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ヨネシゲ夢想 〜君が描いた空想の果てで〜  作者: 豊田楽太郎
カルム閑話【カルムの若き星たち】
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第388話 リッカの夜

 ――サンディ家屋敷・廊下。

 泥酔状態のヨネシゲはソフィアとジョーソンの肩を借りながら、屋敷の西側、客間が集中するエリアへと向かっていた。


 宴会終了後は、しばらくの間その場に座り込み、うたた寝していたヨネシゲであったが、ソフィアに起こされてしぶしぶ重たい腰を上げた。

 しかし、今にも倒れそうな千鳥足で歩く、高質量且つ重量級の夫を、ソフィア一人だけの力で誘導するのは至難の業だ。

 困り果てた彼女に手を貸してくれたのが鉄腕ことジョーソンだった。

 

 彼の助けもあり、難なく指定された客間に到着。角刈りは部屋に入るなりふかふかの布団に倒れ伏す。


 呆れた様子のソフィアにジョーソンが苦笑を浮かべながら言う。


「いや〜、ヨネシゲ様も相当飲まれましたね。お陰で新鮮なお姿が見れましたよ」


 一方のソフィアは申し訳無さそうに頭を下げる。


「お恥ずかしい姿をお見せして申し訳ありません。夫には明日きつく叱っておきますので……」


「ソ、ソフィア様、頭をお上げください! 俺は嫌味で言った訳じゃないので! お気になさらず――」


 ソフィアが頭を上げると鉄腕は穏やかな笑みを見せながら言葉を続ける。


「俺としては……ヨネシゲ様がここまで羽目を外してくれて安心しました」


「安心ですか?」


「ええ。ヨネシゲ様は南都の一件から今日まで緊張の連続だったかと思います。

 おまけに白塗りおじさんの下で慣れない貴族生活ですからね……いや、ヨネシゲ様が()()()()()()から来たことを考えると、その不安は計り知れません。

 ですが、今日は酔い潰れるほど宴を楽しんでいました。それだけ今日がヨネシゲ様にとって心休まる日だったのでしょう。きっと安心されたのですよ――」


 ジョーソンの言葉を聞き終えたソフィアが思い出す。先程、夫が漏らしたセリフを――

 

『――ソフィア……ごめんな……皆が俺を受け入れてくれて……嬉しくて……嬉しくてな……つい調子に乗っちまった……――』


(――そうだよね。あなたはこの世界に来てからは、押し潰されそうな不安の中で生きてきた筈……この世界が自分を受け入れてくれるかどうかを……だけど、今日は皆があなたを受け入れてくれた。今日はあなたにとって記念すべき日……ジョーソンさんの言う通り、心の底から安心してたんだわ。――あなたの気持ちに気付いてあげれなくてごめんね……)


