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第37話 初出勤の道中



 夜も更け、カルムの街が寝静まった頃、夜闇に紛れて移動する数名の男たちの姿があった。

 派手なスーツを着た男たちは、時折物陰に隠れたりして周囲を警戒していた。やがて男たちはカルム港付近の倉庫街に到着すると、照明が灯されていない路地裏へと身を潜める。

 男たちは息を切らしながらその場に座り込む。そして、そのうちの1人が紫色のスーツを着た短髪男に声をかける。

 

「ボス、怪我の方は大丈夫ですかい!?」


 ボスと呼ばれる頭領の短髪男は、負傷した右腕を押さえながら、悔しそうな表情で返答する。


「手当を頼む」


 頭領の言葉を聞いた男たちが、透かさず空想術を使用して、頭領の負傷した右腕の応急手当を行う。手当を受ける頭領は、拳を強く握りしめ、声を震わせながら言葉を漏らす。


「許さん、絶対に許さんぞ! ガキ共が調子に乗りやがって。俺たちの怒らせたことを後悔させてやる……!」


 頭領の言葉に、男の1人が恐る恐る問い掛ける。


「し、しかし頭領。あのガキ共の強さは本物です。一体、どうやって報復するんですか?」


 男の言葉を聞いた頭領は、悔しそうな表情のまま俯くと、口を閉ざした。


 その時である。

 男たちの元に近付く足音が聞こえてきた。男たちは咄嗟に身構える。やがて姿を現したのは、黒いコートを羽織った1人の若い女だった。


「誰だ、貴様は?」


 頭領が落ち着いた口調で問い掛けると、女は妖艶な笑みを浮かべながら、口を開く。

 

「散々なやられようね。まあ無理もないわ。相手はあのカルム学院空想術部の三人衆。あなた達が敵う相手じゃないわ」


 女の言葉を聞いた男たちが一斉に怒号を上げる。しかし、頭領の男はそれを制止すると、再び落ち着いた口調で女に問い掛ける。


「聞こえなかったか? 誰だと聞いているんだ」


 女は頭領の元へ歩みを進めながら返事を返す。


「安心して。私はあなたたちの味方よ」


 頭領は眉を(ひそ)める。


「味方だと?」


「ええ、そうよ……」


 頭領の正面までやって来た女が問い掛ける。


「報復したいんでしょ? あの子供たちに」


 その台詞を聞いた頭領は鼻で笑う。


「なんだ? お前もあのガキ共に恨みでもあるのか?」


「恨みはないわ。ただ、悪い芽は早めに摘んでおかないといけないわ」


 女はそう言うと、頭領の耳元へ顔を近付ける。そして女が何やら囁くと、頭領は目を見開く。


「それは……本当なのか?」


 頭領は驚いた表情で、女に言葉の真偽の程を確認する。女は妖艶な笑みを浮かべながら右手を伸ばすと、頭領の頬を撫でながら返答する。


「ええ、本当よ。だから、仲良くしましょう。悪魔のカミソリさん……!」


 寝静まったカルムの港で、不穏な契約が交わされるのであった。




 ――薄暗かったカルムの街も、日の出を迎え、徐々に明るさに包まれる。

 カルムタウン西側にある河川敷では、ヨネシゲが昨日から始めたランニングを行っていた。空想術に必要な体力と精神力を養う為である。

 ゆっくりとしたペースであるが、かれこれ1時間程走り続けている。普段なら数分でリタイアしてしまうヨネシゲにしては、上出来である。


(偉いぞ、俺! この調子で毎日継続すれば、自然と体力が付くはずだ!)


 ヨネシゲは心の中で自分を褒め称えるのであった。

 それから10分程走り続けたヨネシゲは、朝食を取るため自宅へと戻る。




 帰宅したヨネシゲがリビングに向かうと、既に朝食を済ませたルイスが、部活の朝練に向かうため、身支度を行っていた。ヨネシゲが時計の針に目をやると、まだ6時前だった。


「早いな、ルイス。もう行くのか?」


「うん。朝練は7時からだけど、色々準備があるからね」


 するとルイスはヨネシゲの出勤時間を尋ねる。


「そういえば、父さん。何時に出勤なの?」


「9時に出勤だよ。今日は日帰りだが、明日からは宿泊勤務ばかりだ」


 カルム学院守衛の勤務体系は日勤の他に、24時間の宿泊勤務が存在する。宿泊勤務は朝出勤すると泊まり込みで業務を行い、翌朝、次の担当者に引き継ぎを行って帰宅となる。夜勤明けで帰宅した後は、終日解放となる。

