ち出す鍵の番号を教える。


「文化棟で使う鍵は、70番から95番までの鍵だ。覚えておけ」


「イワナリ、ありがとう。助かったよ」


「あと、懐中電灯と警戒棒は、守衛長の席の隣にある。持っていくの忘れるなよ。それと、夜間はまだ冷える。防寒着を羽織っていったほうがいいぞ」


 イワナリは真顔でそう伝え終えると、巡回のため守衛室を後にした。

 ここへ来て、初めて触れるイワナリの優しさ。ヨネシゲの顔からは自然と笑みが溢れる。


 ヨネシゲはオスギと共に東側の文化棟を巡回していた。ちなみに北側の体育館や講堂はイワナリが、西側の実習棟はユータが巡回を行っている。本校舎の巡回に関しては、最後に全員で行う予定だ。

 ヨネシゲはオスギと雑談を交えながら、各教室の戸締まり状況を確認していく。そしてオスギからある話題を振られる。

 

「ヨネさん。イワナリとは仲良くなれそうかい?」


「まだ、わかりませんが。あいつは案外良い奴かもしれません。さっきも鍵のこと教えてくれましたからね」


「はっはっはっ! そいつは良かった」


 少しずつではあるが、ヨネシゲとイワナリの距離が縮まっているようで、オスギも安心した様子だ。


 ヨネシゲとオスギは文化棟の施錠を確認すると、本校舎北側にある中庭へ向かった。そこでイワナリたちと合流することになっている。ヨネシゲが中庭に到着すると、既にイワナリが北側の巡回を終えて待機していた。

 ヨネシゲはイワナリと顔を合わすと言葉を掛ける。


「お疲れ、イワナリ。お前の言う通り、防寒着羽織っておいて正解だったよ」


「そうか。そいつは良かったな」


 イワナリは照れを隠すように唇を尖らせると、こもった声で返事を返すのであった。


 しばらくの間、3人の間に沈黙が流れるが、ここでオスギがイワナリにある事を尋ねる。


「そういや、イワナリ。まだ、ユータは戻ってこないのか?」


「はい、まだみたいです。あいつがこんなに時間掛かるなんて珍しいですね」


 実習棟の巡回に行っている、ユータがまだ戻らない。

 普段であれば真っ先に巡回を終わらせて、皆をこの広場で出迎えるパターンが殆どらしいが、今日に限っては中々戻ってこない。

 ヨネシゲたちが、何か異常でもあったのかな? と思っていた矢先、事件が発生する。

 突然、実習棟の方から男の悲鳴が聞こえてきた。

 悲鳴を聞いたオスギの顔が青ざめる。


「あの声は、ユータだ……!」


 聞こえてきた悲鳴は、実習棟で巡回している、ユータのものだった。 



つづく……

ご覧いただきまして、ありがとうございます。

次話の投稿も、明日のお昼過ぎを予定しております。

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