第40話 助っ人1号
昼休憩を終えたヨネシゲは、オスギに連れられ学院内の設備等を見学。その後、基本となる巡回経路や、災害時の対応、来客の応対など、オスギから事細かく説明を受ける。ヨネシゲはメモを取りながらオスギの説明を熱心に聞き入っていた。ヨネシゲの仕事を教わる姿勢に、オスギは終始感心した様子だった。
気付けばカルム学院の校舎は、夕色に染まっていた。
一通りの研修を終えたヨネシゲは、教育係のオスギと共に守衛室で珈琲を味わっていた。そしてオスギが明日の勤務について説明を始める。
「ヨネさん。明日も出勤時間は変わらないが、夕食と寝間着は忘れないようにな」
「了解しました!」
いよいよ明日からヨネシゲの宿泊勤務が始まる。
カルム学院では3名の守衛が夜間も常駐して警備に当たっている。
明日の宿泊勤務に関しては、ヨネシゲが見習いという形でオスギに付くため、4人体制となる。ヨネシゲは本務の人数としてカウントされず、おまけみたいなものだ。
そこで気になるのが、明日の宿泊担当者だ。
少なくとも3人のうち1人は、教育係となるオスギで確定。ヨネシゲは残りの2名を確認するため、勤務表を机の上に広げる。
「えっと、1人目が……ユータ? おう、あの若い子か!」
1人目が、ユータと言う名の礼儀正しい若い男の守衛だった。今朝もヨネシゲにロッカーの場所を教えたり、珈琲を入れてくれたりと、感じの良い好青年であった。
(礼儀正しい青年だったな。あの子とは仲良くなりたい)
ヨネシゲはそんな事を考えながら、残りの宿泊担当者を探すため、再び勤務表に視線を落とす。すると突然、ヨネシゲが大きな声を上げる。
「ゲッ!? イワナリだと!?」
ヨネシゲの声にオスギが驚いた表情を見せるも、直ぐにヨネシゲの心中を察したのか、苦笑いを見せる。
「ヨネさん、残念だったな。初の泊まりがイワナリと一緒とはよ」
「え、えぇ……」
ヨネシゲは大きく肩を落とす。
(まさか奴といきなり宿泊勤務とは……)
ヨネシゲがため息を吐いたと同時に、壁に掛けられた振り子時計の時報音が守衛室に響き渡る。
「さあ、ヨネさん。時間だ。帰ろうぜ!」
「あ、はい。明日もよろしくお願いします」
落ち込んだ様子のヨネシゲの肩をオスギが叩く。
「まあ、ヨネさん、元気出せや。俺が居るからイワナリ野郎も大人しくしているはずさ」
ヨネシゲは苦笑いを見せる
「だと良いのですがね」
ヨネシゲはオスギに励まされると、家路に向かうのであった。
その帰り道、ヨネシゲは昼休みのことを思い返していた。それは「カルムのヒーロー」と呼ばれることに対して疑問を抱いていたヨネシゲが、アランたちから熱い言葉を受けた事だ。
そして、オスギのあの言葉がヨネシゲの頭から離れなかった。
『信頼できる仲間たちとヒーローすればいい』
空想世界でのヨネシゲの立ち位置、カルムのヒーローとしての責務。それは、いきなり現実世界からやって来た凡人に背負わせるには荷が重すぎるものだ。
ヨネシゲは一人で全てを背負おうとしており、その重圧は相当なものだった。だが、オスギやアランたちの言葉を聞いて、ヨネシゲの肩の荷も少し降りた。
(みんなの言うとおり、一人の力じゃ限界がある。もし強敵が現れたら、仲間と協力して倒せばいい。ヒーローが助けを求めても、それは罪じゃないしな)
確かに、カルムのヒーローという定めを受けたヨネシゲには、それなりの努力が求められるが、一人で乗り越えられない壁は、仲間と協力して越えてゆけばよい。
(そうさ。いざとなったら俺にはルイスや姉さん、アランたちが居る。カルムのヒーローは俺だけじゃない。他の仲間と協力すればいいんだ!)
