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第38話 魅惑の女【挿絵あり】

    挿絵(By みてみん)



「いつ見ても美しい!」


 カルム学院の正門前に到着したヨネシゲは、そう言葉を漏らしながら、目の前にそびえ立つ校舎を眺めていた。


 ヨネシゲは勤務場所となる守衛所を目指し歩みを進める。ところが、彼の視線は立派な校舎に向けられたままであり、前方の様子は視界に入っていなかった。案の定、角刈りは通行人と接触してしまう。

 ヨネシゲはハッとすると、急いで頭を下げる。


「すみません! 余所見してました!」


「こちらこそ申し訳ありません。私もちょっと余所見をしていまして……」


 すると角刈りの耳には、落ち着きのある、女の声が届いてきた。

 彼が顔を上げると、若い女の姿が視界に飛び込む。そしてヨネシゲは彼女の容姿に目を奪われる。

 お団子ヘアに結わえられた金色の髪。羽織っている黒のジャケットはたわわな胸で少々窮屈そうで、ジャケットと同色の短いスカートからは美脚を覗かせていた。

 ふっくらした唇には桃色の口紅が付けられており、透き通るような青の瞳を細めながら、艶っぽい笑みを浮かべていた。


(なんていい女なんだ……)


 ヨネシゲが見惚れていると、若い女が校舎を見上げながら口を開く。


「素敵な校舎ですよね! つい見入っちゃいましたわ!」


 ヨネシゲは頭を掻きながら言葉を返す。


「いや〜奇遇だな。俺も見入っていたところなんですよ。何度見ても立派な校舎ですからね!」


 若い女は笑みを浮かべた後、ヨネシゲに質問をする。


「失礼ですが……おじ様は学院の関係者でしょうか?」


「え? ええ……まあ。一応、関係者ですよ。とは言っても、今日が初出勤なんですけどね」


 ヨネシゲの返事を聞いた若い女が驚いた表情を見せる。


「そうだったんですか! 実は私、教師の採用面接を受けるために、本日この学院を訪れたんですよ」


 現在カルム学院は慢性的な人手不足のため、随時教員の募集を行っている。そのことを知った彼女は、本日飛び込みで採用面接に訪れたそうだ。

 採用の条件は『教員経験があること』であるが、彼女は元教師らしく一通りの条件はクリアしているようだ。


「カルム学院は教師も人手不足らしいですからね。お姉さんなら即採用でしょうね!」


「ウフフ。そうだと良いのですが……」


 ヨネシゲは再び彼女から質問を受ける。


「おじ様も教師として採用されたのですか?」


「いやいや。俺は守衛として雇われました」


「あらまあ、守衛さんですか。おじ様みたいな逞しいお方に学院を守ってくだされば、生徒さんたちも安心でしょうね!」


 恐らく、彼女が言っている事はお世辞に違いない。だがしかし、ヨネシゲは照れた様子で鼻の下を伸ばしていた。

 ここで角刈りがある事に気付く。


(そういえば……この街の人は皆、俺の事を知っている事が当たり前だと思っていたけど……このお姉ちゃんは俺の事を知らないようだな……)


 この空想世界では『カルムのヒーロー』と呼ばれるヨネシゲ。故に顔を合わす者全員が彼の存在を知っており、大半の者が『ヨネさん』と親しみを込めて呼んでくる。しかし彼女はヨネシゲのことを『おじ様』と呼び、その存在を知らない様子だ。


 ここで角刈りが自己紹介を始める。


「おっと、申し遅れました! 俺は今日から守衛として働くヨネシゲ・クラフトと言います。もしお姉さんがこの学院で働くことになったら宜しくお願いしますね!」


 彼女は色っぽい笑みを浮かべる。


「あなたが……噂のヨネシゲさん……」


「はい! 皆からはヨネさんと呼ばれています!」


「ウフフ。では……私もヨネさんと呼ばせてもらおうかしら?」


「ええ、是非とも呼んでください!」


 彼女も自己紹介を始める。


「ごめんなさい。私の方こそ申し遅れましたわ。私は『グレース』と申します。カルムにはつい先日移り住んだばかりでして、色々と分からない事ばかりなんですよ……」


 彼女は『グレース』と名乗った。

 グレースは数日前に他領からこのカルムタウンに移り住んで来たそうで、ここでの生活はまだ慣れていないと話す。

 するとグレースは突然ヨネシゲの右手を両手で握り締めると、顔を彼の耳元に近付け、甘い吐息を漏らしながら言葉を漏らす。


「なので……色々と教えてくださいね……ヨネさん……ウフフ……」


 囁くような彼女の声にヨネシゲの鼓動が跳ね上がる。


(この姉ちゃん……色っぽすぎるぜ! 気を抜くと心を奪われてしまいそうだ……)


 グレースはヨネシゲの耳元から顔を離すと、顔を赤くさせる角刈りを、妖艶な笑みで見つめる。一方のヨネシゲは恥ずかしさのあまり、彼女と目を合わすことができず、俯いてしまった。


「ウフフ。ヨネさん、可愛いですね……」


(か、可愛いだと!? 可愛いなんて言われたのはいつ以来だ!?)


