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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
カルム閑話【カルムの若き星たち】
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第394話 敬意

 殿堂から戻り、朝食を終えたヨネシゲは、クボウ家側の一員として『サンディ家』『シュリーヴ家』『バンナイら南都所縁貴族』との合同会議に出席していた。議題は勿論、王都奪還についてだ。


 その合同会議は滞りなく進行。

 改革戦士団に占領された王都の早期奪還を目指す為、クボウ、サンディ、シュリーヴ、ディグニティ((バンナイ一族))の四貴族の連携強化、同盟の締結で意見が一致。代表者同士で早速調印が交わされ、合同会議は昼前に終了した。




 ――昼時で賑わうリッカの街。

 メイン通りを歩く夫妻は――ヨネシゲとソフィアだ。

 角刈りは会議が終了して早々、ソフィアを連れて街に赴いていた。――が、昼食のために訪れたわけではない。夫妻はこの後ある予定を控えていた。


 当然ながら、主君マロウータンには事情を説明。事前に外出の許可を貰っていた。更に『時間は気にするな』と、白塗り顔の厚意もあり、午後は実質上の終日解放となった

 

 そして夫妻が控える予定とは――ヨネシゲの実父『ヨネガッツ・クラフト』との話合だ。


 昨日、突然ヨネシゲたちの前に出現したヨネガッツだったが……――なんと、この老年オヤジも角刈りと同じ転移者だったのだ。


 実父がこの世界に紛れ込んでいる事実に角刈りは驚愕。また、ソフィアに至ってはヨネガッツと初対面であり、突如現れた義父に動揺を隠しきれない様子だった。

 無理もない。この空想世界を取り巻く特殊な事情により、ヨネシゲとヨネガッツは『父親とは幼少期の頃に生き別れた』という設定になっている。その為、()()()()()()()()()()()はヨネガッツと面識がない。故に彼女にとってヨネガッツは未知なる生命体なのである。


 義父との対面を前にしてソフィアは緊張した面持ちだ。そんな愛妻をヨネシゲが気遣う。


「ガッハッハッ! そう緊張するなって! 親父はタダの飲んだくれダメオヤジだからさ!」


「フフフ……。でも、やっぱり緊張するわ……」


「大丈夫だって! ソフィアに下手な口を利くものなら……この拳で親父をぶん殴ってやるぜ!」


「あなた、暴力はいけませんよ」


「ドンマイだな」


「フフッ……まったく、あなたは……」


 苦笑を見せるソフィア。

 緊張も多少解れたようで、ヨネガッツについて夫に尋ねる。


「ねえ、あなた……」


「なんだ?」


「お義父さんとは……その……上手くいってたの? この世界では……あなたとお義父さんは『生き別れた設定』になってたらしいから……その設定もあなたが考えたんでしょ?」


 彼女に尋ねられた角刈りは、苦笑いを浮かべながら語り始める。


「ああ。正直、あの親父を君が描いた――ソフィアが描いた物語には登場させたくなかった。色々と問題児だからな。

 というのも……親父は昔から酒とギャンブル、女癖が悪くてな。俺たち家族に散々迷惑を掛けてくれたよ。言うまでもなく、それが原因で親父とお袋は離婚することになった。

 幸いにも俺と姉さんはお袋に引き取られる事になってな、貧しいながらも幸せな生活を送ることができたよ。もし親父に引き取られていたと思うと……ゾッとするぜ。

 とはいえ……そんな親父とは年一回だけ会っていてな。その際はレストランや遊園地に連れてってくれて……良い父親を演じてくれた。

 そして俺がソフィアと結婚して、ルイスが生まれると、毎週のように孫の顔を見に来てやがったな。それでよ――」


 ダメ親父と言いつつも、どこか嬉しそうに語るヨネシゲ。一方のソフィアは微笑ましそうに夫の話を聞く。


 そんな彼女の表情に気が付いた角刈りが慌てた様子で釈明。


「ち、違うぞ! 俺は決してオヤジを許した訳じゃねえ! あのオヤジのせいで、俺も、お袋も、姉さんも……みんな苦労したんだ……俺たちの苦労も知らずに……ノコノコと孫の顔を拝みにくるとは……随分と良い身分じゃねえか……!」


 父親の行いを思い出しながら歯をギリギリと鳴らすヨネシゲ。


 ――このままでは悪い雰囲気になってしまう。そう思ったソフィアは話題を変える。

 