始めは重たかったヨネシゲの足取りも、気付くと軽やかなものに変わっていた。
帰宅したヨネシゲは家族団らんで夕食を済ました。
その後、ルイスに付き合ってもらい、空想術の練習をするため、自宅近くの河川敷へと向かった。
その道中、ヨネシゲはルイスにある話題を切り出す。
「ルイス、ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「どうしたの?」
「昨晩、悪魔のカミソリ討伐作戦が決行されたことはルイスも知ってるよな?」
「うん。今日学院でもその話題で持ち切りだったよ」
ルイスも悪魔のカミソリの件を周知しているようで、ヨネシゲはあのことについて質問を行なう。
「噂で聞いたんだが、討伐隊の中に、カルム学院の空想術部員が3人加わっでいたらしい。ルイス、何か知っているか?」
今朝ヨネシゲは、討伐隊が悪魔のカミソリのアジトを急襲したことを知る。その討伐隊の中には、カルム学院空想術部員の姿があったことをウオタミから聞かされる。
ウオタミの推測だと、その空想術部員はアラン、ヴァル、アンナの3人らしい。ヨネシゲは空想術部員のルイスなら何か知っていると思い、真偽の程を確かめた次第だ。するとルイスからはあっさりと答えが返ってくる。
「その3人はアランさんとヴァル先輩、アンナ先輩だよ」
「やはりウオタミの予想通りだったな……」
討伐隊に同行していたのはウオタミの予想通り、カルム学院空想術三人衆だった。
ルイスの話だと、アランたちは普段から領主軍や保安官たちと行動する機会が多いため、今回の討伐軍同行も然程珍しいことではないらしい。
そして、ルイスが目を輝かせながら話す。
「アランさんたちは口癖のように言っているよ。この空想術を想人のために使いたいってね。だから人々の生活を脅かす悪党や魔物を積極的に退治してるんだ。素晴らしい先輩たちだよ」
(確かに。アラン君はそんなようなことを言っていたな)
ここでルイスがあの話題を振ってくる。
「父さん、今日学院でアランさんたちと話したみたいだね」
今日の昼休み、ヨネシゲはアランたちと対面した。
アランたちはカルムのヒーローと呼ばれるヨネシゲのことを慕っている。しかし、ヨネシゲはそのことに対して疑問を抱いていた。
ヨネシゲはルイスに胸の内を明かす。
「みんな俺の事を慕ってくれているようだけど、今の俺は、皆が知るヨネシゲじゃない。ルイスみたい空想術が使える訳でもないし、武術に長けている訳でもない。強敵が現れたら、皆を守り切れないだろう。とてもカルムのヒーローと呼べる存在じゃないんだ」
ヨネシゲの言葉にルイスが反論しようとする。
「そんなことはない! だって父さんは……!」
ヨネシゲがルイスの言葉を遮る。
「でも安心しろ。俺はアラン君たちの言葉で気付かされた。俺はカルムのヒーローとしての責務を一人で背負おうとしていた。以前の俺なら、それができたのかもしれない。だけど、今の俺じゃ無理だ……」
ヨネシゲはそこまで言い終えると、ルイスの手を握る。ルイスは不思議そうな表情を見せる。
「父さん?」
「俺はカルムのヒーローと呼ばれている以上、その責務を果たしたい。そのためにはルイスやアラン君たちの協力が必要なんだ。もし強敵が現れたら、カルムのヒーローとして俺と一緒に戦ってほしい!」
ヨネシゲが熱い言葉を口にしながら、ルイスに協力を求める。しかし、彼からは予想外の返事が返ってくる。
「父さん、それはできないよ。俺はカルムのヒーローにはならない。カルムのヒーローは父さん一人で十分だ……」
「ルイス、どうしてなんだ!?」
ルイスの返事にヨネシゲが不安そうな表情を見せる。するとルイスが笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「だけど、ヒーローの助っ人としてなら、協力は惜しまないつもりだよ。それでも大丈夫?」
ヨネシゲは安堵の表情を見せる。
「ああ、もちろんだよ。まったく、驚かすな……」
「ごめんごめん。驚かすつもりは無かったんだけどね!」
2人から笑いが漏れる。するとルイスが口を開く。
「でも父さん。助けてもらってばかりは駄目だよ。俺がピンチの時はちゃんと助けてくれよな」
「もちろんさ! その為にもルイスには空想術のコーチングをしてもらわないとな!」
「ああ! ビシバシいくからね!」
「おう! スパルタで頼む!」
カルムのヒーローヨネシゲに助っ人が誕生する。その記念すべき第一号は息子のルイスであった。
ヨネシゲはこの先、多くの助っ人たちと共にトロイメライの危機を救うことになる。やがてヨネシゲは英雄と呼ばれるようになるが、そのことを彼はまだ知らない。
つづく……
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次話の投稿も、明日のお昼頃を予定しております。