 ひょっとしたら自分はグレースにからかわれているだけなのかもしれない。ヨネシゲがそんなことを思っていると、突然黒い人影が角刈り目掛けて突っ走ってきた。


「な、なんだ?!」


 刹那。角刈りはその黒い人影に突き飛ばされてしまう。


「痛たたた……なんなんだ!? いきなり!?」


 ヨネシゲが見上げると――そこには熊のようなシルエットがあった。


「イ、イワナリ?!」


 そう。シルエットの正体はカルム学院守衛のイワナリだった。熊男は歯を剥き出しながらヨネシゲを見下ろす。


 心配したグレースがヨネシゲに手を差し出そうとするも、イワナリがそれを阻止。

 と思いきや、熊男の表情は先程までとは打って変わり、鼻の下を伸ばしながらデレデレとし様子でグレースに話し掛ける。


「お姉さん、おはようございます! もしかして教員の採用面接に来られましたか?」


「え、ええ……そうですが……よく分かりましたね?」


「わかりますよ〜! お姉さんからは先生オーラが溢れ出ておりますからね〜」


「そ、そうなんですね……」


「さあ、無駄話もなんですなら、私が本校舎までご案内いたしましょう!」


 イワナリはそう言うと、苦笑を浮かべるグレースの肩に腕を回し、勝ち誇った表情をヨネシゲを見下ろす。そして困惑するグレースを連れて本校舎へと向かった。


 その後ろ姿を睨みながらヨネシゲが悔しそうに唇を噛む。


(イワナリの野郎! 一体なんのつもりだ?! 失礼にも程があるぞっ!)


 ヨネシゲは拳を握り締めながら怒りで身を震わすのであった。




 ――しばらくの間、深呼吸するなどして怒りを鎮めたヨネシゲは、正門前の守衛所へと歩みを進める。

 ヨネシゲが守衛所前に到着すると、彼の姿に気付いた守衛の男が室内へと招き入れる。

 角刈りが中へ入ると、守衛たちから歓迎の声が上がる。


「おお、待っていたぞ! ヨネさん!」


「まさか本当にヨネさんがここに来てくれるとはな! ありがてえ、ありがてえ!」


 ヨネシゲはそんな守衛たち一人一人に拶をしていると、守衛班長のオスギが姿を現す。


「ヨネさん、おはよう! もう来てたのか」


「オスギさん、おはようございます! 今日からよろしく頼みます!」


 ヨネシゲはオスギと挨拶を交わしながら、今日のスケジュールについて軽く説明を受ける。


 午前中は座学で守衛に関する知識を学び、午後は学院内を回って各施設の点検箇所などを教わる予定だ。そして教育係としてオスギが数日間マンツーマンで仕事を教えてくれるそうだ。


 早速ヨネシゲは制服に着替えるため更衣室に向かう。

 角刈りは自分の名前が掲示されたロッカーを発見。その中には昨日仕立ててもらった真新しい黒の制服が置かれていた。

 ヨネシゲは制服に袖を通し『カルム学院守衛』と書かれた水色の腕章を左腕に装着すると、姿鏡で全身を確認。

 角刈りは身なりを整えた後、顎に手を添え、キメ顔をしながら姿鏡を眺める。


(うむ! 我ながら似合っているぜ!)


 自分の制服姿に酔いしれるヨネシゲ。ふと時計を確認すると、引き継ぎの時間が近付いていた。


(おっといけねね、もうこんな時間か。守衛所に戻るか)


 ヨネシゲは守衛所に戻ると、オスギが座る隣の席に腰掛ける。


「オスギさん、お待たせしました!」


「おお、ヨネさん。良く似合ってるじゃんか」


「ありがとうございます!」


「さて、そろそろ引き継ぎの時間になるんだが、イワナリはどこ行ったんだ?」


 あと数分で、夜勤明けの守衛たちから引き継ぎを受ける時間だ。ところが、その夜勤明けとなるイワナリの姿が見当たらない。オスギが彼の所在を周囲の者に確認する。


「誰か、奴がどこ行ったか知らないか!?」


 オスギの問い掛けに守衛の一人が返答する。


「イワナリなら、偉い別嬪さん連れて本校舎に入って行ったよ」


 それを聞いたオスギが眉間に皺を寄せる。彼が時計に目をやると、既に引き継ぎの時間を迎えていた。その様子を見ていた若い守衛がイワナリを呼び戻しに本校舎へと急行した。


「まったく、イワナリの野郎! 時間は守ってもらわないと困るぞ!」


 オスギは苛立った様子で足を揺する。




 ――それから数分後。

 イワナリが焦った様子で守衛所に戻ってきた。直後、オスギから怒号が飛ぶ。


「イワナリ! もう引き継ぎ時間過ぎてるぞ!? 一体何処で何してやがった?!」


「え、えっと……来客を本校舎まで案内してまして……」


 イワナリが小さな声で言い訳を始める。だがオスギは熊男の言い訳など聞く耳を持たず、彼を連れ戻した若い守衛に当時の状況を確認する。


「おい、ユータ。イワナリは本校舎で何をしていた?」


「あ、はい。来客を案内していた事は事実のようですが、僕が本校舎に到着した時は、来客の若い女性と楽しそうに話していましたよ」


 イワナリは『余計な事を言うな』と言わんばかりの視線を若い守衛に向けるも、自分の非を認めたのか、オスギに深々と頭を下げる。


「オスギさん……すみませんでした!」


 オスギは大きくため息を漏らしたあと、呆れた様子でイワナリを説教する。


「お前の悪い癖だぞ。これで何回目だ? 若い姉ちゃんを前にすると時間を忘れて話し込んでしまう。頼むからもう少し働いているという自覚を持ってくれ。遊びじゃないんだぞ?」


 オスギに説教されたイワナリは、引き継ぎを終えると、反省した様子で帰宅の準備を始める。そんな彼の姿を凝視するヨネシゲの顔が不敵に歪む。


(イワナリの野郎、ざまあ見やがれ! 今朝、俺の事を突き飛ばした報いだぜ!)


 反省するイワナリの後ろ姿を嘲笑う、行儀の悪いヨネシゲであった。



つづく……

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