 その後、ヨネシゲを布団の上に寝かせるとジョーソンは退出。ソフィアは彼に何度も謝意を伝えた。


 ソフィアは用意された寝間着に着替えると、ヨネシゲの隣に敷かれた布団に腰を下ろす。そして夫の頭を優しく撫でながら呟いた。


「――羽目を外せとは言わないけど……もう我慢しなくていいからね……何も恐れずに……あなたらしく生きてちょうだい……私がずっと見守っていますから……――」


 ソフィアは、ガーガーと(いびき)をかくヨネシゲの頬に優しく唇を当てるのであった。




 ――屋敷の一室。

 シオンとヒュバートは夫婦として初めての夜を迎えていた。


 既に寝間着に着替えた二人は、布団の上で身を寄せ合いながら冒険小説を読んでいた。

 ヒュバートが興奮した様子でシオンに言う。


「どれもこれも初めて目にする冒険小説ばかりだ! こんなお宝があるならウィンターも早く教えてくれればいいのに!」


「フフッ……でも良かったですね、新しい冒険小説に巡り会えて」


「うん! スキマ時間に書庫を訪れて正解だった。大半が小難しい書物ばかりだったけど、冒険小説が置いてあるとは嬉しい誤算だよ!」


 瞳を輝かせながら話す夫を見つめながらシオンがクスリと笑いを漏らす。


「クスッ……」


「ん? どうしたんだい?」


「いえ……その……熱弁するヒュバートのお姿が……何だか可愛らしくて……」


「……っ」


 シオンの言葉に王子の顔が一気に赤く染まる。


「そ、それは……つまり……僕が子供っぽいって言いたいのかい?」


 ヒュバートが頬を膨らませながら尋ねるもシオンは否定せず。


「フフッ、怒らないでください。私の前で素のお姿を見せてくれて……とても嬉しく思っているのですよ?」


 するとヒュバートは恥ずかしそうに顔を俯かせながら言葉を漏らす。


「それだけ僕が……シオンに心を許している証拠だよ……」


「ヒュバート……」


「君の前では……素直な気持ちになれる……」


「嬉しい……そう仰ってくださり……本当に嬉しいですわ……」


 見つめ合う二人――次第にその身が引き寄せられる――


 ――その刹那。

 招き猫を模した掛け時計の時報が鳴り響く。


「チャリーン! ニャッハー! ニャッハー! ニャッハー!……――」


「「!!」」


 時報に驚いた夫妻はビクリと身体を震わせた後、苦笑を見せる。


「ははは……凄い時報だね……」


「ですわね……」


「でも……もういい時間だね。明日もあるしそろそろ……寝ようか?」


「ええ、そうしましょう――」


 二人は部屋の照明を落とすと、布団の中に入る。


「おやすみ……シオン……」


「おやすみなさい……ヒュバート……」


 夫妻はおやすみの挨拶を交わすと瞳を閉じた。


 ――だが。


「――眠れないね……」


「ですわね……」


 いざ寝ようとしても二人の眠気は覚めきっていた。


 するとシオンがヒュバートの手を握る。


「……シオン?」


「ヒュバート、手を繋ぎましょう……」


「うん。いいよ……――」


 ――ところが。

 ヒュバートはシオンと繋いだ手を離す。そして彼女に困惑する時間も与えずにその身体を抱き寄せた。


「ヒュ、ヒュバート……!?」


「こうしてた方が眠れそうだね……」


「い、いや……逆に寝れませんわ……」


 彼に四肢を絡められてしまったシオンは緊張した様子で身体を硬直させる。

 一方のヒュバートは彼女の反応を楽しむように耳元で甘く囁く。


「シオン……いい香りがするね……」


「そ、そうでしょうか?!」


「うん、シャンプーの甘い香りがする……――」


 彼はそう言いながらシオンの上に覆い被さる。


「ヒュバート……」


「今度はシオンの番だよ?」


「……え?」


 言葉の意味を理解できずに首を傾げるシオン。片やヒュバートが悪戯っぽく微笑む。


「さっきは素の僕を見せてあげたでしょ? だから……今度はシオンが素の姿を見せてよ……――君のことをもっと知りたい」


「はい……ヒュバートの気が済むまで……調べてください……――」


 訪れたとても深い夜――二人は互いを確かめ合う。




 ――同じ頃。

 サンディ家当主の私室には――何故か下着姿で座布団に座りながら自慢話を展開するエスタの姿があった。


「――ウヘヘ……そんでもって私が……ゲネシスに……新たな医療革命を(もたら)したって訳よ……――」


 皇妹は濁り酒が入った瓶を豪快にラッパ飲み。その腕に抱かれるのは――何故か赤い紐で縛られるウィンター。彼が心配そうに彼女に伝える。


「――エスタさま、流石に飲み過ぎですよ……そろそろ終わりにしましょう……」


 ウィンターが周りに視線を移すと、果実酒や濁り酒、麦酒等の空き瓶が散乱していた。全て彼女が空けたものだ。

 銀髪少年が皇妹の身体を気遣って注意するも、彼女は今飲んでいる濁り酒の瓶を空にすると、果実酒の瓶に手を伸ばした。

 とはいえ、エスタは殆ど酒の影響を受けておらず、普段より上機嫌であるが、酔った様子は見られない。


 ウィンターに注意されたエスタだったが、果実酒をグビグビと飲みながら言い訳する。


「ウフフ……仕方ないじゃない。貴方を見ているとついお酒が進んじゃうのよ。昔から『酒の肴にはウィンター』とはよく言ったものだわ」


「勝手に言い伝えを作らないでください」


 ため息を漏らす銀髪少年。――やはりその表情はどこか浮かない。


 ――直後。

 エスタが彼の身体を優しく抱擁する。


「エスタさま?」


「どうしたの? ずっと暗い顔をして? 婚姻を却下されたことを気にしているの?」


「………………」


 エスタから尋ねられるもウィンターは答えず。逆にある問いかけをする。


「エスタさま……」


「なあに?」