「――そういえば……ドロシーさん、カルムに帰れるみたいよ」


「……え? ドロシー様が? どうしたんだ急に?」


 突然知らされた内容に、先程まで苛立ちを見せていたヨネシゲも驚きを隠しきれない様子だ。ソフィアが説明を続ける。


「ええ、私も驚いたわ。今朝、陛下に呼ばれたみたいで、人質政策の件で謝罪があったそうだよ。その際に帰領の意思があるか確認されたんですって」


「そんなことが……しかし、カルムはあの状況だぞ? 今帰るのは酷な気もするが……」


 そう。帰領を希望するドロシーであるが、その故郷は焼け野原。だが――


「それでも……ドロシーさんはご家族と一緒になることを望んでおられるのよ」


「だよな……俺もドロシー様と同じ立場だったら帰領を希望していると思う。――それにしても……陛下は罪深い事をなさった。だが――」


 人質政策はネビュラの負の遺産。

 かつて暴君と呼ばれていたネビュラは、権力を誇示するため、各地の貴族に人質を差し出すよう要求するが……これが貴族たちの反感を買う結果となり、トロイメライが大荒れする原因の一つとなった。


 それでも、マロウータンやカーティスは苦渋の決断で妻を人質として差し出し、ネビュラに忠誠を誓った。彼らのような貴族は決して少なくはない。


 しかし、今やその人質の大半が改革戦士団の手中にあり、自身の地盤固めの為に行った政策が裏目に出る結果を招いてしまった。


 いずれにせよ、失策の責任は果たさなければならない。そういった意味でドロシーの帰領は、自分が犯した過ちと真摯に向き合い始めたネビュラの第一歩と言えよう。


(陛下なりに責任を果たそうとしているんだ。今は静かに見守るとするか……)


 角刈りが愛妻に尋ねる。


「そんで、ドロシー様はいつ頃帰領されるんだ?」


「ええ。まずは陛下がカーティス様と手紙を交換して予定を調整するらしいよ。準備が整うまで早くても二週間程は掛かるみたい」


「そうか。そうなると護衛の準備も必要になってくるだろう? 何だったら俺が行ってもいいぞ? カルムの様子も気になるしな!」


「ふふっ。どうやらあなたの出番はなさそうよ。護衛についてはドロシーさんの意向で、カーティス様の家来様にお願いするみたいですから」


「そうか。流石に俺たちクボウやサンディ様に護衛を依頼するのは気が引けるよな……。でもそうなると、カーティス様の家来がリッカまで来るんだろう? ひょっとしたら……ルイスが来る可能性もあるってことか!?」


「うん。その可能性も十分あり得ると思うよ」


 角刈りの顔から笑みが零れ落ちる。


「ヘヘッ、そうか……ルイスと会えるかもしれねえな……なんだかワクワクしてきたぜ……!」


「ウフフ。あんまり期待し過ぎると、来なかった時のショックが大きいわよ?」


「ガッハッハッ! 違いねえ! ソフィア、その時は俺を慰めてくれよな!」


 ――息子に会えるかもしれない。

 夫婦に一つ、新たな楽しみができるのであった。




 ――場面は変わり。

 ここは封鎖された王都『メルヘン』。

 王都の各関所は、固く閉ざされた鉄扉によって、人の往来を遮断していた。


 王都内部では、意外にも街を行き交う人々の姿が見受けられる。しかしそこに活気……いや、生気は感じられない。瞳の輝きは失われ、表情も無くなっていた。

 彼ら彼女らの姿はさながら意思を持たない操り人形……或いは、機械的に動き回るカラクリ人形の如く。

 いずれにせよ異様な光景が広がっていた。


 そんな変わり果てたメルヘンの街を見下ろすように聳え立つのが――ドリム城だ。

 この王族の居城は、先日レナとロルフが放った火によって焼損していたが、()()()()()()()()の『修復の空想術』によって完全修復されていた。


 玉座の間。

 その椅子に腰掛ける薄茶色髪の中年男は――トロイメライ王兄。今は新国王を自称する『スター・ジェフ・ロバーツ』である。

 ところが新国王も市井の者たちと同じく、虚ろな瞳で一点を見つめていた。

 それもその筈。新たな支配者――改革戦士団の策略によって、自我を奪われてしまっているのだから。


 その輝きを失った瞳に映し出されるのは、三人の男女の姿。――銀髪の青年と赤髪の魔女っ子が、黒髪オールバックの中年男に報告を行っていた。


「――そうか……タイガーが逝ったか……」


「ええ。日の出と同時に……」


「これで、一つの時代が終わりましたな……」


 魔女っ子、銀髪青年――サラとソードが言葉を終えると、黒髪オールバック――マスターが、窓際までゆっくりと歩みを進めながら呟く。


「――あの男からは色々と教わるものがあった……偉大な男の冥福を心から祈ろう……」


 マスターは歩みを止めると、窓外の大空に向かって黙祷を捧げる。


 すると彼らの様子を終始眺めていた、隻眼の黒髪青年――ダミアンが不愉快そうに声を荒らげる。


「おいおい、総帥さんよ。本当にそう思ってるのかあ?! 虎のジジイには南都で痛い目に遭わされてるんだぞ?! おまけに……俺の左目を奪いやがった……そんな野郎に黙祷を捧げるなんて……総帥さんの頭はイカれちまったのかあ?!」