 初日の今日は研修になるため、日勤となっている。


 ルイスはヨネシゲとの会話を済ませると、鞄に弁当箱を詰め込み、足早に玄関へと向かう。見送りのため、ヨネシゲとソフィアもルイスの後に続く。


「それじゃルイス、気を付けてな!」


「ああ、父さんもな。初出勤だから気合い入れていきなよ!」


「あたぼうよ! やる気マックスだぜ!」


「ははは。それじゃ、また学校で!」


 ルイスはヨネシゲとソフィアの見送りを受けながら家を出発した。


 リビングに戻ったヨネシゲは、ソフィアからある物を手渡される。


「それじゃ、これ。あなたのお弁当ね」


 ヨネシゲがソフィアから受け取ったものとは、黄色の特大弁当箱である。その弁当箱を見た途端、ヨネシゲは目を見開く。


「ソフィア、この弁当箱は……!」


「昔からあなたが使っているお弁当箱だよ。やっぱり覚えていないよね?」


「いや……覚えているよ……」


 ヨネシゲは手にした弁当箱をじっと見つめる。

 この黄色い特大の弁当箱は、ヨネシゲが現実世界で使用していたものと同じだ。

 3年前まで、ソフィアはこの特大の弁当箱に、毎朝早起きして作った料理を詰め込んでくれた。まさかこの弁当箱に、ソフィアが再び料理を詰め込んでくれる日が来るとは、ヨネシゲは夢にも思わなかった。

 目頭を熱くさせながら俯くヨネシゲの顔をソフィアが心配そうな表情で覗き込む。


「あなた、大丈夫? どうしたの?」


「いや……ソフィアにまた弁当を作ってもらえることが、嬉しくてな……」


「フフッ。大袈裟ですよ」


 ソフィアは優しい笑みを浮かべると、ヨネシゲの朝食を用意するためキッチンへ向かう。ヨネシゲは彼女の後ろ姿を見つめる。


(ソフィア、君には分からないと思う。だけど、こうしてまた君に弁当を作ってもらえることが、どれだけ幸せで、どれほど嬉しいことか……)


 ヨネシゲは感傷に浸りながら、特大の弁当箱を抱きしめるのであった。


 やがてヨネシゲは家を出発する時間を迎える。

 ヨネシゲは茶色の鞄を手にすると、見送りのソフィアと一緒に玄関の外へ出る。


「忘れ物はないね?」


「おう、大丈夫だ!」


 ヨネシゲの返事を聞いたソフィアは、気合の入った表情を見せると、両手で小さくガッツポーズする。そしてヨネシゲにエールを送る。


「あなた、頑張ってね! 応援してるよ!」


「おう、任せておけ!」


 ソフィアのエールを受けたヨネシゲも両手で力強いガッツポーズを見せる。ヨネシゲとソフィアは互いに顔を見合わせると、笑い声を漏らす。


「そろそろ、出発するよ。初日から遅刻したら洒落にならんからな」


「うん、わかったわ。気を付けて行ってくるのよ」


 ヨネシゲはソフィアの見送りを受けながら、カルム学院目指して歩みを進める。

 ヨネシゲは何度も後ろを振り返り、見送りするソフィアに手を振り続けた。ソフィアもまた、ヨネシゲの姿が見えなくなるまで手を振り返していた。




 ヨネシゲは、学院までの通り道となるカルム市場内を歩いていた。

 相変わらず市場の人々は、ゲネシス進軍の話題で持ち切りの様だ。しかし、今日のカルム市場は何やら物々しい雰囲気である。


(今日はやたらと領主の兵士や保安官たちが行ったり来たりしているな。何か事件でもあったのかな?)


 カルム市場内には、普段見かけない領主軍の兵士や武装した保安官たちが慌ただしく行き交っており、周囲に目を光らせていた。市場の人々も不安そうな表情でその様子を見守っていた。そんな不穏な雰囲気漂う市場内をヨネシゲが移動していると、ある大男に呼び止められる。


「ヨネさん、おはよう!」


「おお、ウオタミさんか! おはよう!」


 この気の弱そうな大男の正体はウオタミ。彼はカルム市場内で肉屋を営んでおり、先日チンピラに絡まれているところをヨネシゲによって助け出された。 


「ヨネさん、聞いたよ。今日は初出勤なんだね」


「おう、そうなんだ。気合い入れて行くぞ!」


 ヨネシゲはそう言うと、拳を強く握り締め、ガッツポーズを見せる。

 優しい笑みを浮かべるウオタミに、ヨネシゲが肉屋のその後について尋ねる。


「ウオタミさん。あれからチンピラは現れないかい?」


 ウオタミは笑みを浮かべたままヨネシゲの質問に答える。


「お陰様で今のところ姿は見せていないよ。それどころか、この市場にも現れなくなったらしいよ」

 

「そいつは良かった!」


 ヨネシゲは安堵の表情を浮かべる。ここでウオタミからある話題を切り出される。


「それでヨネさん、聞いてるかい? 悪魔のカミソリのこと」


「何? 悪魔のカミソリだって!?」


 突然の悪魔のカミソリと言う言葉にヨネシゲは顔を強張らせる。何を隠そう、ウオタミに絡んでいたチンピラのバックには、悪魔のカミソリの存在があったからだ。


(まさかカミソリの連中、チンピラの一件で報復を企てているのか!? だとしたらウオタミさんが危ないぞ!) 


