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第41話 イワナリとお泊り(前編)



「いってらっしゃい!」


「おう、行ってくるよ!」


 ヨネシゲはいつもと同じように、ソフィアに見送られながら家を出発した。

 ヨネシゲはソフィアの姿が見えなくなるまで、何度も後ろを振り返り、笑顔で手を振り続けていた。ところが、曲がり角を曲がり、彼女の姿が見えなくなった途端、彼は大きなため息を吐いたと思うと、肩を落としながら、独り言を漏らす。


「憂鬱だな。初の宿泊勤務が熊男と一緒とは……」

 

 昨日からカルム学院の守衛として働き始めたヨネシゲ。今日からは宿泊勤務を担当することになっている。

 今宵ヨネシゲは、3名の守衛と夜を越すことになる。1人はヨネシゲの教育係であるオスギ、もう一人がユータという名前の愛想の良い青年、そして問題の一人が、熊男こと、イワナリであった。


 イワナリはカルムのヒーローと呼ばれるヨネシゲを一方的にライバル視している。彼もまた「東地区の番人」と呼ばれており、悪人を捕まえたり、人助けをしたりと活躍しているらしい。しかし、その知名度は低く、ヨネシゲのように名が知れている訳ではない。

 そんなイワナリは、ヨネシゲが同じカルム学院の守衛で働く事を快く思っていない。何故ならヨネシゲの登場により、学院内で自分が築き上げてきた地位が揺らぐことを酷く恐れているからだ。


「だからってよ、昨日のあれはないだろう」


 昨日ヨネシゲはグレースと談笑していた際、イワナリにタックルされ突き飛ばされてしまった。いくらヨネシゲが憎いとはいえ、余りにも失礼なイワナリの行動に、ヨネシゲの怒りはピークに達していた。


(考えるだけで腹が立つぜ! いや、考えるのはもう止めよう。喧嘩だけは起こさないようにしないとな。喧嘩を起こして大事になれば、ルイスに迷惑が掛かる……)


 ヨネシゲは怒りを鎮めるように大きく深呼吸をすると、カルム学院を目指し歩みを進めるのであった。




 やがてヨネシゲは、職場となるカルム学院に到着する。

 宿泊勤務を行う守衛の出勤時間は、生徒の登校時間よりも遅いため、正門付近は閑散としていた。ヨネシゲは正門で立哨(りっしょう)する夜勤明けの守衛と挨拶を交わすと、正門横の守衛所へと向かった。


「おはようございます!」


 ヨネシゲが守衛所の扉を開けて、大きな声で挨拶すると、オスギが珈琲カップ片手に出迎える。


「おはよう、ヨネさん。今日もよろしくな!」


「はい! こちらこそ、よろしくお願いします! オスギさん、お早いですね」


「まあな。家に居てもすることないし、カミさんにこき使われるだけだからな。さあ、今ヨネさんの珈琲入れてやるから、その間に着替えてこいや」


「すみません。ありがとうございます」


 ヨネシゲが制服に着替えるため、更衣室に向かおうとすると、あの男の声が飛んでくる。


「おう、ヨネシゲ、良い身分だな。普通見習いっていうのは、師匠よりも早く職場に来て、珈琲の一杯でも用意するのが常識じゃねえのか!? オスギさんに珈琲を用意させてるんじゃねえよ!」


