第387話 ささやかな宴(後編)
「――ウホ〜♪ 雪の都に〜♪ 六花が舞えば〜♪ 冬来たる〜♪ ウホ〜♪ ウホッホ〜♪ ウホッホ〜〜……――ウホッ!! ……ウホ〜♪ 雪の都に〜♪ 六花が舞えば〜……――」
大広間に響き渡る琵琶の音色とマロウータンの野太い声。白塗り顔の舞踊はクライマックスを迎えていた。
その様子を見つめながらシオンとヒュバートが笑みを零す。
「フフッ……父君も気合が入っているね」
「ええ。お父様は舞踊と蹴鞠に命を掛けておりますので」
「へぇ、それは筋金入りだ」
「ウフッ……『舞踊と蹴鞠は我が人生なり』が口癖ですからね」
「フフッ、僕の冒険小説に対する熱意といい勝負だよ」
「そうかもしれませんね……」
楽しそうに談笑を交わす王子夫妻。
ヒュバートがしみじみと語る。
「――こうして今日という日を迎えられたのも……父君を始め、多くの者たちの支えと助けがあったからだ。僕は皆から受けた恩に報いる為にも、全身全霊をかけて役目を果たしていきたい。だけど……その為には君の力が必要不可欠だ――」
ヒュバートはシオンに体を向けると、真っ直ぐとした瞳で見つめる。
「シオン……どうか僕に力を貸してほしい。君と共に……このトロイメライを再建したい」
王子の言葉を聞いたシオンがゆっくりと頷く。
「勿論でございます。私はヒュバートの生涯の伴侶ですから。例え、この先に待ち受けるものが茨の道であっても、私はヒュバートをお支えするため、どこまでも一緒に歩んでまいります。――でなければ、ヒュバートのおそばに居る資格などありません」
「ありがとう……その言葉を聞いて安心したよ……」
信頼の眼差しを向けるヒュバートに、シオンがジュースの瓶を差し出す。
「――ヒュバート……まだまだ夜も長いですし、今日は思う存分楽しみましょう!」
「うん、そうだね……――シオン」
「なんでしょう?」
「これからも宜しくね」
「はい、こちらこそ――」
王子夫妻は再びグラスを合わせる。永遠の愛を誓うように――
大いに賑わう大広間を見渡しながら、トロイメライ最高峰の兄弟が微笑みを浮かべる。
「ククッ……皆、楽しんでいるようだな」
「ですな。一時は死を覚悟しましたが……こうして皆の笑顔を見ることができて、感無量の思いです……」
「だな――」
しみじみと語る弟メテオのグラスに、ネビュラが果実酒を注ぐ。
「さあ弟よ。今宵は酔いつぶれるまで飲ませてやるぞ」
「フフッ……お手柔らかにお願いしますよ……」
苦笑を見せる弟に兄が言う。
「またお前と……酒を酌み交わすことができて……俺は嬉しい……」
「兄上……」
ネビュラは改まった様子で言葉を続ける。
「南都の一件ではお前を危険に晒してしまった……全ては俺の愚かな行いの所為だ……俺がもっと早くに自分の過ちに気付いていれば……改めて謝らせてくれ……本当に済まなかった……反省している……」
「あ、兄上! 頭をお上げくだされ!」
酔いの影響もあったのか、ネビュラは床に額を付ける勢いで深々と頭を下げる。対するメテオは慌てた様子で、兄に頭を上げるよう促したあと、優しく微笑みかける。
「頭を下げずとも、兄上の謝罪と償いのお心は、十分に伝わっております。
確かに過去の過ちを完全に消し去ることはできません。中には許し難い行いも多々あることでしょう……
ですが兄上はご自身の過ちに気付き、反省し、心を入れ替えられた。そして行動で誠意を示されています。
ですので……このメテオ、兄上に寄り添い、兄上の償いを最後まで見届ける所存でございます。――それが弟の役目でございます」
「メテオよ……俺は……本当に良き弟を持った……」
これまた酔いの影響だろうか? ――ネビュラの瞳から光るものが零れ落ちた。
するとメテオが果実酒の瓶を差し出す。
「――兄上、考えるのはお終いです。今宵は浴びるほど酒を飲んでもらいますぞ!」
「クックックッ……俺を酔い潰すつもりか? 受けて立とうではないか――」
すっかりいつもの調子を取り戻したネビュラ。兄弟水入らずの時間を過ごすのであった。
そしてこちらには――王女にお酌されながら鼻の下を伸ばす真四角野郎の姿があった。
「――はい、ドランカド殿、どうぞ」
「ヘヘッ……すんません。俺みたいな下級貴族がノエル殿下にお酌してもらえるなんて……なんだか申し訳ないッスねえ……」
「下級貴族だなんて……そんなことは言わないでください。お酌するのに身分なんて関係ないですよ? あくまで私たち王族は国の代表に過ぎません。決して偉いわけではありませんので……」
「くぅ~! 流石ノエル殿! 尊敬するッス! どこまでもお供したくなるッス!」
「どこまでも……?」
直後――ノエルの目が光った。
彼女は少しずつドランカドとの間合いを詰めると、彼と身体が触れるか触れないかくらいの距離まで接近。その顔を覗き込む。
一方のドランカドは酔いが回っている所為か、ノエルの――積極的な行動に気が付いていない様子だ。
「――時にドランカド殿」
「ヘヘッ。何でしょう?」
「ドランカド殿は――今お付き合いされている女性はいらっしゃいますか?」
頬を赤めながら恥ずかしそうに訊く王女。一方の真四角野郎は品のない高笑いを上げる。
「ガッハッハッハッ! 普段からモテモテな俺ですけど、今はフリーっスよ!」
「モテモテ?!」
「ナッハッハッ! 俺は空前絶後の美男子ですからね。常に女性の視線を感じてるッスよ! ソフィアさんも……カエデちゃんも……コウメ様も……シオン様も……グレースさんも……エスタ様も……皆俺のことを見ているッスよ! いや〜、モテる男は大変だなぁ〜」
「そ、それは! 本当ですか?!」
――事実無根のモテモテ発言。
ドランカドは酔った勢いでありもしないことを口にする。
一方、人を信じて疑うことをしないノエルは驚愕の表情でその場から立ち上がった。
(このままではいけません! ドランカド殿が他の女性に……奪われてしまいます!)