「エスタさまは……婚姻が認められなかった場合……私を連れ去って雲隠れするって仰っていましたよね……?」


「ええ……確かに言いましたわね。それで……?」


「エスタ様に……本当にその覚悟はお有りですか?」


 少年の質問に皇妹は口角を上げながら答える。


「あると言ったら?」


「――今すぐ私を攫ってください……」


 ウィンターが放った言葉にエスタは一瞬驚いた表情を見せる。だが、彼から身体を離すと、呆れた様子で口を開く。


「何を言い出すかと思えば……見損ないましたよ、ウィンター」


「エ、エスタさま……!」 


 先程とは打って変わって冷たい眼差しを向ける皇妹に、少年の顔が青ざめる。

 そして彼女はため息を漏らした後、自身の考えを語り始める。


「――確かに言いましたけど……私の勝手で貴方を連れ出すことなどできません。多くの人が貴方を必要としておりますから……」


「エスタさま……!」


「それに……貴方は民や臣下、主君第一で行動できる素晴らしい指導者なんですから。こんな変態女の尻尾を追い掛け回しているようではいけませんよ」


 エスタの言葉を聞き終えたウィンターは暗い顔で沈黙。そんな彼に彼女が心配そうに尋ねる。


「らしくないですよ? 一体何があったのですか?」


「――理由は……聞かないでください……」


「そうは言っても……」


 困惑するエスタ。するとウィンターは彼女の身体に身を寄せながら、胸の内を口にする。


「ウィンター……?」


「怖いんです……」


「怖い?」


「はい……エスタさまが私から遠ざかってしまいそうで……とても怖いのです……」


「遠ざかるって……急にどうしたんですか?」


「突然……この日常が奪われてしまったらと考えると……不安で押し潰されそうで……震えが止まりません……エスタさまが居ない日常なんて……絶対に嫌です……」


「ウィンター……」


 瞳からポロポロと涙を零す少年。その身体をエスタが再び抱き寄せる。


「――何があったか理由は聞きません。ですが余計な心配をするのはもうおやめなさい。私はずっと貴方と一緒……何があっても離れません。どんな形であれ、石にしがみついてでも、私はウィンターのそばに居りますから……」


「信じても……いいですか……?」


「ええ。大いに信じてください。この先もずっと……貴方と二人三脚で人生を歩んでいく所存です。私たちは二人で一つですよ」


「エスタさま……嬉しい……です……」


 感激のあまり涙声を漏らすウィンターをエスタが優しい微笑みで見つめる。そして――


「ですのでウィンター……今からエスタと……一つになりましょう……」


「……え?」


「ウィンターは何もしなくていいから……私に大人しく身を委ねてちょうだい……ずっと一緒に居られるように……私が幸せな状況を作り出してあげるから……――」


「エスタ……さま……――」


 彼女は彼に四肢を絡めると――その場に倒れ込んだ。




 一方、サンディ家臣の自室からは、男女の賑やかな声が漏れ出していた。


「ウッフッフッ……貴方も結構おマヌケさんなのね!」


「ハッハッハッ! お前には敵わねえよ!」


 ノアと談笑を交わす妖艶美女――グレースは、果実酒が入ったグラスを手に取るが……そのままスルッと落としてしまった。


「おや……? ウッフッフッ……落としちゃったわ」


「おいおい……酔っ払っているのか? しょうがねえ、今日はもうお開きだ。そろそろ部屋に戻れ」


 ノアは溢れた果実酒をタオルで拭き取りながらグレースにそう告げる。だが――


「じゃあ今日は貴方の部屋に泊まっていくわ」


「冗談はよせよ」


「冗談じゃありませんよ? 貴方は私の教育係なんですから……()()()()もしっかりと行ってもらわないと……」


「馬鹿を言うな。その辺の知識と経験はお前の方が上だろ?」


「ウッフッフッ……確かにそうかもしれないわね……じゃあ……グレース先生が特別授業を始めちゃおうかしら?」


 上目遣いで誘惑するグレースだったがノアは動じず。呆れた様子でため息を漏らす。


「これ以上お前の相手はできねえ。いいから早く部屋に戻れ」


「まったく……ノリが悪い男ですこと……――」


 グレースは仕方なく座布団から腰を上げるが――


「ダメだあ……飲み過ぎたわ……もう立てない……」


 立ち上がって一気に酔いが回ったのだろうか? グレースはその場に座り込んでしまった。


「チッ……しょうがねえな……」


「……わお?!」


 すると見兼ねたノアがグレースを横抱き――お姫様抱っこの状態で抱きかかえる。


「俺が部屋まで送ってやるよ」


「あ、ありがとう……」


 グレースは酒で赤らめる顔を更に赤く染め上げた。


「お姫様抱っこなんて……初めてかも……」


「フッ……そいつは良かったな……」


 ノアはグレースを抱きかかえながら自室を後にする。




 ――程なくすると二人は客間が並ぶ廊下に到着。ノアはそのままグレースの部屋まで歩みを進める。


 その途中。

 とある部屋から騒音が漏れ出していた。


『ガアアアアアッ! ブルウウウウウッ! ガアアアアアッ! スピイイイイイッ!』


「凄い鼾ね……ここ誰の部屋?」


「ここか? 確かヨネシゲ殿の部屋だ」


「へぇ……ここがヨネさんの部屋なのね……」


「ああ。きっと疲れが相当溜まっていたんだろうな。睡眠で疲れが抜ければよいが……」


「ウフッ……睡眠だけじゃ()()()が足りないわよ」


「やっぱりそうか……――」


 ヨネシゲの体調を心配するノア。一方のグレースは――不敵に口角を上げていた。



つづく……

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