 ヨネシゲが怒りを滲ませた表情で後ろを振り返ると、椅子に腰掛けながら足を組み、珈琲カップ片手にこちらを睨みつける、イワナリの姿があった。

 朝一から壮大な嫌味を言われたヨネシゲは怒りで身を震わす。するとオスギの怒号が守衛所に響き渡る。


「やめんか!! イワナリ!! この馬鹿者が!! 見習い時代に散々遅刻したお前がそれを言えるのかよ!?」


 するとイワナリは席から立ち上がり、ヨネシゲとの間合いを詰めながら、怒鳴り声を上げる。


「カルムのヒーローだか知らねぇが、調子に乗りやがって! 何様のつもりだ!?」


 ヨネシゲは袖をまくり上げると、声を荒げながら反論する。


「いい加減にしろよっ! 調子に乗ってるのはお前の方だろ!! 一昨日といい、昨日といい、今日といい! 失礼にも程があるぞっ!! そんなにお前は偉いのか!?」


 もはや一触即発の状態。そこにオスギが割って入る。


「2人とも落ち着け! やめるんだ! ここは喧嘩をする場所じゃねぇ! 頭を冷やすんだ!」


 オスギが制止するとヨネシゲは大人しく引き下がる。一方のイワナリは悔しそうな表情を見せると、守衛所から出て行く。

 オスギが呆れた様子で頭を抱えていると、ヨネシゲが頭を下げる。


「オスギさん、すみませんでした」


 オスギはヨネシゲに頭を上げるよう促す。


「ヨネさん、頭を上げてくれ。あれじゃヨネさんが怒るのも無理はない」


「あ、はい。喧嘩はしないつもりでしたが、流石に我慢の限界でした……」


 オスギが大きくため息を吐いた後、ヨネシゲは彼に問い掛ける。


「オスギさん。イワナリは、そんなに俺のことが憎いんですかね?」


 オスギは少し間を置いたあと、ヨネシゲの問に答える。


「イワナリは……ただヨネさんの存在が怖いだけなんだ」


 オスギからの意外な答えにヨネシゲは首を傾げる。


「俺の存在がですか?」


「ああ。先日も言ったと思うが、イワナリはこの学院ではちょっとした人気者だ。でもヨネさんの登場で自分の立場が揺らぐことを酷く恐れている。自分が輝ける場所を奪われてしまうことが、不安で仕方ないんだろう。まあ、イワナリは子供みたいな野郎だ。だからあのように感情を剥き出しにしてくる」


 ヨネシゲは納得いかない様子で返事を返す。


「俺の事を嫌おうが、ライバル視しようが、それはイワナリの勝手です。ですが、奴の場合は度が過ぎていますよ! このままじゃ、本当に大喧嘩になってしまいます」


「確かにな。イワナリには後で説教をしておく。ただ……」


「ただ?」


「イワナリの野郎も対抗したところで、カルムのヒーローヨネさんに敵わないことは理解している。負けを認めたくないんだよ」


 何をとっても、ヨネシゲが自分の上を行っていることをイワナリは理解している。しかし、それを認めたくはないからこそ、彼は敵意を剥き出しにしてくるのだ。

 ここでオスギがイワナリを擁護する。


「イワナリの肩を持つ訳では無いが、奴も根は心優しくてな、面倒見の良い男なんだ。故に後輩や学院の生徒からも好かれている。ただ頑固で意地っ張りだからな。ヨネさんと打ち解けるまでは時間が掛かるかもしれない……」


 ヨネシゲは苦笑いを見せる。


「そもそも、打ち解けられますかね?」


 ヨネシゲの問にオスギが微笑む。


「そいつは分からないが、互いに啀み合わないことだな。よし! 気を取り直して、仕事の準備でも始めるか!」


(オスギさん。そんな事言っても、奴が敵意を剥き出しにしてくる限り仲良くなれないよ……)


 オスギに話をまとめられてしまったが、イワナリと仲良くなれる気がしないと思うヨネシゲであった。


 やがてイワナリが守衛所に戻ってくると、険悪なムードの中、夜勤明けの守衛たちから引き継ぎを受ける。

 引き継ぎが終わると、早速ヨネシゲはオスギの指導の下、受付窓口に座らされる。

 受付は来客の応対が主な仕事であり、学院内を的確に案内できれば特段難しい仕事ではない。

 ちなみにヨネシゲは、イベント会場で案内係のアルバイトを学生時代に経験していた。その経験も活かされてか、学院を訪れた来客を手慣れた様子で案内をしていた。ヨネシゲの働きぶりにオスギは感心した様子だ。