立ち尽くす王女に真四角野郎が尋ねる。
「どうしたんですか……? 急に立ち上がって……?」
「い、いえ……何でもありません……」
ノエルは冷静を装いながら再び座布団に腰を下ろす。そして彼女が質問を続ける。
「――ちなみに……ドランカド殿は……今気になっている女性とか……いらっしゃいますか……?」
恐る恐る尋ねるノエル。
するとドランカドが予想外の言葉を口にする。
「勿論! ノエル殿下っすよ!」
「……え? えええええっ?!」
驚く王女に真四角野郎が続ける。
「こんな可憐でか弱いお姫様を世の野郎共が放っておくと思いますか? 俺はノエル殿下を守ってあげたくて仕方がありません。あぁ……守ってやらねば……守らなくちゃいけねえ……! ノエル殿下は俺が一生守るッスよ!……うぃ〜ひくっ!」
これは酔っ払いの戯言なのか? それとも真四角野郎の本心なのか? いずれにせよ、彼のセリフが彼女を本気にさせてしまったようだ。
ノエルはドランカドの腕に抱きつくと、上目遣いで甘えた声を漏らす。
「私……ドランカド殿に……守ってもらいたいなあ……」
「イイっすよ!」
「本当ですか!? やったあ!」
真四角野郎は即答。王女はぱあっと顔を輝かせた。――当然ながら酔っぱらい野郎にまともな返事などできる筈がない。
この一連のやり取りが、良くも悪くも二人の運命を大きく変えることになる。
――楽しい宴も間もなく終わりを迎える頃。
宴が始まってから終始上機嫌のヨネシゲだったが、酒を飲むペースは一向に衰えず。ソフィアがグラスに注いだ酒を次々と空けていく。
気の知れた仲間たちとの談笑や、サンディ家臣団との交流で酒を酌み交わしていたヨネシゲだったが、その飲酒量は相当なものだ。
既に呂律が回らないヨネシゲは、顔を真っ赤にさせながらソフィアの肩にもたれ掛かっていた。
――それでも尚、角刈りは酒を欲する。
「ナッハッハッ! ソフィア! 濁り酒をもう一杯貰おうかあっ!!」
「あなた……飲み過ぎよ……もうお酒はお終いにしなさい」
ソフィアは夫の体調を気遣って飲酒を止めるよう促す。だが――
「ドンマイドンマイ! 大丈夫だって! 俺にとって酒は空気だぜ!」
「そんな訳ないでしょう……これ以上は身体に障るわよ……」
尚も渋るソフィアにヨネシゲが子供のように頬を膨らませる。
「ふ~んだ! いいも〜ん! ソフィアが注いでくれないんだったら……ラッパ飲みしてやる!」
「!!」
角刈りはそう言うと濁り酒が入った瓶に手を伸ばす。ところがその手はソフィアによって掴まれてしまう。
「いけません! お酒はもうお終いです!」
ソフィアが口調を強めて注意。するとヨネシゲは――とても悲しそうな顔を見せた。
「ソフィア……ごめんな……皆が俺を受け入れてくれて……嬉しくて……嬉しくてな……つい調子に乗っちまった……」
「あなた……」
今にも泣き出しそうな夫の表情を目にしたソフィアが、濁り酒の瓶に手を伸ばす。
(仕方ないわ……もう一杯だけなら……)
彼女がそう思った直後、ネビュラの声が大広間に響き渡る。
「――皆っ! 宴もたけなわだが、この辺りでお開きとしよう――」
やがて国王が締めの言葉を終えると、一同大広間から退出し、各々の部屋へと戻っていく。
一方のヨネシゲは泥酔状態。ソフィアが声を掛けるも、彼はうたた寝しながら独り言を漏らす。
「あなた……部屋に戻るわよ」
「むにゃあ? ヘヘッ……ドンマイだな……ここは……俺の……部屋だ……ぜ……ソフィアも……寝るぞ……だらぁ! シメのラーメンはまだ来ぬかあっ?!……ひくっ……」
「これは困ったわね……」
泥酔する夫にソフィアは困り果てた様子で頭を抱えるのであった。
つづく……




