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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
カルム閑話【カルムの若き星たち】
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第396話 見守る者たち

 ――今宵もリッカの夜は静寂に包まれていた。


 しかし、サンディ家屋敷・クラフト夫妻の部屋からは、耳を塞ぎたくなるような騒音が漏れ出していた。――ヨネシゲの(いびき)である。


 いつもなら夫の鼾が轟く中でも平然と眠ることができるソフィアだが、今日は寝付けない様子。

 何も角刈りの鼾が気になって眠れない訳ではない。ある不安事を抱えてしまったからだ。


 彼女は、気持ち良さそうに眠る夫を見つめながら、義父――ヨネガッツの言葉を思い出していた。


『――ソフィアさん。俺もそうだが……あいつも()()()()()()()()()()()()()()()()わからねえ……――』


 ソフィアは静かにため息を漏らす。


(そうよね……あなたは元々別世界の住民……ずっとこの世界に居られる保証なんてないよね……いつかは……帰る時が来てしまうのかもしれない……)


 ――もし、夫が元の世界に帰ってしまったら……そう思うと不安で眠れなかった。

 今まで考えもしなかった事だったが、義父との会話で重大な問題に気付かされた次第だ。


 彼女は夫の布団の中に入ると、その温もりを感じながら呟く。


「――あなた……ずっとここに居てね……私を置いて帰っちゃうなんて……絶対に許さないからね……――」


 ――気付くと、ソフィアは静かな寝息を立てていた。不安と、夫の温もりを抱きながら、深い、深い……眠りへと、落ちていくのであった。




 ――翌朝。

 まだ辺りが薄暗い中、ヨネシゲは昨日に続きミゾレの滝に打たれる。マロウータン、ドランカド、ノアも同様だ。


 昨日は凍てつくような滝に悶絶していた角刈りと真四角野郎だったが、今日は険しい表情を見せているものの、冷水を前にして動揺は見られない。寧ろ堂々としていた。


 そして、本日滝行に参加する者は彼らだけでは無かった。

 昨日は諸事情により不在だったウィンターに加え、カエデ、ジョーソン、グレースも白色の行衣を身に纏いながら、凍える冷水に打たれていた。

 ちなみに滝行初体験のカエデ、ジョーソン、グレースの三者に関しては悶絶の表情である。


 一方、滝行する男女を見守る三人の女性。カーディアンやコートを羽織りながら、折り畳み椅子に腰掛ける彼女たちは――ソフィア、コウメ、エスタだ。


 寒そうに身体を震わせる彼女たちに、白塗り顔専属の老年執事クラークが、程よい温度に調整された緑茶を用意する。


「皆様、温かいお茶をご用意しました。どうぞ、お召し上がりください」


「わあ……クラークさん、ありがとうございます!」


「おーほほっ! ありがと」


「ありがたく頂戴しますわ」


 滝行中の者たちには申し訳ないが、彼女たちは早速湯呑みを手にすると、冷えた身体を内側から温める。


 一同、至福の表情を零した跡、コウメが高笑いを上げる。


「おーほほっ! 相変わらずクラークが淹れるお茶は格別だわ!」


「勿体ないお言葉でございます」


 クボウ夫人の言葉に執事は恐縮。

 一方のクラフト夫人とゲネシス皇妹も同感した様子で相槌。そんな二人にコウメが尋ねる。


「おーほほっ! 私が言うのも何ですが、お二人ともお早いですね。応援の為に早起きを?」


 彼女の質問にソフィアが照れくさそうに答える。


「はい……昨日は行けませんでしたが、今日は必ず行こうと決めておりました。もっと近くで……夫を見守りたくて……」


「あら〜♡ 流石ソフィアさん! 私と同じくらい夫思いね!」


「あ、はい……夫は……私を……家族を……全力で守ってくれます……ですので……私も全力で夫を支えて……見守らないと……罰が当たってしまいます……も、勿論、義務とかそういうのではなくて――」


「「愛ですね」」


「は、はい……」


 クボウ夫人と皇妹の言葉にクラフト夫人は頬を赤く染めながら俯いた。


 彼女を気遣うようにコウメが続ける。


「大丈夫よ、私もソフィアさんと同じですから。私も愛するダーリンの勇姿を見守る為に早起きしてきたのよ。

 ま、あとはカエデちゃんとジョーソンを滝行に強制参加させた手前、自分だけ布団の中でぬくぬくしてる訳にもいかないでしょ?」 


「ふふふ、確かにそうですね……」


「後でジョーソンに嫌味を言われるのも癪ですからね。――皇妹殿下も愛するウィンター様の為に早起きを?」


 コウメが振るとエスタは苦笑を見せる。


「いえ……私はお二人と違ってギリギリまで寝ているつもりでした。朝が苦手なものでしてね。でも……あの子が『そばに居てください』って言いますから……」


「「あらまあ」」


「ウフフ、昨晩から急に甘えん坊さんになっちゃいましたのよ。――まあそういう私も、あの子のことを放っておけない世話焼きですけどね……」


「おーほほっ! 皆さん、同じようですね!」


 その後も彼女たちは時折言葉を交えながら一同の滝行を見守るのであった。




 やがて滝行を終えたヨネシゲたちは、朝食までの時間を鍛錬に費やす。


 マロウータンとジョーソンは扇や竹刀の素振り。


 カエデ、グレース、ノアは空想術の訓練。


 そして、ヨネシゲ、ドランカド、ウィンターは殿堂で瞑想――


「すぴー……すぴー……すぴー……――」


「コラッ! ドランカドっ! 寝るんじゃねえっ!」


「へへっ……すんません……つい……」


「たくっ……――」


 ヨネシゲは呆れながらも瞑想を再開させる。


(それにしても……今日は現れねえな……青鬼……つか、コイツ((ドランカド))所為(せい)で集中力が途切れちまったぜ……)


 角刈りは溜め息を漏らしながら隣へ視線を移す。そこには微動だにせず瞑想を続けるウィンターの姿。


(流石ウィンター様だ……俺もこれくらい集中できないと駄目だな……)


 結局、この日の瞑想は集中できず。

 昨日のように青鬼が語り掛けてくることもなかった。



つづく……

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