「流石ヨネさん! 受付に関しては問題なさそうだ」


「ありがとうございます!」


 開始早々、オスギはヨネシゲの側から離れようとする。


「オスギさん、どちらへ?」


「受付はもう一人で大丈夫そうだからな。俺は守衛所で書類の作成でもしているよ。何かわからないことがあれば呼んでくれ」


 オスギはそう伝えると、ヨネシゲを受付に残して、隣接する守衛所へと姿を消した。


(もう放置プレイか。まあ、難しい仕事じゃないし、一人でやっていた方が気が楽かな)




 ――1人受付窓口に座り続けるヨネシゲ。


(暇だ。暇すぎる……)


 午前中に訪問予定の来客は既に受付済。あとは午後にならないと来客は訪れない。訪れたとしても郵便屋や納品業者くらいだ。

 ヨネシゲが退屈を覚えていたその時、ヨネシゲの名を呼ぶ、若い女の声が聞こえてきた。

 

「ヨネさん、お疲れ様です」


「あ、グレースさん! いや、グレース先生かな?」


 窓口を訪れてきたのは、本日からこのカルム学院の教師として勤務することになった、魔性の女グレースだった。

 グレースは、今日から本格的に業務に付くヨネシゲの様子を見に来たらしく、相変わらず妖艶な笑みを浮かべながら話し掛けてきた。


「ヨネさん、もうお一人でお仕事されてるんですか? 流石ですね!」


「いやいや、まだまだ。とりあえず、受付の仕事は任されるようになりました。それはそうと、グレース先生の方どうですか?」


「ええ。今日は丸一日研修で、明日から指導の先生と一緒に授業に参加予定です」


 ここでヨネシゲは、ある疑問をグレースに尋ねる。


「そういえば、グレース先生は何の教科を教えているのですか?」


 ヨネシゲの質問にグレースはニヤッと笑みを浮かべる。


「ウフフ。空想術ですよ」


「へぇ〜空想術ですか! 意外だな」


「とは言っても治癒系統専門ですけどね」


 聞くところによると、グレースは戦闘系空想術は苦手らしく、彼女は主に治癒系や日常生活で使用する範囲の空想術を教えるとのこと。


「あら、もうこんな時間。そろそろ戻りますね」


「そうですか。俺のこと気に掛けてくれてありがとう! 先生も頑張ってくださいね!」


「ええ。ヨネさんも!」


 グレースはヨネシゲに別れを告げると、本校舎へと戻っていった。




 ――本日全ての授業が終わり、日が沈んでいくにつれ、生徒たちが徐々に下校していく。

 ヨネシゲが正門で立哨を行っていると、守衛のユータが姿を現す。


「ヨネさん、お疲れ様です。交代になります」


「おう、ユータか! お疲れ! えっと、次は定期巡回だったよな?」


「そうですね。オスギさんが守衛所で準備して待ってます」


「おう、わかった。直ぐに戻らんとな」


 ヨネシゲはオスギと合流するため、守衛所に向かった。


「オスギさん、お待たせしました!」


「お疲れ、ヨネさん。既に巡回の準備はしてある。一息入れたら行こうぜ」


 ヨネシゲはオスギが用意した珈琲を飲み干すと、巡回のため本校舎へと向かった。





「学院祭の準備も大分進みましたね」


「そうだな。考えてみれば来週だもんな」


 カルム学院は来週末に学院祭を控えており、学院祭ムードに包まれていた。生徒たちは学院祭の準備に励んでおり、校舎内のあちらこちらから賑やかな声が聞こえてきた。

 ヨネシゲとオスギはその様子を眺めながら、ニコニコした表情で廊下を歩いていると、ルイスが前方から姿を現す。


「父さん、お疲れ」


「おう、ルイス! みんな学院祭の準備で気合い入ってるな!」


「そうだね。俺たち空想術部も演し物があるから、準備や練習で大忙しだよ」


「そりゃ大変だ。頑張ってくれよな!」


「うん、ありがとう。父さんも頑張ってね」


「おう、任せておけ!」


 ルイスはオスギに会釈した後、足早に準備へと向かった。


「いい息子さんじゃないか」


「へへへ……ありがとうございます」


 ヨネシゲはオスギに息子ルイスを褒められると、嬉しそうな表情を見せた。


 ヨネシゲたちは続いて、実習棟の巡回を行っていた。

 するとヨネシゲはある教室の前で立ち止まる。


(治癒実習室か。グレース先生、居るかな?)