 ヨネシゲが慌てた様子で真相を尋ねると、ウオタミから意外な事実を知らされる。


「昨晩、領主軍と保安署が合同で悪魔のカミソリのアジトを急襲したらしいんだ」


「何だって!? ついにあの殲滅作戦とやらが決行されたのか!?」


「みたいだよ。昨晩の急襲で悪魔のカミソリに壊滅的なダメージを与えたらしい。ただ、頭領は取り逃がしてしまったらしいけどね」


「それで領主の兵士や保安官がこんなに巡回しているのか」


 前々から市中で噂になっていた、領主カーティスによる、悪魔のカミソリ殲滅作戦が昨晩決行された。領主軍と保安署が合同となり、アジトを急襲した。

 カミソリメンバーを拘束や殺害するなどして、一味に壊滅的ダメージを与えた。しかし肝心の頭領は取り逃がしてしまい、一部の残党と共に逃走しているそうだ。

 ここでウオタミがある噂を口にする。


「これはあくまで噂なんだけど。討伐隊の中に、カルム学院の空想術部員が混ざっていたらしいよ」


「空想術部員だって?」 


 ウオタミの話では、討伐隊の中にカルム学院の制服と空想術部と書かれた腕章を身に付けた、3人の少年少女の姿があったそうだ。

 ヨネシゲの脳裏にある少年の顔が思い浮かぶ。


(空想術部長、アラン・タイロンか……)


 昨日ヨネシゲは、アランの実力を目の当たりにした。その強さは、歩く兵器と言っても過言ではない。悪魔のカミソリの強さが如何程かは不明だが、王国内で名を轟かす実力者のアランであれば、互角以上に渡り合える筈だ。

 更にアランは領主カーティスの息子。領主軍の中に紛れ込んでいても不思議ではない。

 確たる証拠はないものの、討伐隊に同行していた3人のうちの1人がアランであったと、ヨネシゲは決めつける。


「きっと、そのうちの1人は領主の息子アラン君に違いない! 昨日、彼の空想術を見させてもらったが、あの強さは異常だ」


 ウオタミもヨネシゲの考えに同調する。


「俺もそう思うよ。3人のうち1人はアラン君で決まりだね」


「そうなると、気になるのは残りの2人だな……」


 するとウオタミがある人物たちの名を口にする。


「残りの2人は恐らく、雷撃のヴァルと雨氷のアンナだね」


「誰なんだ、その2人は?」


「アラン君と同じ3年生の空想術部員だよ。実力はアラン君と肩を並べる程なんだ」


 ウオタミの予想によると、討伐隊に同行していた空想術部員とは、アラン、ヴァル、アンナの3人だと話す。

 ヨネシゲが初めて聞く、ヴァルとアンナという名前の少年少女は、アランと同レベルの空想術を扱う事ができる猛者らしい。

 アランと共に「カルム学院空想術部三人衆」略して「三人衆」と呼ばれている。

 三人衆の力は領主軍や保安署からも買われているようで、犯罪組織の摘発や魔物討伐などに度々同行しているそうだ。故に今回の悪魔のカミソリ討伐に関しても、彼らが同行していて不思議ではない。

 ヨネシゲは顎に手を添えながら頷く。


「なるほど。あのアラン君たちを連れて行けば百人力という訳か。どんな強敵を前にしても不足は無いはずだしな」


「うん、そうだね。彼らもヨネさんと肩を並べるカルムのヒーローと言う訳さ!」


 ウオタミの言葉にヨネシゲは苦笑いを見せる。


(とてもじゃないけど、今の俺じゃアラン君たちと肩を並べるどころか、足元にも及ばん。だが、皆から期待されている以上、真のカルムのヒーローを目指し精進せねばな!)


 ヨネシゲは気合いの入った表情で拳を強く握りしめる。その様子をウオタミが微笑みながら眺めていた。


(ヨネさん、初出勤だから気合い入ってるな〜)


 少々勘違いをしているウオタミであったが、ヨネシゲにエールを送る。


「ヨネさん! 頑張って! 俺も応援してるから!」


「お、おう! が、頑張るよ!」


 ウオタミに胸の内を読まれてしまったのか? ヨネシゲが動揺していると、次のウオタミの言葉でエールの意味を理解する。


「一日も早く仕事を覚えられるといいね!」


「え? ああ、そうだな。ありがとうな!」


(ウオタミは俺の新たな門出にエールを送っていたのか)


 ウオタミはヨネシゲの背中を軽く叩く。


「そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ!」


「おっと、そうだな。じゃあ、行ってくるよ!」


 ヨネシゲはウオタミに見送られながら市場を後にした。



つづく……

ご覧いただき、ありがとうございます。

次話の投稿も明日のお昼頃を予定しております。

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