 ダミアンは左目の眼帯に手を添えながら憎悪の表情。直後、彼の総帥を侮辱する発言を耳にしたサラが怒声を上げる。


「ダミ公! 口を慎みなさい!」


「チッ……相変わらずうるせえ女だな……」


 だがダミアンは舌打ち。この男の辞書に『反省』の文字はない。

 一方のマスターは部下の態度など気にも留めず、淡々と言葉を返す。


「死すれば皆……仏だ。例え我々を打ち負かした猛者であっても、死した者には敬意を表する。無論、我々が命を奪ってきた全ての者たちも同様だ」


「フン! 俺は総帥さんのそういう中途半端なところが好きになれねえ!」


「中途半端だと?」


 眉を顰めるマスターに黒髪青年が続ける。


「そうだよ! いいか? 例えどんな相手でも俺たちの進路を邪魔する奴らは死んでもゴミ、ゴミなんだよ! そんな奴らに敬意を表するだあ?! 笑わせるんじゃねえ! バカかっ!」


「ダミアン、貴様っ!」


「今の発言、撤回しなさいっ!」


 聞き捨てならない発言。ソードとサラが怒りを露わにするも、ダミアンは構わず言葉を続ける。


「うるせぇ! 俺は本当のことを言ったまでだ! バカにバカって言って何が悪い!? バカを庇うお前らも救いようのねえバカだな!」


「ダミアン……もうお終いにしようよ……サラとソードも怒らないで……」


 一触即発。

 ただならぬ雰囲気にダミアン直属の部下――ジュエルが仲裁に入った。が、依然として睨み合う両者。

 するとマスターが二人の側近を制止。


「ソード、サラ。もうよい……」


「し、しかし……」


 続けて総帥は黒髪青年にこう告げる。


「ダミアンよ。私の事を何と言おうと構わない。だがこれだけは忘れるな。我々が夢見るクリーンな世界は、多くの命が礎になって創り出されることになる。その命は決してゴミなどではない。散っていった者たちを愚弄するな」


「総帥さんよ、失望したぜ……。俺はなあ、涼しい顔して殺戮を行うアンタに惚れ込んでたんだぞ?」


 肩を竦めながら言葉を漏らすダミアンに、マスターが毅然とした態度で言う。


「私はお前を失望させたつもりはない。私の行動と考えは何一つ変わっておらんからな――」




 ――その刹那のことだった。

 ここに居ないはずの()()の声が一同の耳に届いてきた。


「――クックックッ。アーノルドよ、仲間割れをしているようでは、理想の世界は程遠いぞ?」

 

「!!」


 一同、声が聞こえた天井に視線を移す。そこには長い白色の顎髭を生やした老年男の姿。

 伸ばされた白髪は肩の辺りで纏められており、その部分だけ淡い赤色と青色に着色されていた。

 そして、筋肉質の上半身の左半分を覆うのは赤と青からなる布。更に腰回りには空色の布が巻かれている。

 まるで仙人、或いは神を彷彿させる佇まいの老年男は、ゆっくりとマスターの前に降り立つ。


「――し、師匠!?」


 一方のマスター。

 呆然と老年男を見つめていたが、すぐにハッとした様子で膝を折る。その後方に控えていたソードとサラも主に(なら)う。

 そんな彼らを見下ろしながら老年男がニヤリと笑う。


「久しいのう。アーノルドよ。サラとソードも変わりないようだな」


「お久しゅうございます。お会いできて光栄です。師匠もお元気そうで何よりでございます」


 マスターことアーノルドが師匠と呼ぶこの老年男の正体は――秘密結社『ゴッドキングダム』を率いる、自称・大空想神(だいくうそうかみ)『サミュエル』である。


 突如現れた未知なる人物。

 流石のダミアンも呆気に取られているが、そんな彼を横目にしながらサミュエルがマスターと親しげに会話を始める。


「ククッ、堅苦しい挨拶はよせ。私とお前の仲であろう?」


「は、はい……して、今日はどのようなご要件でしょうか?」


「ああ。お前たちがトロイメライ王都を奪い取ったんでな、面白そうなので様子を見に来たのだよ」


「左様でございましたか……流石、情報がお早いですな……」


「ククッ……私に知らないことはない……」


 そして老年男が総帥に尋ねる。


「して……いつ始めるのだ?」


「始めるとは……?」


 首を傾げる弟子にサミュエルが不敵に歯を剥き出す。


「ククッ……逆賊リゲルの討伐だよ」


 サミュエルの言葉にマスターの表情が一気に険しくなった。


 黒髪青年は老年男を見つめながら愉快そうに呟く。


「――このおっさん……面白え……!」


 その眼差しは――嘗てマスターに向けていた敬意の眼差し。



つづく……

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