 魔性の女、グレースの担当科目は治癒系空想術である。ヨネシゲは彼女の姿を拝むため教室を覗き込むと、中にはグレースと数人の生徒たちが、教室内を装飾していた。そしてヨネシゲは不気味な物を目撃する。


「ゲッ!? 何だよあれは……」


 ヨネシゲが目にしたものとは、リボンや帽子、サングラスなどで派手に装飾された、人体の骨格模型であった。

 ヨネシゲが呆れた様子でグレースたちを眺めていると、彼女がヨネシゲの存在に気付き、妖艶な笑みを浮かべる。


(笑顔のグレース先生とあの骸骨人形……凄いツーショットだな)


 ヨネシゲが苦笑いを見せていると、オスギから声を掛けられる。


「ヨネさん。彼女に見惚れる気持ちはわかるが、巡回がまだ残っているよ」


「ははは、すみません。つい……」


 ヨネシゲは笑って誤魔化すと、巡回の続きに戻った。

 ヨネシゲたちが上の階へ移動すると、脚立に乗り装飾をする女子生徒たちの姿が目に入った。やがてヨネシゲたちがその側方を通過しようとすると、彼女たちから呼び止められる。

 ヨネシゲは足を止めると、女子生徒たちに呼び止めた理由を尋ねる。


「どうしたんだ?」


「この飾りをあの位置に付けたいんですけど、私たちの身長じゃ手が届かなくて……」


「おう、あそこか……」


 ヨネシゲは、女子生徒の指差した先に目を向けると、そこは彼女たちの身長では、脚立を使っても手が届かない位置だった。

 ヨネシゲは女子生徒に手を貸してほしいとお願いされる。


(弱ったな。俺も彼女たちと大して身長は変わらないんだけどな。でもオスギさんは俺より小さいし、近くに男子生徒も居ないからな。俺がやるしかないか……)


 身長の低いヨネシゲは、彼女たちの頼みを一瞬躊躇うが、近くに身長の高い男子生徒の姿も見当たらない為、仕方なく頼みを引き受けることにした。ヨネシゲはオスギから了承を得ると、女子生徒から飾りを受け取り、脚立の上に登る。


「えっと、この辺りか?」


「いえ、もう少し左です!」


 ヨネシゲは女子生徒から細かな指示を受けながら、脚立の上を小移動する。その脚立は小刻みに揺れていた。


(引き受けたはいいが、やはり俺の身長だとキツイな)


 女子生徒たちの声援を貰いながら、飾り付けに奮闘しているヨネシゲ。すると、たまたま同じフロアを巡回していたイワナリが、その様子を目撃する。


(ヨネシゲの野郎! 早速、女子生徒に媚び売ってやがるぜ! クソぉ……それは、俺の役目だっていうのに!)


 悔しそうな表情でヨネシゲを睨みつけるイワナリだったが、あることに気付く。


(ん? 奴が乗ってる脚立、壊れていたからこの間捨てたはずだぞ?)


 不審に思ったイワナリが、ヨネシゲたちの元へ向かおうとしたその時、アクシデントが発生する。

 ヨネシゲが乗っていた脚立は「バキッ」という音と共に壊れてしまう。その瞬間、ヨネシゲはバランスを崩し、脚立から転落しそうになる。突然のことに、オスギと女子生徒は体を硬直させ、ただ驚いた表情を見せることしかできなかった。

 ヨネシゲの悲鳴だけが辺りに響き渡る。



つづく……

ご覧いただき、ありがとうございます。

次話の投稿は、明日のお昼過ぎを予定しております。

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